第三百二十一話「マルガレーテがやってきた!」
学園にはあまり出なくて良いようなことは言われたけど、じゃあ行きません、というわけにもいかない。王様はああ言ってたけど両親にも聞いてみないと、俺だけで勝手に退学しますとか言えないだろう。
それに今は王都での仕事も色々とあるから王都に滞在するのは学園とは関係ない。シャルロッテンブルクの建設関係や、王都のカンザ商会関連、人と会ったり、面接したり、色々と仕事が詰まっている。そして思わぬ仕事の追加として魔族の国、ヤマト皇国との折衝だ。
それはまだ具体的な法案が出来ていないから待機だけど、俺が任命されることは確定している。それに条約の内容や譲歩可能な範囲もすでに確認済みだ。あとは俺が外交担当となるのに任命式がされたり、関連法案が成文化されたり、環境が整うのを待たなければならない。
どっちみち王都でも仕事が詰まってたし、外交関連の話が決まるまで王都に滞在するのも問題はない。むしろ最初の予定ではこのあと何ヶ月もここにいるはずだったわけだからな。
今日は学園が終わってからシャルロッテンブルクの建設現場に向かっている。王都を出るまではガタガタの道だったけど、王都からシャルロッテンブルクへ繋がる街道に入ったら途端に路面が良くなった。
いくらサスペンションを装備した馬車とはいっても、車輪の方にワイヤースポークやチューブやゴムタイヤのような衝撃吸収機能がない。何かを踏めばモロに浮いて傾いてしまう。路面がガタガタなら当然それだけ揺れが伝わるというわけだ。
前回まではこの新しく敷設した街道がなかったから路面がガタガタで随分苦労した。それに馬車も旧型だったからな。
サスペンションの構造を研究させてから次々に成果が上がってきている。だから馬車も日進月歩であっという間に性能が上がっているから、何ヶ月か前の馬車と最新の馬車ではその性能が段違いになっていることもある。まぁそんなにいきなりホイホイ変わらない時もあるけど……。
そんなわけで路面の綺麗な新しい街道は敷設されているし、馬車の性能も上がっているしで、今回は中々快適に移動出来そうだ。若干とはいえ遠回りしていた道が最短ルートになったのも助かる。馬車の移動中も書類仕事が出来て、移動時間も短縮となれば随分楽になるだろう。
僅かな期間にこれだけの街道を敷設してくれた労働者達に感謝しながら、この新しい街道を駆け抜けて行ったのだった。
~~~~~~~
シャルロッテンブルクの建設現場に到着したけど……、これはすごい……。
「もうこれほど進んでいたのですか……」
「これはカーン様、ご連絡くださればお迎えにあがりましたものを」
俺が建設事務所を訪ねると上役達に迎えられた。でも俺のお迎えのために手を止める必要はない。俺はそういう無駄は嫌いだ。それなら少しでも作業を進めてもらう方が良い。
「私への気遣いは無用ですよ。ただの一現場監督と思っておいてください」
ここでは俺も作業の担当がある。だから俺もただの一監督、一労働者に過ぎない。他の者の手を止める必要はないから普通に扱ってもらえばいい。
「それにしても随分工期が前倒しになっているようですが?」
「はい。皆士気が高く、次々に仕事を進めているので大幅に短縮されております」
ふむ……。まぁ現代建築物ほど設備がないからな。現代建築なら基礎を打って、上下水、ガスなど地下埋設物や引き込むものを段取りし、箱を作っていく時に一緒に貫通部の仕込みや段取りをしていかなければならない。
何も考えずにコンクリートだけ打っていくのなら箱はすぐに出来るだろう。でも現代でそんなただの箱を作っても何の利用方法もない。電気、ガス、水道、様々な設備と一緒に作っていかなければならない。
そうなると全体、他業種との連絡や段取りが重要になり、建築だけで次々に進めていくというわけにはいかなくなる。まぁ……、自分勝手な建築に設備が振り回されるというのがどこの建築現場でも当たり前のことになっているけど……、設備が何もないコンクリートの箱を完成させて何の意味があるというのか。その辺りがわからず自分勝手に振る舞う建築の方が威張り散らしている。
それはともかくうちではその心配はない。別にうちは建築と設備がうまくいってるから、という話じゃない。ただ単純に設備といっても上下水くらいしかないからだ。
道路の下に埋める上下水の埋設は順調に進み、一部の建物の引き込みも出来ている。この町に住む者達の住宅や店舗はまだ空きが目立つけど、それでもすでにここに住むことが確定している者達の家もチラホラでき始めていた。
「それでは……、私は『あちら』の作業を進めます」
「はい。よろしくお願いいたします」
事務所で進捗状況等を確認した俺はここへ来た目的を果たすために担当場所へと移動する。それは川の方から見ると崖のようになっている台地の上だ。
台地の上には砦が建てられることになる。砦の建設は職人達がするから俺の出る幕はないんだけど、俺には俺にしか出来ない作業がある。
それは崖下へと続く抜け道の掘削だ。
謂わば秘密の抜け穴、脱出路、緊急通路、そういった呼ばれ方をするような最重要機密であり、しかもこの作業は簡単にはいかない。
嘘か本当かは知らないけど、城とか遺跡とか、重要な物や秘密の物を建てた者達は口封じのために密かに殺される、なんて話も聞く。俺達はそんなことはするつもりはないけど、実際に抜け道とか脱出路とかを作ったとしたら、それを作業した作業員達にはその存在や通路が丸分かりになってしまう。
もしそういう労働者を敵が捕まえて内部構造などの情報を手に入れたら非常に危険だ。だからこの秘密の通路の作業は俺が行なう。
ついでに言うと硬い台地をくり貫いたり、水が湧いてきた場合の対処も必要だから俺がしたほう良いというのもある。俺ならその場で魔法でちょちょいと処置出来る。
そんなわけで台地の上の砦の、秘密の通路、隠し通路、脱出路、そういったものを掘る。
上部構造物である砦の設計図は出来ているから、あとはそれに俺が隠し通路を作っていくだけだ。下の町、宮殿から砦に行き来出来る通路に……、町から脱出するための避難通路も必要だな。あとは……、ダミーや迷路もあちこち仕掛けておくか。
方角や深さといったものを間違えないように気をつける必要がある。あちこち掘ってるうちに台地の側面を貫通して外に出てしまいました、じゃ笑えない。
他の者達がシャルロッテンブルクの建設をしている間に、俺も毎日通っては掘って掘って掘りまくった。俺が掘りかけの隠し通路には一切人は近づけさせない。
一人で掘るのは大変だった。何が大変って掘った後始末だ。土や石や岩や……、掘るのは簡単だけどそれを外に出さなければならない。出入り口から近い場所なら外に捨てに行くのも簡単だけど、先が長くなればなるほど捨てに行くのも一苦労だ。
一人で掘っては捨てに行き、掘っては捨てに行き……。大々的に、おおっぴらに作業が出来ないから本当に大変だ。それでも随分進んだと思う。一応俺以外の者でもわかるように地図を作りながら掘ってるけど……、かなり広くなったな。あまり掘りすぎて台地が崩れる……、なんてことはないけど……。
もしかしてこれは将来謎のダンジョンとして人々に攻略されたりするんだろうか……。なんてな!
ともかく一人で密かに隠し通路を毎日毎日掘ってるんだけど……、今日は建設現場に行けない。何故ならば……。
「プリンちゃ~~~ん!」
「エレオノーレ様……。そう飛びつかれては危ないと何度も申し上げているではありませんか」
新学年が始まり、それなりに経ち、俺は毎日毎日建設現場に向かっていたんだけど……、今日は放課後にエレオノーレとマルガレーテがカーザース邸を訪ねて来るということで、向こうには行かずに二人を迎えることになった。
「ごめんなさいフローラ」
「マルガレーテ……、いらっしゃい」
本来ならば俺が公爵令嬢のマルガレーテにこんな気安く話してはいけないんだろうけど、俺とマルガレーテは友達になってお互いに砕けた関係になったから許されている。とはいえそれは非公式な場での話であって、人の目のある所ではちゃんとしなければならない。
今は公式ではなく私的な訪問だから大丈夫だ。向こうのお付きの者もそれはわかっている。快く思っていない可能性はあるけど何か言われるということはない。
「プリンちゃん!はやくいこー!」
「エレオノーレ様、お待ちください」
俺に飛び掛ってきたエレオノーレを受け止めて降ろしたら、すぐにドレスを引っ張って屋敷に入ろうとする。可愛いけど自由すぎる。王女様がこんなのでいいのか?いいわけないはずだけど教育係は何をしてるんだろう。
あっ……、もしかしてエレオノーレの教育係はマルガレーテも含まれているのか?専属の家庭教師達もいるだろうけど……。
「それでは行きましょうか」
「ええ」
エレオノーレを放っておくわけにもいかないので皆でカーザース邸に入る。それにしても今日は一体何の用だろうか。
~~~~~~~
屋敷に入ってお茶を出して少し寛ぐ。まぁエレオノーレが忙しないので落ち着いているとは言えないけど……。
「はちみつのお茶とプリン~!」
「……甘い物に甘いお茶でいいのですか?」
「はちみつ~!」
お茶に何を入れるか聞いたらはちみつというから本人の希望通りはちみつを入れる。おやつにプリンを出しているのに、お茶もはちみつで、甘いに甘いの組み合わせはどうなんだろうか……。まぁ子供や女性ならそれくらい平気なのかもしれないけど……。
「それで……、今日はどうしたのですか?」
エレオノーレがプリンとお茶に夢中になっているうちにマルガレーテに聞いてみる。人払いされているからここにいるのはカタリーナだけだ。
「ええ……、実は……、ルートヴィヒ王太子殿下とまるで進展がなくて……」
「ああ……」
どうやら恋愛相談というか、どうしたらいいか俺に聞きたいらしい。でも恋愛経験値ほぼゼロの俺に恋愛のことを聞いてもどうしようもないけど……。
俺だってマルガレーテには頑張ってもらいたい。アドバイスもしてあげたい。是非ルートヴィヒのハートを射止めて俺との婚約を解消させて欲しい。
だけど前世も込みでまともな恋愛なんてほとんどしたことがない俺が、マルガレーテに有効なアドバイスを出来るとは思えない。そんなことがわかってたら俺が実践しているってんだ。
「それで……、具体的に何か相談したい内容は決まっているのですか?」
「ええ……。前にフローラに教えてもらった方法を試したりしているのですけど……、ルートヴィヒ殿下にはあまり効果がないようなのです」
マルガレーテに色々話を聞いて何となくわかった。
これまでのアドバイスでは俺はルートヴィヒにマルガレーテを意識するように仕向けてはどうかと言っていた。でもマルガレーテがそれを試してもあまり効果がなかったようだ。それどころか俺が問題だと思ったような点が現実の問題となってしまった。
俺が考えたルートヴィヒにマルガレーテを意識させる作戦は簡単だ。現代風に言えば、あまり意識していなかった幼馴染とか、いとことか、そういう男女の仲になかった相手の、突然異性を意識するようなことをしてはどうかと言っただけだ。
扉を開けたら着替えている真っ最中でマイッチングとか、食べかけや飲みかけの物をシェアして間接キスとか、ぶつかって転んだ拍子に胸を触ってしまうとか、色々とあるだろう?
この世界で、それもルートヴィヒとマルガレーテの身分で例えと同じことをするのは難しい。
食べかけ、飲みかけのシェアなんて言語道断だし、部屋にいきなり入ることもない。しかも着替え中だったとしてもそれほど意識しないだろう。何しろ人に着替えを手伝わせる身分だ。人の裸を見たり、見られたりしてもそれほど衝撃があるとは思えない。ぶつかって転んでボディタッチも期待出来ないだろう。
なのでそういった現代地球的なベタは出来ないだろうけど、何か……、そう、強く異性として意識したりするように仕向けてはどうかとだけ言っておいた。方法は知らん。俺がそこまで考えるのは無理だ。
そのアドバイスをもとにマルガレーテも色々と頑張ったらしいけど……、一番最悪の結果になってしまった。
それはそういった本来なら異性として意識するはずのイベントを起こしても、ルートヴィヒが反応しなかったというのだ。それはつまりそれだけのことをしても異性として意識されていないということを意味する。
例えば親兄弟、親戚などで異性として意識していない相手だったら、裸だろうが、間接キスだろうが、大して気にしないだろう。ルートヴィヒのマルガレーテへの対応もそんな感じらしい。
幼い頃から良く知っている親戚……、そんなポジションに納まっていると思われる。これは非常にまずい。そんな相手を異性として意識させて、しかも好きになれというのは中々ハードルが高い。
あのルートヴィヒの鈍感朴念仁め!こんな可愛い幼馴染に惚れられているのに気付きもしないとは……。
どうにかしたいけど……、どうすればいいのかわからない。恋愛経験値ほぼゼロの俺にそんな時の有効手段なんてものがホイホイと出てくるはずもなかった。




