第三百三十三話「これは調査です!」
俺達は今ケーニグスベルクから南にあるアレンステインに来ている。アレンステインはポルスキー王国の王都ワールスザワから北上してきた位置にあり、主要街道も通っている重要拠点だ。何故俺達がここに来ているかと言えば調査の結果を確認するためである。
ケーニグスベルクの改革がまったく進んでいなかったから、他の町も色々と調査させていた。その中ですでにいくつか報告が上がってきている。
アレンステインはポルスキー王国に占領されてから長い時が経っているから、最早支配体制はポルスキー王国に移っていた。ケーニグスベルクは自由都市として維持されていたから体制も自由都市としてだったけど、昔に奪われて長い時が過ぎている内陸の都市はほとんどポルスキー王国式に支配されていた。
そういった都市や町はほとんどうちの代官を派遣して徹底的な体制の変更を行なっている。
だから普通に考えたらそういう所ではケーニグスベルクであったようなことは起こっていないはずだ。事実、上がってきている報告には特に問題は報告されていない。
じゃあ何故こんな所にまでやってきているかといえば抜き打ち検査だ。確かに報告では問題なく体制の移行や改革が進んでいるということになっている。でもその報告が絶対正しいと言い切れるか?言い切れないからこそケーニグスベルクでもあんな問題があったわけで、調査報告がそう言ってるから、で納得していては調査の意味がない。
確かにケーニグスベルクの場合は自己報告だったわけで、第三者の報告である今回とは話が違う。でもこの調査員達だって買収されて嘘の報告を上げているかもしれないし、そこまでは言わないまでも、表面的にだけ調べて問題ないと報告しているかもしれない。
疑い出したらキリがないわけで、それなら調査だの報告だのは一切信用出来ないという話になってしまう。だからある程度は信用もしているけど、完全に無条件に信じるというわけにもいかない。
そこでいくらか抜き打ちでこちらからも調査をしようというわけだ。全てを俺が再調査するというのは現実的じゃない。だから例えば十件に一件でもいいから俺が抜き打ちで調査する。それで報告に間違いがなければ良し。もし報告と俺の調査の結果が違えば……、というわけだ。
今はアレンステインに来ているけど、実はここに来る前にも道中でいくつかの町を見てきた。どこもそれほど問題はなさそうだと判断してここまでやってこれたのはよかった。ここも報告では問題ないということになっている。実際今の所問題はなさそうだ。
頭を挿げ替えた旧ポルスキー王国に支配されていた地域はそれほど問題ないだろう。それは調査の前から予想されていたことだし驚きはない。それよりむしろ問題はこれまで自由都市としてやってきた所が問題だ。
いきなり俺の支配体制に移行させるのも難しいかと思っていたけど、手心を加えたためにかえって悪い結果になっている。旧支配層を一気に排除してやり直した方が良さそうだ。
「ねぇフロト!これみて!」
「かわいいー!」
「あの……、今はフローラでお願いします……」
俺がアレンステインの調査をしながら歩いているというのに、ミコトの暢気な声が聞こえて気が抜ける。
俺は先の戦争において占領した各町で風の魔法を使って声を拡げてフロト・フォン・カーンと名乗り、あちこちで演説して回った。俺の姿を直接見た者はほとんどいないだろう。それにあの時は鎧を着ていた。今の姿を見てフロト・フォン・カーンと俺を結びつける者はまずいないと思う。
だけど街中でフロトと呼んでいたらどこで情報が漏れるかわからない。たまたま名前が似ていたり同じだというだけでも注目される可能性はある。
何しろ演説しただけじゃなくて今ではこの辺りはカーン騎士団国として統治されていることも、その騎士団国の長がフロト・フォン・カーンであることも住民達ですら知っている周知の事実だからだ。そんな所でフロトと呼ばれていたら注目されないわけがない。
だから今はフローラと呼んでくれと言っているのにミコトはまったく聞いてくれない。
俺がこの地の領主でバレると困る、というよりは、折角今はまだ顔が売れていないから、素性を隠して各地の様子を調査しようと思っているのに、俺が領主のフロトだと知れ渡ったら調査がしにくくなる。
それからエレオノーレと結婚するにあたって、フロト・フォン・カーンは男ということにすると決まったばかりだ。女の姿である俺がフロト・フォン・カーンだと知れ渡るとその件に関しても都合が悪い。
俺は日頃から名前や立場を使い分けているけど、周囲がそれを暴露してしまっては意味がない。もうちょっと気をつけて欲しい所だ。
「さぁフローラ、あんな娘は放っておいて僕と向こうへ行こう」
「いや、あの……、クラウディア?」
俺の手を取ったクラウディアが大袈裟な動作で俺をエスコートしようとする。周囲の女性達からキャーキャーと黄色い声が浴びせられていた。
今のクラウディアは男装している。普通に見たら美丈夫に見えるだろう。今の姿だけならクラウディアが女性達にキャーキャー言われるのもわからなくはない。女性だけの歌劇の男役のようなものだ。
ただ残念ながら向こうは女性が演じている男役だとわかった上でキャーキャー言われている。だから女性の姿になってもキャーキャー言われたままだけど、こっちではそうはいかない。
今、周りがキャーキャー言ってるのはクラウディアが美しい男性だと思っているからであり、もしこれが女性なんだとカミングアウトしたら途端に避けられるようになってしまう。それは今までのクラウディアの恋愛遍歴からも明らかだ。
「ほら!フローラ!早く!」
「ちょっ、ルイーザ……」
俺の手を引こうとしていたクラウディアから俺を奪ってルイーザが歩き出す。今日のルイーザはいつになく積極的だ。いつものルイーザだったら立場を気にしてかちょっと遠慮しているけど、今日は随分積極的で驚かされる。
「えへへ!だって今日はフローラとお揃いだもん」
「う……?」
にっこり微笑んだルイーザが可愛い……。それに俺の腕にムニュムニュと胸が当たっている。いや、これは当てている。
俺達は今潜入調査中だから身分を偽るためにみすぼらしい格好をしている、というとルイーザに失礼になるか……。普段の高位貴族の格好じゃなくて普通の町娘とか、やや身分の低い貴族の娘の振りとでも言えばいいのか。
ルイーザはいつも通り町娘、カタリーナは召し使いは召し使いだけどそれでも着ている物のグレードは落としている。貧乏貴族やそこらの商人の召し使いという感じだ。クラウディアは男装して騎士の格好をして、俺とミコトは低位貴族の娘のような格好をしている。
この状態でならば町娘にしては良い格好をしているルイーザと、低位貴族の格好の俺達ではほとんど差がない。どうやらそれがルイーザにはうれしいようだ。
いつもは格好を見るだけで自分との身分差をはっきり感じてしまうんだろう。それがなく、今日はまるで同じ町娘同士のような格好をしているんだから、ルイーザがこれだけ浮かれるのもわからなくはない。
「ちょっと皆さん、待ってくださいまし……」
そして一番遅れているアレクサンドラは……、いつもとほとんど変わらない。そもそもあの『ザ・ご令嬢』を体現したかのようなアレクサンドラにみすぼらしい格好をさせてもまったく似合わない。所作ですぐに高位貴族のご令嬢だとバレてしまう。だからあえてアレクサンドラはそんなにいつもと変わらないようにしておいた。
俺達の関係は、アレクサンドラお嬢様とその取り巻きの低位貴族のご令嬢である俺とミコト、召し使いのカタリーナと護衛のクラウディオ、そして家人でもなくただの労働者のルイーザ、という設定だ。これならあちこちの町をウロウロしていても不自然じゃない。
ミコトはガサツだからみすぼらしい格好をしているだけで十分普通の娘に見えるし……。
「ちょっとフローラ?今何か失礼なこと考えてない?」
「いいえ?まったく?」
妙に勘の鋭いミコトが突っ込んでくるけど俺は平然とした顔ですっとぼけた。ここで動揺してはいけない。嘘をつくときは貫き通す。中途半端に動揺したりしてはいけない。
「フローラさ……ん、これなどいかがでしょうか?」
「カタリーナ……」
いや、カタリーナは不自然すぎるだろ……。アレクサンドラの召し使いのはずなのに俺にばかり気を使ってたらおかしいとすぐにバレちゃうだろ……。
「はぁ……、ふぅ……」
「アレクサンドラ……、体力がなさすぎでは?」
ようやく追いついてきたアレクサンドラがちょっと心配になる。ここの所歩き詰めとはいえあまりに体力がなさすぎる。高位貴族のご令嬢なんてこんなものかもしれないけど、ちょっとくらいは体力作りもしているはずなんだけど……。
俺達がちょっと急いで歩いただけで置いていかれて、この息の上がりようだ。これじゃ本気で移動するまでもなくアレクサンドラは置き去りになってしまうだろう。まぁそもそも今の立場の設定上アレクサンドラが一番上位なのに、そのアレクサンドラを置いていくなよって話ではあるけど……。
ついでに言えばカーン騎士爵領に比べてこんな治安もあまり良くない場所に、か弱いアレクサンドラを置いていくなという話ではあるけど……、影ながら護衛達もついているから心配はない。特に今の俺達の護衛にはムサシがついているからな。ムサシに勝てる奴がそこらにいるとは思えない。
実はこうしていかにも高位貴族のご令嬢というアレクサンドラを無防備にさせているのも狙い通りだ。もし治安が悪かったり、裏組織が暗躍しているような町ならアレクサンドラを誘拐しようとしたりする者が出てくるだろう。今のを見ていればアレクサンドラの誘拐なんてチョロイと思うだろうしな。
そういう相手を炙り出すためにあえてアレクサンドラを無防備に見えるようにしているというのもある。実際にはちゃんと護衛がついているからアレクサンドラに危険もないし、罷り間違っても誘拐されるようなこともない。そこはちゃんと護衛を信じている。
「もっ、もう駄目ですわ……」
「ちょっ!」
クタリとアレクサンドラが俺にのしかかってくる。受け止めたのはいいけどムニュリムニュリとアレクサンドラの大きすぎる爆乳が俺の胸と触れ合って、形を変えて……、こう……、何というかいけない気分になってくる。
「アレクサンドラ!せめて背負う形にのしかかってください」
正面から抱き合う形はまずい。それに顔が近い。ちょっと動いた時に間違ってキスしてしまいそうだ。こんなことで間違ってファーストキスをしましたなんて情けなさ過ぎる。するのならもっと良い雰囲気で、きちんとしたところでしたい。
「それでは姫は騎士である僕が背負おう!」
「いや、あの……、たぶんクラウディオでは……」
「いいから!いいから!さぁ任せたまえ!」
そういってクラウディオはアレクサンドラを背負おうとした。そして……。
「ぬっ……、ぐっ……」
中腰で背負ったまま動けなくなる。クラウディアは今男装して男のつもりなんだろうけど、それでも体は女だ。クラウディオとして近衛師団にいたとしてもクラウディアは腕力がない。剣の腕は確かだけど力では男性団員に圧倒的に劣っている。当然今もアレクサンドラを背負って歩けるほどの力や体力はない。
「私とカタリーナで肩を貸して移動させましょう……」
「はい」
俺の提案にカタリーナが静かに頷く。本当なら俺一人で簡単に担げるけど、今は身分を偽っている最中だ。あまり目立つことも避けたい。あくまで自然に見えるように二人で両方に回って肩を貸して、少し休める場所までアレクサンドラを連れて行く。
その最中も横から当たってくるあの柔らかいモノに集中をかき乱されるけど、それを顔に出してはいけない。あくまで顔はポーカーフェイスを貫く。でも全神経は当たってくるアレに集中している。
「さぁ、アレクサンドラ。ここで少し休みましょう」
「はぁ……、胸が苦しいですわ」
「ちょちょちょっ!こんな所で肌蹴ては駄目です!」
ちょっと胸元を緩めようとするアレクサンドラを慌てて止める。こんな人目のある所でアレクサンドラの大切な胸を公開するわけにはいかない。周囲に目を向けてみれば鼻の下を伸ばしてこちらを見ようとしている男共がいたから、思いっきり睨みつけて威嚇しておく。油断も隙もあったもんじゃない。
「少し休憩しながら、ゆっくり町を見て回りますか……」
「そうですね」
まぁ急ぎでもないし、ただの観光と言えばその通りだ。何も事件も起きないだろうし、ちょっとゆっくりアレンステインの町を観光でもしていこう。




