第三百十二話「支援要請の行方!」
ムサシは二つの思惑からプロイス王国カーン領へと渡っていた。
まず一つ目は皇命だ。皇様により外交使節団の護衛につくようにと命令されている。だからムサシは護衛としてプロイス王国に渡らなければならない。しかし理由はそれだけではなかった。
もう一つの理由、思惑……、それはムサシが仕えるべき主を見つけたかもしれない、と思ったからだ。
ムサシはこの国に迎えられてはいるが皇様を主として仕えているわけではない。もちろん生まれ育った祖国への忠誠や思いというものはあるが、ムサシはまだ自分が身命を賭して仕えるべき主に巡り合っていないと思っていた。
武者修行で諸国を渡り歩き、あちこちで剣を磨いている間に、いつの間にか剣豪などと称されるようになっていた。そして皇様の目に留まり、直々に皇様の身近に勤めるように勧誘されたのだ。
それはとても名誉なことだと思う。皇様直々に勧誘される者など滅多におらず、ただそれだけでも相当に凄いことだ。しかしムサシは首を縦に振らなかった。
育った祖国への愛着も忠誠心もある。皇様が直々に声をかけてくださったことも名誉なことだと思っている。しかし何故かムサシはしっくりこなかったのだ。
このまま皇城に迎えられて、皇様の護衛として名誉な仕事を全うする。確かにこれ以上ないほど、望むべくもない大出世だろう。そのはずなのにムサシはどうにもそんな自分の未来が見えなかった。
特に何か理由や思想、信条があってのことではない。ただ本人が何故か納得いかない、という非常に曖昧な理由によりムサシは皇様の誘いを断った。
下手をすれば皇様の怒りを買って処刑されるかもしれない。殺されはしなくとももう二度とまともな世界は歩けないかもしれない。そう思ってもムサシは断った。
『ならばそなたの真の主が現れるまでこのカムイの近くで仕えよ。そなたの真の主が現れたならばいつでもそなたの行きたい所に行くが良い』
『はっ!』
そこまで言われて、ムサシは折れた。ヤマト皇国の皇、スメラギ・カムイにここまで言われて断ることは出来ない。
あるいは……、皇様はムサシの真の主など現れることはないと思ってこう言ったのかもしれない。これでムサシが納得出来る真の主が現れなければ実質的にずっとムサシが仕えてくれることになる。皇様はそう思ってそんな条件をつけたのだろう。ムサシにも何となくそれはわかったが、ここまで言われて断る選択肢はない。
それからどれほど経ったのか。ムサシ自身も最早自らの主は現れないのかと思い始めていた頃、目の前にその方は現れた。
金髪に青い瞳のガイジン。最初に見た時はただ変わった容姿の娘だと思っただけだった。それからわがまま放題の第二皇女と金髪のガイジンを連れて町に出る。護衛と財布係りとして皇様に二人に付き従うように命を受けた。それが預かったお金などあっという間に使い果たし、さらには自腹で随分買い物をさせられてしまった。
皇様に言えば不足分は払ってもらえるだろう。しかし……、その金髪のガイジンは自らの懐から宝石を取り出し自分に渡してきた。自分が受け取れないと言うとこれを皇様に渡して不足分を貰えという。
ムサシは別に金に釣られたわけではない。ただの一介の兵士のフリをしていた自分に対してですらこれだけの気遣いを見せる。金髪のガイジンからすればこの国の者に良い印象を与えたいのだとしても、一介の兵士にそこまでする理由はない。
もし自分が皇様に意見も言えない一介の兵士であったならば、二人を案内した時に使ったお金の不足分を請求するのは難しいだろう。それを慮ってわざわざ証として宝石を手渡したのだ。そしてそれでもまだ皇様に言えない者ならばその宝石を自らの代金として受け取れば良いということだ。
何という気遣いだろうか。支配者層というのは往々にして自分勝手で下の者のことなど考えていない者が多い。ただの護衛として付いていった自分の顔など覚えてもいないだろうと思っていた。それなのに覚えているどころか自腹を切ったことまで察してここまで気遣いを見せてくれる。
ただ金を見せびらかして良い格好をしたいだけでもない。この国の者に媚びるためにしているわけでもない。これは自然に出たこの者の心根の表れだ。
もしかしたら……、ムサシは長年探し続けていた主に巡り合えたのかもしれない。
まだほんのきっかけが出来ただけだ。もしかしたらと思っただけだ。だからムサシはプロイス王国カーン領に出向くことにした。金髪のガイジン、フロト・フォン・カーンが自らの主に相応しい者であるかどうか見届けるために……。
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フローレンという町にやってきたムサシは驚いた。町民達は皆明るく楽しそうに生活している。兵士達の質は高く、それでいて町民達に対して高圧的になることもなく、とても良好な関係を築き上げていた。
町が裕福なことと、町民達が幸せなことは別だ。いくら裕福でも必ずしも幸せとは限らない。しかしこの町は裕福で幸せだった。少し見ただけでもわかる。生き生きと働いている者達。良好な治安。質の高い兵士。これだけの町を作り上げている領主が素晴らしいということは一目でわかる。
もしかしたら本当に……、真の主と巡り合えたのか……?ムサシはますます期待が高まった。
そして翌朝、ムサシは昨晩泊まった屋敷から少し離れた所でフロト・フォン・カーンを見つけた。まだ明け切っていないとすら言える早朝に、一人剣を振るうフロト・フォン・カーン。その剣筋は美しく力強い。皇様にはまだ敵わないだろうが、それでもヤマト一の剣豪と称される自分と比べても遜色ない腕ではないかとすら思えた。
もちろんまだまだ若く荒削りだ。しかし自分があれくらいの歳の頃にこれほどまでに力をつけていただろうか?一体いつから、どれほどの鍛錬を積めばこの歳であれほどの域に達するというのか。その朝の鍛錬を見ているだけでこれまでの努力が垣間見えた。
その後もフロトを観察し続けてムサシの腹は決まった。フロトは民のためを思い、自らの身を削って日夜働き続けている。で、ありながら己を高める修行も一切欠かさない。まさにブシの鑑。ムサシは剣を振ることしか出来ないが、もし理想のブシを一人語れと言われたならばフロトこそ真のブシだと答えるだろう。
ならばすべきことはただ一つ。覚悟の決まったムサシはヤマト皇国に向かう早馬に手紙を預けてフロトの下へと向かったのだった。
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ヤマト皇国にてヤマト皇スメラギ・カムイは四つの書状を前に深い溜息を吐いた。
「はぁ……」
「どうされたのですか?」
妻の言葉に首を振る。
「いや……」
妻とはいえ安易に言えないこともある。特に政については妻といえどもうっかりしゃべるわけにはいかない。
もう一度届いた書状を読み返す。まず一通目はプロイス王国カーン領に派遣された外交使節団からの正式な書状だ。そこには今度のカーン領との条約についての条件等が書かれている。
カーン領が求めるのは国交を結び、条約締結と一部の貿易、また対価を支払っての技術支援を要請しているという。外交官達はこれほど我が国有利の条件はなく、すぐさま条約を調印すべしと書き記している。
それについてもう一つの書状が個人から届いている。差出人は外交使節団の団長カンベエからのものだ。
カンベエの書状には技術支援要請に従って我が国の技術をカーン領に流出させた場合、多大な損失を蒙ることになり、また我が国の技術的優位が揺らぐ。この程度のはした金で流出させるのは言語道断であると書かれていた。しかも……、もしこの嘆願が聞き届けられないのならば職を辞して国を去るとまで書かれている。
カンベエは少々不遜だの自信家だのと言われるが優秀であることは間違いない。カムイは左遷のつもりで送り出したつもりなどなく、国の今後にとって重要だと思ったからこそ優秀なカンベエを団長に任命したのだ。それが使節団とカンベエの間でうまくいっていないようだとわかり溜息が出る。
カムイはフロトの申し出を受けるつもりだった。それは何も技術流出を軽く考えているわけではない。どちらかと言えば技術流出は危惧している方であり、だからこそデル王国やカーマール同盟にもあまりこちらの技術や品を流さないようにしていたのだ。
他の外交官達こそが見る目がなく、カンベエこそがよくわかっているとカムイは評価している。しかしそれでもフロトの要請を受ける。それはもうカムイの中で決定事項だ。
何も……、技術流出を軽く考えているわけでも、外交使節団の言葉を信じているわけでも、カンベエのことを軽く考えているわけでもない。カムイはフロトと共に歩く覚悟を決めたのだ。
ヤマト皇国に来てからのフロトの振る舞い、言動、知らされたカーン領の状況、あらゆることを鑑みてカムイはミコトとフロトの仲を認め、それを梃子にカーン家との関係を築こうと決めた。そのために外交使節団を派遣したのであり、最初から答えなど決まっていたも同然だ。
だから対価にのせられたわけでも、技術流出を軽く考えたわけでもない。これはカムイからフロトへの支援だ。これからミコトとフロトが作る国への支援のために行なおうと思っている。何なら対価も必要ないほどだ。何しろこれは親から子への支援なのだから……。
カンベエにはその旨を知らせる書状を認めるつもりではあるが納得するかどうかはわからない。場合によっては優秀な人材を失うことになるかもしれない。
そして他の二通。そのうちの一通イスズからの手紙はそれほど驚くべきことではない。向こうの様子を確認して自分の見聞きしたものを自分の言葉で知らせるようにと伝えていた。色々な者が様々な視点で見た方が良いだろうと思ってのことだ。
イスズの報告は非常にわかりやすく書かれている。その上かなり客観的だろうと思われる。使節団の報告が田舎の小国と侮った報告が多いのに対して、イスズは女性として女中として細かいところまでよく見ている。
その報告によれば確かに人口も少なく新興地域ではあるようだが、発展振りや技術や体制には目を見張るものがあるということだった。家人や兵士達も質が高いと書かれている。
最後の一通にカムイはまた溜息を吐く。それはムサシからの書状だ。こちらも剣豪ムサシの視点からカーン領を見聞してくるように命じた。こちらも町は裕福で新興ながら発展しており兵士の質も高く町民達も幸せそうに暮らしていると書かれていた。
それはいい。それはいいがムサシはフロトこそが真の主であると定めた故に、フロトに仕えられるように嘆願すると締めくくっていた。
連れて来るのも一苦労だった剣豪が……、いともあっさり去っていく。カンベエもそうだ。確かに周囲との人間関係は苦手なようだが優秀な人材だ。それがフロトと関わってからボロボロと流出してしまう。
また支援要請の職種や人数が半端ではない。何から何まで全て大人数を連れ去ってしまおうということのようだ。確かにヤマト皇国からすればそれくらいの人材流出は許容範囲内ではあるがあまりに遠慮がない。
「ふっ……、『災いを齎す者』というのもあながち間違いではなかったかもしれんな」
ヤマト皇国、ヤマト皇スメラギ・カムイは遠い目をしながら書状を仕舞ったのだった。
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時は遡りまだヤマト皇国に向けて早馬が出る前の早朝……、イスズは天蓋付きのベッドで目を覚ました。
「もう起きたのですか。向こうのメイドもそれなりに質が高いようですね」
こちらで『めいど服』と呼ばれる服を着ている女性がそんな声をかけてきた。辺りを見回して昨晩のことを思い出して首を振る。
「あ~……、え~……、何と申しますか……」
ベッドの上にはあられもない姿で寝ている少女達の姿がある。しかしこの部屋の主はもういないようだ。そしてめいど服を着たこの少女も既に準備を終えている。この国の女中達も朝は早いらしい。
「私の着替えは……」
「あちらです」
示された先にあった自分の服に着替えようとして大きな姿見に自らの姿が映って一気に顔が真っ赤に染まった。それは『ねぐりじぇ』と呼ばれるスケスケの下着だった。ヤマト皇国にはない種類のものでとてもいやらしい。そして昨晩のことを思い出す。
昨晩……、この部屋に乗り込んだイスズは服を剥かれて……、自分も襲われるのだと思った。
『初めてだから優しくしてください』
なんて口走った自分が恨めしい。まさかこんな形で自分も初体験するなんて。それも相手が同性である女性達だなんて。と思ったのもつかの間、ただこの『ねぐりじぇ』を着せられて、皆で一緒に添い寝をしただけだった。
舐めてるのか?と言いたい。あそこまできたらもうやることは一つだろう!イスズはそれを期待していたのだ!ようやく初体験だと!相手が女性だとかたくさんいるとかそんなことはこの際どうでもいい。ようやく、この歳になってようやく!初体験だと思ったのに!ただ着替えさせられて皆で添い寝をしただけ……。
あの台詞を吐いた自分を抹消したい。なかったことにしたい。ちょっとは期待していたのに!綺麗な女性ばかりでドキドキしてたのに!自分のこの気持ちをどうにかして欲しい!もう良い歳なのに……。
「私はまだ中年増になってちょっとしか経ってないわよ!」
自分で自分の心に突っ込みを入れる。
まさか自分があまり魅力がないから相手にされなかった……、なんてことは……。
「そんなことあるはずないわ!絶対に!」
またしても貞操が守られて『しまった』イスズは一人地団駄を踏んでいたのだった。




