第三百十八話「王都視察!」
久しぶりにやってきた王都の屋敷で一晩を過ごし、今日の予定はどうしようかと考える。すること、しなければならないことはたくさんあるけど、王都に来たら来たでしたいことも増える。
もちろん日課の仕事はこなしているけど、最近はカンベエが補佐してくれるから少しは楽になった。やっぱり秘書というか補佐というか、そういう者がいるだけでも随分と違うものだ。
それにカンベエはやっぱり優秀だった。最初の頃こそは言うことも聞かないスパイだったけど、今ではかなり素直になって、わからないことはわからない、教えて欲しいことは教えて欲しいと頭を下げられる者になったと思う。
俺だけじゃなくて周囲の同僚達にもそうやって素直に接しているから皆の評判も悪くない。お互いが協力し合うし、やり方や経験を教え合うから効率が随分上がっている。皆もカンベエから習うことがあり、ヤマト皇国式の優れたやり方や経験を取り入れることが出来た。
ムサシは俺の護衛としていつもぴったりくっついてくるようになっている。それから朝晩の訓練にも参加してもらっている。父や母とはまた違ってムサシはヤマト皇国式の剣術などを使ってくるから面白い。実力的にはスバルよりも上だろう。だから俺よりも強い。剣や腕力だけで言えばな……。
魔法もフルに使って殺し合いだというのなら俺が勝つ可能性は高いだろう。少なくともムサシでは対処出来ない魔法で倒す方法はいくつか考えている。でも接近戦で剣だけで戦えば俺の方が不利になる。それも戦い方次第ではあるだろうけど、魔法ありの殺し合いのように必勝法があるというわけじゃない。
まぁそれはともかく移動日と王都での準備をかねて三日の余裕を持って戻ってきた。昨日一日で到着出来たから今日明日は時間がある。学園は明後日からだから準備もしておかなければならないけど、それはカタリーナや家人達がある程度はしてくれるだろう。
午前中に日課の訓練をして仕事を終わらせた俺は今日の予定に頭を悩ませる。出来るだけ有意義に使いたい。仕事だの面会だのは平日もびっちり予定が詰まってるし、折角の休みである今日明日にすることじゃないだろう。
「う~ん……。カンザ商会に顔を出すとしますか」
色々悩んだ末にようやく出した俺の答えはカンザ商会の王都支部に顔を出すことだった。フーゴやビアンカの顔も見ておきたいし、久しぶりの王都だ。今までの間に何か問題や報告がある可能性もある。
まぁそんな大変なことがあれば連絡してくるはずだから、何も報告も連絡もないということはそれほど大変なことは起こっていないのは間違いないけど……。
例えば連絡したり報告したりするほどではないけど、今度俺が視察に来たら言おうかなと思ってる程度の問題というのは発生している可能性はあるだろう。
それにフーゴみたいな爺さんを見ても何も楽しくはないけど、ビアンカみたいな若いお姉さんなら見ているだけでも楽しい。
よし!そうと決まれば早速移動だ!
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まずはフーゴのいるカンザ商会王都支店一号店と王都本部がある方へ来たんだけど……、俺達は滅茶苦茶浮いている……。
「これは何ですかな?」
「…………」
「けっ!」
「あ~……、カンベエ……、あまり商品をベタベタ触らないように……」
カンベエはカンザ商会の商品に興味津々という感じであちこち見て回り、厳ついムサシがお客さんのご夫人やご令嬢方をビビらせる。しかもムサシと張り合うようにオリヴァーが俺の身辺警護をすると言って同行してきた。
もともと王都での俺やその周辺の身辺警護のためにオリヴァー隊に王都まで来てもらったのに、久しぶりに俺が戻ってきたら護衛にムサシを連れ歩いていたら、オリヴァーやオリヴァー隊にとっては面白くないだろう。その気持ちはわからなくはない。
でもムサシと張り合うのはやめた方がいいだろう。オリヴァー達は普通の兵士だ。弱くはないけどあくまで普通。ただの人間だ。それに比べてムサシは個人の能力に優れる魔族の中でも剣豪と称されるほどの者だ。その実力は比べるべくもない。
決してオリヴァー達が弱いとか役に立たないという意味じゃない。統率の取れた優秀な兵というのは強力だし重要だ。ただ個人技としてはオリヴァーとムサシでは実力が違いすぎる。
それがわかっているからか、俺の言葉だから渋々従っているのかは知らないけど、オリヴァーは一応はムサシを俺の護衛として認めてはいる。ただ無駄に張り合っているというか何というか……。あまり武装した兵士が険悪な空気を振り撒いていると周りが怖がるからやめてもらいたい。
「はぁ……。奥へ行きましょうか……」
ちょっと客と同じ目線で商店の方を見てみたかったけど、こんな連中を連れていては周りの迷惑になってしまう。お嫁さん達もカタリーナしかいないし、皆で楽しくショッピングとはならないので早々に奥の事務所に入ることにした。
「お~!これはこれはカーン様、いつ王都にお戻りに?」
「昨日到着したばかりです。どうですか?最近の様子は?」
フーゴに適当に最近のことを聞いてみる。特にこれといって問題もないようでいたって順調とのことだった。
ただ最近は新商品の開発が遅れている。そんなに次々画期的な商品が開発出来るはずもなく、また周囲の他の商会なども真似出来るものは真似してきているので爆発的な売り上げとはいかないようだ。
あまりうちだけが勝ちすぎれば逆恨みでも恨まれる可能性はあるし、他の店が潰れては経済全体としてはマイナスになってしまう。自分の店だけが儲かればいいと独占状態になってしまったら、結果的に経済にダメージを与えて自分の首まで絞めることになる。
適度に周囲にも稼がせておき、役割分担や住み分けをして共存するのがいい。うちはあくまで高級路線。二番煎じの真似した商品は粗悪品の安物。それなら多少粗悪でも安い物しか買えない層と、うちのような貴族相手の高級品とで住み分けも出来る。
今もまた色々と新商品は開発中だから、新商品が出来ればまた爆発的にヒットすることもあるだろう。というか俺としては物凄い自信がある商品が一つ完成しているしな。王様に献上する前に店に出すわけにはいかないからまだ売ってないけど……、量産出来るようになったらあれの売り出しが楽しみだ。
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二号店のクレープカフェにやってくる。ビアンカはすぐに俺に気付いて笑顔を向けてくれた。う~ん……。町の看板娘って感じだな。特別美人ではないけど愛嬌はあるし、仕事も出来るし、ビアンカを店長にしてよかった。クレープカフェの繁盛はビアンカの人気でもあるだろう。
そんなことを考えながら、カンベエやムサシやオリヴァーというおっさんを連れてクレープカフェに並ぶというシュールな絵面を我慢する。そしてようやくクレープを買って店内に入ると……。
「はい。あ~ん」
「あ~ん」
女の方が男にフォークで切ったミルクレープをあーんして食べさせる。男はそれをあーんと食べた。
「おいしい?」
「うん。おいしいよ。それじゃお返しに、あ~ん」
「あ~ん」
今度は男が女に自分の持っていたクレープを手づから食べさせてあげる。女の方もそれをあーんして食べる。
「どう?」
「えっと……、おいしいけど……、ジーモンが食べた物を食べて……、恥ずかしい……」
「そっ、そんなこと言われたら僕も恥ずかしくなってくるよ……」
顔を赤くしてモジモジしているエンマにジーモンまで赤くなってモジモジし始めた。
おうおう。初々しいこって。けっ!見せ付けてくれるじゃねぇか!えぇ?天下の往来……、じゃないけどこんな場所でよう!
って思ったけど周囲を見てみれば恋人同士でクレープを食べているカップルが結構多い……。おっさんばかり連れている奴なんていない。俺だけ滅茶苦茶浮いている。俺の方がおかしいのか……。
「ごっほんっ!楽しそうですねジーモン」
「うっ、うわぁっ!カっ、カーザース様!」
「ひゃっ!」
何かエンマが可愛い悲鳴を上げたぞ……。こいつキャラが変わりすぎだろ……。いや、いいけどね?いい方に変わってると思うし、幸せならそれでいいとは思うんだけど……。何かイチャイチャしているバカップルを見ると若干イラッとする。俺は毎日毎日忙しく働いているというのに、学生はお気楽でいいな。
あっ……、俺も学生だったわ……。
「休みの間に……、随分とヴァルテック様と親しくなられたようですね?もしや……、大人の階段を上ったりはしていないでしょうね?」
「「…………」」
二人はカーッと小さく赤くなって俯いた。えっ!?嘘?マジで?あの奥手そうなジーモンが?休みの間にそんなことを……。やっぱりバカップルはぶっ飛ばすか?ヤンキーに絡まれて男の方はボコボコにされる運命か?
「まっ……、まさか……」
「あっ!あっ!ちっ、違いますよ!?手を握ったり、肩を抱き寄せたり、抱き合ったり、くっ、口、口付けを……」
「やだジーモン!言わないでぇ~!」
エンマはキャーッ!と言いながら顔を覆ってしまった……。どうやら大人の階段とはいっても彼らはまだ一段目を上った程度のようだ。それなのにこの二人の態度よ……。これはこれでイラッとする。やっぱりバカップルは滅殺するか?
「え~……、楽しそうで何よりです……。私はお邪魔なようなので向こうに座りますね。それではまた……」
表情を無くした俺はジーモンとエンマの席から離れる。そもそも声をかけるべきじゃなかったか。おっさんを三人も連れた目立つ集団である俺達が近くに行っても気付かないくらいだったもんな……。
けっ!バカップルめ!何度でも言ってやる!バカップルめ!
「ふぅ……」
俺が席に座ると……、周りにおっさん達がずらりと取り囲むように立つ。落ち着かんわ!
「え~……、カンベエとムサシとオリヴァーは向こうに座って食べなさい……。ここは私とカタリーナだけで座ります」
後ろを取り囲まれていたら落ち着かない。それに立ったままクレープを食われるのも嫌だ。おっさん達にも味見させようと思って全員分購入している。出来ればカンベエやムサシにヤマト皇国や魔族としての意見を聞いてみたい。
渋々隣の席に座ったおっさん三人のことは忘れることにしてカタリーナと二人でテーブルに座ってクレープを食べる。
「フローラ様……、はい、あ~ん」
「えっ!?ちょっ!カタリーナ?」
カタリーナが俺にあーんをしてくる。急にどうした?
「先ほどフローラ様が羨ましそうに見ておられましたので……。さっ、遠慮はいりませんよ。あ~ん」
「あっ……、う……。あ~ん」
断ろうかと思ったけどカタリーナがじっと見てくるから断れずにあーんをする。滅茶苦茶恥ずかしい。
「どうですか?おいしいですか?」
「おいしいです……。それでは……、カタリーナも、はい、あ~ん」
今度はお返しとばかりに俺がカタリーナにあーんをしてあげる。
「あ~ん」
「おいしいですか?」
「はい、とても……」
あーんをしてあげたカタリーナが何かうっとりしたような顔でそう言う。とても艶かしい。
「ごほんっ!フロト様……」
「はっ!?」
隣の席から咳払いが飛んできて現実に戻ってくる。さっきまでは俺とカタリーナだけの世界だったのに、よくよく思い出してみればここはクレープカフェの店内だったんだっけ……。
やべぇ……。思い出したらいきなり恥ずかしくなってきた……。
そうか……。バカップル達もこういう感じなのか……。ついつい二人っきりの世界に入り込んでしまって周りが見えなくなる。そしてこんな恥ずかしいことをしてしまうと……。ついに俺もバカップルの気持ちがわかってしまった!
「ぽ~……」
「素敵……」
「お姉様、私にもあ~んしてください……」
周りを見回してみれば……、何か女性達が熱い視線でこちらを見ていた。顔を赤くしてモジモジしながらうっとりこちらを見ている。
ああぁぁぁっ!恥ずかしい!やってしまった!まさかこの俺ともあろうものが!
「ちょっとフロト!見てたわよ!カタリーナとだけあ~んするなんてずるいわ!」
「僕ともしてもらおうか」
「え~っと……、それでは私も……」
「このような人目のある所で……、恥ずかしいですわ……」
「えっ!?皆さん何故ここに!?」
物陰からお嫁さん達が飛び出して来た。冷静に考えれば俺達をつけてきていたんだろうけどそこまで頭が回らない。
「次は私とあ~んよ!」
「ちょっ、ちょっと待ってください!?」
結局その後お嫁さん達五人全員とあーんして、されて、イチャイチャと桃色空間を作り出して過ごした。それを見ていた周囲の女性客も何か熱い瞳でこちらを見ていたのは気のせいじゃないだろう。
バカップル滅殺とか思ってたけど……、俺もバカップルでした。さーせんw




