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第三百五十話「理解不能!」


 ハロルド王は今日も気をもみながらカーザース軍の陣所を訪れていた。


「フローラ殿!このままで良いのですか?それにこの砦は何ですか!?」


「そう大きな声を出されずとも聞こえておりますよ、ハロルド王」


 机に向かって何やら書類仕事をしながら、顔を上げることもなくフローラはそう答える。それに対してハロルドが不敬だと怒ることはない。まずハロルドはフローラに王位を譲るつもりだ。むしろもうすでに譲ったつもりになっている。それに対してフローラはまだ禅譲も受けていないし戴冠もしていないという主張だった。


 そこでお互いのことは『フローラ殿』『ハロルド王』と呼び合うということで落ち着いた。これ以上の尊称や敬称はつけない。それがお互いに出来る最大限の譲歩の落とし所だった。


 最初の頃でこそフローラもハロルドが訪ねてくると手を止めて相手をしていたが、今では毎日のようにこうしておしかけてくるから、他の部下達に対する扱いとそう変わりがなくなってきている。


「この陣地に何か問題がありますか?とても順調に準備が進んでいると思いますが……」


「大有りでしょう!何故布を被せたり、その布に砂を敷いたり、枝や葉っぱを被せているのです!これでは目立たないでしょう!」


 ハロルドにとっては城や砦はいかに立派に見せるかが肝要だった。それは何も王として見栄を張って、という意味ではない。城や砦とはその存在だけで相手を威圧し萎縮させるものだ。見るからに立派で堅牢そうな城が相手では敵も怯む。そんな城をわざわざ命を懸けて攻めたいと思う者はいないだろう。


 戦争とは矛を交える前から始まっているものであり、例え中身が質素で防御するのに不向きでも、外側だけでも立派に取り繕い敵を威圧する。そのためには外側の派手さや堅牢さを積極的に示していかなければならない。


 それなのにフローラ達が作っている防御陣地とやらはどうだ。地味に、見えないように堀を張り巡らせ、砂を盛り、張っている柵も見えにくいように置かれている。カーザース軍が船から降ろした黒い筒は布を被せられ、普段はその姿を見つけることも出来ない。


 あちこちの施設や設置物にも布を被せ、布に砂や枝や葉っぱをくっつける。みすぼらしいその姿を見ると何だかハロルドまで情けない気持ちになってくる。


「偽装も十分進んでいます。塹壕や砲兵陣地も構築完了していますし……、何の問題が?」


「ですから!敵を威圧し、攻撃を躊躇わせるためにももっと派手で堅牢な陣地に見せかけなければならないでしょう!このように隠れるくらいなら船で沖にでも出た方が安全です!」


 もうこの話も何度目になるだろうか。いくらハロルドが忠言しても聞き入れてはもらえない。最初に自分達が城に篭っていた時に助けてくれたあの勇姿は幻だったのだろうか。今の姿からは何千もの敵をあっという間に追い返してくれた英雄にはとても見えない。


 確かにその後も驚くべきことが起こっている。離れていった船が一隻、別の船を曳航しながら戻ってきたと思ったら、それはフラシア王国の輸送船だった。そんなことが立て続けに二回も起こったのだ。


 拿捕してきたフラシア王国の輸送船には物資が満載だった。二隻分の物資を手に入れただけでもハロルド達にとっては大きなものだ。それだけあれば当分食料に困ることはないだろう。


 さらに捕虜についても相談されることになった。輸送船の捕虜達もフラシア軍人と言えばその通りだ。本来ならばカーザース軍が捕らえたのだからハロルド達に相談する必要はない。しかし現状は少々ややこしい。


 名目上はウェセック王国の継承権を主張しているハロルドとギヨームによるウェセック王国の内戦ということになる。しかし実質的にはギヨームはフラシア王国の息のかかった侵略者であり、そして……、フローラ達は何の理由もなく突然やってきてハロルドの支援を行なった外勢力でしかない。


 これがフローラ達とフラシア王国の戦争であったならば、フローラ達もいちいち捕虜の処遇について相談などしてこなかっただろう。しかし今の戦争の主体は名目上とはいえハロルドということになっている。だからフローラは捕虜の処遇についてハロルドに相談したのだ。


 さらに面倒なのが捕虜がギヨームの手下、ウェセック王国の部隊ではないということだ。支援を行なっているとはいってもギヨーム達とフラシア王国は一応別勢力ということになっている。沿岸部で貿易を行なっていただけのフラシア王国の貿易船を襲って捕まえたとなれば大問題に発展しかねない。


 そんなものは名目であって、実質的には両者は同じ勢力の仲間である、どころか、ギヨームはフラシア王国の家臣であり手下でしかない。侵略の先鋒としてやってきているだけだ。だがそれがわかっていても名目というものは大事であり、こちらが一方的にフラシア王国の貿易船を沈めたり拿捕したということになれば国際問題になりかねない。


 結局責任を追及されたくないハロルドの家臣達によって、フラシア王国の捕虜達や拿捕した船はフローラ達が勝手にやったことで自分達は関係ないということで落ち着いた。つまりこの問題は勝手に戦争に参加しているフローラの軍とフラシア王国の問題であって、ハロルド一派は関係ないと逃れたのだ。


 それを聞いてフローラ達が話し合いであっさり引き下がった時……、ハロルドの家臣達は安堵していたが……、ハロルドは見た。間違いなくその時フローラは笑っていた。そしてその理由もわかる……。


 家臣達はフローラ達が行なったことは勝手にやったことで自分達は関係ないと言い逃れのために主張した。しかし……、それは戦果も何もかも全てフローラ達がやったことはフローラ達の手柄だと認めたことも意味する。


 家臣達が考えたのは『負けた際のフラシア王国からの責任追及から逃れること』だが、フローラ達が考えたのは『勝った時の功績の所在をはっきりさせること』だったのだ。無邪気に喜んでいた家臣達を尻目に、ハロルドはフローラの恐ろしさの一端を知った……、はずだった。


 しかし……、こうしてコソコソと、まるで隠れるような陣地の中で書類仕事をしている少女を見ていると、本当にあの閃光のような戦いを行い、外で輸送船を拿捕してきて、ハロルドの家臣達を手玉にとったやり手と同一人物とは思えない。


 とんでもないと恐れさせられたかと思うと、妙に気の抜けているのかと思うような姿も見せられ、身も凍るような冷たい視線を放ったかと思うと、年相応の少女のように無邪気に笑う。ハロルドにはもうわからなかった。この少女をどう評価すればいいのか……。


「フローラ様、そろそろご休憩なさるほうがよろしいかと」


「そうですね……。お茶にしましょうか。ハロルド王もご一緒にいかがですか?」


「うっ、む……。そうですね。いただきましょう」


 考え事の最中に急激に現実に引き戻されたハロルドは、フローラの言葉に少し逡巡してから頷いた。こんなことをしている場合かと言いたい所だったが、フローラが出してくれる飲んだこともないおいしいお茶は飲みたいのだ。


 今まで何度もご馳走になったフローラのお茶はとてもおいしい。こうして訪ねてきた時や、ハロルド一派、カーザース軍の合同会議などで出されたら皆喜んで飲んでいる。あの紅茶というお茶を嫌いだと言った者は今の所一人もいない。全員がうまいうまいと大絶賛だ。


「フローラ、今日のおやつは?」


「ただのクッキーですよ」


 お茶の時間になるとゾロゾロと美少女達がやってくる。これを知っているのはハロルドだけだ。ハロルドの家臣達はフローラの周りでこのようなことが起こっているなど知る由もない。


「え~?またクッキー?たまには違うものも出してよ」


 一番口の悪い少女がそんな悪態をつく。ハロルドにとってはお茶請けに出されるクッキーというものも十分に素晴らしいものだと思える。あんなに甘くてサクサクした食感のお菓子は食べたことがない。それを飽きたから他の物を出して欲しいなどと、一体どれほどの贅沢であろうか。普通なら反感や大顰蹙を受ける所だろう。


「まぁまぁ、ここは戦地で今は戦時なんだし仕方ないじゃないか。ミコトがいらないのなら僕がその分ももらうよ」


「だっ、誰もいらないなんて言ってないでしょ!」


「「「ふふっ」」」


 騎士の格好をした者とのやり取りを見て他の少女達が笑う。とても微笑ましい光景だ。平和な時にこのような場面を見ていたらさぞ幸せな気分になれただろう。調子に乗ってこの少女達を妾にしようとしてフローラに殺される未来も視えるが……。


 美しい少女達に囲まれ、飲んだこともないおいしいお茶を飲み、食べたこともない甘いお菓子を食べる。何と幸福な時間であろうか。もしかしたらハロルドはこの光景を見るために毎日足繁くここに通っているのかもしれない。


「失礼します!フローラ様」


「…………」


 しかし急激に現実に引き戻されることも多々ある。フローラには今のように伝令が飛んで来ることも多い。頷いたり手で合図すると伝令がフローラの下まで行って耳元でこそっと何かを報告する。二、三言、指示を出すと伝令はまた出て行く。そんなことの繰り返しだ。


 一体カーザース軍が何をしているのかハロルドには知る由もない。ただ一つわかるのは、伝令の話を聞き、指示を出している時のフローラは、明らかに年相応の少女には見えないということだけだ。その瞬間ハロルドはまたその少女に対する畏怖を思い出す。


 すぐにやってくるかと思われた敵の反撃はまったくなく偵察すら来ない。まさかあの戦闘だけで敵が全滅したはずもない。今はギヨーム達も周辺の兵を集めて戦力を集中させているのだろう。この次の戦闘こそが重要だ。初戦ではあの巨大船からの魔法攻撃で不意を突いて大勝出来たが、同じ手が通じる相手ではないだろう。


 それに巨大船も最初の数から半分以下になっている。ここに常駐しているのは十隻前後だ。他に定期的にここにやってきては大量の物資を降ろしていく船がいるが、それも荷降ろしが終われば去っていく。本当にこんな状況でここが守れるのか。またハロルドの不安がぶり返してきた。


 何度も大丈夫だと思っては不安になり、不安になっては大丈夫だと思う。この少女に全てを賭けようと思って覚悟を決めても、何度も揺らいでしまう。


「次の戦闘でギヨームとやらの軍を壊滅させるとして……、私とハロルド王は南部まで凱旋しましょうか。ギヨームを破ったと喧伝しながらハロルド王が南下して凱旋すれば、渋々ギヨームに従っている現地領主達もこちらに靡くでしょう。北部と西部はその間に当家だけで……」


「ちょっ、ちょっとお待ちいただきたい!」


「はい?」


 美しい少女は不思議そうに首を傾げる。しかし首を傾げたいのはハロルドの方だ。


「まるで何を言っておられるのかわからない!」


「ああ……。現在ギヨームは全戦力を結集させつつここから南西の砦に集まろうとしているようです。その戦力さえ叩けばギヨームの兵はほとんどいなくなります。ですので次の戦闘でギヨームの軍を壊滅させればあとは……」


「ええ、ええ。それはそうでしょう。ここの南西に砦があることも知っていますし、前回の敗戦からギヨームが次は全戦力を集めてこちらに向かってくるであろうこともわかっていますよ」


 それだけわかっていれば何がわからないというのか。という顔をして少女がキョトンとする。美しい顔だがハロルドは呆れるしかない。


「まだギヨームは一万近い兵を持っているでしょう!もしかしたらフラシア王国から援軍も到着しているかもしれない!これからこちらはたったこれだけの兵力でその相手をしなければならないというのに、勝つどころか生き残るのも難しい話でしょう!?」


「フラシア王国からの援軍は来ません。全てブリッシュ海峡で海の藻屑となっています。部下達が集結前にかなり叩いてくれたようなので敵の残りは六千数百ほどということです。散り散りに逃げられては面倒ですが、六千や七千の敵ならどうにでもなるでしょう」


 にっこり笑ってそう言う少女に……、ハロルドはストンと浮かせていた腰を椅子に下ろし、ズズズッと紅茶を飲んだ。六千や七千がどうということがないという時点でもう話が通じない。自軍の総数を数えてから言ってもらいたい。


「はぁ……、やっぱりこの紅茶というのはおいしいな……」


「気に入っていただけたのなら幸いです」


 同じように紅茶を飲んでから、にっこりそう応じるフローラに、ハロルドはもう何かを考えることはやめることにしたのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一番丸く収まるのは、フローラがハロルドと結婚する事だけど 無いな( ˘ω˘ )
[一言] 仕方無いとは思うけど、フローラ様とハロルド王との温度差がひどいww。
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