第三百三十話「猫の手も借りたいので!」
到着早々に次から次に問題が出てきててんてこ舞いだ。改革や体制の移行が進んでいるものと思っていたら、いざ来てみれば何も進んでいない。それどころか代官達の専横が進んでいたとは……。
彼らは元々ケーニグスベルクを支配していた層だから前までと同じようにしようと思っただけなんだろう。もしここが俺の領地になっていなければそれで通ったかもしれない。でも俺が領主となり、領主として正式に命令を出していたのに、それに逆らい、さらに嘘の報告もあげていた。これは許されざる行為だ。
何らかの理由によって出来ないというのならそう言ってくればいい。正直に報告すれば責めはしない。職や任を解いたり配置転換はさせるかもしれないけど罪に問うことはなかった。それを嘘の報告で取り繕って実際には何もしていなかったのでは罪に問うより他にない。
俺としてもやりたくない役回りだ。でも黙っているわけにはいかないからな……。
ケーニグスベルクの代官達は全員裁判にかけて裁いたけど……、これはもう一度他の町も全て精査した方が良いということで調査員を送っている。
ポルスキー王国から今回の戦争で割譲された地域はそれほど心配していない。旧支配層を排除してうちの家臣達を代官として派遣している。それに難しいことや進捗が思わしくないことはきちんと報告してきている。うちの譜代の家臣なら仕事が出来ないことより、嘘の報告をする方が重大な結果を招くと理解しているからだろう。
それに比べて元々自由都市で、現地の旧体制から地位をスライドさせた者達はまるで駄目だ。事の重大性がまるでわかっていない。自分達の地位や権力を守り維持することにばかり必死で俺の命令を守らないなんて言語道断だろう。
それならそれで意見を上げてくるなり、陳情するなり、いくらでも取れる手段はある。それをせず表向き嘘の報告で誤魔化して、実際には何もしていないどころか専横を深めているようでは到底許されない。
結局、今、ポルスキー王国から割譲された町も含めてカーン騎士団国全ての町を再調査中だ。こちらが調査しますと言っても嘘つきは本当のことなんて言うはずがない。密かにこちらで黙って調査を行なっている。二度手間、三度手間になるけど止むを得ない。
まぁ……、今のうちに禍根を絶てる良い機会だと思って諦めるか……。そんな早急に体制の移行なんてうまくいくはずもないということだろう。
これだから他人の領地の後始末というのは面倒だ。俺が最初から設計しているカーン騎士爵領やカーン男爵領ならこんなことはないだろうに……。
思わぬ出来事で数日を要したけどそれも大分片付いた。本来の予定と並行して仕事を進めているからそれほど遅れもない。そう……、俺の仕事が増えただけで遅れてはいないさ……。
「今日は確か先の戦争の責任者や捕虜と会う予定でしたね」
「は……、ですが……、フロト様は働きすぎでございます。これではフロト様が体を壊すやもしれません。私にお任せくだされば……」
今日の予定を確認するとカンベエに心配されてしまった。心配してくれるのはありがたいけど、この程度なら仕事が溜まってる時に一気に片付けている量に比べてまだまだ少ないくらいだ。
「心配してくれるのは良いのですが、本当に忙しい時はこれよりももっと仕事をしていますからね。この程度ではまだ朝飯前ですよ」
「――ッ!?それは……、何と申し上げれば良いのか……」
驚いた顔をしたカンベエは次第に顔を歪ませて視線を彷徨わせて俯いた。自分の能力がもっとあれば、とでも考えているんだろう。
「カンベエ……、貴方は自分がもっと仕事が出来れば私の負担を減らせるのに、と思っているのかもしれませんが、貴方は十分に良くやってくれていますよ。貴方が来る前は貴方が処理してくれている仕事も全て私がしていたのですからね」
「はっ……」
まだ納得いかないというか、自分の力量不足を嘆いているというか。真面目で忠誠を尽くしてくれるのは良いことだけど、分を越えた心配は無用だ。
「何でもカンベエが背負う必要はありません。それぞれが出来る仕事をしていけば良いのです。それで回らないのであれば責任者……、つまり私の差配に問題があるということです」
「…………」
違うと言いたげな顔をしているけど口を挟むことはなかった。それよりも次の仕事に取り掛かろう。
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先の戦争中に捕虜にした者の中にポルスキー王国議会で戦争を発議して実行した者がいる。ミカロユス・ラジヴィというマグナートの一人だそうだ。何故そんなことをしたとか、どうやって手を回したとかは色々とわかってきている。ただ捕虜になって以来俺は会っていないから直接問い質そうということで会いに来た。
「それで……、貴方はどうしてケーニグスベルクに侵攻してきたのですか?」
「…………」
だんまりか。まぁもう証言も得られているし目的もやろうとしていたことも計画の全ては把握しているけどね。本人が言うか言わないかは問題じゃない。ポルスキー王国も認めた上でミカロユス・ラジヴィの行いは明白となっている。
「…………私がケーニグスベルクを、いや!ダンジヒも!この辺り一帯の自由都市を全て私の物にしようと思ったからだ!」
お?何か知らないけどいきなり話し始めた。何だ?やけくそにでもなったのか?
「私が支配することこそがハルク海沿岸にとって最良の選択なのだ!そのためにオース公国にも根回しし、プロイス王国にも働きかけて準備をしてきた!それなのに……、それなのに貴様のせいで!」
「なるほど……」
まぁ特別新しい情報は何もしゃべっていない。こいつがポルスキー王国議会を買収し、モスコーフ公国やオース公国にまで根回しして準備していたことはポルスキー王国の調査でも判明している。そしてあろうことかプロイス王国の者ですらミカロユスの企みに加担していた者達がいる。
近衛師団と親衛隊がモンスター討伐のために遠征していたのはその働きかけの結果だ。
もともとプロイス王国の主敵といえばフラシア王国となっている。だから当然主戦力も西の国境に配置されている。東に大きな戦力を割けば西からフラシア王国が攻めてくる可能性が高い。だからプロイス王国はこれまでポルスキー王国の悪さにも目を瞑ってきた。
即応戦力である王都の兵力がモンスター討伐という遠征に出ていれば、プロイス王国はすぐに東の国境に派遣出来る即応戦力がないことになる。だからミカロユスと結託しているプロイス王国貴族の一部は、ありもしないモンスター騒動を起こして近衛師団を遠征に出させた。
「私は何も間違っていない!」
「そうですね……。八割……、いえ、九割は同意しておきましょうか」
確かにミカロユスの言うこともそう間違いじゃない。でも……。
「このような世情では貴方の言われることもあながち間違いではないですよ。力ずくで奪い取って何が悪いというのはその通りでしょう。貴方のそれだけの根回しや努力は買います。ですが貴方は二つ間違えています」
「…………なんだと?私の何が間違えているというのだ!」
俺に否定されるとでも思っていたのか、ミカロユスは一瞬ポカンとした顔をしてから、自分の間違いが何かと問い返してきた。
「まず一つ目、貴方は準備してきたと言いましたが結果敗れました。それは私やカーザース家が介入したから、と貴方はおっしゃいますが違います。その程度も想定出来ずにきちんと備えていなかった貴方が無能だっただけのことです」
「なっ!?」
俺の言葉にミカロユスがカッと真っ赤になる。
「貴様らが出てこなければ私の計画は……」
「それが間違いだと言っているのです。敵がどのような戦力を出してこようとも勝てる準備をしていなかったのは貴方が間抜けだからでしょう?それだけの戦力が整えられないというのならば、どうして私やカーザース家が介入しないように手を打たなかったのですか?それが出来ていない時点で貴方の計画が穴だらけだっただけのことです」
「うっ……、ぐっ……!」
何か言おうとしているけど何も言えない。そんな感じだ。悔しそうに顔を真っ赤にしている。
「そして二つ目。貴方が支配することが最良だと言われましたが大間違いです。貴方程度の先見の明しか持たない者に支配されては自由都市もあっという間に衰退していたことでしょう。貴方に支配されずに済んでよかったですよ」
「なっ、何をいう!戦争に敗れたのは確かに貴様の言う通りかもしれん!しかし私が支配していれば……」
戦争は負けたという反論のしようもない結果がある。それは備えが足りなかったからだと言われれば反論のしようもないだろう。でもミカロユスが支配していた場合どうだったかは答えがない。実際にそれで失敗した結果が存在しない以上は本人は頑なに否定するだろう。
「では貴方がこの辺り一帯を支配出来ていたとすれば、一体どのように統治し、どのような経済政策を打つつもりだったのですか?」
「そんなもの放っておけば商人達が勝手にする!我々貴族のすべきことは経済政策などというものではない!いかに支配するか、いかに支配を広げるかだ!」
これだもんなぁ……。頭が固いというか古いというか……。領地だけ増やせばあとは領民達が勝手にするだろうという程度の認識しかない。
「だから貴方が支配しても失敗すると言っているのですよ」
「ならば……、ならば貴様なら出来るというのか!ここを栄えさせることが出来るというのか!」
安い挑発だけど……、乗ってやろうか。
「ええ、出来ますよ。いえ、すでに数字の結果として表れています。貴方にも見せて差し上げましょう。これから私が作る未来を」
「…………は?」
ミカロユスがポカンとした顔をしている。俺が何故今日ここに会いに来たのかわかっていないんだろうな。というか誰もが理解不能だろう。何しろ俺はこいつを配下に加えようとしているんだから……。
ミカロユスが馬鹿で無能なことは確かだ。でも有能でもある。正反対のことを言っていると思うかもしれないけどそうでもない。
ミカロユスに戦争指揮の才能は欠片もない。無能の極みだ。こいつに軍を任せたら大敗を繰り返すだろう。でも交渉や根回しは非常に優れている。他の貴族を転がすにはどうすればいいか。誰に働きかけてどうすればいいか。それらは全てきちんとわかっている。
俺の配下で致命的に足りないのは現貴族社会に精通している者がいないことだ。
うちのやり方を学び、うちのやり方で成果を出す。そういう者はたくさんいる。でもそれは現貴族社会とは大きくかけ離れた話でもある。確かにある程度は今の貴族社会的風習を理解し、顔が利き、根回しの出来る者もいるけど、それでも圧倒的に足りない。
今のうちに足りないのは貴族的な汚さだ。今の配下達は皆、俺の現代的な綺麗なやり方を徹底させている。別に現代的だから綺麗で古い貴族的だから汚いというわけじゃないけど……。合理性の追求や不正を許さないシステムとしては俺は現代的システムを取り入れている。
それに比べて前時代的な貴族社会では根回しや事前の合意といったことが重要になる。ミカロユスはそれらに優れた手腕を発揮している。
ミカロユスは捕虜であり、すでにポルスキー王国と条約が結ばれているからうちへの人的補償、つまり奴隷として売り渡されている。
こいつに強制労働させたところで得られる物など知れているし、かといって捕虜のまま拘束していても何の意味もない。精々使い道としては戦争の責任者として処刑でもして被害者達の感情を抑えることくらいだろうか。
でもどれも何の意味もない。メリットもなく無意味なことだ。それならせめて人的補償としてやってきたならうちのために働かせたい。
問題はそう言われてこいつが素直に従うかどうかだ。あと前の戦争の時にはうまく根回ししたようだけど、それが実力か偶然うまくいったのかはわからない。あるいはそういう部下がいて、その部下がうまくやったのかもしれない。その辺りも含めてこいつの実力がいかほどか確かめに来たというわけだ。
「貴方にも知らされていると思いますが、貴方の身柄は条約によって我が国に引き渡されています。ポルスキー王国には貴方の帰る場所はありません」
「ふんっ!処刑でも何でもするがいい!もう腹は決まっておる!」
若干震えているくせにそう言い張った。戦争の時は震えて気絶したのに今は必死に強気で取り繕っているようだ。こんな小娘には怯えた所は見せられないという意地かな。
「貴方を処刑しても何も得るものなどありませんよ。貴方の首など何の価値もありません。ですから……、貴方には渉外を担当してもらいましょう」
「さっきから何を言って……」
半分わかっているけど理解が追いつかない、というところかな。じゃあはっきり言ってやるか。
「貴方を当家の渉外担当として取り立てます。働き次第によっては出世も首切りもあるので精々頑張りなさい」
「…………はぁ?」
驚いているミカロユスを無視して俺はこれから先のプランについて考えを巡らせたのだった。




