第三百五十三話「終戦!」
今まで城の影に隠れ、ギヨーム軍から見えない位置に待機していたガレオン艦隊はついにその姿を現した。そして姿を現すと同時に艦載砲を放つ。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
と音が響くたびに城に迫ろうとしていた攻城部隊が吹き飛ぶ。
「相変わらず何という威力なのだ……」
城壁上からその様子を眺めていたハロルドとその家臣達は、下に見える平野部の惨状を目の当たりにして震え上がっていた。
あの巨大船からとんでもない威力の魔法が放たれることはわかっていた。しかし海岸に隠れるように防御陣地なる砦を築いていたが、そちらからも同じように大量の魔法投射が行なわれている。その威力や投射量は巨大船に劣らぬもので、フローラ軍には一体どれだけの大魔法使いがいるのかと恐れ戦く。
「これだけの威力だ!同士討ちを避けるために城壁付近には撃てない!城壁に取り付け!」
「ほう……。中々冷静な者もいるようだな」
ギヨーム軍の指揮官の命令を聞いてハロルドは目を細める。確かにこれだけの威力がある魔法だ。城壁に取り付いた敵を倒すために放っては城壁まで破壊してしまう。ある程度近づかれてはあの大魔法は使えないだろう。それはハロルドにもわかる。
しかし城壁に取り付ける者は限りがある。この攻撃部隊全員が城壁に近づけるわけではなく、後方の者達はずっとあの大魔法の攻撃に晒されることになるだろう。そんな中後方部隊が大人しく待っているだろうか?城壁に取り付いた者達を見捨てて逃げ出すというのは誰の目にも明らかだ。
そして城壁に取り付いたからといって安全ではない。海岸側に布陣しているフローラ軍もすでに使っているアレがある。下手に城壁に近づけばアレの餌食になるだけだ。
「もうすぐ城壁だ!怯むな!進めぇ~~~っ!」
城壁まで迫ってきたギヨーム軍は、これでようやくあの地獄のような大魔法から逃れられると安堵していた。しかし……。
「鉄砲隊構え!てぇーーーっ!」
パパパパパンッ!
「ぐあっ!」
「ぎゃぁっ!」
「いてぇっ!」
胸壁の隙間から突き出した筒が小さな煙を吐いた。すると城壁に取り付こうとしていた攻城部隊がバタバタと倒れる。それは先日ようやく完成し実戦配備が完了した完成形のフリントロック式マスケット銃だった。
まだ大量配備される前から次々に改良が施され、ついに完成形にまで到ったフリントロック式マスケット銃の一斉射により、城壁に取り付こうとしていた者達がバタバタと倒れる。当たり所が悪くない限りは即死するほどではないが、兵士の戦闘能力や戦闘意欲を削ぎ落とすのには十分だった。
「第二射構え!てぇーーーっ!」
パパパパパパパッ!
「「「「「ぎゃあーーっ!」」」」」
弾込めに時間がかかるために連射性能は高くないが、それも撃つ者と弾込めを分け、次々に交換することで素早い連射を可能にしている。
フローラの発案により三人で三丁のマスケット銃を持ち一組になる。射手と弾込めを分け、撃ち終わった銃を弾込め役に渡すことで銃を構え、撃っている間に次の弾込めを終わらせておく。この三人の役割は交代しても良い。全員が射手や弾込めの役割を出来るように訓練されているので、何かの事態があれば役割交代も簡単だった。
この方式のお陰でマスケット銃の弱点である弾込めや次弾の射撃までの時間を大幅に短縮している。連射という意味においてはとても優れているように感じられる。
ただしこれは通常の三倍の銃があってはじめて成り立つ方式だ。九百丁の銃があったとしてもこの方式では三百丁ずつしか攻撃出来ない。九百丁で一度に攻撃して弾込めに時間がかかっても、次もまた九百丁で攻撃するのと、三百丁ずつの代わりにかなり連続で射撃出来るのが、どちらが優れるかは微妙な所だ。
何より普通の者ならば何百丁、何千丁というマスケット銃を用意することは容易ではなく、手に入れた強力な武器は出来るだけ使いたいと思うものだろう。瞬間的とはいえ実働数が三分の一になるこんな方法は普通の者は取れない。
だが今回のように敵が騎兵突撃してきているのならば、切れ目のない連続した射撃というのは必要かもしれない。そう考えればこの三人一組方式も利点があり、敵や味方の状況や地形や布陣など様々な要因によって一長一短と言える。今回はまさにこの三人一組方式がはまったというだけのことだった。
「あの変わった魔法の杖を使う者達……、先ほどから魔法を使い続けているのに魔力が切れないのか……」
「フローラ殿の軍は化物揃いか……」
ハロルドの家臣達には理解不能だった。城壁上から攻撃しているフローラ軍の魔法使い達は先ほどからずっと魔法を使っている。それなのに誰一人魔力切れを起こさずずっと攻撃し続けているのだ。
あの乾いた音が鳴り響くたびに城壁の下ではギヨームの兵が倒れる。鎧を着た完全武装の兵士があっさり倒される魔法を連発しているのに、疲れもせず、魔力切れも起こさないなど到底理解の範疇を超えている。
後方は巨大船からの攻撃によって吹き飛ばされ、城壁に近づこうにも胸壁の間から魔法で撃たれる。攻城部隊は最早瓦解して、まともに統制が取れず、それぞれが勝手な判断で動き回っていた。すでに勝敗は決しており、ハロルド軍が出る幕すらなかったのだった。
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ギヨームは目の前の光景が理解出来なかった。攻城部隊は城の影から出て来た巨大船に薙ぎ払われ、本陣に残っていた部隊は海岸付近から攻撃してきた敵に向かって行った。しかしこちらも見えない位置から放たれる魔法攻撃に一方的に殲滅されている。
何が起こっているのかわからない。六千もいた兵があっという間に物言わぬ肉塊に変わっていく。
「どっ……、どうすればよいのだ……」
ギヨームは本陣でガタガタと震えるだけでもう思考がまともに働いていなかった。足が竦んで動くことも出来ない。幸い敵はまだ本陣には攻撃してきていないがそれも時間の問題に思われる。
「お逃げください閣下!」
「にっ、逃げる……?どこへ……?」
ガタガタと震えるギヨームはただ呆けた顔で参謀の言葉をオウム返しでしゃべる。
「森へ!もはや森へ下がるしかありません!さぁ早く!お前達!閣下をお連れして退却しろ!」
「「「「「はっ!」」」」」
参謀の言葉に兵士達が応えてギヨームを連れて逃げようとする。
「まっ、待て!エンゲルベルト!お前も来い!」
「ですが閣下……、それではこちらの指揮を執るものが……」
エンゲルベルト・フォン・マルクはギヨームを逃がしつつ、自らはこの場に留まり指揮を引き継ぐつもりだった。ギヨームを無事に逃がすためには誰かが殿を務めなければならない。
「そんなものはどうでも良い!お前が私の身の回りを守れ!」
「…………はっ」
エンゲルベルトは止むを得ず引き受ける。例え望んで仕えた主ではなくとも、今の主はギヨームだ。そしてそのギヨームが身の回りの護衛を指示したのなら従うより他にない。護衛の兵を集めたエンゲルベルトはギヨームを連れて森へと退却を始めた。来た道を戻る以外に逃げ場はない。
本陣に残る兵をかき集めた一行は脇目も振らず一目散に砦を目指す。砦に篭るつもりはないが、一先ず砦まで戻ろうと考えた。しかし……。
「ぎゃぁっ!」
「ぐあっ!」
先頭を走っていた兵士が突然倒れる。道の脇の藪から棒が突き出ていた。
「敵っ!?馬鹿な……。いつの間に……」
エンゲルベルトは全体に停止を指示し陣形を整えようとする。しかし狭い道に、戦場まで向かって碌に休まず戦闘を開始し、敗色濃厚となると慌てて逃げてきた部隊だ。疲労はピークに達し、士気も最低。もはやまともに組織だって行動することも出来ない。
兵士達がギヨームやエンゲルベルトの指示に従ってついてきたのは、あの戦場から安全に離れられると思ってのことだ。それなのにこんな所で戦闘になれば誰も言うことなど聞きはしない。
「うわぁっ!逃げろ!ぎゃっ!」
正面の脇からゾロゾロと出て来た敵兵に恐れをなし森へ入って逃げようとした友軍は、あちこちから湧いてきた敵兵に各個撃破されていく。森の中にかなりの敵兵が潜んでおり、すでにギヨーム達は完全に包囲されていた。
あちこちで戦いが起こっているが練度が違いすぎる。兵の数はそう変わらない。お互い数百という所だろう。しかし敵はあまりに練度が高く組織だって動き、すでにバラバラに逃げようとしているだけのギヨーム軍とでは数は同じでも戦力は違いすぎた。
敵はこちらが撤退することも見越して精鋭部隊をこの撤退路に配置していたのだ。それを悟ってエンゲルベルトは臍を噛んだ。
「ふむ……。騎士団国から連れて来た新兵ではこんなものか……。まだまだ練度が足らんな……」
「…………え?」
正面に立つ敵の指揮官らしき男の言葉に、エンゲルベルトは我が耳を疑った。確かに状況はギヨーム軍に不利だ。砦から出陣して休まず戦闘に入り、向こうの戦闘で敗戦濃厚となり逃げ出した敗残兵。士気も最悪。体力も消耗している。だから同等の練度と同数の兵が相手でも一方的に負ける状態ではある。
しかしそれを差し引いてもこの場にいる敵は強さの質が違う。明らかにフラシア軍の精鋭を思わせるような強さを誇る敵軍が……、どこかから連れて来たばかりの新兵……?
何を言っているのかわからない。こちらを動揺させるための欺瞞情報でもない。あの指揮官はただ純粋に本心からそう言ったのだ。こちらに聞かせるつもりではなくただ漏れた本心……。これで訓練が不十分な新兵だというのなら……、敵の本隊はどれほどの精鋭だというのか。
ここで……、エンゲルベルトの心は折れた。もうどうしようもない。これ以上の戦闘は無意味だ。
「全員停戦!戦闘をやめろ!降伏だ!降伏する!全員戦闘をやめろ!」
「なっ!?何を言うエンゲルベルト!貴様裏切るつもりか!」
裏切るもクソもない。これ以上は最早どうしようもない状態だ。ここで戦ってもほぼ全員が殺されるだけだろう。この包囲を突破するだけの力は自軍には残されていない。
「閣下……、もう打つ手はありません……。降伏しましょう……」
「この私を売るつもりか!エンゲルベルト~~~っ!」
ギヨームはもう正気を失っているのかもしれない。それでもエンゲルベルトは最後まで主に忠節を尽くした。
「そちらの方、この場の指揮官とお見受けした。我々はどうされても構わない。この方はギヨーム・ノルン閣下だ。せめて閣下は相応に遇していただきたい」
「わかりました。ジャンジカ殿、こちらはお任せする。私はこの……、エンゲルベルト殿……?とギヨーム公を連れていく」
「心得た!任されよアルマン隊長!」
兵士を千切っては投げ千切っては投げしていた化物の一人がニカリと笑う。ジャンジカとは変わった名前だ。もっと東方の者なのかもしれない。エンゲルベルトはぼんやりとそんなことを考えながら、アルマン隊長と呼ばれた者とその配下に縛られ連行されていったのだった。
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ハロルド達の城がある戦場まで連行されて戻ってみれば、こちらの戦闘も終了していた。六千人もいた兵はほとんど残っておらず、肉塊になったモノか、あちこちで呻き声を上げている者しか残っていない。散り散りに逃げた者もいるのかもしれないが、倒れている者の数から考えればほとんど全滅したのだろう。
ブツブツと何かを言っているギヨームとエンゲルベルトは城の方に連れて行かれた。遠くに見える巨大船をこうして冷静に見てみれば、どうしてこの戦争に勝てるなどと思っていたのか。自分でも自分を笑ってしまう。
城の門が開き中に通され、玉座の前に跪かされてみれば……、玉座に座るのはハロルドではなかった。見たこともない金髪碧眼の美しい少女が座っている。エンゲルベルトも知っているハロルドは玉座の下で跪いていた。この状況が何なのかわからない。
「よくやってくれましたアルマン。その方がギヨーム公ですか?」
「はっ!もったいなきお言葉……。はい、こちらがギヨーム公、そしてこちらがギヨーム軍の参謀の一人エンゲルベルト殿です」
明らかに異様な雰囲気。前から知っていたハロルドやその家臣達は、玉座の下に跪いているだけでまるで蚊帳の外に置かれている。見たこともない少女と、見たこともない鎧の青年だけが物事を進めていた。状況がわからないながらも……、エンゲルベルトは徐々に分かり始めていた。
先にハロルド一派を攻めていた部隊の報告では突如東の海上に見慣れぬ船の援軍が現れ、ハロルド達を救ったといっていた。つまりここにいる少女や異国の兵達こそがその援軍なのだろう。そして先の戦いでも圧倒的な力を示しギヨーム軍を退けたのはこの者達だ。だからハロルド達との力関係も一目瞭然というわけだろう。
「この縄を解けぇ~~!私を誰だと思っている!ノルン公爵!そしてウェセック王、ギヨーム・ノルン様だぞ!」
エンゲルベルトがそんなことを考えていると、前に跪かされていたギヨームがそんなことを叫び始めたのだった。




