第三百二十二話「女子会恋バナ!」
「ねぇマルガレーテ……、恋愛に疎い私達だけで悩んでいても答えは出そうにないわ。助っ人を呼んでも良いかしら?」
「助っ人?」
可愛らしく小首を傾げるマルガレーテにウィンクをしてから俺はお嫁さん達を呼び出した。
「それで?私達に意見を聞きたいってわけね?」
「ええ。そうですね……」
ミコトの意見はあまり期待してないけど……。むしろミコトの言う通りにしたら大変なことになりそうな気がするし……。
「私なんかがお役に立てるとは思えないけど……」
「そんなことはないですよ。恋愛に身分や年齢、性別は関係ありません。ルイーザはルイーザなりの意見を言ってくれればいいのです。それが何かのきっかけになる可能性は十分にあります」
確かに庶民の恋愛事情と貴族の恋愛事情は違う。庶民的なことは貴族の間では嫌がられる可能性もあるだろう。でも愛や恋に身分や性別の違いはない。庶民的なデートは貴族には受けないとしても、心ときめくシチュエーションとか、お互いを意識し合う場面なんて庶民だろうが貴族だろうがそう違いはないだろう。
「ふっ!そんなことならこの僕に任せて!」
「あ~……、まぁ……、ほどほどに……」
クラウディアは随分自信満々だけど、クラウディアって恋はたくさんしてきたかもしれないけど、うまくいったことってないよな……。俺が初めての恋人だって言ってたし、失恋は得意だけど恋愛はそんなに得意じゃないんじゃないだろうか?
「こんな時こそ私の出番ですわね!まずは文通!それが基本ですわよ!」
「え~っと……」
確かに貴族的な付き合いや常識という意味ではアレクサンドラがこの中で一番理解しているかもしれないけど……。ただアレクサンドラは古典的な貴族の様式にこだわりすぎている。優美で冗長な言い回しとか、貴族的振る舞いというのが非常に重視されたやり方だ。
マルガレーテやルートヴィヒは高位貴族や王族なんだから、そういう貴族的な振る舞いをするのは当然だろうけど、今更マルガレーテにそれを言う必要があるだろうか?
マルガレーテだってグライフ公爵家のご令嬢として教育を受けてきたわけで、そういった振る舞いや作法には十分精通しているだろう。そもそもルートヴィヒだってそういうものに慣れているわけで、今更そんな風にされて突然マルガレーテを意識するようになるとは思えない。
「でもフローラ……、良いのかしら?私のためにこのようなことをしてもらって……」
「いいのですよ。この際だからはっきりさせておきましょう。私はルートヴィヒ殿下と結婚したくないので誰か代わりの人がルートヴィヒ殿下と結婚してくれるのならありがたいのです。むしろそうしたいのです。だからこれは私のためでもあるのですよ」
もうここまで親しくなったのならお互いに腹の内を明かした方がいいだろう。俺の内心を教えたからといってマルガレーテが裏切るとは思えない。むしろ俺が引き下がる気だとわかった方がマルガレーテにとっても良いだろう。
「えっ!?そうなのですか!?私はてっきり……」
「…………ん?」
てっきり何?何かあまり良い予感がしないけど?言ってみ?正直に話してみ?ん?
「何ですか?私も正直に話しますからマルガレーテも正直に話してください」
「え……。あっ……。ん~……。わかりました……」
諦めたらしいマルガレーテがポツポツと話し始めた。俺の予想もしていなかったとんでもない勘違いを……。
「私はてっきり……、フローラは正妃の座を私に譲るだけで第二王妃としてルートヴィヒ殿下と結婚するのだと……。だから私はフローラとも後宮で良い関係を結べるだろうと思っていたのですけれど……」
「…………なるほど」
マルガレーテの告白に何と言っていいかわからない。確かにマルガレーテにルートヴィヒとの結婚を薦めた。俺のことは気にせず王妃になれと言った。でも……、まさか俺が第二王妃に下がるだけでルートヴィヒとの結婚はするつもりだと思っていたとは……。
これは俺にも落ち度があった……、のか?
俺の感性ではどうにも重婚という考えが欠落気味だったようだ。俺がマルガレーテにルートヴィヒとの結婚を薦めるということは、俺はルートヴィヒと結婚する気がないという意味になると思っていた。
でもこの世界の貴族社会では重婚も当たり前だ。俺がマルガレーテにルートヴィヒとの結婚を薦めたとしても、ルートヴィヒには他に第二、第三の妻がいてもおかしくはない。俺がマルガレーテに正妃を譲っても、ルートヴィヒとは結婚するつもりだと思われても仕方がないのかもしれない。
「それでは誤解が解けてよかったではないですか。私はルートヴィヒ殿下と結婚するつもりはありません。そこでルートヴィヒ殿下に他の相手が出来ることは私にとっても好都合だったのです。マルガレーテは家柄も良く、ルートヴィヒとの仲も良い。まさに理想の相手だったのですよ」
「無理をしていませんか?私に遠慮しているのでは?」
疑り深いな……。俺が男に興味あるわけないだろ……。とは言えないからなぁ……。
「それはありません。ですからマルガレーテが気にすることはありませんよ。それよりもどうやってルートヴィヒ殿下を射止めるか考えましょう」
ルートヴィヒを好きな者や貴族的考え方をする者には俺の言っていることは理解出来ないだろう。人とは得てして自分が好きなら周りの人も全て好きに違いないと考えがちだ。
例えばアイドルなり俳優なりが好きだったとして、世間的に皆がイケメンと言っていてチヤホヤしているのだから、その人もそのアイドルや俳優を好きだろうと思ってしまう。日本人は空気を読んで、イケメンと思っていなくても周囲がそう言えば同じようにイケメンアイドル、イケメン俳優と言うけど本心ではそんなことは欠片も思っていない場合が多い。
いざ、本当はイケメンじゃないと思うアイドルや俳優を聞いてみれば、マスゴミがイケメンとしてごり押ししているアイドルや俳優を、実際の世間の感覚では別にイケメンじゃないと思っている人が大多数だったりする。
少し逸れたけど、自分が大好きなアイドルや俳優というのは皆が好きに違いないと思ってしまうものだ。ルートヴィヒのことを好きだと思っているマルガレーテからすれば、俺もルートヴィヒを好きに違いないと思ってしまうものなんだろう。
それに貴族的思考から考えれば、その相手が好きだの嫌いだのはどうでもいい話でしかない。より高位の家と、より良い身分の者と結婚して繋がりが出来ることが貴族にとっての良い結婚だ。まして相手は王太子、次期国王なのだからプロイス王国内においてこれ以上の相手はいない。
貴族的思考からすれば次期国王と許婚になれているのならば、石にかじりついてでも結婚まで持っていく。それが当たり前の考えであって、ルートヴィヒのことが好きじゃないから許婚を解消したいんです、なんて言葉が出てくることすら理解は出来ないだろう。
ルートヴィヒのことが大好きで、高位貴族としてそういった思想、思考を持つマルガレーテには俺の言っていることは理解出来ない。それは止むを得ないことだ。
「もうさ~、告白しちゃえば?それが一番でしょ?」
「ミコト……」
それが出来れば苦労はしない。そもそも貴族の結婚というのはそんな簡単な話じゃないだろう。それが王族、それも王太子で次期国王ともなればもっと複雑だ。本人達の意思なんて関係ない。所詮は政治が決める政略結婚しか出来ない。
「フローラ様、僭越ながら申し上げます。マルガレーテ様が王城にて長らく暮らしておられるということは、周囲もルートヴィヒ殿下とマルガレーテ様の結婚を考えておられるということではないでしょうか?」
「それは……」
そうだな……。確かにカタリーナの言う通りだ。多分周囲はマルガレーテをルートヴィヒの結婚相手として考えている。だから王城に招き、長く一緒に暮らさせているんだ。いくら領地の近い公爵家のご令嬢とはいえ、結婚させるつもりもないのにこれだけ長く王城に招いて暮らさせるはずはない。
だとすれば政治的な背景は十分ということになる。政治的な働きかけは簡単そうだ。王様にちょっとマルガレーテを正妃にしろと言えばいい。あとはディートリヒ辺りも説得すれば完璧だろう。
ただ政略結婚としてマルガレーテをルートヴィヒに嫁がせても不幸になる可能性もある。俺にとってもマルガレーテは友達なんだから不幸になっては欲しくない。ならばルートヴィヒもきちんとマルガレーテを好きになって、お互いに愛し合って結婚してもらいたい。
そのためにはどうするか……。だからそれを話し合っているんだから、それがわかっていたら苦労はしない。
ミコトの言うことは一番ではある。告白してしまえばお互いの気持ちもはっきりわかるし、これ以上ないほどの異性としてのアピールになるだろう。それで意識しないのだとすればそいつの頭がおかしいということになる。
ただ……、それは諸刃の剣だ。確かにはっきり気持ちも伝わるし異性としても意識されるだろう。でも普通は告白というのは最後の最後、勝算あって行なうことだろう。勝算もないのに告白して玉砕したら最悪だ。最も取り返しのつかないことになる。
もし告白が失敗すれば最悪の場合は元の関係すら維持が困難になる。お互いになかったことにしてこれまで通りに接しようねって約束したってそんな風にいくわけがない。絶対にお互いにギクシャクしてうまくいかなくなる。
告白は最後の最後。勝算あっての勝負だ。まだ異性として意識もされていないであろうここで強行するにはリスクが高過ぎる。
「告白はもっと勝算を高めてからにしましょう。今いきなりは危険が大きすぎます」
「そんなこと言ってるからいつまで経っても駄目なのよ。本当に好きなんだったらもうズバッと言っちゃいなさいよ」
ミコトの言うことは正論だよ。正しいよ。でも人の心はそんな簡単に割り切れるものじゃない。じゃあとりあえず告白してみます、みたいにはならないだろう。
失敗した時のことも不安になるし、そもそもそんな簡単に思いを打ち明けられる者ならこんなに悩んだりしていない。もっとカタリーナの性格や二人の関係性を考えなければ……。
「お兄様はマルガレーテすきだよー?」
「「「……え?」」」
横からの思わぬ言葉に俺やマルガレーテは固まる。俺は冷静に子供の言うことだから、と思ったけどマルガレーテはそうじゃなかったようだ。
「エレオノーレ様!詳しく!そのお話詳しく!」
物凄い食いつきだ。まぁ自分の好きな人が自分のことを好きかもしれないと、その最愛の妹が言えば期待するなという方が無理だろう。
「えー……?んっとね~……、お兄様はマルガレーテのことがすきなのー!」
「あの……、もっとこう……、どこが好きとか、どうして好きとか、何が好きとか、もっと何かないですか?」
マルガレーテ必死すぎだろ!まだ五歳かそこらのエレオノーレにそんなことを言ってもわかるわけがない。そもそもエレオノーレの言っている好きというのはラブじゃなくてライクじゃないのか?友達として、とか、親戚として、知人として、そういう好きと混同している可能性が高い。
「ほら!ちびっ子もこう言ってるじゃない。今こそ告白する機会よ!」
「そっ、そうですね!」
ミコトまで焚きつける~……。俺は知らないよ?失敗して泣き付いてきても知らないからな?自分のことだから自分で決めるのがいいけど、失敗したからどうにかしてくれって言われてももう知らないからな?
「フローラ!私いけそうな気がしてきました!」
「そうですか……。自分のことなので自分で決めれば良いですが……、仮に失敗しても後で泣き付いてこないでくださいね?自分で決めたことなら自分で責任を取ってください」
「そっ、そんな!やっぱりやめます!だから見捨てないで!お願いフローラ!」
いきなり弱気になったマルガレーテが俺に縋りついて来る。一体どっちなんだ……。もう勢いのままに告白しちゃえよ……。それで爆死したらその時はその時だろう?
女の子の恋愛相談は難しい……。やっぱり俺には務まらない。そもそも俺が相手に告白したこともないのに人にアドバイス出来るはずがなかった。
「はぁ……。とりあえずもう少し冷静に話し合いましょう。先走るのなら私は知りません……」
「わかったわ!だから見捨てないで!」
何でマルガレーテがこんなに俺をあてにしているのか知らないけど……、俺だって恋愛経験値ほぼゼロの初心者なんだけどなぁ……。




