第三百四十七話「時と場所を考えよう!」
陣地構築をして、天幕が完成したからそこである者達を呼ぶ。
「よく来てくれましたね、アルマン、ジャンジカ」
「「はっ!」」
これから重要な仕事を任せる二人とその配下に視線を送る。ジャンジカは言わずと知れたポルスキー王国の英雄将軍だ。そして……、アルマンは父が俺に最初期につけてくれた三人の兵士のうちの一人……。
一番年上で経験豊富だったイグナーツは今ではカーン騎士爵領の陸軍を預かる将軍だ。まぁ将軍という地位は与えていないけど……。実質的に他でわかりやすく言えば将軍に相当する。
そして一番若かったオリヴァーは俺の親衛隊とか近衛兵とか、そういった身辺警護の護衛部隊の隊長と言える。言葉的には本来は国家元首とかに対して親衛隊とか近衛兵と言う場合があるから、厳密に言えば親衛隊とか近衛兵ではないかもしれないけど、これも言葉上わかりやすく言えばの話だ。
三人の中で年齢的にも真ん中で、二人に比べてあまり目立つことや表立って何か大きなことをしているわけではないアルマンは……、所謂レンジャーとか、斥候とか、隠密とか、そういった仕事に特化している。そういう部下を育てて、そういった仕事に従事してきた。
しかも名前からわかるだろうけどアルマンはフラシア王国出身だ。フラシア王国の軍隊にどれくらい居たとかは知らないけど、俺達よりはフラシア王国について詳しいだろう。その知識や経験や経歴を活かして、ジャンジカとその精鋭と協力して付近の斥候に当たってもらう。
「貴方たちには付近の森に入ってフラシア王国側の斥候や先遣隊を、気付かれずに始末してもらいたいと思っています」
「はっ!お任せください!」
アルマンはすぐに応えた。ジャンジカは少し戸惑っているようだ。まぁジャンジカは部隊や軍を率いて戦場を駆ける方が得意だろう。今回の任務は敵の斥候に気付かれることなく、密かに始末して回れと言っている。それは斥候を上回るだけの隠密性や暗殺に近いような殺しの能力が必要になる。
単純に戦場で暴れれば良いのとは違って、あくまで気付かれず、こっそりと、そして出来るだけ多くの敵を、こちらの情報を持ち帰らせることなく闇に葬ってもらう。言うのは簡単だけど実行するのは至難だろう。
「ジャンジカやその配下の精鋭達がこれまで得意とした戦い方ではないでしょう。その辺りはアルマンと協力して、その手腕を学びながらやってみてください。アルマンもジャンジカ達に指示を出しながら使ってください」
「「はっ!」」
本来こういった隠密的な仕事はアルマンの部隊の仕事だ。でも今回は敵が多すぎる。大きすぎる。そして範囲が広すぎるのに他人の庭だ。
今まではカーン騎士爵領が仕事場だった。日頃から自領内は調査しているし演習も行なって慣れていただろう。罠も仕掛けようと思えば仕掛けられるだろうし、後方支援も整っていた。地形も把握している。でも今回は出先だ。しかも敵はどれほどいるかもわからない。後方支援しようにもうちの体制は整っていない。
こんな状況でアルマン達だけに周囲を警戒して、こちらを調査に来る敵を全て始末しろと言うのは酷だろう。だから危険な仕事でも耐え得る精鋭としてジャンジカとその配下の精鋭を選んだ。皆で協力してうちの調査に来るであろう敵の斥候や先遣隊を全て潰してもらいたい。
ちなみにジャンジカは元とはいえ将軍で、アルマンは斥候部隊の隊長でしかないのに、アルマンが上なのかと言えば当然上だ。うちでは最古参の兵であるアルマンが、つい最近加入したばかりのジャンジカやその配下より下なわけがない。
目の前で一対一で戦えばそりゃジャンジカの方が強いかもしれないけど、実績、信頼、指揮能力や兵の訓練や掌握と、ありとあらゆる面でアルマンの方が上だ。将来的にジャンジカが出世して並んだり超えたりする可能性はあるかもしれないけど、今いきなりジャンジカの方を重用する理由はない。
俺の前を辞してから両方の部隊は何か打ち合わせを行なっているようだ。ジャンジカも特にアルマンに反発している様子はなかった。お互いに協力し合って戦果を挙げてもらいたい。
~~~~~~~
まだ万全とは言えないけど陣地構築は着々と進んでいる。砲兵陣地に、塹壕に堀に馬防柵に……。
今回は陸上部隊としてカーン騎士爵領の精鋭を連れてきている。一番火力を期待している砲兵部隊に……、ようやく実戦配備が完了した新兵器……。俺も散々試射に付き合ったあれが完成している。この部隊も主力として期待したい。
歩兵の主力はカーン騎士団国から連れて来た兵だ。こちらはまだ士気も練度もまるでなっていない。ほとんど新兵みたいなものだからどれだけ使い物になるか不安になる。数が必要だろうと思って連れてきたけど……、やっぱりまだ早過ぎたかなと思わなくもない……。
そうは言っても結果的には連れてきておいてよかったけどな。この状況では一人でも兵力が欲しい所だ。槍を持って構えることが出来れば槍衾にはなるだろう。こちらは輸送の都合上まだ馬があまりいない。騎兵が少数だから槍衾は大事だ。
まぁ……、あの新兵器が期待通りに活躍してくれれば、例え武田の騎馬隊が来ようとも恐るるに足らず!だろうけどな!そこまでうまく活躍してくれるかどうかわからないから備えは必要だけど……。
ウェセック王国側に教えてもらった地図や地形や敵の配置を作戦図に並べていく。敵の主力はここから南西方面にいるらしい。まぁこれまでの戦闘の流れや、フラシア王国が渡って来ている港を考えれば当然だな。それから北のアルバランドに……、今はまだ勢力圏が接してないけど西のウィルズに……。
「ねぇフローラ、退屈なんだけど?」
「はぁ……、ミコト……。戦場で退屈ならそれは良いことではないですか……」
船で待っていて欲しいという俺の言葉を押し切って、結局お嫁さん達は上陸してきてしまった。この陣地は海に面しているし短艇は用意してあるから、万が一危険が迫ってもすぐに船に戻れるようにはしているけど……。だからって愛しいお嫁さん達が危険な場所にいることを笑っていられるほど俺も暢気じゃない。
「フローラ様、根を詰めすぎです。お茶にしましょう」
「あぁ、カタリーナ、ありがとう」
お茶を淹れてくれたカタリーナにお礼を言ってから少し一服する。しなければならないことはたくさんあるけど、だからって慌ててやろうとしても失敗の元だ。ちょっと落ち着いて、冷静に、それから疲れもきちんと取って考える必要がある。
「それよりもしもの時の役割分担を考えておこう。やっぱり僕がフロト……、フローラの盾だよね!騎士は姫の盾となるのは当然だよね!」
「私は戦闘ではお役に立てませんので、クラウディアさんがそうなさりたいのならば、そうなさればよろしいのではありませんか?」
「えっと……、それより私はミコト様と二人でどこか魔法部隊にでも混ぜてもらった方がいいかなって……」
「そうね!ルイーザも私ほどじゃないとしてもそこそこ魔法が使えるものね!私とルイーザは魔法部隊に入れてくれていいのよ?ね?フローラ?」
女性が三人集まるとかしましいとは良く言ったものだ。実際に四人も五人もいるとかなり騒がしい……。
「ルイーザやミコトをそのような危険な場所に置けるわけがないではないですか……。クラウディアもです……。私の身に危険が迫る前に撤退してください……」
「それじゃ僕はこの剣をいつ揮えばいいというんだい!?」
だから揮って欲しくないんだって……。最悪の場合のために護身術を身につけておくのは良いけど、戦場で、それも前線に出て戦うなんてもっての他だ。お嫁さん達をそんな所に送るくらいなら撤退する方がいい。
「フローラ様……、フローラ様が私達の身を案じてそのようにおっしゃってくださっていることはわかっています。ですがそれと同じくらい私達もフローラ様の身を案じているのです。そして私達はもう無力な子供ではありません。フローラ様のお役に立てるように努力してまいりました。フローラ様はそんな私達の努力も否定されるのでしょうか?」
「それは……」
俺は何も言えなくなった。カタリーナの言っていることもわかる。俺が逆の立場だったとしたら相当嫌な気持ちになるだろう。
例えば……、俺はこれほど努力してきたというのに、それでも母に敵わないからと戦場から遠ざけられていたら反発するだろう。俺が今皆にしていることもそれと同じだ。逆の立場だったら絶対に納得なんてしない。でも……、皆にも危険な目に遭って欲しくない。
「まぁいいじゃない。どうせフローラが勝つんだから私達に危険なんてないわよ」
「それもそうですわね」
「僕の騎士道はいつになったら果たせるんだろう……」
「それでも万が一があれば私がフローラに教えてもらった魔法を使うね」
「皆さん……」
はっきり言えば楽観が過ぎると思う。俺だって万能じゃないし未来が視えるわけでもない。最善は尽くすけど失敗だって間違いだってする。でも……、これだけ信頼されているんだ。だったら俺が失敗するわけにはいかない。
細心の注意を払って、全てに備えて、失敗した時のことまで考えて、でもそれは表に出さず、ただ自信満々に、出来て当然のように振る舞わなければならない。それが上に立つ者の務めだ。
誰が自信がなくてオロオロしている者についてくるだろうか。上に立つ者は、例え自分が不安に思っていてもその不安を安易に表に出してはならない。ただ冷静に、全てを読み、備え、行なう。それでこそ人がついてくるというものだ。俺もこれから人の上に立つつもりならドッシリと構えておかなければならない。
「それにしても……、フローラ最近お風呂に入ってないわよね?」
「…………え?」
もしかして臭うかな?そりゃそうだよな。船旅に、上陸してもこんな調子じゃゆっくり風呂に入ってる暇なんてないのは当たり前だ。何日も風呂に入ってなければ臭いもするだろう。
「クンクン!クンクンクン!はぁ~~!フローラの香りよ……」
「ちょっ!ミコト!?何をしているのですか!?」
俺にくっついてきたと思ったらクンクンと臭いを嗅いできた。とても恥ずかしい。絶対今俺臭いってば!滅茶苦茶恥ずかしい!やめて!
「あっ!ずるい!僕もフローラの乙女の香りを……」
「それでは私も……」
「失礼しまーす……」
ミコトに続いてクラウディアが、そしてそれに続いてアレクサンドラにルイーザまで、皆が俺に群がってきてクンクンしてくる。とても恥ずかしい!恥ずかしすぎる!
「やめてください!あっ!嗅いじゃ駄目です!あぁ~~っ!」
カタリーナも無言で俺を押さえながら嗅いでる!くそっ!こうなったら……。
「私が何日もお風呂に入っていないということは……、皆さんもですよね?お返しです!クンクン!クンクンクン!」
「ちょっ!フローラさん!やめてくださいまし!」
お?アレクサンドラは真っ赤になって離れたぞ。さすが貴族のご令嬢は何日も洗ってない匂いを嗅がれるのは恥ずかしいらしい。でも……。
「どうして恥ずかしがるのですか?アレクサンドラ?とても良い匂いがしていますよ……」
嘘とか煽りじゃない。本当に……、なんていうかこう……、むせ返るような女の匂いというか何というか……。ちょっと癖になりそうな……。
「フローラさん変態ですわぁ~!」
えぇ……。自分だって俺の臭いを嗅いでたくせに……。まぁいい。アレクサンドラは顔を真っ赤にして逃げた。残りは……。
「いいわよ!私の匂いを嗅ごうっていうのなら受けて立つわ!その代わり私もフローラの匂いを嗅ぐからね!」
「ぐっ!」
ミコトは手強い……。アレクサンドラみたいに恥ずかしがってくれたらまだ可愛げもあるけど、堂々と俺に匂いを嗅がれながら、自分もこちらの臭いを嗅いでくる。とても恥ずかしい。これじゃ俺の方が負けてる。
「今ですわ!私もやり返しますわよ!」
「げっ……」
結局アレクサンドラも一時的に避難しただけで、俺がミコトの相手に手一杯になっていると反撃に出て来た。俺は五人に臭いを嗅がれているのに、俺は一人にしかやり返せない。圧倒的に不利すぎる。
「フローラ様、夕食の準備が……」
「あっ……」
「…………失礼いたしました」
俺達が組んず解れつお互いに匂いを嗅ぎあっていると俺専用の天幕が開けられてイザベラが入って来た。でもこちらの様子を見てすぐに踵を返して出て行く。
「待って!イザベラ!誤解です!イザベラは誤解しています!」
「いえ……、私は何も見ておりませんので……」
「違うのです!誤解です!」
あくまで何も見ていないことにしようとするイザベラに食い下がる。でも結局俺はあれこれ言い訳したけど、絶対にイザベラはわかってくれてない……。まぁいくら言い訳しても実際俺達はあんなことをしていたわけだけど……。
今回はイザベラが入って来ただけだからまだよかったけど、こんないつ誰がどこにいるか、入ってくるかもわからない所であんなことはするもんじゃない。俺はそのことがよーく身に染みたのだった。




