第三百二十八話「一時の別れ!」
「やー!フローラいっちゃやー!」
「エレオノーレ様……」
俺のスカートにエレオノーレがくっついて離れない。俺達はこれからカーン騎士団国に向かう。王様にも出発前に王城に来るように言われたから来たんだけど……、どうやら嵌められたようだ。
たぶん俺が当分王都から離れると聞いてエレオノーレがグズりだしたんだろう。ここの所うちの嫁さん達も含めてしょっちゅう一緒に遊んでたからな……。カーザース邸にでも遊びに行こうとしたら俺達がいなくなると聞かされてこうなったんだろう。
そしてエレオノーレをあやすのを諦めたと……。全部俺に丸投げしようと呼び出したというわけだ。
「エレオノーレ様……」
「やーっ!」
さらにギュッと力を入れて引き離されまいとしがみつく。力ずくで引き剥がすのは簡単だけど、まさかそんなことが出来るはずもない。もちろんしようとも思っていないしな。
「エレオノーレ様が良い子にしていたらすぐに戻ってきますよ」
「うーっ!」
スカートが捲れないように気をつけながらしゃがむと、エレオノーレもちょっとだけ手を離して目線の高さが同じくらいになるようにしてくれた。相変わらずドレスは掴まれているけど、スカートにヒシッ!とくっついていた時ほどじゃない。
「実はエレオノーレ様に贈り物を持って来たんですよ」
「いらない!フローラといっしょがいい!」
今日王城に呼び出されたからエレオノーレにあげようと思って持って来た物がある。別にご機嫌取りというつもりじゃないけど、出発前に渡そうと思っていただけなんだけど、エレオノーレには物で釣ろうとしているように思えたのかもしれない。
「エレオノーレ様がこれをきちんとしてくだされば、終わった頃に戻ってきます。ですがエレオノーレ様がこれをきちんとしてくださらなければ私は帰ってこないかもしれませんよ?」
「えっ!やー!だめー!する!するからー!フローラかえってきて!」
ちょっと脅すとまた泣きながらしがみついてきた。別に泣かせるつもりはなかったんだけど、ここまで反応するとは思わなかった。まぁそれだけ好意的に思ってもらえているということでいいのかな。
「はい、それではエレオノーレ様はこれを使ってくださいね」
「なにこれー?」
俺が本を渡すとエレオノーレはポカンとした顔で受け取った。
「これは絵本。こちらは絵日記です」
「えにっきー?」
コテンと小首を傾げる。いちいち可愛らしい。俺も何だかエレオノーレと離れるのが寂しくなってきてしまった。とはいえ王女様をほぼ他国とも言えるカーン騎士団国に連れていくわけにはいかない。
「エレオノーレ様、この絵本を読んで、この絵日記に絵本のようにエレオノーレ様が毎日したことや、感じたこと、その日にあった出来事、何でもいいから書き込んでください。この絵日記がいっぱいになったら私は帰ってきますよ」
エレオノーレはどうやら勉強嫌いらしい。それで周囲も手を焼いているようだ。そこで俺はエレオノーレに勉強に役立つ絵本を作ってプレゼントしようと思って用意していた。ヤマト皇国から紙を輸入したから紙の本を作れないかと思ってのことでもある。
一枚だと薄いから何枚も重ね合わせた結果、かなり高価な一冊になってしまったけど……。
まぁ問題は金じゃない。その絵本には俺が考えた物語が書かれている。文字を覚えられるように簡単な言葉や文字が使われていたり、別の本にはちょっとした算数を覚えるための内容が書かれている。現代風に言えば漫画でわかる○○、みたいな感じかな?そもそも絵本なんて子供の勉強用の物だろうしな。
そして何も書いていない本、というか俺の感覚ではノートに近い、はエレオノーレの絵日記用だ。最初のページには絵日記の書き方も添えてある。絵日記も文字を書かなければならない。自分で絵日記を書けば文字も自然と覚えるだろう。あと文章を考える力もな。
ちなみに絵日記のノートのページ数は六十五ページだ。二ヶ月間カーン騎士団国に行っていてもページを使い切ることはない。そして一日一ページずつ書けばこれが終わる頃には戻ってくる。若干ページ数が多いのは保険だ。もし使い終わったのに俺が戻らなかったらエレオノーレが怒るだろうしな。
「ぜったい?」
「はい」
「ぜったいのぜったい?」
「絶対の絶対です」
「……わかった。やくそく!」
「はい、約束です」
何度も確認してくるエレオノーレに答えて指切りをする。当然この世界に指切りなんてない。言葉も若干変えてある。エレオノーレが俺やお嫁さん達と遊ぶようになってから俺が教えたものだ。だから王様達は興味深そうに見ていた。誰も知らないだろうからな。
「あれだけぐずっておったエレオノーレを静めるとはな……」
王様……、感心したように言ってるけどあんた俺にそうさせようと思って呼び出したんだろ?これで俺がうまくエレオノーレを宥められなければどうするつもりだったんだよ……。
「フローラ……」
「ルートヴィヒ王太子殿下」
そして、何とも微妙な表情のルートヴィヒがマルガレーテに付き添われて出て来ていた。さっきまではエレオノーレの騒動で黙っていたけど、今はエレオノーレは絵本を機嫌良さそうに眺めているから大人しい。文字は完全に読めているわけじゃないだろうけど、綺麗な絵を添えてあるからな。絵は俺が描いたんじゃないけど……。
「ルートヴィヒ王太子殿下、マルガレーテを不幸にしたら許しませんよ」
「――ッ!……わかってる」
俺にそう言われて、ルートヴィヒはやや俯きながらそう答えた。
う~ん……。ルートヴィヒって……、本当に……、そんなに俺のことが好きだったのか?その気持ちは俺にはまったくわからない。ただの政略結婚で許婚候補と思ってただけじゃないのか?大して深い接点があったわけでもないし、俺のどこをそんなに気に入る要素があったのかもわからない。
お嫁さん達とは色々とあった。お互いに絆が深まったのもわかる。むしろあれだけあって何も進展がなければ諦めた方が良いレベルだ。でも俺とルートヴィヒって何かあったか?家に来た時にコテンパンに言い負かしたり、角熊と戦った時に顔を合わせたくらいしか記憶にないぞ?
それともあれか?角熊と戦った時に一緒に恐怖体験をして吊り橋効果で勘違いしたとか?わからん……。
「マルガレーテ、ルートヴィヒ殿下とお幸せに」
「フローラ……」
にっこり微笑みかけてそう言うと何故かマルガレーテはちょっと眉尻を下げた。何故だ……。何か俺がマルガレーテに苦渋の決断でその場を譲ったとでも思ってないか?むしろ俺はこの結果に大満足だぞ?思わぬ形でお嫁さんが増えることになったけど、エレオノーレなら今もとても可愛いし、王妃様を見れば将来も美人確定だ。
「それでは国王陛下、カーン騎士団国を纏め上げてまいります」
「うむ!」
王様に挨拶をして王城を後にする。出る時にまたエレオノーレが騒ぐかと思ったけどぐっと我慢していた。何のかんの言ってもやっぱりきちんと教育されている聡い子だ。泣きも喚きもせず、ただ約束を信じて待とうとしてくれている。だったら俺も約束を違えずにきちんと帰ってこなければな。
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今回はベルンの東にあるオデル川を船で下ってステッティンに向かう。理由は特にない。ただ下りだから上りよりは船足は確実だ。上りだと思わぬ理由で船足が遅くなることもある。下りは速くなる可能性の方は高いけど最低限より遅くなることはまぁまずないだろう。
いつものように馬車でもよかったんだけど、たまたまオデル川をうちの船が上ってきていたから、というだけのことだ。船でステッティンまで下って、ステッティンで一泊してからカーン騎士団国、ケーニグスベルクへと向かう。
お嫁さん達は学園とかもあるから王都に残っても良いって言ったんだけど、そう言われて残るようなお嫁さんがいるはずもなく……。学園の成績が落ちなければいいんだけどね……。
「フロト様、これから向かうのは?」
「カンベエ達は初めてでしたね。私の領地はカーン騎士爵領、カーン男爵領の他にカーン騎士団国というのがあるのは説明した通りですが……」
もちろんカンベエ達にもこれからの予定とかも話しているし、舞い込んで来る仕事の中にはカーン騎士団国のものもある。だからその存在自体は知っているはずだけど、この国の制度とかもあってヤマト皇国出身者にはいまいちわからないんだろう。カンベエとムサシにざっと説明しておく。
「離れた場所にある領地というのはわかりますが……、規模が大きすぎませんか?」
「そうですね……」
カンベエが直接見てきたのは騎士爵領と男爵領だ。とくに男爵領なんてまだ町を建設中で本当の意味での領民は誰一人いない。領民予定、というのならいるにはいるけど……。騎士爵領も土地はかなり広いけど人口も少ないし未発達の、というか出来立てホヤホヤの町だ。
それらに比べて騎士団国から上がってくる仕事の内容を見れば、その規模が他の二つとは桁が違うことにすぐ気付くだろう。税収もすでにあがっているし、予算も仕事量も他とは桁が違う。プロイス王国内でも相当大きな公国規模クラスだろう。
領土面積的にはまだ小さい方だけど、ハルク海貿易の重要拠点として沿岸部はかなり発達している。人口も多い。その分だけ税収も多いし、他の地域と違ってすでにある完成された領土を得たから税収もすぐに入っている。これを管理するのは至難だ。
「ですがまだカーン騎士団国が出来てから僅かな時しか経っておりません。これからその支配体制や行政や軍政を確立しなければ……」
「二月で出来る仕事量とは思えませんが……」
カンベエの言いたいこともわかる。俺だって二ヶ月で完璧に出来るとは思っていない。ただ俺が滞在出来るのは二ヶ月間しかない。その間に出来るだけのことをして、残りは任せるしかないだろう。
「手が足りませんね……。もっと優秀な者がたくさんいれば良いのですが……」
「……」
カンベエは口をへの字に結んで黙った。別にカンベエが優秀でないと言ったわけじゃない。カンベエは十分働いてくれている。ただ俺の管理規模から考えたら、カンベエくらい優秀な者が何十人かくらいはいないと治まらないんじゃないだろうか。
カンベエが劣るから困るという話ではなく、単純に人手が足りない。出来れば少なくともカンベエくらい優秀な者があと何人かはいないと無理だ。
「もちろんカンベエは優秀ですし頼りにしていますよ。ただあまり褒めるとまた調子に乗りかねませんからね」
「なっ!そのようなことは……」
でも、そんなことはないって言い切らないのな?自分でもちょっと調子に乗っちゃう癖があるって自覚してるんだろう。
「まずは統治体制の確立と、優秀な者を取り立てる必要があります」
「はっ」
ポルスキー王国の支配層の中でも優秀だった者もいるかもしれない。あまり旧支配層は使いたくないけど優秀なら取り立てなければ手が足りない。以前までの特権を認めるつもりはないけど、真面目に働くつもりなら仕官くらいはさせなければな……。
「何難しい話をしてるのよ。船の上でくらいゆっくりしなさいよ」
「くすっ、ありがとうございます」
どうやらミコトも俺の体を気遣ってくれているらしい。言い方があれだけどミコトの性格をわかっていれば腹を立てることもない。
「あっ!フロト!見えてきたよ!」
ルイーザが俺の腕を掴んで見晴らしの良い所まで引っ張る。目の前にはケーニグスベルクの町が見え始めていた。
「前に来た時よりも賑やかになっていますね」
「そうだね」
ケーニグスベルクの周りを行き交う船は相当な数だ。港にも一杯船が停泊している。そういえば沖に停泊させていたポルスキー海軍の船がなくなっているな。正式に条約が締結されて捕虜達の扱いも決まったから撤去したのかな?
あれ?そういえば船をどうするか決めた覚えはないけど……。まさか誰かが勝手に横流ししたとかそんなことはないと思うけど……。
「港が騒がしいですわね」
「本当だね~」
ふむ……?いや、騒がしいというかあれは出迎えだな。一瞬何か問題でも起きているのかと思ったけど、どうやら俺達の船の出迎えのようだ。今日俺達が来る予定は伝えていたから出迎えに来たんだろう。そういうのはいらないとは伝えていたはずだけど……。
「どうやら私達の出迎えのようですね」
「ああ、そのようだね」
出迎えに来てくれている者達は歓迎してくれているように見えるけど……、果たしてケーニグスベルクでの本当の俺達への評価はどの程度のものなのか……。それによってこれから取るべき行動も変わってくるけどどうなんだろう……。




