第三百二十六話「チェンジ!」
昨日はルートヴィヒにビシッと言ってやったという高揚感でちょっと興奮気味だったけど、今日冷静になってみれば随分な言い方をしてしまったものだ。
もちろん中途半端は一番良くない。はっきりさせておく方が良い。だからあれは間違いではなかったはずだ。でももうちょっと言い方もあったんじゃないかな?という気がしないでもない。
別にルートヴィヒが傷つこうがどうでもいいけど、王様がいる目の前であれだけ言ったのは言いすぎだったかもしれない。
でもな~……。中途半端なことを言って有耶無耶になってしまったら余計に悪い結果になる可能性もあったし……、もう過ぎたことだから今更悔やんでも仕方がない。
よし!そうだな!もう言ってしまったことだ!気にするのはやめよう!
それよりもフォローの方が大事だろう。まず今日は……。
「フローラ様、王城より使いが来ております」
「げっ……」
朝の日課を終えて、いつもの書類を処理している俺の元にカタリーナがやってきた。昨日の今日で王城からの使いとかもう嫌な予感しかしない……。でも無視するという選択肢はないわけで……、俺は渋々使いに用件を尋ねたのだった。
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まだ今日の分の仕事も終わっていなかったのに王城に呼び出された。使いの用件は登城せよという王様の命令を伝えに来ただけだった。いつもの王様らしくなく今すぐ登城しろという命令だ。やっぱり昨日のこと怒ってるのかなぁ……。
ここ最近はルートヴィヒやマルガレーテ関連のことで時間をたくさん使ったから、学園も休んで仕事とマルガレーテ関連のことばかり処理していたというのに……、今日さらに呼び出されては予定が狂いっぱなしだ。
秘密の通路はもう目処が立っているし、書類もそんなに溜まっていないけどね。その分学園を休んでいるわけで、本当なら王都にいる間くらいは出来るだけ学園に出ようと思っていたのに、今では学園に行かないのが当たり前になってしまっている。
それにしても朝っぱらから登城命令ですぐに来いと言うなんて一体何事だろう。ルートヴィヒを振ったから死刑とか領地も爵位も財産も没収とか言われるんだろうか?それならそれでいいけど……。
もちろん黙って全部差し出すつもりなんてない。黙って殺されるくらいなら国を割ってやろう。フラシア王国とは関係がないけど、ヤマト皇国やデル王国なら渡りもつけやすい。モスコーフ公国も招き入れて東西からプロイス王国を攻めるか……。
ぶっちゃけ東西の国防の要がカーン家・カーザース家になっているんだから、その外側にいる敵を招きいれて敵方に寝返れば、一気にプロイス王国を東西二正面作戦に持って行くことが出来るな。あとはゴスラント島も利用して北の海も押さえたら完璧だ。
となると、引き込むべきはフラシア王国よりオース公国の方が良いか?オース公国に南から攻めさせれば四方八方全てを敵に囲まれることになる。西はすでにカーン、カーザースとヤマト皇国、デル王国の勢力がいるから、無理にフラシア王国を引き込む必要はない。
ポルスキー王国分割で縁が出来ているからオース公国、モスコーフ公国なら渡りがつけやすいかもしれない。これならプロイス王国を殲滅するのもそう難しくないだろう。あとは両親をどうやって説得するかだな……。
両親はプロイス王国に忠誠を誓ってるだろうし、俺が処刑されるとしても反乱に加わるとは思えない。どうにかしてカーザース家の協力を取り付けなければ……。問題はそこだよなぁ……。
「やぁフローラ姫。何か悪い顔になっているけどどんな悪巧みを考えているんだい?」
「これはディートリヒ殿下、御機嫌よう」
通された部屋の近くでディートリヒとばったり会った……、わけじゃないんだろうな。こいつは俺を待っていたんだろう。プロイス王国を滅ぼす算段をつけていましたとは言えないので適当に誤魔化す。
「そう警戒することはないよ。ルートヴィヒ王太子殿下のことについてだけど、フローラ姫をどうこうしようというつもりはないから」
「そうですか……」
やっぱりな……。でもそんな言葉が信じられるか?王太子を振ったんだ。それも王様の目の前であれだけこっぴどく……。それで何もお咎めなしで済むと思うほど俺もお目出度くはない。こちらを油断させるために先にディートリヒにこう言わせたんだろう。
これを真に受けて油断していたら後ろからいきなりブスゥ!とやられるかもしれない。いつもはぼーっとしてる俺だけど今日は戦場にいるくらいのつもりで周囲を警戒しておこう。
ディートリヒに先導されて王様の待つ部屋に通された。謁見の間のような公式の場ではなく私室だ。さすがに自分達が生活している私室でいきなり殺すなんてことはしないと思いたいけど……。
「それで……、お呼びと聞きましたがご用件は何でしょうか?」
「うむ……。ルートヴィヒの件でな……」
挨拶を済ませてさっそく俺が用件を問うと視線を逸らせて言葉を濁しながらそんなことを言った。
「余やディートリヒは、もう随分前から其方がルートヴィヒと結婚するつもりがないことはわかっておった。しかしな……、其方ほどの者をただ野放しにしておくわけにはいかんのだ。それはわかるな?」
「はぁ?」
わかりません……。俺がルートヴィヒと結婚するつもりがなかったのを知ってたというのはわかった。何でそんなことを知ってたのかはわからないけど、王様とディートリヒがそれに気付いていて、それでも黙っていたというのならそれはそれでいいだろう。問題はその後の言葉だ。何を言っているのかさっぱりわからない。
「はぁ……、わかっておらんようだな……」
王様は俺の顔を見てから首を振った。どうやら俺がわかっていないと察してくれたようだ。別に察してくれたならそれはそれでいいし、察しなかったら察しなかったでどうでもよかった。
「はっきり言おう。其方ほどの力を持つ者が縁戚でもなく国内で好き勝手していては枕を高くして眠れぬだろう?」
「あ~……、おっしゃられることはわかりました」
国内の貴族なんて王家に敵わないか、王家と血縁関係にあって絶対に裏切らないと思えるからこそ、力を持たせたままでも安心出来るものだ。もし仮にだけど王家と対等以上の力を持った貴族がいて、しかも縁もなければいつ裏切られるかと気が気じゃない。そう言いたいわけだ。
「ですが私はそれほど評価していただくほど力などありません」
「単独でホーラント王国海軍を壊滅させ、海外領土を獲得し、親の家とはいえカーザース家とカーン家のみでポルスキー王国を一月で下す者が脅威でないと?」
あ~……、ですよねぇ~……。
「その上現状ではプロイス王国の東西の守りは全てカーン家・カーザース家に任されている。万が一にもカーン家・カーザース家が敵に回り、東西の諸国を引き入れたならばプロイス王国は火の海となろう」
「え~……、まぁ……」
それは俺がさっき考えていたプランだからな……。図星を突かれて何とも言えない。
「フローラが王族となるのならばと思って勢力の伸張にも目を瞑ってきた。しかし王妃にならぬ者がそれだけの力を持っていては国の大事となる」
だから俺を消すと……。だったらやっぱり国を割って……。
「そこでルートヴィヒが気に入らんのならば別の者をあてがおうと思う」
「は……?」
別の者?まさか第二王妃アマーリエの二人の息子のどちらかとか言うんじゃないだろうな?それならまだルートヴィヒの方がマシだぞ。男と結婚なんてお断りだけど、ルートヴィヒなら籍だけ結婚したことにして俺に指一本触れさせなければいい。でもアマーリエの息子達だったら形だけ結婚するだけでもお断りだ。
「ルートヴィヒはマルガレーテと結婚させ、エレオノーレとフロト卿を結婚させる。それでどうだ?」
「え!?エレオノーレ様と!?」
いいのかそれ?俺女なんだけど?実はエレオノーレは女の子の格好をしているけど男の娘だったとかそういうことか?そういえば股の間なんて確かめたことないもんな。もしかして生えてるのか?あんなに可愛い天使のようなエレオノーレに?
「顔が完全に喜んでおるぞ……」
「え?……ゴホンッ!」
王様に言われたので咳払いをして姿勢を正す。俺のこのポーカーフェイスが崩れるはずがない。
「幸いフロト卿のことを詳しく知る者は少ない。ここはフロト卿を男としてエレオノーレと結婚するということにする。どうだ?それなら文句はあるまい?」
「え~……、まぁ……」
ちょっと考えてから素直に認めることにした。今更俺が女の子に興味ないですとか言っても説得力がない。王様達ならとっくに承知だろう。だからこそ可愛い可愛い一人娘であるエレオノーレを形だけとはいえ俺の嫁に出すと言っているんだ。
この国でも同性婚は認められていない。当然王族がそんなことになれば大問題だ。
だからこそあまり素性の知られていないフロト・フォン・カーンを男ということにして、エレオノーレ様が嫁いだということにしようというわけだな。
「ですがよろしいのでしょうか?国王陛下にとってもエレオノーレ様は大事な一人娘のはず……」
まずエレオノーレの政略的価値は計り知れない。王家の娘だから他国の王族に嫁がせることも出来るだろう。関係の怪しいオース公国との関係を持ち直すために嫁に出すという手もある。あるいはフラシア王国と和解するために、ホーラント王国との関係強化に、ポルスキー王国の反乱を抑えるために、モスコーフ、ヤマト皇国……。
考え出せばキリがなく、他国の王族に嫁がせなくとも国内でも引く手数多だ。どこへでも嫁がせられるだろう。関係を強化しておきたい公爵家や侯爵家に嫁がせるというのも悪くない。
そして何よりもそんな政治的な話だけじゃなくて……、王様はエレオノーレを溺愛している。それはもうとても大切にしているのを知っている。そんな可愛い一人娘を、俺は中身は男のつもりだけど、周囲から見れば同性愛者である俺に嫁がせるとか、どれほどの覚悟だろうか。
「他の男共にエレオノーレをやるくらいならば、せめてフローラの傍に置いておく方がよかろう。エレオノーレには政略結婚はして欲しくない……」
いや……、俺に嫁がせるとか言ってる時点で政略結婚丸出しじゃないですかね?さっき王様もそう言いましたよね?俺を王族に取り込むためだって……。
まぁ無粋な突っ込みはやめておくか。王様の言わんとしていることもわかる。問題は相手ということだろう。実際に王族の結婚ともなれば政略的な意味がなければ結婚などさせられない。そんな中で酷い相手に嫁いだらエレオノーレが不幸になる。それならせめて俺に、ということだろう。
「わかりました……。エレオノーレ様はこの身に代えましても必ずやお守りいたします!」
「うむ……。言葉は勇ましいが顔がデレデレになっておるぞ……」
「え?」
そんな馬鹿な。俺のポーカーフェイスは完璧だ。一切の感情が表に出ていないはずだ。
「え~……、お話はそれだけでしょうか?」
「うむ」
え?そうなの?それなら何でわざわざこんな早朝に、それも登城命令まで出してきたんだ?何か大変な呼び出しかと思って焦ったじゃないか。
「あと昨晩よりルートヴィヒが部屋から出てこん。どうにかせよ。以上だ」
「あ……、あ~……、承りました……」
どうやら傷心のルートヴィヒは部屋に閉じこもってしまったらしい。でも良い傾向だ。王様の前を辞した俺は早速マルガレーテを捜した。そしてすぐに見つける。
「マルガレーテ!」
「フローラ?まだ呼び出していないのにどうしたの?私の話を聞きたくなったの?」
いいえ……。もう貴女達のノロケ話はお腹一杯です。完全に暗記してますのでもう結構です。
「実はね……」
俺はマルガレーテに昨日のことや今朝のことの一部を説明した。エレオノーレのことは伏せている。そんなことまでホイホイ口を滑らせるほど馬鹿ではない。
「えっ!?そんなことが……」
どうやら朝からルートヴィヒの姿が見えないから心配はしていたらしい。だからいつもなら俺を呼び出す使いを出している頃なのに、今日はまだカーザース邸に使いを出していなかったらしい。
「それでね、マルガレーテにルートヴィヒ殿下をお慰めしてもらいたいの。ここで傷心のルートヴィヒ殿下をお慰めすれば一気にマルガレーテに心が傾くはずよ。だからしっかりお願いね!」
「そっ、そんなことを言われても……、お慰めするってどうすれば……」
マルガレーテは真っ赤になってモジモジし始めた。
「やっぱりまずは愛を囁きあって、口付けを交わして、それから押し倒されて……、きゃーーーっ!」
「痛い……」
何か一人で勝手に盛り上がったマルガレーテはまたしても俺の肩をバシンと叩いた。実はマルガレーテって結構力が強いんじゃないですかね?そこらの兵士より強いんじゃ?
まぁそれはおいておくとして、マルガレーテはきっと勘違いしている。慰めるって下の方を慰めようとしていないか?俺が言ってるのはそうじゃないんだけど……。
この後適当にマルガレーテを宥めて、勘違いを正して、ルートヴィヒを慰める方法を話し合った。途中勘違いに気付いたマルガレーテが真っ赤になってフリーズしていたのは面白かったけど、それを言うとまた恥ずかしがって話が進まないから、俺の心の中だけに留めておくことにする。




