第三百四十五話「何言ってんの?」
あるぇ?何これぇ?何でこんなことになってるんだぁ?
何かみすぼらしいボロボロの小さな砦で、みすぼらしい格好をしたおっさん達に跪かれている。相手は地方の代官か領主貴族かと思われる。小領主相手にこちらがあまり謙るのも良くないと思って、譲られた上座に立って、俺のことを誰かと勘違いしてたみたいだから名乗ったのに、何だかますます誤解されたような気がする。
何でこんなことになったのか……。少し前から思い出そう……。
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デル海峡を無事通過し、フローレンからヴェルゼル川を下ってきた別艦隊とも合流出来た俺達は進路を西に取りながら話し合いを行なっていた。
「それで……、ブリッシュ島に行くのは良いとして……、どこに上陸してどの国に接触すれば良いのですか?」
正直俺はブリッシュ島という場所の情報をあまり把握していない。一応、どれほど信憑性があるのかはわからないけど地図も見たし、ブリッシュ島という所の状況もある程度は聞いている。
でもそれは机の上で報告書を見ただけの話だ。実際にブリッシュ島に行ったことがないどころか、実際に行ったことがある者から直接報告を受けたわけでもない。
俺の知る知識ではブリッシュ島は小国が乱立している状態と聞いている。最もブリッシュ島統一に近い位置にいる、最大の領土と勢力を誇るのが南部から中東部にかけて広がるウェセック王国。
そして北部に領地を持つのがアルバランド王国。でも北部も完全に統一されているわけではなく、一番勢力を誇っているのがアルバランド王国というだけのことだ。
さらに中西部、西部のウィルズ地方。ここは完全に小国が乱立した状態で統一された政権というものは存在しない。このまま放っておけばいずれウェセック王国がブリッシュ島を統一するのではないか、などと言われるようになってからすでに長い年月が経っているらしい。
結局ブリッシュ島の勢力はどこも大勢力になることがなく、良い所まで行く国はあっても統一が成ったことは一度たりともない。
そこで俺はブリッシュ島に独自勢力をたてて、力ずくで統一しようと思っていた。今回の遠征はそのための足がかりを作るためのものだ。何百年と争っても統一出来なかった島を、たかが数ヶ月くらいで統一出来るなんて馬鹿なことは考えていない。
何とか今回はブリッシュ島に足がかりを得て、そこを拠点に流通を確保し、徐々に勢力を拡げつつブリッシュ島統一に向けて準備を進める。
俺はプロイス王国やハルク海に領地や勢力圏を持っているから、ブリッシュ島だけでやり繰りしている連中よりは有利だろう。不意打ちで電撃的に短期間のうちに一気に勢力を拡げることが出来れば、あるいは数年でブリッシュ島の統一も出来るかもしれない。
「南に近づくのはお薦めできませんね」
「ホーラント王国とフラシア王国に気付かれる可能性が高まります」
シュバルツと一緒にラモールの話も聞く。今回はヘルマン海の事情に詳しいラモールは絶対に外せない。別働隊の指揮とかも任せたいけど今は話し合いのために、この旗艦『サンタマリア号』に乗っている。
「北へ回りつつブリッシュ島に向かうのは良いですが……、どこに上陸してどの勢力と接触しますか?」
なるべくホーラント王国やフラシア王国に気付かれたくないというのは俺も同意だ。知らない間にこっそり統一してました!くらいのノリでいきたい。
ただそうなると南の沿岸は上陸不可能だろう。南側は大陸と島の海峡がかなり狭い場所もある。南の沿岸に向かえばこちらに気付かれないでやりすごすというのは難しい。敵船を全て沈めるというのなら目撃者もぐっと減らせるだろうけど、まだ戦争状態でもないのにこちらから喧嘩を吹っ掛けるわけにもいくまい。
「上陸するとすれば中東部か北東部でしょうね」
「ただ……、アルバランドやウィルズは先住民達の勢力圏で我々はあまり歓迎されない地域のようです。となれば南部、中東部を勢力圏にしているウェセック王国と接触するということに……」
「う~ん……。ブリッシュ島を統一するとすればウェセック王国だと言われているほどの勢力を誇るのですよね?そんな国が我々を温かく迎え入れますか?」
「「「…………」」」
結局そこで話は止まる。今までだって話してこなかったわけじゃない。ただいつも同じ所で話が堂々巡りになるだけだ。
「一先ず中東部に上陸しましょう。現地の情報を集めるべきです」
「そうですね……。これ以上ここで悩んでいてもわからないものはわからないのです。行くだけ行ってみましょう」
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とりあえずウェセック王国の勢力圏の端に近い場所を目指す。アルバランドの近くだけどアルバランドの勢力圏じゃない。先住民の国が相手だといきなり戦闘になる可能性もないとは言い切れない。まずは安定している国に近づいて情報収集を行なおう。
いきなりウェセック王国と事を構えたり、乗っ取りを仕掛けるつもりはない。上陸拠点も橋頭堡も確保出来ていない俺達が、いきなりそんなことをしても失敗するのは目に見えている。
「報告!陸が見えてきましたが何やら様子がおかしいとのことです!」
「なんだと?」
そろそろ上陸予定地点に近づいてきたという頃、見張りからの報告で甲板に出てみた。望遠鏡で西の空を見てみれば何やら煙が上がっているように見える。
「おい!詳細はわかるか?」
「へい!どうやら戦闘中のようです!」
甲板からでは空に上がっている煙くらいしか見えない。でもマスト上の見張りからは向こうの様子が見えているようだ。
「戦闘?一体どことどこが……」
「元々アルバランドと近い場所というのなら、ウェセックとアルバランドが?」
「旗を確認!貧相な砦の旗はウェセック!それを攻めているのはアルバランドと……、フラシアです!」
「「「フラシア王国っ!?」」」
シュバルツやラモールと顔を見合わせる。ウェセックとアルバランドが争っているのはわからなくはない。元々国境に近い場所だ。小競り合いくらい日常茶飯事なのかもしれない。でも何でこんな場所にフラシア王国がいる?
「船……。船は!?近くに船はいますか?」
もし……、フラシア王国がここを攻撃するために上陸してきたのなら、この近辺に船がいるはずだ。でもそうじゃないのなら……。
「付近に船は見当たりませんぜ!」
「はぁ……。最悪の形かもしれませんね……」
「どういうことです、お嬢?」
シュバルツはわからないという顔で俺に問いかける。
「いいですか……。その砦を落とすためにフラシア王国がアルバランドと組んで強襲上陸を敢行して、砦を攻撃しているのなら近くに船がいるはずです。ですが近くに船がいないということはこの付近で上陸したわけではないということ……。ならばフラシア王国軍はどこから上陸してどこから来たのですか?」
「そりゃあ……、南の海峡を渡ればすぐブリッシュ島でさぁ。渡るなら海峡を……、あっ!」
言っているうちに気付いたらしい。最悪の状況だ……。
「そうです……。このフラシア軍は南の海峡を渡り、陸を歩いてここまでやってきた……。ウェセック王国の勢力圏の端にほど近いこの場所まで……」
「つまり……、ウェセック王国は……」
「滅亡寸前……」
敵にフラシア王国がいるのは最悪だ。もしここで下手に介入してフラシア王国とプロイス王国の戦争になったら一大事どころじゃない。でも物は考えようだ。
もし本当にウェセック王国がフラシア王国と、たぶんついでにアルバランド王国に滅ぼされかけているのなら、その危機を救いウェセック王国を乗っ取るのも簡単かもしれない。上陸拠点や大義を確保しつつ俺達がブリッシュ島を征服するまたとない機会だ。
このままフラシア王国にブリッシュ島を征服されるのが一番最悪だ。それを思えば今の状況もそう悪くないように思えてくる。
フラシア王国とプロイス王国の戦争に発展されては困るのなら、こちらがプロイス王国であると気付かせる前に片を付ければいい。俺達がブリッシュ島を征服統一した後なら俺達がプロイス王国だとバレようが関係ない。
「砦の救援に向かいます!敵はフラシア王国およびアルバランド王国!ウェセック王国に攻撃を仕掛けることは許しません!敵を間違えないように注意しなさい!」
「「「「「はっ!」」」」」
直ちに命令が伝達されて全艦が戦闘態勢に入る。沿岸部に並んだ二十五隻にものぼる、この世界では類を見ない大艦隊による艦砲射撃は……、俺の想像を超えてエグいものだった……。
あっという間に吹き飛ぶ人間達。カーン砲の命中精度が悪いとか、前装式だから装弾が遅いとか関係ない。砲撃から身を守る術を知らないこの時代の人間達は、ただひたすら逃げ惑う。何千人と密集している所に適当に鉄の弾を放り投げる簡単なお仕事だ。
現代ならば塹壕を掘り、ヘルメットを被り、体を低くして砲撃や爆発に備えるだろう。それが一番被害が少ない。でもそんなことを知らない敵兵達は、ただひたすら逃げ惑い、砲弾や爆風に飲まれて吹き飛ばされる。
俺が考えていたよりも短時間で、圧倒的な戦果をもって最初の戦いは幕を閉じたのだった。
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みすぼらしい砦からやってきた斥候と接触して、いくらか状況を聞きながらこちらが敵ではないと伝えた。砦に篭っていたのは予想通りウェセック王国の者達であり、話し合いの席を設けたいというウェセック王国の要望を聞いて上陸することにした。
連れていくのは少数精鋭。艦隊指揮を任せているシュバルツやラモールを連れて行くわけにはいかない。行くのは俺と精強な兵士達、そして……、ジャンジカ……。
この日のために鍛えてきた元ポルスキー王国陸軍の捕虜達も連れて来ている。もし話し合いが罠だった場合生きて脱出出来るメンバーを揃えようと思ったら、俺とジャンジカと一部の精鋭だけで行くしかない。
斥候からいくらか話は聞いたとはいえ嘘や罠がないとは限らない。一応警戒してみすぼらしい砦に入り、案内された部屋に入ると……、いきなり上座に座っていたおっさんが段上から降りて俺に頭を下げた。
他の者達は少々困惑しているようだけど、砦も皆の格好もみすぼらしいし、この地方を治める地方の在地領主か、落ち延びてきた貴族というところだろうか。何か上座を勧められたからとりあえず段上に上って振り返る。
最初に跪いたおっさんが何かわけのわからないことを喚いているから、誰かと勘違いしてそうだと思って名乗る。それなのに……、何故か他の者達まで一緒になってさらに跪いた。状況が全然わからない。何だこれは?
「誰か……、まずは状況を説明してください……」
そのあとで聞いた説明で俺は軽くめまいを覚えたのだった。
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状況は思った以上に悪かった。どうやらウェセック王国はもう滅亡寸前だったらしい。もしかしたらたまたまここを攻められていただけで、他にまだ勢力が残っているかもしれない、そんな風に考えたかったけど……、やっぱりもうここだけしか残っていなかったようだ。
俺に最初に跪いた者は何とハロルド王というウェセック王国の王様だったらしい。降りたのも玉座だというから驚きだ。俺はまたてっきり地方領主くらいかと思って偉そうにしてしまった。いくら滅亡寸前とはいえ、相手はかなり大きかったウェセック王国の王だった人だ。
継承問題で内戦になったんだから実際統治した期間はほとんどないとしても、それでもちゃんと戴冠した王だったのなら、一地方領主でしかない俺よりも立場は上だろう。それなのにあの態度はなかったな……。
でも言い訳させてもらうのなら、いきなりあんな態度を取られたら、もしかしてこちらの方が立場が上だと相手が知っているからなのかなと思うだろう?そんな状況なのにこちらが謙って謙遜していたら舐められることになる。
この世界で外交的にはあまり舐められるのはよくないことは散々身に染みてきた。だから相手がこちらを上だと思っているのなら、相応に対応した方が良いと思ってしまったんだ。俺は何も悪くない。いきなり跪いたハロルド王が悪い。
「状況は大体わかりました……。つまりまだ何も終わっていないということですね」
ここを守って一度敵を退けたとはいってもまだ戦争は終わっていない。むしろ今後敵が本気になってくるだけのことだ。
敵は今連戦連勝の上に一気に勢力圏が拡がったから、ここには一部の兵力を送るだけで十分落とせると判断したんだろう。実際俺達が来なければ陥落していた。
でも俺達が敵の部隊を蹴散らしてしまったために、敵は今度はもっと本格的に侵攻してくる。ウェセック王国の王位継承問題に端を発した今回の戦争は、他の自称後継者がいなくなり、ウェセック王国が纏まるまで終わることはない。
継承戦争というのは一番厄介であり……、その厄介な泥沼の戦争に俺達は足を突っ込んでしまったというわけだ……。




