第三十五話「毒見はしっかり!」
とりあえず挨拶も済んだし席も勧められているのに座らないというのも失礼になる。俺とヴィクトーリアは席に座りヘルムートは俺の後ろに立って控えていた。イザベラも王城まで同行しているけど今は所用により離れている。イザベラが持ってきてくれる物が今回肝心な物だから重要な役目だ。
「お久しぶりです、叔母上。息災ですか?」
「!?!!」
俺達が席に着いた途端ディートリヒがヴィクトーリアに向かってそんな言葉を投げかけた。驚いた俺がヴィクトーリアを見ると涼しい顔をしている。
「ディートリヒ殿下、私のような市井の者にはもったいないお言葉です」
やられた!
そう!やられた!だ。
ヴィクトーリアはイザベラと姉妹なのだから公爵家の血縁のはずはない。それなのにディートリヒ公爵の叔母ということはヴィクトーリアの商会の元会頭、亡くなったという旦那さんは公爵家の血縁者だったに違いない。
道理でヴィクトーリアの商会が随分羽振りが良さそうなはずだ。公爵家の後ろ盾がある商会ともなれば商人ギルドの中でも相当上位の規模と権力を握っているに違いない。
そしてこの場は最初から仕組まれていたと考えるべきだろう。たまたま今日俺が面会を申し込んでヴィルヘルム王が暇でルートヴィヒの部屋にいて、公爵家が息子を連れて遊びに来ていたなんてことがあるはずもない。ヴィクトーリアに仲介を頼んだ時点で最初からこうなるように仕組まれていた……。
しかも俺はヴィクトーリアに借りを作ってしまい、これからさらに王家にまで借りを作らなければならない。裏で繋がっていた両者に二重で借りを作るなんて嵌められたという以外にないだろう。仲介者を装った者が仲介先と裏で繋がっていて利益を得る。詐欺の常套手段だ。俺はまんまとこいつらの策略に乗せられてしまった。
こいつらの目的は一体何だ?王家の思惑はわからないけど商会ならばわかりやすいかもしれない。普通なら商会が考えるのは利益のことだ。俺の商品を扱うことによって利益を得る?それとも俺の商品が出回れば困るから新商品が出ないように潰すことが目的か?あるいは俺から新商品の権利を奪い取り独自に販売することが目的かもしれない。何にしろ俺にとってはあまり良くない可能性が高いだろう。
そして何より一番わからないのが王家の思惑だ。俺に余計な名を授けてみたりこんな回りくどいことをして俺に恩を売りつけたり何がしたいのかさっぱりわからない。
そもそも元はと言えば王家が俺の社交界デビューを邪魔したからこんなことになっているんだ。マッチポンプも良い所だろう。
「余やディートリヒがいるからとそう硬くならずとも良いぞ。ルートヴィヒと存分に語らうが良い」
俺が必死に頭を働かせていると王様がニヤリとそんなことを言った。俺の考えていることなんてお見通しか。その上で踊らせようというのならば俺は王様の望みのままに踊るしかない。
「ああ!父上のことは気にすることはない。僕に用とは一体何なのだ?」
昨日から期待してウズウズしていたのだろうか。ルートヴィヒの目には若干隈が出来ている。興奮して眠れなかったのかな?俺の用が何か気になって?それはちょっと自意識過剰か。ルートヴィヒにも色々あるだろうし何でも俺関係だと思うのはそれはそれで自意識過剰すぎて自分で言ってて自分が気持ち悪い。
「実は、今回登城いたしましたのは新たな料理を献上するためでございます」
こいつらの思惑がどうであれここまで来た以上は当初の目的くらいは達成しなければやってられない。ここで全てひっくり返して帰るという選択肢は最早取れない以上は成果くらいはなければ……。
というわけで俺がここへやってきた目的を話す。料理の献上というのは建前だ。真の目的は俺の商品を使った料理を食べさせて食材や調味料を買わせようという作戦である!この作戦のために王都に入ってからヘルムートとイザベラには持ってこれず現地調達するしかなかった食材の数々を買い集めてもらっていた。手に入り次第下準備を開始して色々と手間と時間がかかっている。
「料理?それはどのようなものだ?」
ルートヴィヒが食いついて来た。この国では普通高位貴族の令嬢が料理するなんてことはない。だから俺が作ったなどとは誰も考えていないのだろう。尤も俺が作ったとはいってもアイデアを出したりしただけで実家で料理長のダミアンに手伝ってもらったものもある。全てが俺の手作りというわけじゃない。
「今お毒見に回っているはずです。いずれお毒見が終わりましたらルートヴィヒ殿下の下に運ばれてくるでしょう」
イザベラがここにいないのは俺が持ってきた料理を毒見にまわしているからだ。王族相手に食べ物を持ってきてその場ではいどうぞと食わせられるわけがない。暗殺などの恐れもあるのだから下手に食べ物など王族には贈れないのが普通だ。
それでも俺はルートヴィヒに料理を食わせることにした。これでルートヴィヒが死んだりしたら俺が疑われて大変なことになるけど、俺の食材や調味料の消費を増やそうと思ったらそれらを大量に使う料理を教えて王族に食わせるのが手っ取り早い。
イザベラが毒見に同行しているのは俺の差し入れた料理に毒見と称して誰かが毒を入れたりしないか監視の意味で任せている。他人が差し入れたものに毒を入れて差し入れた者に罪を擦り付けるなんて危険があるから不用意に毒見役を信用して全てを任せるなんて出来るはずもない。
「何だと!毒見など良い!すぐに持ってくるように伝えよ!」
ルートヴィヒの言葉に扉の前で控えていた執事が困った顔をしていることだろう。俺は扉に背を向けて座っているから執事の顔は見えないけど想像に難くない。ヴィルヘルムが頷いたことで扉が開いて誰かが出て行った音が聞こえた。
王様も俺を信用しすぎじゃないですかね?もしかしたら本当に俺はルートヴィヒに食わせる物に毒を入れてるかもしれませんよ?
「ルートヴィヒ殿下はこのような田舎娘が持ってきた物など食べてはいけませんよ。俺が代わりに食べましょう」
「待て!馬鹿なことをいうな!フローラが僕のために持ってきてくれたものだぞ!」
お呼びじゃないのにルトガー君が口を挟んでくる。何でこの二人はこう変な対抗心というか無駄に争うというかしているんだ?
そこから色々と話が盛り上がって俺まで無理やり話に参加させられてルートヴィヒとルトガーと三人で話をさせられた。大人の三人が見ている前で俺だけ適当に話さないというわけにもいかない。
この俺様タイプのルトガーはルートヴィヒと同い年らしい。俺から見て二人は一つ年上だ。俺がもうすぐ十歳だからこの二人は今年十一歳ということになる。
公爵家は王族だし同い年ということもあってかルートヴィヒとルトガーは良い意味でライバルだという。ライバルとは言っても仲が悪いわけではなくむしろ今のように気安く話すほど親しい。お互い切磋琢磨し合える良きライバルということだろう。
ただこのルトガーは俺がルートヴィヒの許婚なのが気に入らないのか事ある毎に俺に突っかかってくる。君の大好きなルートヴィヒ殿下は取らないから君がルートヴィヒ殿下と結婚したらどうかね?と言ってやりたい。もちろんこんな場でそんなことを言おうものなら俺の首だけじゃ済まないだろうから黙っているけど……。
「失礼いたします。フローラ様よりの贈り物をお持ちいたしました」
「おお!来たか!どれどれ?」
暫く子供三人で雑談、まぁ俺は振り回されただけだけど……、をしていると毒見にまわしていた料理、というかお菓子というかが届いた。本当ならもっと遅くなると思っていたけどルートヴィヒが早く持ってこいと言ったお陰で思いのほか早く届いたのはうれしい誤算だ。
「これはゲベックか?しかしこれは?」
「う~ん……、こちらも見たことがないものですね」
王様と公爵様がしげしげと持ってこられた物を見ている。この世界では珍しかったり存在していなかったりするものだからわからないのも無理はない。
俺が持ってきたものはクッキーとドーナツとパウンドケーキとホットケーキにホイップクリームをふんだんに乗せたものだ。もちろんどれもモドキであって現代日本のそれらとは違う。細かい分類や正式な作り方を知らないから試行錯誤でそれっぽいものを作っただけにすぎない。
クッキーやドーナツに近いものは割りと昔からある。ただ現在の形になったのは十八世紀以降の近世以降になってから……、だったはずだ。
クッキーに似たものはあったけど俺はそこに砂糖を大量に増やしバターを加えてメレンゲを混ぜたりして現代のクッキーに近い物に仕上げた。元々のクッキーにも砂糖は入っているけど砂糖が高価で大量に入れられないからあまり甘くないし硬くてそれほどおいしくない。水分が少なくて日持ちするから旅の携帯食のようなものだ。
ドーナツにも砂糖、バター、卵を加えて現代っぽくアレンジしている。ただ酵母を加えて発酵させるものが違うかもしれないからもしかしたらドーナツというよりはサーターアンダーギーの方が近いのかもしれない。あくまでモドキはモドキだ。
そしてホットケーキだけどこれもただのパンなのかもしれない。現代ならホットケーキミックスという非常に便利なものが売られているけどこちらにはそんなものはない。適当にそれっぽくパンを焼いているだけでホットケーキやパンケーキと呼べるものかどうかは自信がないところだ。
ただその上にホイップクリームを作って乗せている。ベリー系の果物もふんだんにあしらっているから見た目だけで言えば現代日本でも流行りのパンケーキ風に見えるかもしれない。
俺の目的はこれらを王族に気に入らせて作るために必要な大量の砂糖、油、卵、乳製品を買わせることにある。
「こちらはクッキー。これはドーナツ。そしてこれがパンケーキ。もう一つそちらがパウンドケーキです」
どれも現代日本のものに比べておいしくない。恐らく小麦粉や酵母が違うからだろうと思うけど俺の知識じゃそんなものは用意出来ない。小麦粉一つとっても品種だけの問題じゃなくて強力粉だとか薄力粉だとか色々と種類があるのにどうやって作れば良いのかわからない。
そこらをすっ飛ばして適当に砂糖、バター、クリーム、卵等を加えて元の世界とこちらの世界のものを混ぜ合わせているだけだ。それでもこの世界の元々のお菓子よりはよほどおいしい。むしろこの貧しい世界にはあまりお菓子類は存在しない。これらのお菓子はこの世界では究極の贅沢とすら言える一品だ。
「おいしい!何だこれは!」
「むっ……、これは少し甘すぎるな……」
ルートヴィヒとヴィルヘルムがパクパクと食べている。おい……。王族がそんなことでいいのか?得体の知れない物を信用出来ない者が差し入れたというのに安易に口に運ぶとかどうかと思うぞ……。自分で差し入れておいて何だけど……。もっと食わせるだけでも苦労すると思っていたのにこんな簡単にいくとは思ってもみなかった。
「ディートリヒとヴィクトーリアも食べてみるが良い」
「ちっ、父上!これはフローラが僕に贈ってくれたものですよ!皆が食べるのは構いませんがそれを言うのは僕でしょう?」
何だルートヴィヒは……。つまらないことにこだわるな。王様が一番偉いんだし俺としては王族に食わせられたら何でも良い。ただルートヴィヒが一番面会しやすいかと思ってそうしただけで王様が食べてくれるならその方が手っ取り早くて助かるくらいだ。
とはいえルートヴィヒの気持ちもわからないでもない。自分が贈られたものなのに父とかに勝手に周囲の人に配られたりしたらあまり良い気はしないだろう。
「これはベリーの酸味が甘さを和らげてくれて食べやすい」
「こちらは少し年寄りにはもたれそうですね」
ディートリヒやヴィクトーリアも加わって色々食べ比べていく。最初は甘くないものに慣れきっているこの世界の者にとっては甘すぎるように感じたようだけど次第に慣れてきたのか概ね大好評だった。そしてそこに俺の狙いがある。
甘味は中毒になる。砂糖があまりないこの世界では砂糖中毒の者はまずいないけどこうして大量の砂糖を摂取すればいずれまたすぐ欲しくなってくるはずだ。しかし肝心の砂糖も油もバターも卵もない。この世界ではないないづくしの食材で作ったこれらのお菓子は再現するだけでも一苦労。そうそう簡単に手に入らない。
しか~し!俺の農場と牧場から材料を仕入れればレシピさえ教えればあとは誰でも再現可能。つ・ま・り!これらを今後も食べたければ俺から材料を買うしかない!完璧な作戦だ!
「おい田舎娘!これを作った料理人は誰だ?紹介しろ!」
「クッキーの一部は日持ちするので当家の料理長と協力して作ったものもありますが、運んでいる間に食感などが変化してしまう可能性もありましたのでほとんどこちらで私が作ったものです」
「「「「…………え?」」」」
今までバクバクとお菓子を食べていた男四人の手が止まった。ヴィクトーリアは昨晩から厨房を借りて俺達が作っていたのを知っているので一人クスクスと笑っている。何がそんなにおかしいのか。
俺が作ったんじゃなくてほとんどヘルムートとイザベラに作ってもらったとでも思っているのだろうか。でも残念ながら実際に作ったのはほとんど俺だ。多少の下準備等は手伝ってもらったけど二人には地球料理はあまり教えていないのでダミアン以外で俺の料理を再現出来る者はほぼいない。ダミアンの弟子達はダミアンに教わっているかもしれないからわからないけどね。
それにしても俺の手作りだと言った途端に手を止めるなんて失礼な奴らだ。きちんと手は洗ったし汚くはないはずだぞ……、たぶん?
「そうか!フローラが手ずから作ってくれたのか!フローラの僕への愛に感動しているぞ!」
いやいや……、何を言ってるんですか?俺以外に作れないから俺が作る以外にどうしようもないでしょうが……。ルートヴィヒへの気持ちなんて何もありませんが?
「ふんっ!少しはやるようだと認めてやろう!」
そしてルトガー君、君はツンデレでも目指しているのか?男のツンデレとか誰得なんだ?少なくとも俺はそんな面倒臭そうな男とはあまりお近づきにはなりたくない。
「なるほど……。これらを自分で……。もしかしてレシピを考えたのもフローラ姫かな?」
ディートリヒはキラリと目を光らせてそんなことを言ってくる。眼鏡とかがあったら滅茶苦茶似合いそうだ。眼鏡をキラリと光らせてクイックイッとしながら冷静に色々言いそうなタイプに見える。
王様とヴィクトーリアは何も言わない。ただニヤニヤと周囲の様子と俺を見ているだけだ。とりあえず予定通り俺の材料をふんだんに使ったお菓子を食べさせて気に入らせる作戦は成功……、したのだろうか?




