第三百三十八話「有効活用!」
試験が終わってから終業式までのこの一ヶ月近い期間が無駄だ。そう思っていた時期が俺にもありました。でも物は考えようだ。この時間が無駄なのではなく有効活用出来ないのが悪い。ならばこの時間をいかに有効活用するかを考えれば良いのだ!
というわけで、今回のテスト休み期間のために俺は色々と考えて用意していた。
まず一つ目!基本中の基本!それは王都近郊に建設中のシャルロッテンブルク建設を手伝うこと。俺の魔法があれば作業時間が短縮出来るだろう。まだ町が開かれていないシャルロッテンブルクを一日でも早く町開きするために今日も土木作業に従事する。
「おーい!魔法使いのにーちゃん!こっちも頼むわ!」
「はーい!」
現場労働者に呼ばれたからそちらに向かう。俺は今全身をローブに包んで身分を隠し、ここの工事現場で土木労働者として働いている。土魔法をはじめとした魔法を利用すれば人間が手作業で行なうより早く綺麗に仕事が出来る。
俺の正体や性別を知られないように全身ローブにしているけど、普通だったらこんな暑くなりかけの季節に全身すっぽり覆った姿では怪しまれてしまう。でも魔法使いだと言えば何故か皆すんなり納得していた。こっちの世界でも魔法使いって怪しいローブ姿ってイメージなのかもしれない。
主要道路やそれらの下に埋まっている上下水は出来ているけど、あちこちの建物はまだ建設途中ばかりだ。それに今から基礎を掘って作る場所もある。手作業で掘るよりも俺が魔法で土をどけて固めた方が早い。
「いやぁ、何度見てもにいちゃんの魔法はすげぇな!俺達が失業しちまわぁ!」
「今だけの臨時の手伝いなので……」
「おう、そうだったな。でも惜しいよな!にいちゃんがこの仕事に就いたらきっとすげぇことになるぜ!」
「ばーか!そんなことになったら俺達が廃業しちまわぁ!」
「ちげぇねぇ!」
「「「「「ははははっ!」」」」」
皆がどっと笑う。良い現場だ。とても良い雰囲気で仕事が進んでいる。工期も前倒しだし、この調子だったら予定より大幅に前倒しで完成しそうだな。
「おい!にいちゃん!今度は二工区に向かってくれ!」
「はーい!」
毎日ずっと手伝えるわけじゃないけど、俺が手伝える範囲で手伝おう。
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王都滞在中の時間有効活用その二。それはデル王国との外交交渉準備だ。何故デル王国と外交交渉なのか。それは今後のカーン家の目標が大きく関わっている。
俺はこれから西の大洋に出たいと思っている。それは何度も言ってきた通りだ。そして現状でプロイス王国、カーン家が西に出るためには、フローレンからヴェルゼル川を下ってヘルマン海に出るか、デル王国の海峡を通ってハルク海からヘルマン海に出るしかない。
デル王国の海峡は北の半島と南の半島の間にいくつかの島があり、当然ながらその島と半島の間全てに海峡がある。何海峡といちいち呼ぶのは面倒なのでヘルマン海とハルク海を繋ぐデル王国の海峡を仮にデル海峡と呼ぶことにする。
現状では残念ながらプロイス王国はヘルマン海に国境を接していない。だからヴェルゼル川を下るにしてもフラシア王国領内を通過しなければならない。いつか俺が取り返すつもりではいるけど、今すぐにフラシア王国と戦える状況にはないからな。
そして仮にヴェルゼル川からヘルマン海に出るつもりでも、フローレンで建造した船以外はヴェルゼル川からヘルマン海へ出ることは出来ない。ディエルベ川とヴェルゼル川を繋ぐ運河はまだ建設中であり、最短で完成するとしてもあと一年半以上はかかるだろう。それでも信じられないくらい早いけど……。
ともかく現時点では運河が通れない以上はハルク海側にいる当家の船がヘルマン海に出るためには、デル海峡を通っていくしかない。そうなれば当然デル王国と外交交渉をして安全な通航権を確保する必要がある。
うちがいきなりデル王国にデル海峡の通航権交渉を持ちかけても話し合いには応じてくれると思う。今までも色々なハルク海沿岸の国や商人が交渉しているし、実際に通航許可も貰い移動している。
ただし高い通航料を取られたり、通過するだけでも関税をかけられたりして莫大な費用がかかる。デル海峡を押さえている限りデル王国やカーマール同盟は、ハルク海において絶大な影響力を維持出来るというわけだ。
そこでうちはまず魔族の国、ヤマト皇国に話を持っていき、ヤマト皇国にデル王国を説得してもらう形で有利に交渉を進めようと思っている。そのために今からヤマト皇国に根回しもしているし、色々と段取りをつけようとしているというわけだ。
「フローラ殿!ここはあの凄まじい新型艦をかき集め五隻でデル王国に乗り込めば良い!そうすればデル王国は頭を地につけてひれ伏すだろう!」
「はぁ……、ミカロユス……、もう少し静かに話しなさい……」
ミカロユスはポルスキー王国やモスコーフ公国との関係でカーン騎士団国に置いてくるつもりだった……。でも俺が滞在中だけ王都で同行することになった。理由はデル王国との交渉にミカロユスの悪知恵も借りようと思ってのことだ。でもあまりにうるさくて仕方がない。
「ふん!たった五隻だと?我がカーン家を持ってすれば十隻でも二十隻でも集められるわ!どうせ恫喝するつもりなら大艦隊を送り込んでやればいい!」
「ちょっとカンベエ……」
何か知らないけどカンベエがミカロユスに対抗している。この二人はお互いに気位が高いからか反発することが良くある。そして双方とも過激だ。
「そんなことに二十隻も出しては物資輸送が滞ってしまうではありませんか……」
「えっ!?あっ、あの新型艦が二十隻以上もあるといわれるのか!?そんな馬鹿な!」
ミカロユスは驚愕の表情を浮かべていた。俺に仕えることになって身柄が自由になり、うちのガレオン船を見た時でも相当驚いていたものだ。そしてそれが二十隻も集められることに驚いているらしい。現段階でもうちの保有ガレオン船を全て集めれば二十隻はなんとかなる。ただそれだけ集める意味がない。
デル王国を砲艦外交で恫喝するためだけにガレオン船を二十隻も集めてしまったら、現在ハルク海で行なわれている貿易や物資輸送が滞ってしまう。そうなればうちの経済が死ぬ可能性もある。一度シェアを失えば取り戻すのは容易ではなく、今好調だからとあまり勝手なことをすれば各地の商人達にそっぽを向かれてしまう。
ミカロユスはまだ全面的に信用してないからうちの情報を全て教えているわけじゃない。勝手な行動も出来ないように監視もついている。でも渉外担当である者が自分の主家の状況もわかっていないのでは交渉にも差し支える。ここは……。
「魔族の国及びデル王国との交渉にはカンベエとミカロユスを特使に任命します。ミカロユスは必要な情報があればカンベエに聞きなさい。二人の成果に期待していますよ」
「はっ!お任せください!」
「ふんっ!私がおれば良いでしょう!フローラ殿、このような者はいりませんぞ」
「なんだと!」
「やめなさい!」
「「はっ……」」
俺に怒鳴られて二人ともシュンとする。何でこの二人はこんなに仲が悪いのか……。一緒に仕事をさせたらお互いに認め合うかと思ったけど……、ちょっと早まったかな……。
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王都滞在期間の有効活用その三。これこそが一番大事だとも言える。それは……。
「はい。エレオノーレ様、あ~ん」
「あ~……、ん~~~っ!ぷるぷる~~!」
俺があーんしてあげるとエレオノーレはパクリとそれを食べて両手両足をバタバタさせる。可愛すぎる!何て可愛い生き物なんだ!もう絶対連れて帰る!
「私にはあーんなどしてくれたことはないのにな……」
「ルートヴィヒ様、それではどうぞ。あ~ん」
「マルガレーテ……、あ~ん」
俺に何か恨み言を言っていたルートヴィヒも、隣に座るマルガレーテがあーんしてくれたらだらしない顔をして大きく口を開けていた。虫でも放り込んでやろうか……。
まぁいい。あの二人が仲睦まじいのは良いことだ。そして俺はエレオノーレと楽しく過ごせればそれで良い。
「どうですか?ルートヴィヒ様」
「うむ。噛むこともなく崩れてなくなる。ほのかな果物の甘味とこの崩れる食感がとても癖になるな」
お前はどこぞの評論家か?
「うむ!最近暑くなってきておる。このような涼しげな菓子もよかろう!」
「ありがとうございます」
王様にもお褒めいただいた。今日俺が持って来たおやつはゼリーだ。ゼリーも作るのに色々と苦労があった。ゼラチン自体は地球でもかなり古くから利用されている。こちらでもあることはあったけど、糊のような利用が中心で建築材料とか、何かの接着とかに使われているものだった。
それを食用にしてゼリーを完成させるというのは料理ド素人の俺の知識では中々難しかったというわけだ。
それでも試行錯誤を重ね、ゼラチンと寒天……、のようなものを作り出すことに成功した。ゼラチンは合ってるだろうけど寒天が本当に日本の寒天と同じかどうかはわからない。ただゼラチンは獣の骨などから抽出する物に対して、寒天は海藻から採るものだ。適当にうちの沿岸部の海藻で色々試しているうちにそれらしいものが出来た。
そしてゼラチンや寒天が手に入っても、いざそれを利用して色々作ろうと思っても中々うまくいかなかった。そりゃそうだ。だって俺は料理人でも料理研究家でもないんだもん。
俺のなんちゃって知識を適当に人に教えて、あとは試行錯誤して勝手に作ってね、って丸投げするだけだ。その結果出来たゼリーを魔法で氷を出して冷やし食べる。
これから暑い季節なのでゼリーとかアイスとか冷たくてすっきりするものが良いだろう。真夏にあんこや羊羹を食いたいとは思わないだろう?というわけでエレオノーレに差し入れとして夏向きの物を考えては持ってきているというわけだ。
「フローラ!あーん!あーん!」
「あっ、すみません。はい。あ~ん」
口を開けて待っているエレオノーレに急かされて次を掬ってあげる。失礼だけど何かひな鳥に餌を与えているような気分だ。まぁ餌付けしてるのは本当かもしれないけど……。
「ん~~~っ!おいちーーっ!」
今度は両手で両頬を持ってプルプルしている。なんって可愛い生き物なんだ!これはもう俺のものだ!
「はぁ……、エレオノーレ様可愛すぎます……。食べちゃいたい……」
「フローラはやはりそっちの気が……、いたっ!」
ルートヴィヒが余計なことを言おうとしたらマルガレーテに足を踏まれていた。テーブルの下だけど俺からはばっちり見えている。もう皆わかってることだけど、それでもあえて言うことではないということだろう。
「エレオノーレ、フローラにたべられちゃうの?」
「うう~んっ!可愛い!んんん~~~!」
「ん~~!たべられるー!!!」
コテンと首を傾げてエレオノーレがあまりに可愛いことをいうから、つい抱き寄せてエレオノーレの頭に自分の顔をグリグリしてしまった。それを食べられそうになっていると思ったのか、エレオノーレが慌てて手を突っ張る。
「本当にフローラとエレオノーレは仲睦まじいですね。エレオノーレがこれほど懐くなど他に見たことがありません」
王妃様が何か温かい目でエレオノーレを見守っていた。でもそんなことはないだろう。マルガレーテやルートヴィヒにも懐いているし、俺に対しては懐いているというより、おいしいお菓子を持ってくる人くらいに思われてそうな気がしないでもない。
「本当に……、エレオノーレ様は私にはそんなに心を開いてくださっていないのに……、ちょっと妬けてしまいますね」
「そんなことはないでしょう?いつもマルガレーテはエレオノーレ様と一緒ではないですか。子供は信頼していない者と一緒にいたりはしませんよ」
俺の方こそマルガレーテとエレオノーレはとても仲が良いと思っていた。俺なんてただのプリンをくれる人みたいな認識だったもんな。今でこそフローラって呼んでくれるけどプリンちゃんとか呼ばれてたし……。
「ところでフローラ姫、このゼリーはカンザ商会で販売しないのかい?うちの家族にも食べさせてあげたいんだけどね?」
「あ~……、え~……、氷で冷やせる魔法使いの確保が難しいので……。私達の滞在中ならば誰かが氷を魔法で出せば済みますが、それですと私達がいない間は販売出来ず……」
常温でも売れなくはないけど、やっぱりゼリーとかは冷えている方がおいしいと思う。でもアイスや冷えたゼリーを売ろうと思っても、探しても氷が出せる魔法使いが見つからなかった。俺かお嫁さん達がいる時しか出せないんじゃ、商会として商品には出来ない。
「氷を魔法で出せる者を何人も従えておるのか……」
「陛下……、フローラ姫の所はご本人だけじゃなくて周囲も異常なんですよ……」
「であるな……」
何か知らないけど王様とディートリヒが遠い目をしている。そしてちょっとそちらに気が逸れている間にエレオノーレは俺のゼリーを奪って二つ目のゼリーを頬張っていたのだった。




