第三百十九話「ついでに報告!」
昨日も色々と休みを満喫した俺は今日から学園の新学年だ。今日から二年生の始まりとなるけどクラス替え等はない。家格でクラスが割り振られているし、途中で欠員が出たとしても穴埋めや移動はない。減ったら減ったままだ。
「それでは行ってきます」
「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」
王都のカーザース邸の家人達に見送られて馬車に乗り込み学園へ向かう。一緒に乗り込んでいるのは、ミコト、アレクサンドラ、クリスタ、カタリーナ、ヘルムートだけだ。学園に行くだけだから護衛も最小限だし、お付きも最小限。同じ学生である面子以外は乗り合わせていない。
ちなみに王都に戻ってからもクリスタはヘルムートとべったりで、カーザース邸で一緒に暮らしている。カールやマリアンネはラインゲン家の屋敷に戻っている。今だけなのかずっとなのかはわからない。ただヘルムートの嫁だからこれから一緒に暮らすと言われてもおかしくはない。
とりあえず王都に戻ってからの数日はカーザース邸で一緒に暮らしていたから一緒に登校と相成った。
「学園も久しぶりのような気がしますね」
「そうですね……。あっ!そう言えば先日クレープカフェでジーモンとヴァルテック様が逢引しているのを目撃しましたよ」
「へぇ!そうなのですか!」
クリスタと適当に話をしながら馬車に揺られる。まぁあまり揺れてないけど、路面がガタガタの王都内だとさすがに多少は揺れる。これがカーン騎士爵領なら揺れることもないのに……。
クリスタはもうすっかりトラウマも癒えたのかヴァルテック……、バイエン派閥の者の名前を聞いても特に反応しなくなっている。ヘレーネにはまだ恐怖心もあるかもしれないけど、今や改心していると思われるエンマにはそれほど拒否感や恐怖心はないのかもしれない。
他愛無い話をしている間にあっという間に学園に着いた。貴族街の中にあるんだから歩いたって知れた距離だ。以前同様早めに出たお陰でまだ混雑していない。ほとんど待たずにすぐに学園に入る。
「アレクサンドラ、また後でね」
「ええ、それではまた」
クラスの違うアレクサンドラとは別れて一組である俺達三人は揃って教室に入る。今日から新しい教室だ。この学園は学年によって校舎が違う。クラスは同じだけど二年生になった俺達は二年生の校舎に移動だ。
一年生達はもう入学式を終えている。在校生も代表は入学式に参加しているけど俺達には関係ない。入学式に参加している暇があったら他にしなければならないことが山積みだ。それがわかっているから俺がそういう役に選ばれることはない。普通は生徒会とか役員とか成績優秀者から選ばれるかと思う所だけど……。
ルートヴィヒやルトガーや王様はまた出席してキャーキャー言われたことだろう。王太子や王族が在校しているのは今年で最後だから、そういう式で王族が立ち会ってくれる特別な学年は今年で最後となる。
次に王族が入学してくるとしたらエレオノーレ様の時だろうか?それだと随分先になってしまうな。
まぁそんなことは俺には関係ない話なわけで、俺は俺のしなけらばならないことをしよう。学園に着いたからと暇なわけではなく、ここでやっても問題ない仕事はここの休み時間に処理しなければならない。機密や知られて困る内容の仕事は出来ないけど、ちょっとした書類の確認くらいなら出来る。
ミコトと話をしつつ書類を処理して、ゾフィー達は来ていたけどこちらに構ってくる様子はない。そしてヘレーネは相変わらず来ていないようだ。一年生は入学式があったけど、俺達はこれから始業式となる。新学年ということで気持ちを新たにして始業式に参加するために講堂に向かったのだった。
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講堂に来ると王様が来ていた。あの王様は暇なのか?先日も一年生達の入学式に参加したはずだ。それなのに今日の始業式にも来ているとは相当暇なのかと思わざるを得ない。
「フローラ……、其方何故このような場所におる……?」
「え?」
ヅカヅカとこちらに近づいてきた王様にそんなことを言われてポカンとする……。周りも静まり返った。
何だっけ?俺って退学にでもなったっけ?ここは俺が来ちゃいけない場所?今日から二年生だったと思うんだけど……?留年……、は制度上存在しないから……、やっぱり退学?
色々と頭の中に考えが駆け巡るけど纏まらない。何かまずかったかと思ってちょっと焦る。
「領地経営はどうした?それに隣国のきな臭い動きも余の耳に入っておるぞ……。このような場におって良いのか?」
「あっ……、あ~……」
王様の補足を聞いてようやくわかった。俺がここに居てはいけないというよりは、こんな場所で暢気に始業式なんて出ていていいのか?という意味のようだ。焦った。退学にでもされてたっけ?と真剣に思ってしまったぞ。
「騎士団国の方は両親が抑えてくださっています。どさくさに便乗してきたどこぞの隣国の動き以外は特に問題ございません」
「ふむ……。其方がそう言うのなら良いが……。ここは未熟者に学ばせる場だ。其方のようなすでに実績を持つ者がわざわざ通うような場所ではないと思うが……」
「えっ!?」
おい!それって俺が学園に来なくても良いって意味か?だったら何でもっと早くに言わないんだよ!?俺だってこんな学園なんていちいち来たくなかったよ!しなくちゃならないことは山積みだし、いい加減辞めたいと思ってた。
でも辞めたらカーザース家の名にきずが付くかと思って我慢してきていたのに……。
「父上!何ということを言うのです!フローラは僕に会うために学園に来ているんです!その二人の時間を奪わないでください!」
うわぁ……。ルートヴィヒ……、やっちまったなぁ……。こんな大勢の前で……、アホなことを叫んでしまった。講堂中が白ける。お前白い目で見られてるよ?
「……ルートヴィヒ、少し冷静になって現実を見よ……。いくら恋は盲目でも冷静さを失ってはいかんぞ……」
何か……、王様がポンとルートヴィヒの肩に手を置いた。何か知らんがヨシ!
「ああ……、国王陛下、このような所で不躾に失礼かと思いますが……、面会のお約束を頂きたいのですがいつお伺いすれば良いでしょうか?」
普通……、こんな所で口頭で気安く王様と会う約束なんて取り付けられない。明らかに不敬。でもいい。王様ならきっとオッケーしてくれるはずだ。俺は面倒なことが嫌いだ。いちいち余計な手間をかけるよりもさっさと必要なことだけ決めたい。
「おお!そうか。それでは今日学園が終わったら訪ねて来るが良い」
「はい。ありがとうございます」
やった。これで余計な手間が省けた。今日王城までアポを取りに行って、約束を決めて、また後日訪ねるなんて面倒だ。折角顔を合わせたんだからここで決められたのは幸運だった。
その後適当に話をしてから王様とルートヴィヒは戻って行った。始業式までもう間もないからいつまでもここに王様がいたら式が始められないだろう。
「フロトって……、ほんと非常識よね」
「どういう意味ですか?」
ミコトに非常識とか言われたくないんだけど?むしろミコトの常識は世界の非常識みたいな感じじゃないか?
「はぁ……。友達と会う約束をするんじゃないんだから、どこの誰が王様との面会の約束をこんな場所で、それもあんな話し方で決めるのよ……。普通なら不敬罪とかで捕まるんじゃないの?」
「それはそうかもしれませんが……。あまり堅苦しくすると陛下も嫌がられますし、折角お会い出来た場で決めた方が無駄もなくせるでしょう?」
ミコトの言ってることもわからなくはないけど、王様の方があまり堅苦しく接するのを嫌がるし、後でまた人を通して約束するより今この場で本人と約束した方が手間がない。何も悪いことはないはずだ。
「もういいわ……。そういう所を含めてフロトだもんね……」
「はぁ?」
ミコトだって大概非常識なくせに……。何か俺だけ非常識非常識言われて釈然としないけど、これ以上言い合っても意味はないので大人しくしていることにしたのだった。
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始業式が終わったら教室で注意や連絡を聞いて解散だ。初日から授業なんてことはない。日本の学校だったらもっと日程的に詰まってるのかもしれないけど、こっちの学園は随分緩いものだ。カリキュラムも簡単だし授業内容も少ないからそんなに毎日毎日詰め込み授業をしなくても良いんだろう。
学園が終わったら王城へ行くという話になっていたけど、今すぐ帰りに寄るというわけにはいかない。何しろ肝心なモノを持ってきていないからな。だから皆で一度カーザース邸に帰って準備をしてから王城に向かう。
クリスタは今日からは家に帰るようで、カーザース邸に居たのは学園が始まる前までのヘルムートとのイチャイチャタイムだったらしい。まったく……、あのお熱いバカップルぶりは見ているこちらが恥ずかしくなるくらいだ。ジーモン・エンマカップルといい、あちこちカップルだらけでイラッとする。
クリスタは俺が薦めたようなもんだけど……、そんなことは知ったことじゃない。
とにかくカーザース邸に戻って準備をしてからカタリーナだけ連れて王城へと向かう。受付で約束していることを告げるとすぐに通された。
「待っておったぞ。今日はどんな話だ?」
「フローラ姫がわざわざ学園で声をかけてくるほどだからよほどのことなんだろうね」
「御機嫌よう、ディートリヒ殿下」
ディートリヒも同席していたから挨拶しておく。っていうかやばいな……。二人はもしかしてモスコーフ公国とか、ポルスキー王国とか、そういう絡みの話かと思って慌てて聞いてくれるつもりになったんだろうか?
だとしたら非常にまずい。今日の俺の用はそんな大それたものじゃない。別にモスコーフ公国の挑発も、父と母が出向いてから特に何も報告は聞いていないし、他にも何も問題は起きていない。全て順調とすら言える。何かあって報告に来たと思って待っててくれたのならまずいな……。
「本日はある物を献上するために参りました……。もうすぐ検分が終わると思いますので……」
「フローラの持ってくる物に検分などいらぬ。すぐに持ってこさせよ」
「はい。それでは……」
俺の言葉を聞いて王様が指示を出しディートリヒが立ち上がり外で待機している者に声をかけた。それはそれでどうなんだ?俺が毒物とか危険物を持ち込んでいたらどうするつもりなんだ……。
暫くして扉がノックされて台車を押したカタリーナと城の給仕がやってきた。カタリーナが手際よく準備しているのを給仕達がポカンと見詰めている。
「本日お持ちしましたものは新しいお茶でございます」
「新しいお茶?」
「ほう……」
カタリーナが茶器を温め、一度お湯を捨ててから紅茶を淹れる。それだけでもうフワリと良い香りが漂い始めていた。
「何やら嗅いだことのない香りだな」
「どうぞ」
全ての準備が整ってから俺がお手本を見せる。まずは何も入れずに紅茶の香りを楽しんでから一口含む。それからは好みの問題だ。砂糖やミルクを入れたり、はちみつを入れてもいいだろう。いくつか用意しているものを説明しながら目の前で入れて見せる。
「ふむ……。では……、むっ!?」
「これは……」
二人はまず香りを確かめて驚いた顔をしていた。それからすぐに味を確かめる。
「今まで飲んだことのない茶だ。こんな茶があったのか……」
「フっ、フローラ姫!このお茶はどこで手に入るんだい?」
ストレートで飲んでからすぐに声を上げた。さらに色々と試している。試飲用に少量を淹れただけだから飲み方を変えて何種類か確かめていた。
「これは我が領で新開発した新しいお茶、紅茶です」
「我が領で新開発……?まっ、まさか!お茶を栽培しているのかい!?」
「それに今までのお茶とはまるで違う……。まったく新しい茶を作り出したというのか……」
まぁ俺が作ったわけじゃないけどね……。元々前世で知っていたものを作らせただけだ。俺が開発したわけじゃない。
「我が領で茶葉の栽培を行ない、独自の製法で作り上げたのがその紅茶です。いずれカンザ商会で販売しようとは思っておりますが、まだ大々的に販売出来る体制にはなく……、まずは国王陛下に献上いたしたくお持ちいたしました」
「「…………」」
王様とディートリヒは黙って顔を見合わせていた。何かまずかったかな?
あっ!そうだ。どうせお茶繋がりだし折角だから魔族の国との話もしておこう。
「それとは別件ですが、実は先日魔族の国に行く機会があり、そこで魔族の王と平和条約締結について話し合いました。プロイス王国貴族としては国を通さず他国と外交することは認められておりませんので、カーマール同盟の勢力圏にあるゴスラント島の領主として魔族の国と平和条約を結びました。つきましてはプロイス王国としても魔族の国と平和条約締結に向けて交渉することを提案いたします」
「「………………」」
またしても王様とディートリヒはお互いに顔を見合わせて黙り込んだ。やっぱり勝手に外交したのはまずかったかな?
「ふっ……、ふふっ……。魔族の国と平和条約を結んできた?其方には驚かされてばかりで、もういい加減驚くこともないかと思っておったが……、これが驚かずにおれるか!」
「フローラ姫の非常識ここに極まれり!」
「ひょぇっ!」
いきなり大声を出した二人に驚いて俺は変な声を出してしまったのだった。




