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第三百五十一話「迫る決戦!」


「一体どうなっておるのだ!」


 カコンッ!と木のコップが壁に当たって跳ねる。ギヨームが投げたコップが中身を撒き散らしながら跳び、転がるのを首を竦めながら、砦の責任者達は縮こまっていた。


「おっ、恐れながら……」


「黙れ!聞く耳などない!」


「「「…………」」」


 怒りの収まらないギヨームに責任者達はお互いに目配せし合って頭を下げた。


「ええい!何をしておる!さっさと言わんか!」


「えぇ……」


 そして中々発言しない部下にギヨームが怒鳴る。黙れと言うから黙ったのに、この理不尽な物言いに責任者達は困惑する。


 しかしギヨームの立場からすれば、確かに黙れとか言い訳するなとは言うが、詳細な報告を聞かないことには何もわからない。自分で黙れと言っておきながら、結局報告を受けなければならないのでさっさと報告しろと真逆のことを言ってくる。


 まさに理不尽な上司そのものではあるが、フラシア王国でもウェセック王国でも上司にあたるギヨームに、その理不尽を注意出来る者などこの場にはいなかった。


「そっ、それでは恐れながら……、敵は恐らくこの森を熟知しております。我が軍の斥候は不慣れな地に戸惑い、敵の罠にかけられ十分な活動が出来ておりません。現在も全力で情報収集にあたっておりますが、今暫くの猶予をいただきたいと……」


 部下の報告は……、嘘だらけだ。敵がこの辺りを熟知しているのでは、というのはただの予想でしかない。もちろんそれは本気で考えている。敵はウェセック王国の残党であり、いわばこの島は敵の庭だ。それに比べて自分達はフラシア王国からやってきた遠征軍であって、地理や現地に不案内なのは当然のことだろう。


 しかし、その予想が正しいかどうかや、突如現れたという大艦隊の所属がどこであるのかはともかく、斥候が十分な活動が出来ていないとか、現在も情報収集の真っ最中だというのは全て嘘だった。


 謎の勢力による攻撃を受けて、ハロルド討伐に向かっていた部隊がほぼ壊滅したのは間違いない。その知らせを受けてこの砦に待機していた後詰めはすぐに情報収集にあたったのだ。だが何の情報も得ることは出来なかった。それどころか斥候に出した者が誰一人戻ってきていない。


 ギヨームが周辺の部隊を集めながらこの砦に集結しようとしている間中、何度も斥候を送り出した。しかしそれでも、どれほど斥候を送っても誰一人戻ってこない。何の情報も得られない。


 やがて兵達は森に入ることを恐れて、誰も斥候に行かなくなった。そこで集合してくる他の部隊に斥候を出させ続けた。もちろん後の部隊にはこの森が危険であることなど一切説明していない。


 理由は簡単だ。自分達がこの森を恐れているのに、その説明を後から来た部隊にすれば他の部隊も恐れて森に入らなくなるだろう。ギヨームの命令で情報を集めるようにと言われている。それなのに森に入るのが怖いからと情報収集が出来ていなければ自分達が罪に問われるだろう。


 そこで先に居た部隊は後から来た部隊には何も教えず、ただ森に入って情報収集をしてこいと命令し続けた。


 いつも通りの仕事だと思って森に入り、多くの斥候を失い、ようやく後続の部隊もこの森が危険であることを理解する。そしてまた次の部隊が来ればその部隊に同じように命令していくのだ。その負の連鎖によって相当の斥候を失うことになった。


 だが、斥候を失うくらいならまだよかった。問題はそこからだ。この森の危険が知れ渡り、誰も斥候に行かなくなってから大変なことが起こり始めた。


 情報収集のために敵陣近くまで侵入する斥候ではなく、砦の近くを巡回しているだけの歩哨達ですら姿を消すようになったのだ。少し森に入って巡回していると、その部隊は二度と戻ってこなくなる。誰もがこの森を恐れた。人を食う森などと言う兵士まで現れる始末だ。


 ついには砦に詰める以外には誰も森に入ろうともしなくなった。やがてそうなるとこの砦に集結中だった後続の部隊まで消息を絶つようになったのだ。何も知らずにある程度バラけてこの砦に向かってくる部隊は次々に行方不明になっていった。


 森を通って砦に向かってくる後続部隊も、先遣隊を出したり、斥候を放ったりしながら向かってくる。いくら自分達の勢力圏になっているとはいっても、ここは敵地のど真ん中だ。いつ森から奇襲を受けるかもわからない。だから普通の行軍のように警戒しながら進んでくる。


 すると……、近くの森に入っている斥候達がいなくなり、距離を置いて先行していた先遣隊がいなくなり、捜索に出した部隊がいなくなり……。少数の部隊でウロウロしていると誰一人戻ってこなくなる。


 一体この森で何が起こっているのかさっぱりわからない。ただ一つわかることはこの森に少数で入った者は戻って来なくなるということだけだ。


 結果、最初に放った斥候達、その後に砦の回りを巡回していた歩哨達、合流するはずだった後続の部隊、全て合わせて千五百ほどもの損害が出ている。それなのにこちらは敵の姿すら捉えていないのだ。


 今では兵士達は恐れをなし、誰一人砦から出ようとしない。暢気に外を歩く者はこの森の異常さを知らない後続部隊だけだ。そしてそういう者は二度と戻ってこなくなる。


 ギヨームからすれば怒りたくもなるというものだろう。八千ほど集まると思った兵力が、現地に来てみれば七千と報告された。その差の千はどこへ行ったというのか。しかも七千という報告も盛った数字であり、実態は六千五百ほどという所でしかない。


「もうよい!それで!補給物資の方はどうなっている!」


「はっ……、そちらもまだ届いておりません……」


 数日前から補給物資の遅れが指摘されていた。何日か輸送が遅れることくらいはよくある話だ。それに今はまだ備蓄もある。どうせ天候不順とか悪路のために遅れているという程度だろうと甘くみていた。


 これまでも時化だからと輸送船が遅れたり、港に荷を降ろしてからも輸送が遅かったりしたことは何度もある。各部隊は後方から送られてくる物資を頼りにしていたが、多少の余裕や備蓄は持っているのですぐに困るということはない。この砦にも十分な量が備蓄されていた。


 集結中だった部隊も数日分は自分達の食料を持っていたし、この砦に用意されていた備蓄もある。そして何よりも……、すでに多くの兵を失っている分だけ食料の消費が減っていた。そのお陰でまだ数日分くらいは余裕があり、補給物資の到着の遅れを軽視していた。


 ブリッシュ海峡が狭いこと。フラシア王国が物資輸送をしていること。自分達は南部を完全に制圧していること。それらを総合的に考えて、まさか制海権を奪われてブリッシュ海峡ですら渡れない状況になっているなど夢にも思っていなかった。


「援軍もいつになったら到着するのだ!」


「物資と同じく……、まだ何の連絡もありません……」


 ギヨームは何度も本国に援軍の要請を行なっている。それなのに未だに援軍が到着するどころか知らせの一つもない。情報が集まらないためにギヨームは適当な嘘を並べて本国に援軍の要請を出した。本当のことを書こうにも情報がないのだから書きようがない。しかし援軍はただちに欲しいために嘘の報告を書いて要請したのだ。


 対岸には援軍がいつでも出せるように後詰めが用意されているはずだ。ブリッシュ海峡を渡ってくるなど簡単なことであり、例え援軍が出せないとしても連絡の一つも返ってくるはずだろう。


 それがないことに不安を覚えながらも……、ギヨームやその傘下の者達は、フラシア王国に何かあるはずがない、と自分が見たい幻想しか見ず、そのまま作戦行動を続けていたのだった。




  ~~~~~~~




 ブリッシュ海峡の東端にあるフラシア王国の港町、カライではフラシア海軍上層部が集まり表情を曇らせていた。


「もう被害は三十隻を超えるんだぞ!一体どうなっている!」


「落ち着け」


「これが落ち着いていられるか!」


「騒いだところでどうにもならんだろうが!」


「「「…………」」」


 その言葉に……、全員が押し黙る。最初の被害が報告されてから一週間ほどで、フラシア王国海軍は三十隻以上の船を失っていた。戦闘艦十四隻、輸送船十八隻、合計三十二隻もの大損害だ。戦闘艦の中には五隻の最新鋭艦まで含まれている。


 そして……、輸送船に載せられたのは補給物資だけではない。偶然届いた援軍要請を受けて送り出した陸軍二千が海の藻屑と化したのだ。


 最初の被害の輸送船二隻、そのあとの最新鋭艦五隻……。この被害の時点で気付くべきだった。集まった船から逐次投入することなく、フラシア海軍の全力を持って事に当たるべきだったのだ。


 しかし誰がそれを予想し得たであろうか。たったこれだけの幅しかない狭い海峡で、陸軍だけでなく海軍にも注力してきたフラシア王国海軍が、成す術もなく一方的に屠られる。今もまるで悪い夢でも見ているような気さえする。とてもこれが現実であるなど信じられない。


「もはや我が軍には船はない……」


「メディテレニアンの艦隊を回してくれば!」


 フラシア王国は北の海と、南側の地中海、メディテレニアンの両方と接している。メディテレニアン艦隊はまだ健在であり、そちらから船を回してくれば確かに船は確保出来るだろう。


「メディテレニアンから船が回ってくるまで一体何日かかると思っている?そんなことをしている間に遠征軍が干上がってしまうわ!」


「そもそも……、メディテレニアン艦隊はガレー船が中心だ。ヘルマン海用に作った最新鋭艦でもやられたのに役に立つのか?」


「「「「…………」」」」


 また場が静まる。誰も何も言えない。


 たったこれだけの海峡、たまに襲撃を受けて被害を出したとしても、そう毎度毎度全ての船が沈められるはずがない。そう思っていた。何より遠征軍はこちらから送る補給物資をあてにしている。それがなければ遠征軍が干上がってしまう。


 そのため、冷静な判断力を欠いた行動を続けてしまった。それは何もフラシア海軍上層部が無能だったのではない。誰しもがしてしまう可能性のある危険な行動の一つだ。


 まず……、敵がいると途中でわかったとしても、輸送を滞らせるわけにはいかないという事情があった。そして自分達の常識に鑑みれば、たったこれだけの狭い海峡で、毎回全ての船を完全に沈没されてしまうなどということはあり得ないと考えた。


 何よりも……、人間には正常性バイアスという心理が働く。例えば……、地下鉄で火事が起こった時に、誰も逃げずにシートに座ったまま全員が煙を吸ってそのまま死んだとか。あるいは地震が起こって海岸が後退した時に逃げもせず、それどころか沖まで歩いて行ったり。津波が来ると呼びかけられても逃げなかったり……。


 それらは周囲の人が慌てていないのに自分だけ逃げたら恥ずかしいとか、そのままでもそのうちどうにかなるだろうとか、自分は大丈夫とか、危険が迫っていることを知らされても人はそれに対して鈍感に反応してしまう。


 彼らも自分達のこれまでの常識や経験から考えて、まさかそんなことが、とか、まだいつも通りにすれば大丈夫、という考えが働いてしまったのだ。初期の段階で問題提起したり、全軍を集めるように言えば周囲に馬鹿にされたり、非難されたりするという心理も働いてしまった。


 結果、フラシア海軍は大半の船を失い、偶然届いたのか、もしくはここまでくると敵がわざと見逃したのかとすら疑ってしまう、ブリッシュ島からの援軍要請に従って輸送船に兵士を詰め込んで送り出してしまった。


 カライを出た船は……、今の所一隻たりとも戻ってきていない。さすがに敵も二千もの兵士全員を殺したり捕まえたりは出来なかったのか、送り出した兵士達の一部が初めて漂流しながら帰還してきた。その時になってようやく敵の恐ろしさを知らされたのだ。


 恐怖に震えている陸軍兵の証言はいまいちわからない。フラシア海軍の船を遥かに上回る巨大船がたくさんきたとか、雷鳴かと思うような轟音が響くとあっという間に船が沈んだとか、海に慣れた海軍と違い、陸軍兵士達は海への恐怖のために現実以上に敵を大きく見てしまっているのだろう。


 だがそれを差し引いても大変な事態だ。もはや海軍には兵も船もなく、陸軍も壊滅状態。これではブリッシュ島に援軍を送るどころか、本国の防衛も危ういかもしれない状態だ。


「遅きに失した……。もはや打つ手はない……」


 誰かの呟きに、全員が項垂れる。海軍が失った艦隊を建造するのには十年以上の月日がかかっている。そして莫大な予算が投じられたのだ。失ったからまた作りましょうといって作れるものではない。これから海軍が再建されるまでに長い年月がかかるだろう。それまで遠征軍が生き残っているはずはない。


 そして陸上戦力も一万二千も失ったのだ。まだ遠征軍は生きているかもしれないが、二度と生きて戻ってくることはない。何故ならばこの、たったこれだけしかないブリッシュ海峡を渡る術がないのだから……。


 王国が失ったのは陸軍四千。ノルン公国が四千。集められた次男三男などの者達が四千……。確かに王国そのものが失ったのは四千だが、これでノルン公国は大きく戦力を落とし、応募に応じた者達も帰らない。国内で戦闘が出来る兵士が一万二千人減ったことに変わりはない。


「今敵が攻めてきたら……」


「――ッ!?」


「まっ、まさか!?」


「これはいかん!」


 海軍上層部は飛び跳ねて立ち上がった。艦隊を失っただの、遠征軍に補給を届けたり撤退を支援したり出来ないだのと言っている場合ではない。もし今敵がフラシア王国に攻め込んできたら、最早フラシア王国にはまともに戦えるだけの戦力が残っていない。


 各地の諸侯に兵を出させるにしても態勢を整える前に国が落とされてしまう恐れもある。


 荒唐無稽な話にも思えるが、これだけの力を持つ敵だ。いきなり上陸してきて王都をはじめとした主要都市を占領されることまで想定しておかなければならない。


 海軍上層部はただちに陸軍上層部と話し合いを持ち、遠征軍は最早見捨てて国防に注力することで合意したのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今の状態なら強襲揚陸艦で一気に国を落とせる気がする。
[一言] うわ~…、じわじわと嬲られていく恐怖……。
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