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第三十三話「いきなり商談とか何も考えてないんだけど!」


 まず俺はヴィクトーリアを説得出来そうな要素を考える。……いくつか浮かびはするけどどれも決定打には欠ける気がする。今パッと考えた程度のことじゃ海千山千の女会頭ヴィクトーリアを説得出来るとは思えない。


 それでもやるしかない。俺自身まだ考えがまとまっているわけじゃないけどあまり長い時間黙っていても評価が下がる可能性がある。とにかく思いつく限り説得してみよう。


「私も……、今日突然この場に来たので考えが全てまとまっているわけではありませんので少々話しが前後したり要領を得ないかもしれませんが許してくださいね」


「はい。フロト様のお考えをお聞かせください」


 俺が断りを入れると柔らかく微笑んだヴィクトーリアは俺に先を促した。


「まず……、私達が大量の砂糖を安価に売り捌いても困るのは既得権益者だけで国や国民としては安く大量の砂糖が出回ればむしろ良いことです」


 ヴィクトーリアは一瞬ピクリと眉を動かした。これはギルドの全否定に近い。ギルドとは特定の地域や商品に関して専売権などを持ち、それらをギルド加入者間で調整することでお互いに不満が出ないように利益を配分する互助会のようなものだ。


 自由競争をなくすことで加入者同士が共存する関係を調整して作り出す。そのための組織と言っても過言ではない。現代風に言えば各企業による自由競争をなくしてカルテルや談合で全てを決めてしまうようなものだから一見碌でもないシステムに見える。


 でももちろんデメリットはあるけどメリットだってある。その時々の国や時代背景というものがあって現代社会で悪とされているからといってその国や時代背景も時代の要請も考えずに悪と断ずるのは浅慮に過ぎる。


 俺が今言った既得権益者というのはまさにそのギルドのことでありギルドの専売権や独占権を否定するようなことを言ったわけだから、ギルドに加入している商会の会頭であるヴィクトーリアにそれを言うということはギルドの否定ということになる。


「何もいきなりギルドを廃止して全て自由競争に委ねようというのではありません。ただギルドに技術革新と新技術、新たな知恵と研究によって新商品が出来たので新たに取り扱ってもらう。そういうことでどうでしょうか?」


 自由競争をなくすことのデメリットの一つに技術や商品やサービスの停滞というものがある。自由競争ならば他所よりも良い商品やサービスを提供しないと客が奪われてしまうので次々と新商品やサービスを考え提供していく。


 それに比べて談合によって全てを独占していれば新商品やサービスは必要ない。決まった価格で定番の商品だけを売っていれば決まっただけの利益が得られる。新商品の開発や新たな設備投資をする必要もなく安定した利益が得られるので提供側もそんな無駄なことはしたくないわけだ。


 でもだからといって全ての新商品開発や研究が行なわれないかと言えばそんなことはない。誰かがどこかで常に新しいものを考えて作り出す。それは商品であったり技術であったり知識であったりだ。


 既得権益者達は変化を嫌う。新商品が主流になれば現在の商品を作っている自分達の設備が時代遅れのものになってしまう。自分達も新商品を売らなければならなくなりそのために設備投資しなければならない。だから変化を嫌い時には良い新商品であっても自分達の利益を守るために潰してしまうことも多々ある。


 ただし誰かがそれをすでに大々的にやってしまえば自分達も乗っからざるを得ない。何しろ新商品が売れているのに自分達がそれを売らなければ旧商品しか売っていない自分達は儲けがなくなるからだ。そういうわけで時には新商品が世に出て売れるようになることもある。


「おっしゃりたいことはわかりますが当商会がその先頭を走れと?確かに最初に始めた者はそれだけ利益が得られる可能性もありますが周囲から反発され恨みを買うこともあります。それらはどうされるおつもりでしょうか?」


 そうだよな。ギルドと敵対せずに新商品として投入することは伊達に大手商会の会頭をしていないヴィクトーリアだって考えているはずだ。問題はどうやってそれを押し通すのか。ギルドに認めさせるのか。そしてこの商会の安全を確保するのかということに尽きる。


「どれほど効果があるかはわかりませんが一つ目はカーン騎士爵家の名前は出していただいてもかまいません」


 まぁこれは効果があるとは思えない。今年叙爵されたばかりの最下級の騎士爵家の威光など効くはずもないだろう。ただカーン騎士爵家には俺の実家であるカーザース辺境伯家と俺に名前まで授けた現王の影がちらつくはずだ。本当は別にどちらも俺に協力してくれているわけじゃないけど背景を考えたり深読みをする商人ならば尚の事俺のバックについて考えるだろう。


「カーン騎士爵家は、ということは?」


「はい。カーザース辺境伯家や、まして王家の後ろ盾に関してははっきり明言することは避けてください。あくまで相手が勝手に深読みしすぎてそのようなことを考えただけだと後で言えるよう心がけてください」


 これは半分詐欺というか虎の威を借るというか。場合によっては勝手に王家の名を利用したとして罪に問われる可能性もある。その場合は俺が全て被るという意味だ。ただしヴィクトーリアが勝手に俺の伝手として王家の名前を使わなければだけどな。ヴィクトーリアが勝手にそれらを悪用するのならば俺はきちんとそれに関しては主張するつもりだ。


「そして商品の、砂糖の卸し先ですが王家に売りつけましょう。こちらの商会はあくまでカーン騎士爵家から買い取った砂糖を王家に売る仲介をしてもらうということでどうでしょうか?」


 これならギルドの権利を大きく損なうことはないはずだ。もちろん現時点で王家に砂糖を卸している商会には良い迷惑だろうけど代わりに何らかの便宜を図れば何とかなるだろう。その利益調整のための組織がギルドなわけだから今卸している商会も無駄に争うよりもギルド内で新たな利益を調整してもらって穏便に済ませる方が得なはずだ。


 カーン騎士爵家の甜菜糖の生産量程度ならば市場全てに必要な量だけ供給するということは出来ない。王家なら消費量もそれなりに多いだろうし、今消費量が少ないのならば多くなるようにしてやれば良い。


 問題は俺が頼んだからと言ってそう簡単に王家に砂糖を買わせることが出来るかと言えばそんな簡単な話じゃないだろうということと、仮に成功して砂糖を売りつけられたとしても俺が王家に対して借りが出来てしまうということだ。


 ただ今は目の前の問題をクリアしなければならないから背に腹はかえられない。それに王家が買えば王家の後ろ盾があるように見せかけることが出来るし新商品を認めさせるのにも都合が良い。王家が認めて買っているのにギルドが新商品としての甜菜糖を認めないなどと言えば王家と対立することになる。


 甜菜糖が世に認められて流通するのが当たり前になればうちから卸す甜菜糖も大手を振って堂々と売れるようになる。最初のとっかかりとして少し王家に借りを作る必要はあるけど成功すれば今後のことも含めて相当楽になるだろう。


「王家に……、ですか。もし本当に王家に納品出来るのでしたらそれはとても素晴らしいことではありますが……、それはすでに王家に話が通っているのですか?」


 そりゃそこに突っ込みますよね~……。俺が勝手に言ってるだけで勝算もなければ絵に描いた餅も同然だ。現実主義者であろう商人がそんな絵空事に付き合うとは思えない。


「いえ、それはこれからです。ですが勝算はあります。私達の商品の砂糖を持ってヴィクトーリアさんも一緒に王都に行ってはいただけませんか?そこで王家に砂糖を卸す商談をまとめてみせましょう」


 うん、ハッタリです。全然売れる勝算なんてありません。しかも仮に成功しても王家に借りが出来ることになって碌なことにならない気がする。でもお金が必要なんです!甜菜糖が売れないと困るんです!利用出来るものは何でも利用するしかないんです!


「……ふぅ。わかりました。それでは……、そうですね。三日後に砂糖を積んだ荷馬車と共に王都に向かいましょう」


「えっ?!そんなにすぐに大丈夫なのですか?」


 自分で言っていて驚いた。俺としては助かるけど普通いきなり王都に行こうと言われて三日後なんてすぐに引き受けるとは思ってもみなかった。この世界の長距離移動は大変な労力と危険を伴う。おいそれと行けるようなものじゃないと思ってたけど……。


「フロト様にはあまり時間はないのでしょう?それにこちらが渋って他の商会に話を持ち込まれたら当商会としても大損害になる可能性もありますので……」


 なるほど。さすがは大手商会の会頭というだけのことはあるようだ。機を逃すというのがどれほどの損失なのかわかっているということだろう。王家の後ろ盾が得られたように見える商談をまとめれば得られる利益は大きい。失敗しても俺の甜菜糖が売れなくなるだけで今の所商会にはデメリットはない。


「それでは三日後に……。よろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 とりあえずヴィクトーリアとの話は何とか纏まった。まだ甜菜糖が売れると決まったわけじゃないし折角カーザーンに戻ってきたのにまたすぐ王都に行かなければならなくなったけどこれも社交界デビューで可愛いドレスを着ていくためだ。


 商会を振り返るとヴィクトーリアが頭を下げたままこちらを見送っていた。どうなるかはまだわからないけど再び王都に向かうべく俺は準備に取り掛かったのだった。




  ~~~~~~~




 紋章のついていない質素な馬車が遠ざかるのを見送ったヴィクトーリアは商会に戻るとソファに座って寛ぎながらお茶を飲む。先ほど会った少女のことを思い出すと頬が緩んでしまう。


 まだ十歳にもなっていないというのに利発で可愛らしい。あんな孫が欲しかったと思いながらそれは考えても詮無きことと思考を意識の遥か遠くへ放り投げた。


 ヴィクトーリア・クルークが会頭を務めるクルーク商会は公爵家を後ろ盾に持つギルドでも有数の大商会である。


 先々王の三男がクレーフ公爵に叙せられクレーフ公爵家が始まった。その初代クレーフ公爵の次男こそがヴィクトーリアの夫であったカール・フォン・クレーフだった。カールは家督を継げず庶民に身分を落とした。家督争いで破れて追放されたわけではなく家督は継げないが公爵家に残る道もあったのに自ら市井に出ることを選んだのである。


 商売に興味があったカールはクルーク商会の跡取りとして養子に迎えられた。そこで当時姉妹でカーザース辺境伯家に仕えていたヴィクトーリアと恋に落ち結婚し二人でクルーク商会を盛り立ててきたのだ。


 そのカールはこの世界の平均よりも若い頃に他界し残されたヴィクトーリアは愛する夫が残した商会を守るために懸命に働いてきた。ただ必死に働いているうちにいつの間にかクルーク商会はプロイス王国でも有数の大商会へと成長していたのである。


 もちろん商会の元会頭としてカール・クルーク、公爵家の血縁者がいたために色々と便宜を図ってもらったのは間違いない。ヴィクトーリアも自分の力でここまでのし上がったとは思っておらずクレーフ公爵家の後ろ盾あったればこその今だということは理解している。


 フロト、いや、フローラが持ち込んできた砂糖の取引に関してもクルーク商会とクレーフ公爵家が後ろ盾になればギルドの意向などどのようにでも操作出来る。


 ただそれでは意味がない。フローラ自身がどこまで出来るのか。それを見極めるためにはヴィクトーリアが余計な手など貸さずに自らの才覚だけでどうにかする道筋を示してもらう必要がある。最終的にはヴィクトーリアが手助けするにしてもフローラに賭けても良いのだと、信頼に足るビジネスパートナーであると示してもらわなければ賭けることは出来ない。


 すでに王家からはルートヴィヒ第三王子の婚約者としてフローラに何かと便宜を図り手助けしてやって欲しいとは頼まれている。そしてクレーフ公爵家もフローラに興味を示しているようでフローラの手助けをしつつもその才覚がどれほどなのか探って欲しいと頼まれていた。


 もともとフローラがただ頭を下げてヴィクトーリアに頼むだけでも王家やクレーフ公爵家の意向もあるので協力するつもりだったのだ。ただフローラの方からあのような提案があったためにそれに乗ったにすぎない。その手腕如何によっては今後も贔屓にするか一時的に利用するだけの関係で終わるかが変わってくる。


「本当に楽しみなお姫様ね。今度の王都への旅行は楽しいものになりそうだわ」


 カーザース辺境伯家の屋敷の方を見ながら呟いたヴィクトーリアは今回の交渉でフローラに貸しを作り外堀を埋められたことに満足しながらティーカップを傾けたのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやまぁ、なかなか物騒な世界だからある意味これも教育というか過保護の延長なのかもしれんけど。 ………………ロクな大人がおらんなぁホント!!!! このままだとマジでタグ詐欺だぞ 百合の気…
2023/10/24 06:47 退会済み
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