第三百四十六話「行動開始!」
「それと……、カーザー王というのは?」
「はい!それは貴女様です!」
いや、違う……。そうじゃない。俺が聞きたいのはカーザー王というのは何だと聞いているんだ。俺はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースであってカーザー王ではない。
あまりに何もわかっていないと知られてはまた反発されるかもしれない。でも相手が何のことを言っているのかわからないのにわかっている振りをするのも難しい。それに何か変な誤解をしてくれているからと、それにつけこんで利用しようとしたら大体碌な事にならないだろう。俺の経験上、勘がそう言っている。
「この国に……、いえ、この島に伝わる遥か遠い昔の伝承です……」
ハロルド王はまるで物語の英雄を見る少年のようにキラキラした目で俺を見ている。話が進まないと思ったのか大臣らしいそこそこ高齢の者が代わりに話し始めた。
ブリッシュ島は先住民と、そこに入り込んできたデル人、プロイス人、アンヘル人、サクゼン人などのヘルマン系アンヘル・サクゼン人が争っていた。いくつかの代表的な国が興っては消えていく。ウェセック王国はそのアンヘル・サクゼン人の最後の国らしい。
もちろん他の地域に住んでいるアンヘル・サクゼン人もいるだろう。アルバランドやウィルズ、ブリッシュ島の西にあるエールランド島にだってアンヘル・サクゼン人は住んでいる。
ただ現存する正統なアンヘル・サクゼン人の王国はウェセック王国が最後だ。それ以外のアンヘル・サクゼン人の国は全て滅んでしまった。
そんな状況の中でアンヘル・サクゼン人にはかつて英雄がいたらしい。もちろん伝説とか伝承の類であって実在性は疑わしい。それでもアンヘル・サクゼン人が信じている伝承……。
かつて外から侵入してきたアンヘル・サクゼン人だけど、そのアンヘル・サクゼン人もまた外部からの侵入者達に手を焼いた。東のデル王国や南のフラシア王国などだ。そしてかつてのアンヘル・サクゼン人も外部からの侵攻によって滅びかけていた。
その時に現れた英雄がカーザー王といい、外敵を退けアンヘル・サクゼン人達を守り、国を興し、逆に大陸にまで侵攻していったという。
俺はフラシア王国の歴史にはそんなに詳しくないけど、少なくともプロイス王国で習った歴史にはそんなことは書かれていなかった。血統的にそのカーザー王とフラシア王国が何らかの繋がりがあったとしても、島から逆侵攻してきて大陸が支配されたという話は聞かない。
まぁ細かい突っ込みや実在性、詳細な伝承は省くとして、かなり大雑把に言えばそんな感じだ。そしてそのカーザー王が亡くなり、やがて国は分裂することになるんだけど、その時によくある、『私が死のうとも○○は死なない』とか『再び国難が襲う時に私の遺志を継ぐ者がうんたら』とか、そういう言葉で伝承は締めくくられている。
今の状況がまさにその伝承に一致するとハロルド王は思っているようだ。他の家臣達はそこまで思っていない者もいるようだけど、そりゃあもうハロルド王は俺を物語の英雄を見る少年のような顔でずっと見ている。
さっきは状況がわからずうやむやのままになっているけど、俺にウェセック王位を譲ると言ったわけだからな。
俺としては王位をもらえたらかなりラッキーではある。ブリッシュ島に何の縁も所縁もない俺が、この島で活動して他の国と戦う大義名分が手に入るわけだ。それに一部の旧ウェセック王国の貴族達に対しても支配権を主張出来るだろう。
ただ今、はいそうですか、と受け取るのは筋が悪い。ここに残っているハロルド王の家臣達も、いきなり出て来た俺が今から王ですと言われても納得出来ないだろう。確かに一度は危機を救ったけどまだお互いに信用も何もないしな。
「状況はわかりました……。まずはこの危機を乗り越えることを優先しましょう」
「はっ!カーザー王の御心のままに!」
う~んこの……。ハロルドは大丈夫か?ちょっと騙されやすいんじゃないですかね?この人……。
偶然名前が似てるだけでうちは『カーザース』であって『カーザー』じゃないし、たぶん伝承のカーザー王のカーザーって名前だよな。俺のカーザースは苗字なわけで名前じゃないし……。
でもハロルドからするとうちの『カーザース』というのは『カーザーの』という意味を表す苗字に思えているのかもしれない。俺だってカーザース家の由来とか来歴もわからないし、もしかしたら本当にカーザー王という人と何らかの縁があって、とか、あやかって、という可能性はある。
アンヘル人とはデル王国とプロイス王国の国境近くにある半島、アンゲル半島に由来する人々だ。カーン領、カーザース領辺りはアンヘル人やプロイス人やサクゼン人が混ざり合っている。そもそもで言えばそれらは皆へルマン人とかヘルマン民族という大きな分類では同類だけど……。
まぁアンヘル・サクゼン人とはつまり俺達の住んでいる辺りが発祥なわけだから、何らかの影響や伝承の共有がある可能性はある。
と、そんな歴史考察はまた今度にするとして、まずはこの状況をどうにかする必要があるだろう。
さすがに敵もあれだけ痛手を負ったんだからすぐに反撃してくるとは思えないけど……、逆にこちらが油断していると思ってすぐに逆襲してくる可能性もある。こちらの方が圧倒的に不利なんだから備えは必要だろう。
「まずは……、私の部下に連絡して対応策を練りましょう」
「「「「「はっ!」」」」」
俺が船に戻るのは、ハロルド達ウェセック王国の生き残り達にはあまり良い印象を与えないだろう。かといって艦隊指揮を執っているシュバルツやラモールを上陸させるわけにはいかない。ここで俺が船に戻れば、我が身可愛さに逃げ帰ったと思われかねないからな。
だから俺達は沿岸に近い場所に陣地を構築することにした。どうせこんなボロ砦だったら外で陣地を敷くのとそう変わらない。俺が船に逃げ帰ったわけじゃないと示すと同時に、俺達の陸上展開場所を確保し、その上でウェセック王国の生き残り達と連携する。
ハロルド達は砦の修復や次の戦闘に備えるために準備するようだ。俺はウェセック王国の残党とも今後の作戦について話し合うために、何人かウェセック王国代表を連れて海岸に戻った。
俺は船に戻らず伝令を出して上陸部隊をあげて陣地構築を開始させた。それと同時にシュバルツやラモール達、艦隊指揮官達を集めて話し合いを行なう。ここからなら敵が接近してきたらすぐに船に戻れる。あのボロ砦で話し合っている最中に敵の再侵攻で囲まれるなんてことは避けられる。
「状況はわかりました。それで?どうされるおつもりで?」
「そうですね……」
うちの指揮官達に状況を説明してからウェセック王国の者達には下がってもらった。うちの機密もあるから何でも話を聞かせて良いというわけにはいかない。まずは状況だけ一緒に説明してもらって、細かい作戦はこちらで勝手に話し合う。それで作戦が決まればウェセック王国の残党にも伝えて連携するという方針だ。
「まず……、この状況ではフラシア王国との戦闘は避けられません。フラシア王国は前ウェセック王との縁戚であるというギヨームをウェセック王に就け、ブリッシュ島への侵出の足がかりとし、いずれこの地を支配しようと考えているのでしょう」
俺の言葉に全員が頷く。この認識は全員同じだ。
「プロイス王国としてもカーン家としても、このまま黙ってブリッシュ島をフラシア王国に支配されるわけにはいきません。ですので……、ブリッシュ島からフラシア王国の影響力を排除します」
「具体的には?」
フラシア王国を排除するのは大前提だ。じゃあそれをどうやって成すのか。言うのは簡単だけどフラシア王国のような大国を相手に、俺達だけで戦えというのは無理がある。
「まず……、幸いなことにここは島です。いくらフラシア王国との海峡が狭いと言っても船で渡るより他に方法はありません。ですので我々の最大の優位性、フラシア王国を圧倒している海軍で島を封鎖します」
俺は具体的に説明していく。まず艦隊を三つに分ける必要がある。一つは補給と輸送の艦隊だ。今こちらに来ているガレオン船のうち五隻をカーン領に戻す。この五隻はここに補給物資や兵員輸送をしてくるキャラック船の護衛だ。
こちらが敵の補給を封鎖しようとしているように、敵もこちらが海上輸送で補給していると知れば海上封鎖しようとしてくるだろう。だから輸送部隊には護衛は必須。しかもうちでガレオン船に次いで積載量が大きいキャラック船は足が遅い。キャラック船を守るためには五隻の護衛では足りないくらいだ。
ただあまり護衛に部隊は割けない。キャラック船にもカーン砲は積んでいるものがあるし、輸送部隊もある程度は自力で戦ってもらわなければならない。まぁホーラント王国の船はキャラック船でも戦えたから、問題は船足だけだ。追いかけても逃げられるけど、向こうから攻撃に寄ってきてくれるなら何とかなるだろう。
次に十隻ほどを南に回して、フラシア王国との海峡を封鎖する。ここを渡ろうとする者は全て沈めて良い。商人だろうが漁師だろうが関係ない。ここを渡ってこようとする者には容赦するなと伝えている。
俺達の姿を見られるわけにはいかない。目撃者は全て沈める。多少は生き残りがフラシア王国側に流れ着いて情報は漏れるだろう。でも極力情報が向こうへ流れるのは遅らせるべきだ。
こちらへ上陸してきているフラシア王国のギヨームとその部隊は、本国からの支援をあてにしているだろう。その支援を完全に断ち切る。食料などは現地調達出来るとしても、忠誠心の高い兵士は本国から送らない限り手に入らないだろう。
旧ウェセック王国の兵や貴族を取り込んでいるとしても、こちらが正統なウェセック王位を持っていると思わせられれば、いや、そもそも力ずくで従わされているのなら、俺達が優勢だと思ったらこちらにつく貴族や兵士もまだいるはずだ。
そんないつ裏切るかわからない現地兵をギヨームが重用出来るとは思えない。ならば本国からの支援や輸送が滞ればそれだけでもギヨームの軍は弱る。本国から次々陸軍が上陸してくるのなら、数の少ない俺達では不利になるけど、敵をこの島に閉じ込め、補給も支援も援軍も絶ってしまえばどうにかなる。
残る十隻は俺達の戦力だ。島であるブリッシュ島ならば海を支配しておくことは大きなアドバンテージになる。制海権確保と沿岸からの支援射撃、それだけでもかなり優位に進めるだろう。あとはこの十隻は場合によっては南のフラシア王国近海へ派遣したり、交代したり、色々と仕事がある。交代要員や予備戦力としての役割も期待している。
作戦を話し合った俺達はすぐに指示を出した。艦隊を分けて、カーン領に輸送部隊護衛に戻る船は出来るだけ物資を降ろして帰路についた。最低限の弾薬と食料だけ残してあとは他の船に積み替える。さっき弾薬を消費したから少しでも確保しておきたい。
それからすぐに南の海峡にも艦隊をまわす。俺達の情報がフラシア本国に渡るのは避けたい。今のうちからすぐに海上封鎖して、こちらで何が起こっているか状況をフラシア本国に知らせないことだ。それにカーン砲についても出来るだけ情報は隠しておきたいからな。
カーン砲だって無敵でも最強でもない。対処法もあるし限界もある。そもそも弾薬を消費したらあとは白兵戦しかない。弾切れまでどれくらいか察知されたら致命的だ。いくらガレオン船でも弾切れで無数の敵に囲まれたらどうしようもない。
敵の情報を封鎖するとともに、初期のうちに、敵が対応を考えてくる前に、海峡で各個撃破しておきたい。敵の海軍を壊滅させたら俺達の勝率がぐっと上がる。逆に南の海峡を封鎖出来なければ陸軍戦力が雲泥の差である俺達に勝ち目は薄い。
輸送してきた上陸部隊や物資を降ろし、陸上にも陣地を築く。こんな所を本拠地にする気はないけど、とりあえずでも足場を確保しないことには戦いようがない。
「それでは私は再びウェセック王国の者達と話し合ってきます」
「はっ!お気をつけて!」
俺達の作戦は決まりすぐさま動いている。ウェセック王国とは作戦の話し合いというよりはこちらの決定を伝えるだけだな……。どの道彼らは海戦では役に立たない。海上作戦についてはこちらが作戦を伝えるだけで、向こうに同意を求めたり、共同で話し合う必要はないだろう。それに……。
あまり疑いたくはないけどウェセック王国の残党にスパイがいないとも限らない。あまり下手にこちらの作戦を教えすぎて、フラシア王国やギヨームとやらにこちらの作戦が漏れるのはまずい。特に俺達が陸上戦力は貧弱だとバレたら面倒だ。
「それでは行きますか……。陸戦での働きを期待していますよジャンジカ」
「はっ!お任せください!」
人数だけは騎士団国から集めた多くの兵がいるけど……、練度も士気も高いとは言えない。やっぱり主力は騎士爵領の砲兵部隊か……。あとはジャンジカが指揮する旧ポルスキー王国部隊……。それくらいしかまともな兵はいない。
実質実戦で新兵を訓練しようってんだから無茶な話だ……。まさか上陸したらいきなりこんな状況になっているなんて夢にも思わなかったもんな……。
まぁ愚痴を言っていても仕方がない。俺が騎士爵領に戻るまでに出来るだけのことはしますか。




