第三百五十六話「実験!……失敗?」
会議や何やと終わってさらに数日。そろそろこちらに来て二週間というところだろうか。あと一週間もすれば俺は戻らなければならない。俺が戻っている間も部隊は作戦行動を行なえるけど、重要なことは俺がいないと決められない。そうなると先がはっきりしない行動を派手に行なうのは控えた方がいいだろう。
本音としてはウェセック王国の旧領を回復して南部にハロルドを凱旋させるのと、北のアルバランドや西のウィルズ征伐にも行きたい。出来れば西のエールランド島も攻略したいくらいだ。あと一週間でこれを全て……、というのは難しいだろう。
下手に長引いて俺が帰ってしまったら、俺の判断を必要とするような事態になった時に、連絡が遅いために入れ違いや手違い、手遅れなんて事態になる可能性もある。
やっぱりこの一週間はあまり派手に動かず、魔族の国との交渉が終わってから改めてゆっくり進軍すべきだな。それも一ヶ月くらいで終わらせなければならないけど、まぁ一ヶ月もあればエールランドまで行け……。
…………いや、待て待て待て……。俺もおかしくなってないか?あと一週間でアルバランドやウィルズを落とせるだろうけどやめとこうとか、一ヶ月あればブリッシュ島を統一してエールランド島まで行けるだろうとか、滅茶苦茶なことを言ってるぞ……。
落ち着け……。ここ最近非常識なことばかり起こるから俺まで毒されている。
俺の当初の予定では二ヶ月全てを使ってもブリッシュ島に拠点を築けるかどうか、くらいに考えていたはずだ。今回は幸運にもハロルド達を救うという形で一気に足場が出来た。だからそれを上方修正するのは良いけど、同じ調子でアルバランドやウィルズやエールランドもいけると思ったら大間違いだ。
ウェセック王国についてがめぐり合わせや運がよかっただけで、たまたま一週間程度でこれほどの大戦果を得られたにすぎない。それを自分達の実力と勘違いして無理に突き進めば手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
今が調子が良いからこそ、今回がうまくいったからこそ、より慎重にならなければならない。そのための会議だったはずなのに、俺自身が敵を甘く見て楽観してどうする。
これから一週間の予定は、まず南部まで侵攻してギヨームに奪われた地を奪い返し、ウェセック王国を取り戻すことだ。ギヨームはすでに捕え、敵軍のほとんどは死亡して壊滅している。だからこそ一週間でウェセック王国を奪還出来るだろうと見積もっているだけだ。他の敵まで一週間で倒せると思っちゃ駄目だ。
ただこの拠点を引き払うにあたって、こちらの不在を狙ってアルバランドが北から再び攻め寄せてくる可能性はある。防御陣地や揚陸したカーン砲は撤去して部隊は引き払うけど、アルバランドへの備えは必要になるだろう。
ある程度物資も集積してしまっているから、やっぱりここにもある程度防衛部隊は必要か?陣地を完全には引き払わず防衛部隊と物資を置いて、俺達はここを補給拠点にしつつ南部奪還に動く?
まぁどちらにしろ他の港を手に入れない限りは物資の揚陸や保管出来る場所がない。ここも完全に撤退ではなくある程度は置いておくか。これも予定変更の弊害だよな。俺達の南下に連動して北上してアルバランド征伐に向かう部隊を出していればこんな心配はなかった。むしろそう考えていたからここを引き払うつもりだったのに……。
じゃあアルバランド侵攻を予定していた部隊をここの防衛にあてようか。それと護衛にガレオン船を常駐させておけば、そうそう敵に遅れは取らないだろう。
今後の予定はそれでいいとして、戦闘での反省のことも考えなければならない。戦略や戦術は専門家である皆がこれから研究や検討をしてくれればいい。それよりも俺は俺にしか出来ないことをしなければ……。
俺が優先して考えなければならない重要案件はカーン砲とフリントロック式マスケット銃の改良だな。これは俺やアインスでなければ解決出来ない。俺は大して役に立ってないけど……、それは言ってはいけない。
カーン砲の改良はもう方向性は出来ている。これから目指すべきはライフリングと榴弾の開発だ。どちらもすでに指示して研究は行なっている。ただ指示したから、はい出来ました、というほど簡単な話じゃない。
ライフリングは硬い砲身に、正確に何本も溝を彫ったり、型を押し付けたりしなければならない。でもこれは徐々に出来てきている。銃のような細い銃身を彫るのは難しいけど、太い大砲の砲身なら加工もしやすい。これはそのうち解決可能だろう。今も生産性が低くて良いのならば出来なくはない。
次に榴弾だけど、ライフリングが出来れば榴弾は簡単だ、たぶん……。ライフリングされた砲で使う榴弾の構造には覚えがある。遠心力を使った機構だからライフリングで回転させないと使えないけど……。ともかく構造は理解しているつもりだからライフリングさえ出来れば問題はない。
今の丸い砲弾でも榴弾自体は出来なくはない。でも安全性の問題がある。よく昔のアニメ……、特にアメリカのアニメとかで丸い砲弾に導火線がついている爆弾のような弾を、黒い筒状の大砲で撃つものを見たことがある人もいるだろう。
何もあれは荒唐無稽なアニメならではではなく、昔は本当にああいう榴弾を用いていた。弾の中に火薬を詰めて、大砲で発射しながら導火線に火をつける。途中で導火線から内部の火薬に火が回って、弾が破裂して榴弾になる。こんな榴弾が本当に使われていた。
その程度の榴弾でよければ今のうちでも作れなくはないだろう。ただそれは著しく安全性に欠ける。だからライフリングが出来て、俺が考えている榴弾が作れるようになるまでは、うちでは榴弾はお預けになるだろう。
フリントロック式マスケット銃も、この段階ですでに完成形まで到っている。これをさらに改良するのは難しい。ただし打つ手がなくどうしようもないというわけじゃない。次の段階へ進めばいい。
仕掛け自体はマッチロック式とも、フリントロック式とも変わらない。俺が次に考えているのはパーカッションロック式だ。
マッチロック式は日本人にもわかりやすく言えば火縄銃だ。先から火薬と弾を込めて、火皿に点火薬を補充して、トリガーを引けば火のついた縄が点火薬に触れ火を伝える。それが中の火薬に伝って爆発させ弾を発射する。フリントロック式もパーカッションロック式もこの理屈自体は変わらない。
ただマッチロック式では水に濡れる状況では使えない。火縄が濡れて火が消える、点かないということになるし、火皿がむき出しだから点火薬まで濡れて点かなくなる。
うちが今実用化しているフリントロック式はこれをいわば火打石で代用しているものだ。火皿部分は蓋がされている。そしてトリガーを引いて撃鉄が下りると蓋と擦れあって火花を散らす。その途中で蓋が開き中の点火薬に火を移す。そして撃鉄が完全に下りるとまた蓋が閉まるので、マッチロック式よりも悪天候に強い。
でもこれも完全ではなく、点火薬にちゃんと火が移らなかったり、普段は蓋が閉まっているからマッチロック式よりは雨に強くても、火を移す際には開くから土砂降りでは使えない。多少の雨でも運が悪ければ移らなかったり、不具合の原因になる。それらに比べて優れるのがパーカッションロック式だ。
パーカッションロック式は日本語で言えば雷管式ということになる。現代でも使われている銃弾だって雷管式だ。撃鉄によって雷管を叩き、その中の点火薬を発火させる。現代の銃弾も撃鉄で叩かれる丸い部分が雷管になっており、そこを叩けば点火薬が発火して、中の火薬に燃え移り燃焼させて弾を発射する。
初期のパーカッションロック式はあの雷管部分だけをキャップのようにして被せて、それを撃鉄で叩き、導線を通って銃身の中の火薬を点火するというわけだ。だから構造自体はどれもまったく同じ。問題なのはその点火方式だけとすらいえる。
ただ問題なのはパーカッションロック式、つまり雷管を開発するのが難しい。工業的に加工が難しいということはない。金属のキャップの中に点火薬を詰めて、それを叩くと内側にその火が広がるようにするだけだ。うちの加工技術なら出来ないものじゃない。問題となるのは点火薬の方だ。
撃鉄で叩いただけで簡単に発火させられる点火薬を開発して、キャップの中に詰めて保管しなければならない。勝手に爆発するほど感度が良すぎても、叩いても発火しないほど感度が悪すぎてもいけない。取り扱い可能なレベルで適度に発火しやすく、衝撃で発火させられるもの……。
雷管に詰めてしまえば、点火薬は少量だし、運用者達にはそれほど大きな事故は起こらないと思う。問題はそれを加工する工場だ。工場で事故が起こったり、従業員が死傷する可能性は高い。
でもパーカッションロック式は天候に左右されないから、フリントロック式で限界まで達している今はパーカッションロック式へ移行していくしかない。それに構造は基本的に同じだから、銃の製造ラインは流用できるし、今あるフリントロック式をパーカッションロック式に改造するのもそう難しくはない。
銃身は細いから手作業で正確にライフリングするというのは無理だろう。ライフリング出来ない以上は、一先ず改良出来る部分としてはパーカッションロック式への改良しかない。
どっちもとっくの前からアインスには仕様を伝えて研究させている。それでもまだ出来ないんだからそんな簡単な話じゃないんだろう。俺はふんわりざっくりとしたアイデアを伝えるだけで、実際にそのために必要な技術や方法を教えることは出来ない。言うのは簡単だけど作るのは大変ということだな……。
……でも、つまりはあれだよな?銃身や銃弾に入ってる火薬を発火させられたらいいんだよな?地球ではそれを火で点火したり、叩いた衝撃で発火させて火薬を爆発させようとしているだけだ。でもでも……、例えば……、魔法がある世界なら?魔法で火薬を発火させればいいんじゃないか?
「…………ちょっと試してみるか」
サンタマリア号の自室から出て最上甲板に向かう。途中で予備のフリントロック式マスケット銃をかっぱらってきて……、火薬と弾を詰めて……、誰もいない海に向かって構える。
でもどうやって発火させる?中にいきなり火を発生させるのか?それも出来なくはないだろうけどちょっと難しいな。目に見えない場所に遠隔で魔法を発動させるのは難易度が高い。俺が出来ても難易度が高ければ部隊運用は出来ない。
となると……、例えば……、火花?そうだな……。電気を起こして火花で発火させるか?あと火皿部分はいらないな。多少であろうともここから燃焼ガスが漏れて威力が下がるだけだ。なのでちょっと火皿からの火の導入部分を塞いでしまう。
これで中の火薬を発火させられたら……、前よりも効率的に弾に膨張エネルギーが伝わって弾丸の威力も上がるんじゃないか?当たり方によっては敵の鎧を貫通出来ないという弱点、威力不足も補える可能性がある。
「お嬢?一体何を……」
「発火!」
遠くから誰かが声をかけてきたようだけど、発射寸前だった俺は止まれなかった。それに勝手にこんなことをしているのがバレたら止められたり怒られたりするかもしれない。もうやっちゃえ!というつもりでマスケット銃に電気を流すと……。
バカァーーンッ!
と俺の顔のすぐ横でマスケット銃が破裂した。咄嗟に銃を捨てて身をかわす。俺じゃなかったら顔面が滅茶苦茶になっていたかもしれない。自分の顔に向けて鉄の破片が飛んで来るのがはっきり見えた。とても怖い……。
「なっ!?」
「何事だ!?」
「お嬢!大丈夫ですか!」
「敵か!?周囲を警戒しろ!」
さすが優秀なうちの兵達だ。俺が攻撃されたと思ったのか、あっという間に戦闘態勢が出来上がっていた。でも俺としてはとても気まずい……。
「大丈夫です……。少し実験したら思わぬ結果になりました……」
本当にびっくりした。放り投げた銃は海に落ちてしまった。どうなったのか検証したかったのに……。いや、もう一丁潰して、今度はちゃんと置いておけばいいだろう。どうして銃身が裂けたのか。弾はどうなったのか。これからのことも考えたら是非研究したい。
「…………もしかして、今のはお嬢が自らされたことなので?」
「あ~……、え~……、自らしたというか、実験したらこうなったというか……」
シュバルツがジト目で見てくる。何かこいつ俺に対して遠慮がないな。主君と配下の提督だということをわかっているんだろうか?俺が主君なんだぞ!
「はぁ……、おい!お前ら!もういい!さっきのはお頭のお戯れだ!」
「なーんだ……」
「それなら先に言っといてくだせぇ」
兵達がゾロゾロと持ち場に戻っていく。ごめんなさい……。
「それで……、一体何事なんで?」
「それは~……、その~~~……」
この後俺は事情をきちんと説明するまでシュバルツに叱られたのだった。




