第三百五十五話「次へ向けて!」
大まかな後始末や救助活動が終わった後、俺達は今回の戦闘について総括すべく主要幹部を集めて会議を行なった。場所は艦隊旗艦『サンタマリア号』の会議室だ。
この会議はうちの軍事機密等も含まれている上に今後の研究にも役立てられる。ハロルド達ウェセック王国に知られては困る情報もいっぱいだし、教えてやる謂れもない。ギヨームとの戦闘も終わったから、船に戻って引き上げたところで逃げ帰ったという批判もあたらない。
勝ったからと作戦の結果を精査しなくて良いということにはならない。負け戦だけでなく、勝ち戦でもきちんと研究し、改善出来るところは改善し、次に活かせるところは活かす。
そんなわけで主要幹部たちとまずは認識の共通化から始める。
「それでは……、まずは大まかな流れや結果からおさらいしましょう」
「はい。それではまずは……」
俺がそう話を振るとイグナーツが話し始めた。皆にはすでに資料や情報が配られている。会議室の前に掲げられている黒板にも色々と書き込まれていく。
ざっと流れだけを追えば……。
この場所での最初の砲撃戦。それから艦隊を分けてブリッシュ海峡分断作戦と、本国からの補給物資運搬。陸上では海岸部に上陸して防御陣地構築と、敵斥候や伝令の妨害。最後は総力を挙げて攻めて来た敵軍の撃破と退路遮断。ざっとこんな感じだろうか。
最初の砲撃戦については特に問題はないように思われる。現状のカーン砲では命中精度に難があるために、数撃ちゃ当たる戦法なのは止むを得ない。ただ改善出来る所はなかったとしても、効果的だったことや、非効率だったことなど、話し合うことはいくらでもある。
「一戦目も二戦目も今回は敵が障害物のない平野部に布陣していたのでカーン砲による射撃が有効でした。ですがもし森のような障害物の多い場所や、砲への防御を考慮した陣地を構築されていた場合は、これほど効果的な砲撃にはならなかったでしょう。今後はそれらも踏まえて、戦場の設定や敵の誘導を考える必要があると思われます」
うんうん。皆真剣に考えながら聞いてるな。今のカーン砲では遮蔽物のない平野に布陣して突っ込んでくる敵には効果的だけど、森とかに隠れられたり、逃げる敵や、広く散らばった敵には効果的とは言い難い。今後うちの兵器群が有名になっていけば、密集隊形から散兵に移り変わっていく可能性が高い。それらに対処出来るようにしておかなければな。
今俺達が技術や兵器、地球の知識による優位があったとしても、この先ずっとそれが維持されるとは限らない。そのためにはこちらも常に研究と検証を怠らず、自分達の欠点を調べ補い、相手の弱点を突いていかなければならない。
次にブリッシュ海峡遮断作戦だけど……、これは三十隻の撃沈と二隻の鹵獲に成功している。一見大成功で大戦果に思えるけど、ただ大成功だったと喜んでいては意味がない。
「海峡遮断作戦はもっとうまくすれば鹵獲数を増やせたのでは?」
「それよりも結果的には敵が艦隊の逐次投入をしたお陰でほぼ無損害で勝てたが、もし敵が全艦隊を集めていたら相当に梃子摺ったかもしれん」
おおっ!皆かなり優秀だな。この時代の者達の発想から逸脱している。明らかにうちの将兵達は優秀だ。視点や考え方がこの時代の遥か先をいっている。
本国からの輸送や護衛についても話し合われ、次の話題はアルマンとジャンジカに任せた敵斥候の排除に話が移った。
「何故アルマンとジャンジカは精鋭しか使わなかった?もっと多くの兵を連れていればもっと敵に損害を与えられたのでは?」
「それでは敵に気付かれる。密かに敵の斥候を始末するには少数精鋭の方が望ましい」
「気付かれようが、多少取り逃がそうが、敵に損害を与えて倒した方が良いだろう」
「いや、これは次の作戦のための露払いだ。ここは確実に敵に情報を与えず遮断することを優先すべきだろう」
これはどうだろうな……。その後の作戦などによっても変わってくると思う。今回はこちらの情報を敵に知られないために斥候を確実に倒すことを優先した。でも敵が逃げないのが確実なら、もっと積極的に敵を減らし損害を与えることを優先するというのも手としてはあったかもしれない。
敵が斥候を出さなくなってからは敵砦の歩哨や、後方からやってくる部隊や輜重隊を襲う方向にシフトしていった。これもやりすぎて敵が早々に砦を捨てて逃げ出していれば後の作戦が全て台無しになる所だった。どうすれば正解だったかなんてわからないけど、結果的にうまくいったとはいえ、それがベストだったのかはわからない。
砦にギヨームが到着してから、ハロルドの城に攻めてくるまで……。俺達の作戦は平野に布陣するであろうフラシア軍が、攻城部隊と本陣に分かれるのを待ってから両者を分断するように海岸陣地から攻撃。両者が分断されたら各個撃破。
「防御陣地や鉄砲隊については?」
「防御陣地は確かに有効でした。ですが少々危なかったともいえます。幸運にもこちらの被害はありませんでしたが、敵の騎兵がもっと多ければ突撃を受けていた可能性があります」
「鉄砲隊も有効ではありますが、やはり射撃速度や有効射程距離、一発ずつの攻撃力などを考えればあてにしすぎるのは危険です」
それはそうだろうな。フリントロック式マスケット銃としては今の銃は完成形まで到っている。というか前世の俺の記憶的にはこれ以上の改良の施しようがない。フリントロック式としては究極と言えるほどの完成度だ。
でも弾込めは遅いし、命中精度も低い。大勢を並べて一斉射することで命中精度不足を補っているけど、それにも限度がある。そもそも威力が低い。今の敵装備くらいならうまく当たれば貫通出来るけど、たまたま傾斜がついて当たったりすれば流されてしまうことも多々ある。
有効射程や連射性能、貫通力、命中精度……、銃の改良を進めないことにはあまり過信しすぎるのは良くない。
「城に配備されていた鉄砲隊として言わせていただければ、胸壁から敵を撃つだけのあの戦闘は楽なものでした。防御陣地は接近されたら防御に心配があったのでしょうが、堅牢な城から一方的に撃てるのは大きな強みでした」
「なるほど……」
接近を阻止したかった防御陣地と違って、取り付かれてもすぐに突破されるわけではない城壁上なら大きな効果を発揮したというわけだ。鉄砲隊も使い方や使う場所が問題であって、野戦でならば接近されたら弱い鉄砲隊は大変だったけど、城を盾にしていれば今の銃でもかなりの威力を発揮したというわけだな。
「後半の作戦は運の要素が強すぎました。今回は間に合わなかったとしても、今後の作戦立案で多用すべきではありません」
後半の作戦というのは城の影になるようにガレオン船を隠していたこと。それから敵の退路を塞ぐようにカーン騎士団国から連れて来た新兵を配置したことだろう。
もし今回の戦闘で敵が慎重に周囲を調査してから戦闘に入っていれば、海岸の防御陣地や、少し裏に回ってみればすぐに見つかる位置にいたガレオン艦隊は見つかっていたことだろう。今回はたまたま敵が着陣してすぐに戦闘を仕掛けてくれたお陰で見つからなかっただけにすぎない。
こんな運任せ、敵の不備任せの作戦ではいずれ失敗して手痛いダメージを受けることになる。そう言われるのもわかる。
俺は見つからなければラッキーくらいのつもりで、見つかったら見つかったでよかったと思っていたけど、軍を預かり兵の命を預かっている者達からすればそんな運任せは困るということだろう。
それから敵の退路遮断のために、森に新兵を配置してアルマン達に任せた。これは斥候を始末していた精鋭だけでは敵の退路を絶つのは難しいと思ってのことだ。でも近くの森に伏せていただけだから、もし敵が何かの拍子に森を調べていたら、こちらで戦闘が起こる前に森で戦闘になっていた可能性もある。
出来るだけ隠れられるように配置はしていたけど、敵が周辺をとことん調べながら進軍していたらかなり危なかっただろう。敵の斥候はすでにほとんど始末していたとか、結果的に見つからなかったから良いじゃないか、という話にはならないわな。
「アルマン、カーン騎士団国の新兵達の働きはどうでしたか?」
「は……。はっきり申し上げますと話になりません。あれだけ弱って士気もガタガタだったギヨームの敗残兵に対して、何とか優勢を保っていた程度です。カーン騎士団国の兵になる前から自由都市やポルスキー王国で兵をしていた者達とのことですが……、一から鍛えなおすべきでしょう」
「そうですか……」
新兵とはいっても元々あの辺りで兵をしていた者達が中心だ。だから少しは使えるかと思ったけど、アルマンが言うにはまったくの練度不足らしい。今回連れて来ていない兵は騎士爵領や騎士団国で訓練を積ませているけど、どうやら思ったより質は高くないようだ。
これから高めていけばいいのはその通りだけど、他所から吸収した兵をすぐに使えるとあてにしない方が良いみたいだな。
「他に何かありますか?」
「幸い今回は森で退路を遮断していた部隊以外はほとんど直接戦闘は行なっておりません。ですが今後もこちらの損害なしに戦えるほど甘くはないでしょう。負傷兵の治療や後方輸送などの制度や体制が必要になるのではないでしょうか?」
「そうですね……。それは今後検討しましょう」
そういえばそうだな。うちは今までほとんど損害を受けたことがない。だから負傷兵の治療とか収容とか回収なんて疎かにされてきた。でもこれからもそうとは限らない。折角鍛えた貴重な兵を、助けられたはずの者を、戦場で放置して見殺しにするわけにはいかない。
「ですが敵兵の生存者を治療してるのでは?」
俺はふと疑問に思ったことを聞いてみた。こちらに損害がなくても敵の負傷兵を回収して治療くらいはしているはずだ。
「これまで我が軍と敵対した者は投降した者以外はほとんど死んでおりますので……」
「あっ……、あ~……」
そうか……。捕虜になった者は大した怪我もしてなくて、捕虜にならなかった者はほとんど挽肉になっているのか……。そりゃ治療の必要性もそういう体制もないわな……。
「それでは今回の会議は終わりましょうか。引き続き調査と研究、検討を行なってください。後からでも何か気付いたことや思ったことがあれば、報告書でも研究論文でも何でも構いませんので提出してください」
「「「「「はっ!」」」」」
損害や戦果やかかった費用など、様々な報告も終わり会議を終了した。当たり前の話だけど戦争は金がかかる。ほとんどうちの持ち出しだから費用が馬鹿にならない。将来的にブリッシュ島を統治して回収出来るとしても、今先立つ物がなければ出来ないことだな。
幸いうちは収入も多く安定しているし、前の戦争の賠償などが支払われているから何とか資金は回っている。でもこれが普通の小領主だったらと思うとぞっとする金額だ。そりゃ戦争ばかりしてたら国が傾くわけだと思い知らされる。
ガチャリ
サンタマリア号の自室の扉を開けた俺は……。
パタン
と閉じた。
「ちょっと!何で閉じるのよ!」
折角俺が扉を閉じたというのに中から勝手に開いてミコトが頭を出す。
「早く入りなさい!他の人に見られちゃうでしょ!」
「ちょっ!ちょっ!」
ミコトに手を引っ張られて自室に入ってみればそこは……。
「うっふ~ん。どう?興奮する?」
ミコトはない胸を強調して腰をくねらせ。
「僕はこういうことをする方よりされる方が好きだけど、フローラのためならいくらでも出来るよ」
クラウディアは何故か堂々と腕を組み。
「破廉恥ですわ~~!」
アレクサンドラはそんなことを言いながら自分も参加し。
「ちょっと恥ずかしいね」
ルイーザは顔を赤くしてモジモジしている。
「さぁフローラ様、誰でもよりどりみどりでございます。ですが……、一番に誰を選ぶべきかはおわかりですよね?」
カタリーナさん怖い……。何を選べと言っているのかわからないけど、明らかにその顔は自分を一番に選べと書いてある。目が真剣と書いてマジと読むくらいに真剣だ。
「いや……、あの……、まずこの状況がわからないのですが?」
何故か俺の部屋で皆が……、水着になっている。この人達水着が好きすぎじゃありませんかね?事ある毎に水着になってませんか?
「長らくゆっくりお風呂に入れていないということでしたので、サンタマリア号の中でお風呂が入れるように用意してあります。ですので誰が一番にフローラ様のお背中をお流しするのかお決めください」
「なるほど……、って、えっ!?サンタマリア号にお風呂を作ったんですか!?」
あまりにナチュラルに言うからスルーしそうになったけど、ガレオン船にお風呂なんて作れるのか?一体どうやって……?
「申し訳ありません。お風呂とは言ってもお屋敷にあるようなものではありません……。簡単な浴槽にお湯をはっただけのものです……」
「あ~……、そういうことですか」
どうやら俺が想像したようなものではなかったらしい。そりゃそうだな。俺がどうかしてた。お風呂と聞いて巨大な浴槽に洗い場があるものを想像する時点でおかしい。俺もかなり毒されていたようだ。前世の庶民な俺のお風呂を想像すればそこまで驚かなかったのにな。
「それでは折角用意してくださったようですし……、皆で入りましょうか」
「じゃあ私がフローラの背中を流すわ!」
「いえ、ここは私が」
「抜け駆けはずるいんじゃないかな?」
「フローラが決めていませんわ」
「私は後でもいいよ?」
う~ん……。折角俺が良い感じに皆で入ろうって言ったのに、結局こうなるのか……。まぁこれはこれで俺達らしいな。




