第三百三十二話「遠征参加の目的は?」
カーン騎士団国に来てから一週間、色々と詰まっていた仕事はかなり片付いたと思う。
まだ各地の調査は進行中だ。全ての結果がわかるまでにはまだ暫く時間がかかるだろう。これは今慌てて行なって、結局中途半端になってしまったら意味がない。多少時間がかかろうともきちんと精査した上で、相応に対処する必要がある。まずは確実に、それが大事だ。
それ以外の行政関連の仕事は到着して以来俺が処理したから溜まっていたものは大方片付いた。今は日々上がってくる仕事だけだからこれは問題ないだろう。
今一番急ぎなのは建築関係だ。ケーニグスベルクはカーン騎士団国の領都に定められた。国なのに領都なのか?という疑問もあるけど、プロイス王国内だから領都でいい。
それはともかく、ここがカーン騎士団国の中心となるのならばまずは領主の居城が必要になる。居城とは言ったけど別に城である必要はなくて、宮殿でも、庁舎でも、屋敷でも何でもいい。とにかく領主がいる場所と、政務が執り行われる場所だ。
というわけでまずはそういった諸々を建設しなければならない。ただ今のケーニグスベルク市街にはそんな大規模開発をするだけの空き地はない。もしやるつもりなら大規模に接収して区画整理からやり直しだ。そんなことをしては、接収した土地の持ち主には恨まれるし、無駄に大工事になってしまって効率も悪い。
なので俺は今の市街から拡張して新市街を建設しようと思っている。そこに領主の屋敷や行政機能を集めた庁舎、これから建設予定の各種学校や公的機関の施設などを集中させようと思っている。
幸いカーン男爵領の地下埋設工事や道路工事は一段落している。建物はまだ向こうもフル稼働で建設中だから向こうの人手を引き抜くのは難しいけど、上下水や道路工事の職人はこちらに回せる。
まずは新市街の区画整理と地下埋設物の工事。それから道路の敷設を行なって……、まず急ぐのは俺の拠点となる領主の屋敷と、庁舎と、学校だな。他の施設は後回しでもいい。まずはそれを優先して建てる必要がある。
学校は基礎的学習をさせる所謂初等科的なものや、そこから発展させたり専門知識の学習をさせる中等科とか、高等科とか、専門学科とか、大学とか、色々構想はあるけど、まずは基礎学習とそこからの応用である高等学習、そして専門学習の三部門を作りたい。
まだ国民全員に義務教育とかいうつもりはない。いきなりそこまで飛躍させるのは無理だろう。国民生活もまだまだ貧しい。現代では児童虐待とか言われるような年齢の者の労働も、この世界では貴重な労働力として計算されている。それをいきなりとりあげて義務教育を受けろというのは無理だ。
現代の感覚で時代も状況も異なることについて口を出してはいけない。地球でだってほんの数十年、百数十年前までは同じような状況だった。現代のように恵まれている環境での綺麗事を、今日生きるのにも必死な生活を送っている時代の者に押し付けてはいけない。
まずは面接したプロイス王国貴族の子弟達に、現段階での学習の進捗状況に合わせて学校に通わせる。
現時点でいきなり年齢による分け方は出来ない。来年以降を年齢によって初等科から入学させることは可能だろう。でも今までこのような学校はなかったわけだ。それなのに君は中学生の年齢だからいきなり中学生から始めてね、と言うのは酷だろう。
それぞれ家で学習していたのだから勉強の進捗状況も違う。だからまず第一期生となる者達には現時点での学力で学年分けを行い学習させていく。来年度以降は一定年齢になると学校に通わなければならないようにしていく。
通わせる子供は貴族の子供が中心だ。貴族ならば生活にも多少の余裕はあるだろう。子供の労働力をあてにしていて、それがなければ生きていけないということはない……、と思う。それに家である程度でも基礎学習は学ばせるだろう。
それ以外には成績優秀者を奨学金制度のようなもので無償で通わせる。家庭環境などで学校に通っているような余裕のない者の中で優秀な者には学ぶ機会を与えよう。こちらは年齢での縛りは緩くして、例えば六歳で一年生に入学しなければならない、などという制限はなくす。
農作業の合間に独学で勉強とかをしているのかもしれないし、多少年齢がオーバーしていても後からでも入学出来るようにしておこう。まぁ限度はあるけど……。さすがに五十歳で一年生はないだろう……。
学校の校舎はこれから新市街に建設するけど、今はまず旧市街の建物を借り上げてとりあえずで学校はスタートさせる。
カリキュラムや教員はもうある程度出来上がっている。元々学校は前から作ろうと思っていたことであり、カリキュラムを組んだり、教員を確保したり、育てたりは行なってきていた。騎士爵領より先に騎士団国で学校が開かれることになったのは予想外だったけど、まずはこちらで先に開始だ。
箱物は作るのに時間がかかるから……、とりあえず俺の政務は旧市街にある元々の庁舎で、学校はうちが借り上げた施設で開校する。あとは……。
「フロト様!」
「はいはい……。今度は何ですか?」
俺が仕事をしているといつも騒がしい男が駆け込んで来た。こいつが来てから静かな日はないというほどに騒がしい。
「フロト様の父君を名乗る者が参っておりますがいかがいたしますか?」
「父上が……?あ~……、カンベエは両親と会ったことがありませんでしたね……。ここまで来れている時点で偽者とかではありませんので心配はいりませんよ」
父と母は最北のウィンダウ辺りで活動しているはずだけど……、手紙もなく急にやってくるなんて何かあったのかな?
「中々良い家臣を迎え入れたようだな」
「父上」
どうやら父は勝手に入り込んできたようだ。まぁ勝手にと言ってもほとんどの者は父のことを知っているわけで、きちんと話を通して通されたんだろう。カンベエやムサシなどの新しい者達は父のことを知らないから、今まで見たこともない俺の両親を名乗る者が来たと思って慌てたに違いない。
「父上が事前連絡もなく突然来られるなど……、何かありましたか?」
父が事前連絡もしてこないなんて普通は考えられない。そして俺がケーニグスベルクにいることは両親も当然知っている。今突然ここに来たということは緊急事態かと考えるのが自然だろう。
「少し追加の兵と艦隊を借りたい。手紙のやり取りでは無駄に時間がかかるから直接来ただけだ。それほど特別な事態は起こっていないから心配はいらない」
「そうですか……。それでは早速話し合いましょう」
確かに手紙でやり取りするよりも責任者が直接話し合った方が早いだろう。細かいニュアンスも通じるしお互いに齟齬が出る可能性も低い。
でも父と母が前線にいて、それでも俺にわざわざ追加の兵と艦隊の派遣を要請するということは、あまり事態は芳しくないということだろう。特別な事態ではないとか、心配はいらない、と言ってるけど素直に受け取ることは出来ない。
俺もウィンダウまで出向こうかと申し出たけど却下された。俺まで最前線に向かうよりも、今はカーン騎士団国の体制を固めてもらう方が良いと言われてしまった。
確かに後方が安定すればそれだけ前線も安定出来る。後方が不安定ではどれだけ強兵を揃えていようともまともに動くことも出来ないだろう。それを思えば父の言っていることもわかるし正しいんだけど……、俺一人だけこんな安全な後方で内政をしていろと言われても気が落ち着かない。
これならいっそ前線に出て敵陣に魔法の一つでもぶち込んでやる方がまだ気持ちが落ち着くだろう。俺は母みたいなバトルジャンキーでも脳筋でもないけど……。
まぁ呼ばれてもいないのに自分の責務を放り出して勝手に出て行く方がもっと悪い。今は父が言うように役割分担をしっかり守って、父や母や最前線の兵士達のバックアップをしっかりやろう。それが俺の仕事だ。
そもそも俺がこんな気質だから父は俺を前線に呼ばないのかもしれない。今すべきことはモスコーフ公国と戦争することじゃない。戦争を回避するために、挑発に乗らずに、かつ、相手の侵略も許さず根気強く対峙することだ。
俺のように短気で、もうとっとと魔法の一発でもぶち込んで殲滅すればいいんじゃ?なんて言う奴には務まらない仕事だろう。それを思えば母も勝手に一人で突っ込んで行きそうだけど……。やっぱり年の功だけあって母はそう単純に挑発に乗ったりしていないに違いない。
敵の狙いはこちらを挑発して最初の一発を撃たせることが目的だ。国境ギリギリ、あるいは場合によってはややこちらに国境を越えた辺りで挑発行動を繰り返す。こちらが対応に出ていかなければ徐々に国境を侵し、対応に出ればこちらに先に手出しさせるように挑発を繰り返す。
まさに現代日本が尖閣諸島で行なわれている挑発と同じことだ。対応に出ないというのは言語道断だけど、ただ出て行って相手を追跡するだけではキリがない。相手は好き勝手に入ったり出たりを繰り返し挑発するのに、こちらはただその度に相手を追いかけるだけというのは消耗が激しい。
連日そんなことを繰り返していれば人員達も疲れる。燃料や食料やと軍が動くだけで大金が必要だ。そういう消耗と挑発を繰り返されては守るばかりの方がきつい。
いっそ侵入者は全て問答無用に始末出来ればいいんだけどな……。
「こちらは心配するな。今のところ問題はない」
「はい……。ご苦労をおかけして申し訳ありません……」
そもそもこれはカーン家やカーン騎士団が対応しなければならないことだ。確かにポルスキー王国戦争においてはプロイス王国の命令でカーン家とカーザース家が連合で対処したけど、ここはカーン騎士団国として決定された。
カーザース家にとっては最早他家の領地であって自分達には関係ないと言えばその通りだ。それでもカーザース家は俺達のために今も命懸けで働いてくれている。感謝してもし切れない。
「十分利益はもらっている。その分くらいは働かねばなるまい?」
「それは……」
ハルク海貿易の関税権のことを言っているんだろう。確かにポルスキー王国の関税権を得てそこから関税が入ってきている。領土を得たカーン家と違って直接領土を得られなかったカーザース家には、関税として直接現金が入っている。
こちらに遠征に来ているカーザース家の将兵に対する食費や武器防具などの諸費用を含めて駐留費は全てカーン家が負担している。だから今はカーザース家にとってはこちらに滞在して働いても自分達の持ち出しはなしで関税から現金が入るだけ利益が上がっている格好だ。
父はそのお金の分くらいは働かなければと言ってるんだろうけど、関税権はポルスキー王国との戦争に対する対価であって、今のモスコーフ公国との対峙とは関係ない。今は余計な仕事を押し付けているだけで対価は払っていないも同然だ。前述通り費用はこちらで負担しているけど……。
「それと実はな……。今遠征に来ているカーザース家臣団からカーン家に仕官させたい者がたくさんいる。働きを見て評価出来そうな者は召抱えてやってもらえないか?」
「……え?」
父の言葉にポカンとする。何を言ってるんだ?カーザース家臣団からうちに引き抜けと?
「今回の遠征に参加している者の中でも若者達は、各家を継げないような者達が中心だ。そういった者達の仕官の道を開いてやるために遠征に参加させている家も多い。跡継ぎ達は領地に残っている者が多数だ。何人でも良いからフローラの目に留まった者だけでも仕官させてやってほしい」
……そうか。そうか!例えば長男が家を継ぐとしたら次男以降は家を継げない。かといって他所に仕官しようと思っても今のご時世だ。そう簡単に他所の家で雇ってなどくれないだろう。カーザース家臣団に入るのも難しい。カーザース家だって今抱えている家臣を養うので精一杯だ。あまりに分家が増えても養い切れない。
それに比べてうちはどうだ?譜代の家臣なんてほとんどいない。そして新興勢力だから家臣は不足し、与える領地や召抱える家臣に余裕がある。
今回の遠征にカーザース家がやたら張り切って参加してきたのは何もカーン家支援のためだけじゃない。あわよくば今回の戦争で功績を挙げて家を継げない者達をカーン家に雇って欲しいと思っていたからだ。
そうだよ……。それならこちらはそれなりに信用出来る家臣を得られるし、カーザース家やカーザース家臣団にとっても跡継ぎ以外の者達の将来が安定して助かる。まさにお互いウィンウィン。何でこんな簡単なことに気付かなかったのか。
「是非たくさん雇いたいと思います!もちろん仕官のために功績や実績をひかえておられるのですよね?さすがにただついて来ただけで働いていない者はお断りするかもしれませんからね」
「うむ。それはこちらでも記録を取っている。フローラがよくやっている……、面接……か?あれで本人に確認すると共にこちらから出す資料も確認すればいい。中には誇張した主張をする者もいよう。それを見極めるためにも情報は多い方がよかろう?」
「はい!ありがとうございます!是非活用させていただきます!」
やった!千人以上来ているカーザース家臣団の遠征軍の中で、どれほどの人数がその跡継ぎ以外かはわからないけど……、仮に半分だったとして五百名……。全員を雇わないとしても何百名かは人手を確保出来るかもしれない。
カーザース家臣団なら実家との繋がりもあるからあまりにおかしな者もそういないだろう。そこそこ信用出来て、カーザース家臣団として訓練も積んでいる者数百名が増えるとしたらそれはとても助かる。
何か知らないけど、ここ最近急激に人が増えてくれてうれしい悲鳴というやつだ!




