第三百四十話「デモンストレーション!」
デル王国、国王クヌート・ヴァンデンリズセンは頬杖をつきながら会議の様子を眺めていた。
「何故このデル王国ともあろう国が、プロイス王国などという小国に配慮せねばならんのだ!」
「ですが……」
「ですがもクソもない!全て突っぱねろ!」
ここの所繰り返されている会議にクヌート王は興味なさげに視線を外へと向ける。会議の内容はいつも同じだ。
最近急に接触してきたプロイス王国の使節との交渉について、現場でプロイス王国の使節と直接接触している下級官吏達は、プロイス王国の提案に乗って譲歩すべしと主張している。
それに比べて大臣や高位貴族達、現場は見ていないが決定権を持つ上位の者達は、何故大国であるデル王国が小国であるプロイス王国に遠慮や配慮をしなければならないのかと憤る。
プロイス王国の望みは単純明快。そしてハルク海沿岸の国々や商人達全ての望みと同じだ。デル王国の海峡を通ってヘルマン海へと出たい。
その希望自体は何も珍しいものではない。実際これまで数多くの国々や商人や商会が海峡の通航権を求めて交渉にやってきた。そしてそれは交渉などではない。一言言えば済む簡単な問題だ。
『通りたければ通航料と関税を払え。払わないのならば通さない』
今まではただこれだけで終わりだった。実質的にカーマール同盟を纏め上げ、ハルク海を掌握しているのはデル王国だ。そしてデル王国の海峡を通らなければハルク海とヘルマン海を行き来することは出来ない。
つまり、この海で最強の力を持つデル王国を相手に武力で無理やり押し通ることは不可能であり、素直に金を払うか、払う金がないのなら諦める。そのどちらかを相手が選ぶだけの話だった。
しかし今回は様子が違う。下級官吏達が言うにはプロイス王国の使節団は魔族の国に仲介を頼み、今までデル王国が出してきた条件を緩和しろと言ってきているというのだ。当然大臣や高位貴族達がその報告を聞いて『はいそうですか』と言うはずがない。
魔族の国は向こうから接触してくる以外に連絡の取りようもない。実際カーマール同盟の実質的支配者であるデル王国ですら、その真の支配者である魔族の国に連絡を取次ぐのは容易ではないのだ。
一応少数の駐在官や外交官はいるが、その者達に魔族の国本国への連絡を頼んでも中々届かない。たまに届いてもまともに取り合ってももらえず要請などが拒否されるということも多い。
特に貿易や物資援助などを頼んでもほとんど断られる。戦争になった際の助力はしてくれているが、それ以外は向こうから一方的に命令がくるか、定期的な少量の貿易が行なわれるくらいだ。
長年魔族の国に仕えているデル王国ですらそうなのだ。それなのにプロイス王国が魔族の国に連絡をする伝手などあるはずがない。それが大臣や高位貴族達の考えだった。だからどうせプロイス王国のハッタリであり、実際に魔族の国と連絡を取り合っているはずがない。
しかしクヌート王は知っている。以前プロイス王国の船でスメラギ・ミコト第二皇女がコベンハブンにやってきたことを……。クヌート王が絶大な信頼を寄せているジョハン・ランザウが見てきたのだから間違いない。その報告を疑うことはあり得ない。
ただクヌート王にはわからないのだ。スメラギ・ミコト第二皇女がプロイス王国の船で来たのは事実だとして、ミコト第二皇女がどれほどプロイス王国に肩入れしているのか。本当にプロイス王国が魔族の国と直接連絡を取り合っているのか。
可能性はある。ミコト第二皇女が仲介していればそれは可能だ。だが今までこちらにほとんど無関心で、戦時に派兵の援助くらいしかしてくれなかった魔族の国が、それも今まで長い付き合いのあるデル王国を挟まずにそのようなことをするのだろうか。
そして何よりも……、クヌート王にはそんなことはどうでもよかった。ハルク海沿岸を支配する大国たるデル王国が、何故プロイス王国程度に配慮してやらねばならんのか。その考えは何も大臣や貴族達だけではない。クヌート王もまたそう思っていたのだ。
仮に魔族の国がプロイス王国と連絡を取っており、本当にプロイス王国に便宜を図ってやるようにと言ってきているとしても、どうせ無視しても影響などない。
今まで一度もこちらの情勢や政治に介入してきたことも、興味を示したこともないのだ。何故そのような口添えをすることになったのかはわからないが、それでもどうせいつも通り口で言ってきているだけだろう。ならば何もプロイス王国に譲歩してやる理由はない。
適当に上辺の報告だけちゃんとしていると駐在官達に報告してもらえば良い。いつも通りだ。
だから……、ここ最近続いている会議はただの茶番でしかない。もう結果は決まっているのだから……。
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デル王国海軍士官のドルテとベンクトは嫌な予感しかしていなかった。前回プロイス王国の船を持て成した経験を買われて、今回も交渉にやってくる使節団を持て成すようにと指示されているが……。
「いやだぁ~……。絶対碌な事にならないよ……」
「それは私も同感だ……。しかし逃げるわけにもいくまい?」
ドルテの言葉にベンクトも同意する。こんな役目を申し付かっても絶対碌な事にならない。そもそもフローラに関わったら碌な事にならないのは確実なのだ。だから関わりたくないと思っていたのに、今回も接待を申し付かるなどついてない。
「げっ……」
「マジか……」
そして遠くから見えてきたのは、前回も見た常識はずれの巨大船……。それが、ポツリポツリと徐々に見えてくる。何隻も……。
「一体あの化物船を何隻持っているというのだ……」
「一……、二……、三……、見える限りで十隻だな」
前回初めて見た時は一隻だけでも度肝を抜かれた巨大船が十隻、一糸乱れずこちらへと向かってきている。その練度の高さにも驚かされるがそれどころではない。
「前からあれだけ保有していたと思うか?」
「そうだろうな……。シュバルツ……、あの時の船長と飲み屋で話した時も船長だけじゃなくて艦隊の提督もしてるといっていたからな。しかし……」
前々からあれほどの船を多数保有していたにしろ、前回やってきた後で建造したにしろ、どちらにしろ恐ろしいことだ。
もし前から大量に保有していたのに前回少数で来たのだとすればその自信はいかほどだというのか。この敵地のど真ん中とも言える場所に、たった一隻で乗り込んでくるだけの自信というのは相当なものだろう。あの巨大船の戦闘力がどれほどなのか想像もつかない。
そして、もし前回は一隻しかなかった最新鋭艦を、この短期間に十隻まで揃えたのだとすればそれはそれで脅威だ。それだけの巨艦建造能力と船員の確保が可能なのだとしたらとんでもないことだろう。
ベンクトが『しかし』と言いかけたのはそこだ。恐らく前々からある程度の艦隊はいたはずだ。それなのに前回単艦でこのコベンハブンに乗り込んできて、そして今回のために十隻まであの巨大船を建造して乗り込んできた。
最悪の意味で両方が組み合わさっているのだ。船の建造能力や船員の養成や確保がすさまじいことを意味する。
「お腹が痛くなってきた。帰って良いか?」
「馬鹿をいうな……。私だって帰りたい……」
前回あの巨大船を見た者達ですら慌てて駆けずり回る。怒号と指示が飛び交う中、デル王国のコベンハブン水軍は慌てて船を沖へと出したのだった。
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正式に王都と規定されているわけではないが、実質王都であるコベンハブンの王の居城に緊急の知らせが届いていた。
「港の水軍提督より知らせです!」
「うむ……」
クヌート王は面倒なことだと思いながら知らせを受け取り目を通す。今日プロイス王国の交渉使節がやってくる。それは伝えておいたはずだが、相手の船を見て驚いたわけでもあるまいに……、と思いながら知らせを読み溜息を吐く。
「くだらん……。提督は解任だ」
知らせにはプロイス王国が派遣してきた海軍は我が国の海軍を凌駕しかねないということが書かれていた。長年カーマール同盟はハルク海の覇権を握り続けてきた。徐々に勢力を増してきている敵がいれば気付かないわけがない。
そもそも大海軍国であるデル王国やカーマール同盟に陸軍国であるプロイス王国が海軍で勝るなどあり得ない。陸軍国、海軍国という言葉や概念は持たずともクヌート王にも経験的にそれくらいのことはわかっている。
陸戦となればプロイス王国も侮って良い相手ではないが、こと海戦でデル王国の右に出る者などいるはずがない。敵を侮りすぎるのはよくないが、過剰に恐れすぎるのは言語道断だ。こんな馬鹿な知らせを寄越してきた提督の解任を決めて、クヌート王は再び興味なさそうに虚空を見詰める。
この時の王城ではまだ誰も信じていなかった。その提督の知らせの内容を……。かつて港でプロイス王国の船を直接見たジョハン・ランザウですら理解していなかったのだ……。
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プロイス王国の使節団が到着し、適当に挨拶をして、社交辞令で簡単な言葉を交わす。相手の代表はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースという小娘だった。カーザースの名は知っているがこんな小娘を全権大使で代表として送り込んでくるなどプロイス王国はデル王国を舐めているらしい。
元々事前交渉でもふざけた譲歩を迫ってきていたが、魔族の国の名を持ち出してきているから一応遠慮してやっていれば、何を勘違いしたのかこんな小娘を送り込んでくるとは……。
クヌート王は不機嫌そうな顔を隠そうともせず玉座の上から使節を見下ろす。相手の使節団にスメラギ・ミコトがいることは気になるが、これはあくまでデル王国とプロイス王国の交渉だ。魔族の国が仲介しているとしても、両国の交渉に口出しをされる謂れはない。
「実は今回の交渉に先立ってお見せしたいものがあります。クヌート国王陛下やここにおられる大臣や高官の皆様も是非ご招待いたします。我らの船までご足労願います」
不遜な態度で冷笑を浮かべながらそう言うフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースに不快なものを感じながらも、一応国際儀礼に則り受け答えする。
「ほう。一体何を見せてくれるというのか?余が直々に参る価値があるというのか?それでその価値がなければいかに責任を取る?」
プロイス王国の、それもただの外交使節に言われたからと王である自分が何故出ていかなければならないのかと不機嫌に答える。しかし、例えば贈り物などの可能性もある。船まで来いということは簡単に降ろせない物などである可能性もある。それを無下に断るのもまた器が小さいと言われてしまうだろう。
そこでクヌート王は自分が満足しないものだったらどうしてくれるのかと、フローラを睨みながら横柄に答える。しかし王が他国の、それもただの使節に横柄にしても何もおかしくはない。むしろ当たり前の話だ。
「そうですね……。ではつまらないものであったならば私の首を差し上げましょう。ですので必ずおいでください。でなければ……、この国の舵取りを誤りましょう」
「「「「「なっ!」」」」」
フローラの物言いにこの場にいたデル王国の全員が気色ばんだ。一種の脅しとも馬鹿にしているとも取れる言葉だ。大国たるデル王国が小国たるプロイス王国にそのような物言いをされて怒らないはずがない。
「よかろう。貴様の首の話、忘れるなよ」
クヌート王は顔を真っ赤に染めて立ち上がった。何を見せてくれるのかは知らないが港まで出向いてやろうではないか。そして何を見せられてもつまらぬと言い張ってこのクソ生意気な小娘の首を切り落としてくれる。そう思って主要な者達を引き連れて王城を出たのだった。
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「こっ、これはっ!?」
コベンハブンの港に来たクヌート王や大臣達は絶句した。そこに泊まるあまりに巨大すぎる船に驚きを隠せない。そしてそれと同じ船が沖に九隻。全部で十隻もいるのだ。
「ふっ、ふんっ!船はでかければ良いというものではない!」
一人の大臣がそう言うと他の者もそうだそうだと言い始めた。クヌート王もそれには同意だ。確かに大きさには驚いたが、船は巨大ならば強いというものではない。
「廃船を一隻買い取りましょう。ベンクトさん、準備は出来ていますか?」
「ああ……、シュバルツに引渡したが……」
フローラは上陸してすぐにベンクトに廃船を買い取りたいと打診していた。ベンクトはすぐにそれを用意してシュバルツに渡したが、一体何をするつもりなのかはわからない。
クヌート王をはじめとしたデル王国の高官や重要人物達が見守る中、一隻のガレオン船が廃船を曳いて沖へと出て行く。そしてロープを切ると廃船だけがそこに残された。そこへ別の一隻が近づいて来る。
「一体何をしようと……」
ドーンッ!ドドドドドーーーンッ!ドドドドドドドドッ!
「「「「「うおおっ!」」」」」
突然の音と煙に驚き顔を覆う者までいた。これほど離れていてもあまりに大きく聞こえる爆音。そして火と煙を吐き出すプロイス王国の船。その先にあった廃船はあっという間にバラバラになり海に沈んで行った。あまりの出来事に何が起こったのかわからない。
「「「「「…………」」」」」
「なっ……」
ものの数分で、いくら廃船とはいえ一隻の船が、バラバラの海の藻屑と化してしまった。
「何だ今のは……」
「あの船だけ魔族の魔法使いがたくさん乗り込んでいるのか?」
プロイス王国は今回の交渉で魔族の国に仲介を頼んでいる。その情報はここにいる者達には共有されていた。信じていなかった者もいるが、そういう話があるということは把握している。ならば今のは魔族の魔法使い達による魔法攻撃に違いない。そう思ったが……。
「魔族の方はあの船には乗り込んでおりませんし、当家の船ならばどれでも同じことが出来ます。残りの九隻のどれでもお好きなものを選んでいただければ、その船にて今と同じことを再現してご覧に入れましょう」
「そんな出鱈目が信じられるか!ならば……、あれだ!あの他の船の陰に隠れている船!あれにやらせろ!あれでは出来ないからあんな場所に隠れているんだろう!」
そういわれて……、再び、今度はデル王国でも最大規模の船の廃船が曳航されていく。指名された船がその廃船に近づき……、再び同じ光景が繰り広げられた。
デル王国でも最大規模の船が……、あっという間にボロボロになって沈む。今のは廃船だとか船員が乗り込んでいないとか、そんなことは関係ない。船員が沈没しないように処置をしようとしてもあっという間に沈むだろう。それくらいは海軍国であるデル王国の上層部にはわかる。そこまで節穴ではない。
「何だこの攻撃方法は……」
「それに……、見ろ!あの巨体で何て船足だ!」
「しかも一糸乱れない……。とんでもない練度だぞ!」
二隻の廃船を沈めた巨大船達は、物凄い速さで移動し、しかもその動きに乱れがない。完璧なる艦隊行動にその練度の高さが窺える。
「当家の船による実演はいかがでしたでしょうか?楽しんでいただけましたか?」
冷笑を浮かべた美貌の少女が地獄の底から響くかのような声でそう告げる。先ほどまでと同じ表情、同じ声のはずなのに、クヌート王にも、その場にいた他の大臣や高官達にも、それは酷く恐ろしいものに見えた。
「私は……、お互いより良き関係を築きたいと思っております。ですが……、一方的に不当に軽く扱われるのは少々不愉快です。そのお気持ちはお察しいただけるのではないでしょうか?」
「――ヒッ!」
唇を吊り上げ裂けたように嗤う悪魔に全員が凍りつく。チラリと視線を向けられた大臣は慌てて首がもげるのではないかというほど激しく縦に振った。
「わっ、わかります!わかりますぅ!」
「それはよかった。よろしいでしょうか。選択を誤らないでくださいね。我々は争いは望みません。ですが……相手の出方によってはそうせざるを得ないこともあります。そのために今回実演を見ていただきました。どうでしたかクヌート国王陛下。つまらないものでしたか?それならば私の首をお取りください」
「――ッ!いっ、いや!その必要はない!確かに楽しませてもらった!」
名指しで呼ばれたクヌート王もまた、大臣と同じように首がもげそうなほどに激しく縦に振っていたのだった。




