第三百四十一話「鞭の後に飴!」
は~……、疲れた……。もしあのデモンストレーションを見せても、つまらないものだった、とか言われて首を刎ねられたらどうしようかと思った。もちろん黙って斬られるつもりはないけど、この首を差し出しますキリッ!とか言ってたのに、いざじゃあ斬りますって言われて逃げたら格好悪いしなぁ……。
そりゃ殺されそうになってるのに格好悪いとか言ってられないけど、もしそんなことになって抵抗したらもう交渉どころじゃなくなる。仮に今後再びデル王国と交渉する席が持てたとしても俺は二度と関われないだろう。
ここの王様が嫌な王様じゃなくてよかった。もし嫌な王様だったら内心でどう思ってても絶対認めないとかそういう可能性もあるもんな。そうなったら俺は殺されたくないから全力で抵抗するし、ガレオン艦隊にもコベンハブンを攻撃させなければならない所だった。
もしコベンハブンを攻撃していれば戦争にもなるだろうし、というかそれはもう戦争だし、民間人にも大きな犠牲が出てしまう。俺が自分で言い出したくせに、自分が助かりたいからと一般市民達まで巻き添えにして戦争を起こすなんてとんでもない話だしな。
「本当にフロトって容赦ないわよね。あれなら私が口添えした方がまだ優しかったわよ」
「どういう意味ですか……。私は自分の首まで賭けてあのようなことをしたというのに……」
まったく……、ミコトは失礼だな。俺は先に自分の命を張ってまで本気を示したんじゃないか。クヌート王がそれを察してお互いに手を取り合おうと思ってくれたんだから、結果的にはよかったけど、下手したら本当に俺の首を寄越せとか言われてたかもしれないからな。
「フローラ様、あれだけ力の差をはっきり見せられて、フローラ様の首を寄越せなどとデル王国が言えるはずないではありませんか。それではこのコベンハブンが廃墟になるだけです」
「それは!……そうかもしれませんが」
カタリーナの言葉に反論しようとして出来ないことに気付く。そうだな。俺はいつでもコベンハブンにあの攻撃が出来るぞと脅したようなもんだもんな……。
もしかして俺がしたことってかなり最低なんじゃ?俺はただこちらを侮っている様子のデル王国首脳陣に、ちょっとこちらの力を見せて、あまり侮るなよと虚勢を張っただけだった。もしいざ戦争になればデル王国やカーマール同盟と戦って勝てるとは思えない。
ただこちらも小さいは小さいなりに力はあるぞと虚勢を張った、だけのつもりだ。
でも相手は海軍の準備も出来ていない中で、こちらは万全の状態のカーン砲を搭載したガレオン船十隻を実質首都であるコベンハブンの港に並べた。もしあの場で争いになっていればコベンハブンは甚大な被害を蒙っただろう。
それってつまり俺はコベンハブンの人々を人質に脅した最低な奴ということじゃ……。
「フロトが何を考えてるか大体わかるけどそれ見当外れだから気にしなくていいわよ。はっきり言うけどここに連れて来たガレオン船十隻でもデル王国を滅ぼせるから。フロトは自覚がないようだけど、カーン家の力はそれだけのものよ」
「…………え?」
ミコトが変なことを言うから回りに助けを求める。でも……。
「「「「「うんうん」」」」」
「………………え?」
皆何故か頷いている。ちょっと待って欲しい。
「ちょっとした小規模な海戦では勝てると思いますよ?ですがいくらガレオン船を並べても国を落とすなんてことは……」
「あのですわねフローラ……。どこの国も国は国民が支えているのですわ。それはフローラもおわかりでしょう?」
「ええ……」
真面目な顔をしたアレクサンドラに頷く。それ以外の反応は出来ない。
「もしあのような船が突然港に現れ、各地の港町を攻撃していけば……、国民は大混乱に陥るでしょう。そして国民は王や貴族に要求します。『あんな敵に勝てるはずがない!早急に降伏しなければ国が滅び、国民が死に絶える!』と……」
「そんな大袈裟な……。カーン砲の射程では内陸に逃げられては届きません」
港の施設や守備隊や船は破壊出来るだろう。でも人間をいちいち全て殺すなんて不可能だ。カノン砲にそんな力はない。
「それはフローラの意見でしょう?初めてあれを見せられ、あれが降り注ぐ町であれの恐怖を味わえば……、人の心は容易く折れますわ。そして……、勝てない敵と戦うよりはと民衆は王や貴族にその刃を向けますわ。そうなれば……」
「自滅して国が倒れる……?」
アレクサンドラの言葉は……、荒唐無稽と笑い飛ばすにはあまりに説得力があった。確かに地球でもそうして倒れた国も数多く存在する。
俺は自分の軍でいかに真っ当に戦って敵を滅ぼすか、しか考えてこなかった。でも……、今アレクサンドラが言ったように、ちょっと圧倒的実力差があるように見せかけて民衆を脅し、そこに扇動を行い、民衆が国に対して反乱を起こすように促せば……、自軍の陸軍をほとんど投入することなく相手の国を倒せるかもしれない。
何も正面から敵兵とだけ戦って、倒し、捕虜にし、順番に陸を進んでいく必要はない。戦争にはそういう形もあり得る。そしてこの世界ではもっと汚い手を行なっても許される……。何故ならば……、それを決める国際ルールは存在しないからだ。
「…………」
俺は今初めてぞっとした。捕虜をとるのが面倒なら、降伏してきた敵をその場で殺しても良い。敵兵も、民衆も、ゲリラも関係なく、目に付く敵国民全てを殺しても良い。それが……、戦争?
「そう難しく考えることはないさ。フロトはフロトの思うように、フロトの信じたようにすればいいんだよ」
「クラウディア……」
ポンと肩に手を置いてくれたクラウディアの手を握る。ちょっとそう言ってもらえただけでも何か安心する。その時……。
コンコンッ
と扉がノックされた。そういえばここはコベンハブンの王の居城だったな。今回は正式な使者として迎えられているからそれなりの客室に通されている。
「はい」
「すみません。こちらにミコト様がおられるとお聞きしてやってきたのですが……」
俺が合図をするとカタリーナが扉を開けた。そこに居たのは若い女性だった。歳の頃は俺達と同世代くらいだろうか。格好からして相当高位の貴族のご令嬢か……、あるいは王族と言っても通りそうな格好に佇まいだ。
「グンヒルダ!」
「ミコト様!」
その女性に向かってミコトが近づくと二人は抱き合っていた。どうやら顔見知りのようだ。状況についていけない俺達はちょっとポカンとする。
「紹介するわ!この子はグンヒルダ・ヴァンデンリズセン!クヌート王の娘、つまりデル王国の王女様よ!」
「ミコト様……、何だかその紹介のされ方は照れてしまいます」
う~ん……。可憐だ。いかにもお姫様という感じだろうか。マルガレーテもイメージ的にはこんな感じだった。大人しくて可憐なお姫様。まさにお姫様。乱暴で口が悪くてちっぱいのツインテールとはまったく違う。
「ちょっとフロト!今絶対碌でもないこと考えてるでしょ!」
「いいえ?まったく?」
ここで動揺してはいけない。何故ミコトがいつも俺の考えていることを読めるのかは知らないけど、それでもこちらが知らないと言い張れば証拠はない。吐くのなら嘘は吐き通す。
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王女様であるグンヒルダを迎え入れて客間で皆で話をする。どうやらミコトとグンヒルダは同世代くらいのお姫様同士ということもあって元々随分仲が良かったらしい。以前にミコトがデル王国に立ち寄りたがったのもグンヒルダに会うのが目的だったようだ。
「そんなに何度も会ったことがあるわけじゃないんだけどね。それでもグンヒルダが随分私を慕ってくれてたみたいだから!」
そこで無駄に偉そうに言わず、そんなにない胸を張っていなければもっとよかったのにね……。どうしてミコトはそういうことを自分から言わずにはいられないんだろう……。それがグンヒルダの口からとかで俺達の耳に入れば、そうなんだ、慕われてたんだね、って素直に思えるものを……。
「ミコト様と私とでは身分が違いますが、一国の王女として立場は似ていると思ってしまったのです。それに私は同世代のお友達もおらず……、ミコト様に外のお話をしていただけるのはとても刺激的でした」
「そうでしょうそうでしょう!」
完全に鼻を高くしてミコトが頷いている。
「フローラ様、少しよろしいでしょうか」
「今行きます。申し訳ありません。少し所用が出来てしまいました。グンヒルダ様はゆっくりしていってくださいね。それではまたのちほど」
ノックをして扉の外からカンベエに呼ばれたから客間から出る。さすがに他に女性が大勢いる場にはカンベエもきちんとノックをして外で待っていたようだ。っていうかそれが出来るなら俺の時もそうしろよ!お前は俺を何だと思ってるんだ!もし着替えの最中でまいっちんぐだったらどうするつもりだ!
まぁ……、散々言っても中々直らないんだから直らないんじゃなくて直す気がないか、わざとやっているんだろう。一応その都度注意はしているけど今はそれどころじゃない。
部屋にグンヒルダを残して俺は外に出るとカンベエと一緒に別室に向かった。そこは明日の会談に向けての事前協議をしていた外交官達が揃っている。どうやら何か重要なことがあったらしい。カンベエとミカロユスを中心とした使節団の前に俺が座ると早速話が始まった。
「どうやらフローラ殿の脅しが効きすぎたようでしてな。デル王国側の態度が急変しましたわ。今ならば前よりもこちらに有利な条件でも何でもつけられますぞ」
ミカロユスの言葉に他の使節団員達も頷く。俺は別に脅しなんてしてないぞ。正当なこちらの力を示して相手に認めさせただけだ。っていうのが言い訳だってのは向こうの部屋で思い知らされたけど……。
「あの化物のような船の恐ろしさは私自身がよ~~~~っく!身に染みておりますからな!それはもう恐ろしいものですぞ!あのカーン砲なる兵器に狙われる恐怖……。思い出すだけでも股間を濡らしてしまいそうですわ……」
やめろよ……。おっさんの失禁なんて見たくないぞ……。
「確かに私が思った以上に効きすぎたかもしれませんが……、こちらの要求を吊り上げてはなりません。相手を脅しつけ、引き下がったからとこちらの要求を次々に突きつけては相手にも恨まれましょう。我らの望みはデル王国を叩くことでも、お互いに憎しみ合うことでもないはずです」
「そうですな……。では……、予定通りに今夜の晩餐会にはカーン家秘蔵のあれらを出しますか」
本来は……、俺達が来ている方なんだから俺達が持て成される方だ。でも……、うちには特産がたくさんある。とくさん、たくさん、しゃれじゃないよ?
ただ恐怖や力で押さえつけるだけでは人は動かない。だから……、相手に得も示してやればいい。うちと手を結ぶことがいかに利益になるのか。それを教えてやろう。
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元々事前交渉で、今日全権大使である俺が来た時に、こちらが食事を出そうという話はしていた。デル王国側はそれがこちらのご機嫌取りだと思っていたようだし、プロイス王国の料理など食えたものではないと突っぱねていたようだ。でも今日の出来事があって向こうも話を聞いてくれるようになったらしい。
というわけで今日の晩餐会はカーン家が料理を用意し持て成す。相手国にいながらホストが相手国じゃないという変な状況だけど、いちいちそんなことを気にしていたら何も出来ない。今はうちの売り込みが目的だからうちの特産を味わってもらわなければ意味がない。
「本日はこのような場を設けることが出来て感謝しております。不幸にしてデル王国とプロイス王国はかつて幾度となく矛を交えてまいりましたが、今回の交渉でその不幸な過去を乗り越え、これからはお互いの手を取り合って、協力し合っていけるようにしたいと思います」
普通はホスト国であるデル王国側がこういう挨拶をするんだろうけど、食事を提供して持て成すのがうちだから、俺が相手国に来ていながら主催者のように挨拶をするというわけのわからない状況になっている。それでも参列者達はパチパチと拍手を送ってくれた。
「それではこれからの両国の友情と繁栄を願って、乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」
俺の挨拶が終わり皆がそれぞれ手にしたグラスを傾ける。この国でも珍しい透明なグラスだ。そこに注がれているのは……。
「うまい!」
「これは……、魔族の国の『酒』か!」
「まさか酒をこれほど振る舞えるというのか……。プロイス王国は一体……」
皆酒に驚いているようだ。デル王国は魔族の国と貿易を行なっている。だから魔族の国の物品も多少は知っているはずだ。でも貿易量があまりに少なく向こうの品は貴重品となっている。酒だってちょっとは飲んだことがあるようだけど、貴重品すぎてそんなにバカバカ飲めるものじゃないらしい。
「これは当家にて作った酒です。魔族の国の酒と製法は非常に良く似ており、いえ、ほぼ同じであり、魔族の国の酒を目指して造られたものです。今宵は無礼講。当家の酒を存分にお楽しみください」
今回の交渉のためにガレオン船には色々と品を載せてきたからな。俺がそう言ったら途端に晩餐会の会場中が騒がしくなった。相当動揺しているようだ。これならうまくいきそうだな。




