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第三十一話「社交界デビュー迫る!」


 何だかんだでカーザーンを出発してから四ヶ月以上、五ヶ月近くが過ぎてしまっている。帰りの馬車は駅家で馬を換えることが出来ないので思いのほか時間がかかった。まぁ本来ならばこれくらいの文明の頃の長距離移動ともなれば大変なものだということだろう。駅家で馬を換えて爆走していく王族の移動方法の方がおかしい。


 遠くに見えるカーザーンの城壁を見ながら溜息しか出ない。あれから、角熊と戦ってから俺はルイーザと会えなかった。もう今更顔を出すわけにもいかないだろう。まだあの後すぐだったならば会って話も出来たかもしれないけど今更顔を出しても言い訳にしかならない。何故今頃やってきたのかと余計反発されてしまうだろう。


 ……未練だな。もう終わってしまったことだ。今更グチグチ考えても仕方が無い。カタリーナ、ルイーザ、クラウディア……、どうして俺はこうもうまくいかないのだろうか。


 俺はただ今生は女の子に生まれることが出来たのだから女友達とキャッキャウフフしたいだけだ。別に性的接触、百合百合したいというほどハードルの高い願望を持っているわけじゃない。


 いや……、もちろん百合百合出来るならしたいわけだけど……。そんな女の子なんて滅多にいないだろうし仮に居たとしても自分とうまくいくとは限らない。そもそもこの世界じゃ同性愛を公言してたら下手すれば異端審問で拷問の上処刑される可能性もあるかもしれない。


 そんなわけで俺はただ女の子同士で楽しく遊んだりちょっとしたスキンシップを楽しみたいだけだ。出来ることなら百合もしたいとは思うけどそもそも俺や俺と同世代の子達ではまだ年齢が低すぎる。せめて百合はもう少し大人になってからだろう。


 そういう意味ではクラウディアはちょっと百合の気がありそうだった。いや、俺がそう思って下手に接触したから怒らせてしまったのだろうけどそう思ってしまうような雰囲気があった。もうちょっと、何か違っていれば違う未来もあったのかもしれないと思ってしまう。これも未練だな……。


 次第に近づいてきているカーザーンの城壁が上の青い空と下の城壁というコントラストを描いている。近づくにつれて城壁が大きくなり灰色の石が視界に増えるように俺の心も灰色に曇っていくかのようだった。




  =======




 カーザーンに戻ってから数ヶ月、あと三ヶ月ほどすれば俺は社交界デビューすることになる。この国ではまず十歳で社交界デビューを果たす。ただしこれは例えは悪いけど市町村などの地元の予選みたいなものだ。


 日本人がイメージしやすく言うなら何らかの大会などでまず市町村や近隣のいくつかの市町村合同で地元レベルの予選があるだろう。そこで勝った者は同じく他の地域で勝ってきた者達と地域レベルの予選に出る。地域レベルでも勝てば都道府県レベルの試合に進むことになる。そして都道府県レベルで勝てば都道府県代表として全国レベルに出ることになる。


 社交界デビューの場合は勝ち負けはないので予選で勝ったから上の大会へ行くというわけじゃないけどイメージ的にいえばそういう段階を踏むことになるというわけだ。


 十歳で社交界デビューするのはいわば地元レベルの社交界だ。俺で言えばカーザース辺境伯領内の貴族達が集まる社交界というわけだな。ただしカーザース辺境伯家ほどの規模になると領内の貴族家も多いからさらに細かく地元レベルで分かれる。大身の貴族家ではそういう所が多いだろう。


 逆に小身の貴族家ならば自分の所だけではほとんど社交界デビューする者がいなかったりするので近隣の他家と合同で社交場を形成する場合もある。それらが十歳でデビューする一番最初の社交界だ。


 そしてそういう地元の社交界で慣れた者達がもっと上の社交界にデビューしていく。地元レベルの次は地域レベルだ。近隣の主要な貴族の子女達が集まる社交界が開かれて地元レベルで有力だった者達はそちらへと次第に移っていく。


 最後にその中でもさらに有力な貴族家の子女達は中央へと進出するというわけだ。王都で催される有力貴族家や王族が開く社交界に出て行くことになる。それがいわば都道府県レベルになる。


 じゃあ全国レベルは?といえばそれはもっと上のクラス、他国の有力者達と会うような場になる。そこまでいけるのは本当に一握りだけだから俺には関係ないだろう。中央政界でよほど大物の貴族や大臣クラスでもないと外国勢と会うことは滅多にない。勝手に他国の貴族と親しくなれば安全保障や外交上の問題も出てくるからな。


 もちろん国によっては貴族の独自の外交を奨励している国や地域もあるしプロイス王国のように禁止している国もある。時代や地域や国によるのでなんともいえないけど少なくともプロイス王国では貴族が独自に他国の貴族達と交流することは禁止だ。


 カーン騎士爵家は俺一人の木っ端貴族だしカーザース辺境伯家は規模こそ大きいけど中央との繋がりは薄い。所詮は国境警備係りだ。父ならば隣国との争いの関係もあって中央で他国貴族と顔を合わせることもあるだろうけどそんな場に俺が呼ばれることはない……、はずだ。たぶん?


 ちなみにカーザース辺境伯領内の貴族家というのは爵位は王家から賜ってはいるけど王家の直臣ではなくカーザース家の家臣であって王家から見れば陪臣ということになる。この直臣と陪臣も若干地位に違いがあるから面倒だ。


 カーン騎士爵家は王家の直臣なのでフロト・フォン・カーンに命令出来るのは王家の指示系統に組み込まれている者ということになる。つまり王が権限を持っていて実際には王の名の下に統帥権などの権限を任せている者が代わりに王の配下達に指示を出す。それぞれ師団長や騎士団長、部隊長と順番に下に指示が下りてくるわけだ。


 それに比べて陪臣の騎士爵家の者ならば王家や王から権限を与えられた者とはいえいきなり直接指示することは出来ない。カーザース辺境伯家に仕える騎士爵家の者ならば直接的にはカーザース辺境伯家が指示を出すというわけだ。


 尤も戦時などに諸侯軍が組織された場合は諸侯軍を指揮する者が王によって任命されるわけだから間接的には指示されることにはなる。


 そしてその地位だけどこの国では大雑把に言えば陪臣は直臣より一つ分くらい地位が低いと思えば大体通用するだろう。俺は王家直臣の騎士爵だからカーザース辺境伯家の陪臣である男爵家と同等くらいの扱いということになるわけだ。


「フローラお嬢様、これでいかがですか?」


「んっ……、少し締め過ぎですね」


 そんなことを考えている間に着付けが終わったドレスの裾を掴み鏡の前でヒラヒラさせてみる。今は社交界デビューに向けての準備中だ。俺くらいの年齢の子供はすぐに大きくなるから新しく仕立ててもらったドレスをイザベラに着せてもらっている。


「これくらい締めておいた方が体の線が綺麗に見えますよ」


 いやいやイザベラさん……、十歳になる前くらいの子供に何を言ってるんですか?胸もまだ膨らんでいないのに体のラインもクソもないでしょうが……。


 中世後期や近世頃になってくるとヨーロッパで、今で言うコルセットが流行ってくる。フワッと広がったスカートにコルセットで締め付けた上半身のボディラインを作るためにどんどん腰、腹、胸を締めるようになり当時の女性達はアバラが変形していたという話もある。


 よく貴婦人などが気絶する描写もあるだろう。現代ではそんな簡単に気絶するか?と不思議に思ったことはないだろうか。あれはコルセットによって異常に締め付けていたために当時の貴婦人達はちょっとしたことですぐに気絶していたらしい。あと気絶した振りをして男性に介抱されて情事に耽るというお約束もあったようだ。


 ともかく当時は貴族のたるんだ体を少しでも綺麗に見せるためにそのようにしていたのかもしれないけど俺達の年齢でそこまで気にすることじゃないだろう。発育や健康にも悪そうだ。


「イザベラ……、子供の体型なのですよ?線が綺麗に見えるも何もないでしょう……」


「そうですか……。フローラお嬢様がそう言われるのでしたら少し緩めておきましょう」


 まだ何か言いたげではあったけど一応折れてくれたようだ。あまり締め付けすぎてすぐ気絶したりアバラが変形するなんてゾッとする。


 コルセットでアバラが変形するほど締め付けるのはゾッとするけどドレスを着ること自体は嫌いじゃない。いや、どちらかと言えば好きだ。いやいや、むしろ綺麗な格好とかをするのは大好きだ。


 男の癖に気持ち悪いと思われるだろうか?でも俺は可愛い格好や綺麗な格好をするのが好きだ。元々前世でも女の子達の可愛い姿を見るのが大好きだったのに今生では自分も女の子でそういう格好をしても良い、むしろしなければならない立場なのだから何も変なことはない。俺が可愛いかどうかはともかく可愛い格好をしている女の子というのは良いものだ。


『お待ち……。……今フロ……お嬢……、お召し替え……』


 そんなことを考えていると外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。部屋の外で控えているヘルムートが誰かと話しているようだ。


『そん……わかっている。……関係する……』


 何やら言い争っていると思ったらいきなり扉が開かれた。俺が着替えているのにいきなり部屋に押し入ってこれるような相手となればこの家には家族しかいない。家族以外で俺の着替え中に押し入れるとすれば王族か王族からの特使くらいだろう。今は誰も来ていないのだから消去法で家族しかあり得ないというわけだ。


「フローラ、お前は次の社交界でフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースとしてではなくフロト・フォン・カーン騎士爵として出席せよと陛下からのお達しだ。それで我が家が用意する衣装を着ていくことは禁止となった。自分の年金で衣装を用意しなさい」


「…………へ?」


 姿見の前で可愛いドレスを試着しながら社交界デビューに向けて準備をしていた俺は間の抜けた顔で父のことを見ているに違いない。


「だっ、男装していけということでしょうか?」


 いやだ!折角可愛いドレスを着て憧れの社交界デビューが出来ると思っていたのに!またフロトとして男装していくなんて絶対嫌だ!


 そもそも男装してフロトという男の振りをしていて碌なことがあったためしがない。ルイーザの件もクラウディアの件も元はと言えば男装してフロトと名乗っていたのが不幸の原因だったんじゃないのか?違うかもしれないけど、フローラのままだったとしても同じ結果だったかもしれないけどそう思わずにはいられない。


「騎士爵の正装で男装していけとは言わん。ドレスを着ていけば良い。ただしカーザース辺境伯家が用意した衣類、乗り物、召し使い等は全て禁止すると言われたのだ。カーン騎士爵家が受け取った年金で用意出来るもので自力で用意して行きなさい」


 のっ、乗り物も召し使いも全て禁止だとぉぅっ!騎士爵家の年金なんて微々たるもんでしょうが!自分が暮らす分プラスアルファくらいしか支給されていない。そんなのでまともなドレスが用意出来るはずもないって話だ。


 そもそも世襲権のない騎士爵家の子女は社交界デビューもしない。何故なら他家との繋がりを作るための社交界に出た所で次代の跡取りたる子女達は貴族になれるとは限らないからだ。世襲権がない騎士爵家でも王の恩顧によって息子も再び騎士爵に叙されたりはするけどそれは確定じゃない。


 だから騎士爵家の年金には交際費が含まれていない。世襲権のある騎士爵家や男爵家以上の年金には生活費に加えて交際費があるから社交界での費用もそこから出せる。俺は世襲権のない騎士爵だから交際費はなしだ。生活費は実家暮らしだからいらないとしても騎士爵の年金なんて微々たるもので社交界費用にはまったく足りない。


 王様の命令?あのヴィルヘルム国王陛下か?何であの王様は俺が苦しんだり困ったりするようなことばかりするんだ?やっぱり俺とルートヴィヒの婚約に反対だからか?俺に社交界で恥をかかせてルートヴィヒの婚約者として相応しくないとか言うつもりなんだろうか?


 それならそれで良い。俺は別にルートヴィヒと結婚なんてしたくないし恐らく父も俺の婚約には反対している……、はずだ。たぶん?


 でもだからって何もこんな手段で嫌がらせしてこなくても良いんじゃないのか?王様なんだから強権でも何でも発動して俺との婚約を破棄すれば済むじゃないか……。


 いや……、待てよ……?俺がこちらに非がないようにルートヴィヒとの婚約を破棄に持っていきたいように王様も向こうに非がなく俺が悪い形で婚約破棄に持っていきたいのだとすれば?俺が社交界デビューでやらかせばそれを理由に俺がルートヴィヒに相応しくないとして俺の責任にして婚約破棄出来るじゃないか。


「それから……、フローラが営んでいる事業の収入はフローラのものだ。貸し付けた資金さえきちんと返済しているのならば残りをどう使おうともフローラの好きにするが良い」


「おっ……!」


 父からの言葉を聞いて俺はあやうくお父様と言う所だった。危ない危ない。この父はお父様と呼ばれたら怒るからな。


「ありがとうございます父上!」


「……私は何もしていない。フローラが立ち上げた事業だ。ただし月々の返済が滞ることがないようにな」


「はいっ!」


 やった!牧場の方は家で食べてるだけだから収入はないけど農場の方は最近徐々に甜菜糖を商会に卸している。砂糖が貴重なこの時代に甜菜糖を卸すというのはかなりの金額になっているはずだから社交界用の費用くらいなら何とかなるだろう。


 一時はどうなるかと思ったけど父の計らいによって何とかなりそうだと俺は胸を撫で下ろしたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやくやっと百合百合(苦味100パーセント)し始めたな こんなん百合じゃねぇよ……。と言いたいところだけど100話くらいすれば百合ハーレム修羅場みたいになりそうで楽しみ [気になる点] …
2023/10/24 06:30 退会済み
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