第三百五十七話「一時帰還!」
散々叱られた俺は翌日また実験をしていた。もちろん今度はちゃんと伝えてある。昨日だってまさかあんなことになるとは思ってなかった。ただ普通に魔法で火薬を発火出来たら、銃がもっと簡単に作れるんじゃないかと思って試した結果だ。
今度はちゃんと実験することは伝えているし、人がいない安全な場所で、昨日のように海に銃を放り投げてしまうことがない場所にしてる。まぁぶっちゃけて言えば俺達が撤収予定の防御陣地跡地だ。人も近づかないように伝えているから安全だろう。
俺が危険な実験をしたり、銃を壊したりすることは怒られるようなことじゃない。普段から俺は危険な実験もしている。それにこの銃は全部俺の持ち物なんだから、俺が実験で壊したって誰に文句を言われるものでもない。
こんな戦争中の、戦場のど真ん中ですることじゃないと怒られたり、周囲への安全の配慮が足りないと怒られることはある。あと戦争中なのに貴重な兵器を実験で壊すなよ、とは言われるだろう。でも実験自体は誰に何を言われることもないし、銃だって俺の物なんだから俺が壊したって俺の勝手だ。
というわけで早速一丁壊した。結果は昨日と同じ通りだ。火皿からの導線を塞いで、点火薬を伝わせるんじゃなくて、中の火薬に魔法で点火させる。当然昨日と同じように銃身が破裂して壊れた。今回はちゃんと確認していたけど、弾は一応飛び出たけど威力も速度も低かった。理由も考えるまでもないほど明白だ。
銃の構造はいたってシンプル。筒状の入れ物の底に火薬を詰める。その前に弾を置く。火薬が爆発すると急激に膨張する。その膨張する燃焼ガスのエネルギーを受け取って、というとややこしいか。つまり火薬が爆発して膨張した分だけ弾が押されて加速し、銃身から飛び出す。ただこれだけだ。
この際に問題になるのが中の火薬をどうやって爆発させるかの点火方式と、弾と銃身の隙間があると燃焼ガスが隙間から漏れてしまうので、可能な限り密閉されていること。そして膨張エネルギーを受け取る時間が長いほど弾の受け取るエネルギーが大きくなるわけだから、いかに長くそのエネルギーを受け取らせるかが問題だ。
点火方式はマッチロック式、フリントロック式、パーカッションロック式、は前述通り。火の点いた縄を押し付けて火を移すか、火打石で火花を飛ばして点火するか、叩いた衝撃で点火薬を発火させるか。実にシンプルだ。そして現代ですら未だに雷管を利用している。
密閉については、俺達が今使っているようなマスケット銃は割と隙間だらけだろう。点火薬の導線部分や弾と銃身の間など、あちこち隙間だらけだと思う。これが密閉されていて、燃焼ガスが逃げず、膨張エネルギーを弾に伝えるほど威力が上がるのは直感的に誰でもわかるはずだ。
最後の長く受け取るほど……、というのも同じ話。銃身が短いと燃焼部分から銃の先までの距離が短い。銃身から飛び出したら、もうガスは色々な方向に逃げてしまうから弾にエネルギーが伝わらない。長い銃身の中を通る間中ずっとエネルギーを弾が受け取る方が威力が上がる。
だから拳銃とライフルでは銃身の長いライフルの方が必然的に威力が高くなるわけだ。同じ弾を使っていても銃身が長いほど受け取るエネルギーが増えるからな。
この実験で銃身が爆発するのは、火皿部分を塞いでしまうために密閉性が上がり、俺が魔法で中の火薬を全て同じタイミングで一度に燃焼させてしまうからだ。その力に銃身が耐えられず破裂してしまう。
当然弾が加速している途中で銃身が破裂して膨張エネルギーがそちらから逃げてしまうので、発射された弾は遅く弱くなっているというわけだ。
これをどうにかするには、まず工業的問題を解決しなければならない。銃身の強度などに問題があるということは、製鉄や加工技術が足りていないということだ。現代地球のものなら耐えられるかもしれないけど、未熟なこちらの工業力で作った銃身ではこの実験の威力は耐えられなかった。
それから俺の魔法による点火方法にも問題があるんだろう。普通なら火薬や点火薬を燃やしたら、火を点けた場所から順に火が伝っていく。でも俺の魔法は中にある火薬を全て同時に点火してしまっている。順次燃えて膨張していくのではなく、点火された一瞬に全ての膨張エネルギーが集中するわけだ。それがまた銃身への負担を上げている。
中の火薬を均等に同時に燃焼させずに、一部分にだけ点火して、あとは自然に燃え広がらせれば多少は負担が減るかもしれない。
まぁどちらにしろもっと丈夫な銃身を作れるようになるしかないな。魔法で点火すること自体は可能だとわかった。ただ今すぐこれを実用化するというのは無理だ。少なくとも現段階の銃を俺の方法で点火すれば全て破裂してしまう。三丁も銃を壊して確認したから間違いない。
俺は暫く戻れないから、これは手紙に書いてアインスに送っておこう。アインスが何か思い付いて開発してくれるかもしれないし、研究内容や成果は共有しておくほうがいい。
というわけで今回の実験はここまでにして、今は今出来ることをしていこう。
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いつまでも遊んでいられないし銃も無駄に出来ないので次に進めていく。決して遊んでるわけじゃないけど……、それは言葉の綾というものだ。
先の戦闘で利用した上陸地点は結局残すことになった。大幅な縮小や撤収は行なってるけど、またアルバランド王国に攻められたら背後を突かれる形になるし、すでに物資もある程度集積してしまっている。また物資を移すよりも、すでに出来ている集積場所を有効活用しようというわけだ。
もちろん良い港があるわけでもないし、敵地にも近すぎる。良い港でも手に入れたら転換するけど、とりあえずの措置として、今ある物資は守りつつ北の国境警備にもあたっているという感じだ。
南部の奪還はすでにギヨーム軍が壊滅しているとはいっても絶対安全とも限らない。沿岸沿いはうちの船が制圧、奪還していくからいいけど、陸路をハロルド達に任せるのは危険だ。というわけで、陸路には俺とうちの陸軍が同行している。
沿岸近くはガレオン艦隊が制圧しているから、俺達はガレオン艦隊が届かない内陸の方を進む。多少の抵抗がある時もあるけど、やっぱりギヨーム軍、フラシア軍はすでに瓦解している。防衛というか後方支援に残っていた部隊がいても、ギヨーム軍の壊滅を知らせて、こちらの軍勢を見せればほとんどは降伏した。
元々のウェセック王国側の貴族や兵士達はハロルドの凱旋ですぐにこちらにつく。あっという間に南下していった俺達は、一週間で南部の主要都市、かつてロウディニウムと呼ばれた都市、ロウディンへの入城を果たした。
ロウディンはヘルマン海からサメス川という大河を通って上ってくることが出来る。ウェセック王国の中でも主要都市として栄えているけど、ここは王都じゃないらしい。
俺達の重要拠点として確保したのは、このサメス川の河口部のやや北方にあるコルチズターという港町と、サメス川を上った先にあるこのロウディンだ。うちは船が重要だから安全で大きな港が必要になる。
ウェセック王国の首都、王都?はロウディンから南西にあるウィンチズターという都市らしい。ウィンチズターはブリッシュ海峡に面した南にある港町で、フラシア王国とも対岸だから近い。うちの船が安全に航行するには不向きな場所だし、敵に見つかる可能性も高いから無用な接近は避けたいところだ。
なのでうちはやっぱりヘルマン海に面しているコルチズターと、サメス川を上っていけるロウディンが主要港となる。ウィンチズターまで回るのはフラシア王国がどうにかなった後の方がいい。どうしても必要なら躊躇わないけど、用もないのにこちらの姿を見せて情報を与えたり、無用な衝突をすることもないだろう。
ここまで順調に来たけど俺はそろそろ領地に帰らなければならない。残りは南西地方だけだし、軍を全て引き上げるわけでもない。艦隊も陸軍も残すからフラシア軍の反撃を受けてハロルド王が討ち取られるという心配はないだろう。
まぁ……、旧ウェセック王国の貴族や軍に裏切り者がいて暗殺される可能性は捨てきれないけど……。それは俺達にはどうしようもない。ハロルドが気をつけて、敵を見極めてもらうしかないだろう。俺達が下手なことを言えば、旧ウェセック勢力とうちの勢力で争うことになる。
ウェセック王国は乗っ取り奪うつもりではあるけど、これも無用に争いたいわけじゃない。向こうが素直に国を明け渡すのなら相応に遇する用意もある。その交渉もする前に、旧ウェセック家臣団を疑えなんてうちから言えば余計な軋轢を生むだろう。
ともかく艦隊はブリッシュ海峡方面にはあまり侵出させるつもりはない。ヘルマン海側の制海権維持だけでいい。ハロルドには陸軍をつけて南西方面、ウィンチズター奪還を手伝わせる。
「ハロルド王、私は一度領地に帰らなければなりません」
「はっ!問題はございません!残るは南西方面のみ。我が軍も再び集まってきた者が増え、我々だけでも南西方面の奪還は可能なほどです。フローラ殿がお戻りになるまでに国を全て奪い返し、纏め上げ、そして我らがカーザー王に全てをお返しする準備を進めておきます!」
な~んか……、嫌な予感しかしないんだよなぁ……。
これまで奪還してきた地域も、ほとんど皆ハロルドの帰還を喜び迎え入れていた。ある意味当たり前ではあるけど、この国の者達にとっては例え短期間で実質ほとんど統治していないといっても、この国の王はきちんと戴冠したハロルドだ。俺達はそのハロルドについてきた有象無象の兵士にしか思われていないだろう。
ハロルドはあちこちで説明して回ったようだけど、戦場も見ていない在地領主達が、俺達が助力したお陰でハロルド達が持ち直し、敵を討ち取り、ここまで勢力を取り戻したと言われても納得しないだろう。
仮にそれを全て信じたところで、じゃあハロルドが俺に王位を譲るからそれに従えと言われて黙って従うとは思えない。ギヨーム軍やフラシア軍の残党は順調に片付き、ウェセック王国は元の纏まりを取り戻しつつあるけど、その先が俺やハロルドが考えているような未来に繋がっているとは限らない。
「それでは……、ウィンチズターをはじめとした南西方面はお任せしますね」
「はっ!お任せください!必ずや……、必ずやフローラ殿に献上いたします!」
いや……、別に献上してくれとは言ってないけど……。
色々と不安はあるけど仕方がない。魔族の国を待たせて怒らせたらその方が面倒だ。こちらは少なくともウェセック王国復興やハロルドの復権は確実だろう。なら少しばかりこちらの状況が悪くなる可能性があっても、先に魔族の国を、後方をどうにかしよう。
後方が安全じゃないのに遠征なんて出来ない。領地の安定と発展、周辺の敵をなくし、味方を増やす。でなければおちおち遠征もしていられないからな。
ハロルドに同行する陸軍には大きめに権限を与えておく。俺がいなくても現場でかなりの判断が出来るようにしておかなければ、万が一何かあった場合に手遅れになってしまう。
それからガレオン艦隊にはヘルマン海の制海権は絶対に死守するように伝えた。南部やブリッシュ海峡を無理に維持する必要はない。最悪の場合はコルチズターとロウディンを確保していれば十分だ。
「それでは陸軍はイグナーツ、海軍はシュバルツの指示に従うように……」
「お任せください」
「お嬢の留守はきっちり守りますよ」
ハロルド達と離れて俺達は俺達で話し合う。最悪の場合はウェセック王国とも戦うことになるだろう。こちらの情報や戦力を無闇に流出させる必要はない。最初からウェセック王国は利害関係の一致があったから協力はしていたけど、味方だと思ったことは一度もないからな。それは皆も重々承知しているだろう。
「さぁ、帰りましょ!」
「ようやくゆっくりお風呂に入れますわね」
「僕はあの狭いお風呂で皆で入るのも好きだったけどね」
「ではクラウディアだけずっとあのようなお風呂を利用しますか?」
「そっ、そうは言ってないじゃないかい」
「「「「「あははっ!」」」」」
お嫁さん達の笑い声が響きあう。物資輸送の護衛についているガレオン船に乗り込みカーン騎士爵領へと戻る。輸送船であるキャラック船は足が遅い。ガレオン船だけで進んだ方が早いけど、俺が帰るためだけにガレオン船を出すわけにはいかない。輸送船の護衛に一緒に乗せてもらうのが精々だ。
魔族の国との交渉はカンベエやミカロユスがどうにかしてくれているだろう。もしかしたら俺は到着した使節団を迎えて、あとは条約の内容を確認して調印するだけで済むかもしれないな。あまり長期間ブリッシュ島から離れていたくないし、出来るだけ早くまとめたい。
カーン家が独自に締結した条約があるから、もう雛型は出来てるようなもんだし、今回の交渉はすぐに終わるだろう。




