第三百二十四話「ロリコンでもいい!」
王都での用事は順調に進んでいる。シャルロッテンブルクの建設は順調どころか前倒しで進んでいるし、俺の担当工区、というか、秘密の地下通路も順調に進んでいる。
俺を外交官に任命する法案も決定して、俺の任命式も行なわれた。これで俺は正式に魔族の国、ヤマト皇国との折衝を担当する外交官ということになった。元々の外交担当者達は面白くないだろうけど、魔族の国との外交を成功させた者はいないから文句も言えない。俺に文句を言う前に自分達が成功させておけという話だからな。
正式に決定したからカーン騎士爵領に連絡を送って、カーンブルクに滞在しているヤマト皇国の連絡員に本国に連絡するように伝えている。
今回の交渉は前回の俺、カーン家としての交渉や条約締結じゃなくて、プロイス王国とヤマト皇国の間での交渉ということになる。前と違って今度は流石に正式な外交交渉の使節団派遣になるだろうし、送られてくるまでに相応に時間がかかるだろう。
うちの王様も向こうの皇様も何でも決めるのが早過ぎるんだよな……。もっとじっくり考えて欲しいところだ。
何でも即断即決みたいなことばかりして、そのくせ仕事は俺に振ってくるばかりだし……。もうちょっと慎重に考えてもらいたい。俺の頼み事をすぐに聞いてくれるのは良いけど、余計な仕事まで即決してすぐに言ってくるな。
普通国同士の外交問題なのにたかが一ヶ月かそこらで準備も法整備も交渉内容も詰めるとかあるか?どんだけ拙速なんだよ……。普通なら年単位で考えることだろ……。
ともかくそういった諸々の仕事は順調に進んでいる。もし順調じゃないことがあるとしたらそれは……。
「最後は綺麗な夕日の見える場所で愛を語らってから口付けよ!これは絶対だわ!男なんてこれでいちころよ!」
「くっ、口付けだなんてそんな……」
ミコトの言葉にマルガレーテが赤く染まる。俺がまずはルートヴィヒとデートして仲を深めてはどうかと言ってから、あれこれ皆で話し合っているんだけど中々決まらない。
「えっと……、クレープカフェで頬についたクリームを取ってあげて、それを舐めたりしたらいいんじゃないかと思います」
ルイーザが遠慮気味にそんなことをいう。確かにそれは中々キュンとくるシチュエーションだけど、現代知識もないのによくそんなことを思いつくものだ。もしかして庶民の間では流行っているのか?
「そっ、そのようなはしたない真似は……」
でもまたしてもマルガレーテが真っ赤になってモジモジしている。
「というかですね……。そもそもルートヴィヒ殿下は恐らく頬にクリームをつけるような失態はされないと思います……」
一応突っ込みを入れておいてあげよう……。そういうシチュエーションは偶発的にしか起こらない。しかもマナーとかを徹底的に仕込まれている王族が、そんなうっかりをする可能性は極めて低いと言わざるを得ないだろう。相手がしてくれないと成立しない作戦は無意味だ。
「そっか……」
ルイーザはシュンとしてしまった。ごめんね……。でもそんなのは漫画やアニメの中だけの話なんだよ……。相手が都合よくそんな失敗をしてくれるなんて難しいもんね……。普段から食べ方の汚い者が相手ならまだワンチャンあるかもしれないけど、マナーのきっちりしている王族じゃ無理だ。
「それでは店員がわざと何かを零したりかけたりするのはどうでしょうか?」
「……それはその店員が罪に問われませんか?」
カタリーナの言葉にも突っ込みを入れておく。店員がわざと王太子に飲み物や食べ物を零してかけたとあっては相当な罪に問われるんじゃないだろうか。わざとじゃなくても逮捕されそうなのに、ましてやそれがわざとだったなら大変なことになる気がする。
「ですからまずは文通で相手の好みを聞き出してですね!」
「それでは時間がかかりすぎます……」
アレクサンドラは様式美に拘りすぎる……。確かに貴族のお付き合いなんて文通から始まるんだろうけど、そんなことをしていたらルートヴィヒとマルガレーテの仲が進展するまで何年かかるんだ?せめて俺がここを離れる前に少しでも進展させたいと思っているんだけど?
「部屋に招いて、貧血でも起こした振りをして寝所に連れていってもらったらどうだろう?寝所で二人っきりになったら手を出さない男なんていないよ」
「もともと王城で一緒に暮らしていますし……、マルガレーテが倒れたら普通に城の侍医を呼ばれるだけでは?」
そもそもクラウディアの言葉は男の視点で言ってないか?むしろそれはクラウディアの願望とか好きなシチュエーションってだけだよな?
「ここはやはりまずはカンザ商会一号店で二人仲良く買い物をし、狭い店内でお互いに密着して……、次にカンザ商会二号店及びクレープカフェにて軽食を摂り、肩を寄せ合いお互いにあーんで食べさせあえば良いのではないでしょうか?」
「ビアンカ……、それってただのカンザ商会の宣伝ではないですか?」
もっと他の立場からも意見を貰おうと思って呼んだビアンカの案も何というか……、仕事熱心なのは良いことだけど考えの全てがカンザ商会の売り上げありきになってるんじゃないだろうか?そりゃ王族や公爵令嬢がお得意様になれば太い客だろうけど……。
「とはいえ否定するばかりでも話は進みませんね。それにビアンカの意見は聞くべきところもあります」
俺のイメージするデートと言えばビアンカの案が一番近い気がする。ショッピング、お買い物をしたり、食事したり、あちこちを見て回ったり色々とそういうことをするのがデートじゃないだろうか。
「それではそれらの意見を参考にしつつ逢引の計画や経路を考えましょう」
「まぁ……」
カタリーナの言ってることは間違いじゃないんだけど、何かそういう言い方をされるととても変な印象を受ける。デートプランを考えようでいいのにな……。カタカナ語って本当に便利……。こっちじゃ通じないものが多いから難しいぜ……。
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今日も俺は王城に来ている。だけどマルガレーテもルートヴィヒもいない。今日二人はデートに出掛けている。じゃあ何故俺が王城にいるかと言えば……。
「プリンちゃーん!」
「はいはい。何ですか?」
ボフッ!
と俺に抱き付いてきたエレオノーレを受け止める。今日はマルガレーテがルートヴィヒを誘ってデートだ。だから俺はその間エレオノーレの面倒を見るために王城へとやってきた。
デートプランを考えている時にマルガレーテがエレオノーレのことを心配していたから、それならその間は俺が面倒を見ておくということでマルガレーテを納得させたというわけだ。
マルガレーテのデートプランは皆で色々と考えて、二人が意識するような仕掛けもたくさん仕込んでいる。
元々突発的なデートや行き当たりばったりじゃなくて、綿密に練られたルートヴィヒ攻略作戦だから、とにかく手を借りれる者あちこちの手を総動員して罠……、じゃなくて、サプライズを仕掛けている。
カンザ商会などからも手を借りて仕掛けているからかなり大掛かりなものもあるし、プランもサポートも完璧だ。もしこれで今日のデートが終わった後にルートヴィヒがマルガレーテを女性として見ていなければ、ルートヴィヒは玉がないか、マルガレーテには『め』がないと諦めた方がいい。
そう言えるだけの準備をしてきた。今日失敗したら大事だからマルガレーテもさぞ気合を入れていることだろう。
そして俺はその間この天使のように可愛いエレオノーレを独占出来る。素晴らしい!なんて素晴らしいバーターだ!もういっそ一生このままでいい!ルートヴィヒはマルガレーテに!エレオノーレは俺に!
「プリンちゃーん!」
「まぁまぁ……。エレオノーレ様は甘えん坊さんですね」
可愛い!可愛すぎる!俺にギュッ!と抱きついたまま甘えた声を出している!何て甘えるのが上手なんだ!こんなことされたらもう何でも言うこと聞いちゃう!
「ですが私の名前はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースなのですよ。プリンちゃんではないのです」
「んと~……、フローラ!フローラすきー!」
「ほわぁっ!」
ニパッ!と笑ってそんなことをいう。もう駄目だ!連れて帰ろう!王族誘拐で罪に問われる?知るか!それならこの国を滅ぼして奪ってやる!エレオノーレは俺のものだ!
「エレオノーレおやつたべたーい!」
「え……、それは……」
エレオノーレに勝手に食べ物を与えるわけにはいかない。いくら可愛いエレオノーレがそう言ったとしても……、俺は勝手に餌付けするわけにはいかないんだ……。
「だめ~?」
「うっ!」
コテンと小首を傾げて悲しそうにそう言ってくる。なんて……、なんって可愛いんだ!甘え上手すぎるだろう!末っ子か!末っ子だからか!俺も末っ子だけどこんな風に甘えたことなんてないぞ!いや、だから父に悪魔憑きとか不気味とか思われていたのか……。俺もエレオノーレのように甘えていればよかったのか?
それはともかく!こんな可愛いエレオノーレが苦しんでいるんだ!助けてあげなければ!
「其方が何を考えておるかわかっておるぞ。勝手に食事時以外におやつを食べさせるなよ」
「ひぅっ!」
急に後ろから声をかけられて驚いた。扉の方を振り返ってみれば王様が扉を少し開けてこちらを覗いている。
この変質者め!いくら幼い娘とはいえ、女の子の部屋に、それも同じ女性の客が来ているというのにノックもせず勝手に扉を開けてこっそり覗いているなんて!いくら王様でもしていいことと悪いことがある!まぁこの世界じゃ認められてるだろうけど……。俺の感性では許せない!
「きちんと躾けというものがある。欲しがるからといくらでも与えても良いものではないからな」
「うぐっ!」
王様の言っていることは正しい。本人が欲しがるからとおやつばかり与えていたら、きちんと食事を食べなくなったり、自分の好きな物しか食べなくなる可能性もある。それを考えれば王様の言う通り、きちんと決まった時間に決まった食事を摂らせるのは大事だ。栄養の偏りとかもあるし肥満の問題もあるからな。
「とはいえどうせ其方のことだ。何か与えるのであろう?ならば余も同席させて確認させてもらう」
「あ、はい……」
結局王様も俺が持って来た物を食べたかっただけなんじゃないですかね?それならそうと言えばいいのに……。
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お昼前の時間だしそんなに腹いっぱい食べるような物は良くない。この世界では庶民は朝晩の二食が多い。途中に食べても軽食というかおやつ感覚や、ちょっとした小腹が空いたら……、的なものを食べるくらいだ。
それに比べて王侯貴族の中には昼食を食べる者が多い。この時代のこの国もそれほど裕福ではないけどそれでも貴族なら食べ物に困るほどという者は少ないだろう。何より学園で昼休みと昼食を食べる文化があるから、そういう所から上流階級に波及しているんだと思う。
そんなわけで王族達もお昼にそれなりの食事を摂る。がっつりたくさんということはないけど、一応昼食と呼べるものだろう。その前におやつを食べてお腹が膨れてしまったら大変だ。なのでそれほどお腹が膨れないであろうおやつを用意してある。
「それではこちらをどうぞ」
食堂に移動して、何故かゾロゾロとやってきた王様や王妃様やディートリヒと一緒に食卓を囲む。俺が献上するために持って来た物を給仕達が並べる。
「なにこれー?プリンー?」
「白くて……、プルプルしている?」
出された器の中身を見て全員が困惑している。それはそうだろう。牛乳をはじめとした乳製品が未発達なこの世界ではあまり見ることはないものだ。
「これはヨーグルトといいます。このままでは酸っぱいので……」
「あーん……、んんんんん~~~~っ!プリンじゃないー!」
まだ俺が説明しているのにヨーグルトを掬って食べたエレオノーレが顔を顰めてプルプルしていた。何か変なおもちゃみたいで可愛い。でもちゃんと説明は聞いて欲しい。そうなると思ってたから言おうとしてたのに……。
「え~……、今エレオノーレ様がそのようになられたように、そのまま食べると少々酸っぱいのでお好みでお付けしているジャムやはちみつをつけて食べてください……」
地球でもヨーグルトの発祥は世界各地にあり、いつどこで発祥というのは特定し難い。相当昔から色んな地域で同時多発的に発見されたものだ。
この世界にもヨーグルトのようなもの自体はあった。でも酪農が盛んではなく乳があまりないこの世界ではメジャーなものではなかったようだ。それを探して製法を手に入れて最近うちが製品化するようになった。
これは好みの問題もあるし、何も加えなければ酸っぱい。クレープカフェでうちが用意している各種ジャムやはちみつ、砂糖をそのまま入れたりして甘くしてから食べないとちょっと食べ辛い。
「ふむ……。少し味見を……、なるほど……。確かに酸っぱい」
皆興味があったのかまずはそのまま味見していた。酸っぱいって教えてやったのにわざわざ……。そりゃ初めてのものを食べる時は素の状態の味も気になるかもしれないけどさぁ……。まぁいいけど……。
その後は皆それぞれ好みで砂糖やジャムやはちみつを入れて食べていた。最初は驚かれたけどそれなりに好評だったようでよかった。




