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第三百四十三話「遠征開始!」


 船に乗せてきた料理人達がデル王国の料理人達にうちの料理を教えながら昼食の準備をしている。今回俺は積極的にうちの特産物を使い、無償で提供し、そしてさらにレシピまで公開している。


 それらは何もデル王国へのおべっかとか譲歩とかそういうものじゃない。俺が積極的にレシピまで公開しているのは……。


「うまい!こんな料理があったとは!」


「なるほど……。こんな調理法が……」


 あちこちでデル王国の料理人達が調理しながら試食して唸っている。昨日の晩餐会に続いてこちらでも大好評のようだ。少々味付けが濃いと言われているようだけど、現代地球の味付けを知っている俺からすればこれくらいは味付けしないとむしろ薄く思ってしまう。俺の口に合うように作られているからこちらの人が初めて食べたら少々味付けが濃いと思うかもしれない。


「よろしいのですか?フローラ様。これらは当家の秘伝では?」


 船から降ろした食材で今日の昼食の用意をしている料理人達を視察に来ていると、カンベエがそんなことを言ってきた。デル王国との交渉は午前中にあっさり終わってしまったから、今日は昼食を振る舞ったら俺達はカーン騎士爵領へと出発する。トラブルがなければ今日中に騎士爵領まで戻れるだろう。


「わかっていませんねカンベエ。料理の調理法など教えても大した問題ではありません。むしろこちらの調理法を教えることで、他の人がそこから新しい料理を生み出してくれるかもしれないのですよ?隠しておくよりも積極的に広めた方が良いでしょう」


「はぁ……」


 カンベエはわからないという顔をしている。確かに技術とかそういったものは秘匿しておく方が自分にとって有利だろう。ただしそうすると発展が阻害される。うちが考えた良い方法をあちこちに広め、それが常識になり、そしてその中からさらなる工夫や進化が生まれる。


 何かを進化させようと思えば広く普及させて、それを学んだ者の中からより良い方法を考えつく者が出てくればいい。秘密にしていてはそれを知る人数が制限され、その中でさらにより良いものを考え付く者など限られてしまう。多くの知恵や閃きや試行錯誤があってはじめてそういうものは進歩していく。


「どうやら理解出来ないようですね……。いいですか?卵や牛乳を使った料理を作ったこともない者に卵や牛乳をあげても価値も使い方もわかりません。鶏肉も、チーズも、ありとあらゆる物全て同じです。調味料だって知らない調味料ならばどううまく使えば良いのか見当もつかないでしょう」


「…………。――ッ!そういうことですか!なるほど!」


 少し考えてからカンベエはようやく理解したらしい。そこへミカロユスも口を挟んできた。


「食材や調味料などの製造や流通はこちらが押さえ、相手にその利用方法だけを教える。その味に慣れ、求めるようになった者達はその食材や調味料を買うしかない。全てはフローラ殿の目論見通り。そういうことであろう?」


 ミカロユスは商売や経済もある程度理解があるのかもしれない。カンベエはちょっと頭が固いから商売向きではなさそうだ。頭は良いんだけど考えが固すぎる。戦や政には向いてそうだけど、経営とか経済はちょっと苦手かな……。


 カンベエがそういうことを苦手としているのは人の機微がわからないからかもしれない。うまいものを食いたいとか、一度食べたらまた食べたくなるとか、そういった人間の当然の欲求への理解も少ないんだろう。


 それに比べて人の欲を刺激して交渉に利用するミカロユスは、人間のそういった欲求がどう動き、どう利用すればいいかがわかっている。ミカロユスには統治者や戦闘指揮者としての才能はないけど……。


「当家の料理を食べ味を知り、調理法を教えられ、その味を求めるようになれば……」


「世界中でも当家しか作っていない食材や調味料は当家から買うしかない……」


「「まさに悪徳商人そのものですな」」


 二人揃ってそんなことを言う。一体どういう意味なのか……。俺はただお客さんに試食させて、調理方法も教えてやっただけだ。それでもいらないと思う相手は買わないだろうし、欲しいと思った者は買うだろう。ただそれだけのことだ。




  ~~~~~~~




 俺達はデル王国の王様や高官達と昼食を共にすることになった。遠いながらもグンヒルダも向こうの方で一緒に食事を摂っている。俺もちょっとグンヒルダとお友達にでもなっておきたかったけど、結局あまり話す機会もなく、そんなに親しくなれたとは言い難い。料理がおいしかったという感想はもらったけど……。


 まぁ会って一日や二日で親しくなろうというのも無理な話だろう。グンヒルダと仲良くなるのはこれからの課題として、今回はカーン騎士爵領へ戻るとしよう。またすぐ来ることになるけどな。


 適当に見送りを受けてコベンハブンを離れた。あとはキーンに戻ってから……。


「お嬢」


「シュバルツ、キーンに着いたらすぐに出港準備を整えておいてくださいね」


「ええ。補給物資を積み込んで待ってますよ」


「一日二日でどうということはありませんが……」


 一度キーンに上陸してカーンブルクまでは行く。でも俺はまたすぐに出港するつもりだ。そのための準備は整えておいてもらう。なまものとか腐るものは出港前ギリギリに積み込むけど、使った弾薬とかそういう物資は積んで補給しておいてもらう。


「カンベエとミカロユスは留守を頼みますよ」


「「はっ!」」


 結局ミカロユスはカーン騎士爵領まで連れていくことにした。デル王国との交渉役をやらせたら思いのほか役に立ったからな。今度の魔族の国との交渉もカンベエとミカロユスにやらせるつもりだ。もちろん最終的に決めるのも調印するのも俺だけど、事前の交渉や根回しにはこの二人は最適だろう。


 デル王国との交渉で二人を組ませたのは正解だった。今では二人とも、口ではまだ反発し合っているようなことを言ってるけど、お互いを認め合って、お互いの不足部分を補い合って仕事をしている。


 軍政や内政に明るく頭もいいけど、ともすれば自信過剰で人を見下しがちになるカンベエと、他はからっきしでも人の機微を感じ取り、人を転がすことに長けるミカロユスはお互いの不足部分を補い合える。


 皆でこれからについて話し合っているうちにあっという間にキーンに到着してしまった。もっと話し合いたい予定とかいっぱいあるんだけど……、仕方がない。


 ギャーギャーうるさく騒ぐミカロユスのことはカンベエに任せて、俺達はキーンで一泊してから翌朝カーンブルクへと戻った。今回は客人がいないからそんなに気を使う必要はない。


「それではお母様は自宅でゆっくりお休みください」


「ねぇねぇ?フローラちゃん何か企んでない?お母様に隠し事してない?」


「え~?」


 冷や汗をかきそうになるのを必死で誤魔化す。俺はこれから艦隊を率いてブリッシュ島に乗り込む予定だ。皆に内緒で……。王様やディートリヒたちプロイス王国にも、父や母にも内緒だ。俺がブリッシュ島に行くなんて言ったら母ならついてくるとか言い出しかねない。


 それでなくともカーン騎士団国に大量の兵員を派遣しているのに、これからさらにブリッシュ島方面にまで侵出するとなると、カーン家・カーザース家の兵力がほとんど空になってしまう。一応周囲の応援や俺達が戻るまでの時間を稼げるくらいの守備兵力は置いていくけど……、敵にこちらが手薄だと悟られるわけにはいかない。


 母はカーザース家の最後の守りであり、母まで長期間ここから離れるというわけにはいかないだろう。


 それから俺はルートヴィヒと許婚候補が解消されたことで、プロイス王国ともちょっと関係が悪化しているというか、気まずいというか、俺の勢力伸張を王様達が望まなくなったというか……。


 エレオノーレ様とは婚約してるけど、それだってルートヴィヒとの関係が解消されてしまったから、止むを得ず何とか俺をつなぎ止めるためにという側面が強い。そんな微妙な状況なのに、俺がさらに海外領土を獲得しようとしていると知られると面倒になりかねない。


 もちろん黙って海外領土を得て、勝手に外の領主や国王になっていることがバレたら後で問題になるかもしれない。でも俺はそれでも行く。そしてその対策も考えてある。


 つまり、例え事後報告で俺が海外領土を獲得したり、どこかの国の王になっていたとして、それを王様やプロイス王国に報告しても文句を言われないだけの力をつけておけばいい。文句があるならプロイス王国を出ていって向こうの国でよろしくやります!くらい言えるようになれば十分だろう。


 カーンブルクで数日間仕事をこなした俺は、魔族の国との交渉はカンベエとミカロユスに任せてキーンへと戻った。これから向かう先は戦場だ。長い間ずっと内戦を繰り返しているというブリッシュ島。そこへ上陸し、俺がブリッシュ島を纏め上げる。そのためにデル王国と通航権の交渉をしたんだからな。


「さぁいくわよ!」


「あの……、皆さん本当についてこられるおつもりですか?」


 俺はお嫁さん達に問いかける。俺がブリッシュ島に遠征に向かうと言った時、お嫁さん達は全員ついてくると言って折れなかった。結局俺の方が折れることになったけど今でもまだ納得はしていない。


 ブリッシュ島の状況もわからないし、こちらは橋頭堡も確保していない状況だ。かなりの危険も伴うだろう。そんな場所にお嫁さん達を連れて行くのは正直乗り気しない。


「私達ではフローラ様のお役に立てないことはわかっています」


「ですがフローラが行くというのに私達だけ残って待っているなどという選択肢はありえませんわ!」


「足手まといにはならないようにするから!」


「フロトの盾になるくらいは出来るよ」


「皆……」


 その表情からすでに覚悟は決めているんだろう。今まで何度もこの話をしても降りなかったのに、今からこの話を蒸し返しても説得出来るとは思えない。もうなるようにしかならないか……。


「わかりました……。ですが誰一人死ぬことは許しませんよ!もちろん私が全員を守ります。誰一人欠けさせたりはしません。ですが皆さんも、自分の命を粗末に扱わず、必ず生きて帰るという強い意思を貫いてください。生きようとしていない人を生かすことは出来ませんから……」


「わかってるわ!さぁ行きましょう!」


 何か知らないけどミコトが仕切って船が出港した……。俺が船を出せって指示してないのに……。これじゃまるでミコトが長官みたいだな。


 今回の遠征は本気だ。デル王国を脅迫するためにガレオン船十隻を集めたのとは規模が違う。キーンから出港してデル海峡を通っていくのが十五隻。そしてフローレンで建造されてヴェルゼル川を下って合流するのが十隻。合計二十五隻による、現時点でカーン家が実際に運用し得る最大限の艦隊を用意している。


 残っているのはカンザ商会のガレオン船くらいで、残りはキャラベル船やキャラック船といった旧式艦を民間に払い下げて流通を何とか回す予定だ。まぁ民間って言ってもカンザ商会と俺の息がかかってる造船組合だけど……。


 俺は一ヶ月くらいで一度戻る。あと一ヶ月くらいでヤマト皇国の外交使節が来てしまうからな。一ヶ月でブリッシュ島を制圧して統一出来るなんて思ってはいない。ただ最初の一ヶ月で橋頭堡を築いて拠点の一つでも確保出来ればなと思っている。


「おおーーい!」


 先の交渉でまた戻ってきて通ると言っておいたからスムーズにデル海峡を通れた。ドルテとベンクトが俺達を見送りに来たようだ。デル王国の船から旗のようなものを振っている。こちらも手を振り返すと気付いてくれたようだ。


 無事にデル海峡を十五隻のガレオン艦隊で通過した俺達は初めてヘルマン海に出て来た。ラモール達、元ホーラント王国海軍の所属だった者達には懐かしい海かもしれない。でも俺達にとっては初めてやってきた海だ。ほんの少ししか変わらないのに、それでも何だか随分違う海に来たような気がしてしまう。


「お嬢、向こうからフローレンの艦隊がきましたぜ」


「ええ。そのようですね」


 デル海峡を越えて、デル王国の半島沿いにやや南下していると向こうから十隻の艦隊が近づいてきていた。フローレンで建造され、今までフローレンの港に係留されていたガレオン船達だ。乗組員はキーンから送られた者達で、操船自体は慣れている。当然だけどまともに訓練もしていない新兵とは違う。船そのものはほぼ新品状態だけど、乗組員は熟練揃いだから大丈夫だろう。


「いやぁ……、ガレオン船二十五隻による大艦隊……。壮観ですなぁ……。こんな艦隊の提督をさせてもらえるなんて、やっぱりお嬢についてきてよかったぜ!」


「それはまだ早いかもしれませんよ。この先どのような敵が待ち受けているかわからないのですからね……。それではブリッシュ島に向かいますよ!」


「はっ!」


 船はヘルマン海を西へと進む。ブリッシュ島はどんなところだろう。



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― 新着の感想 ―
[一言] マリア「来ちゃった///」 ってな感じで船に潜り込んでそう
[一言] フローラ様、来る時のために反逆の準備に精を出しちゃったよ。王様達も当初はフローラ様がここまで脅威になるとは思いも寄らなかっただろうな。
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