第三百八話「使節団!」
皇様に呼び出されて任務を言い渡されたカンベエは不満だった。突然の呼び出し。その日のうちに蛮族の国に外交使節の責任者として赴けという。非常に腹立たしい。
もちろん国や皇様への反抗心ではない。蛮族の国など向こうから頭を下げてやってくるのが筋だろう。それなのに何故文官の中でも素晴らしい能力と実績を持つ自分が、わざわざ蛮族の国に出向いてやらなければならないのか。
そもそも今日命令されて今日向かえなど無茶も良い所だ。優秀なるカンベエはそれはもう色々と仕事を抱えている。それなのに今日命令され、今日出かけ、何日で戻ってこれるかもわからない。
まさか……、ないとは思うが……、これは左遷ではないかとすら考えてしまう。
まさか自分ほど優秀な者を左遷などするはずがない。それはあり得ない。ただ自分の才能に嫉妬している者に何か嘘の報告でもされて真に受けて勘違いされている可能性がないとは言えない。
とはいえどちらにしろ皇命である以上は逆らう術はない。命令を受けただちに外交使節団を選抜し編成する。
すぐさま必要な人材が集められあっという間に編成された。普通ならこんな急な派遣ならば手の空いている無能者ばかりしか集められないかと思う所だが、何故かカンベエが要求した人材が全て簡単に集められた。
確かに頼んだのはカンベエであったが、まさか本当に全て要求した通りの人材が集められるとは思ってもみなかった。
まさか……、他の全ての仕事や業務を止めさせてでも優先しなければならないほど重要な案件なのか?
カンベエはそう思ってから首を振って否定する。相手は長年の宿敵であるプロイス王国の一地方領主でしかないと聞いている。
カンベエはプロイス王国との戦争に直接出向いたことはないが、相手は地方の小国だ。プロイス王国ですら自国に比べれば田舎の小国であり、外交をするにしても向こうが平身低頭お願いする立場だろう。ましてやその中の一地方領主にすぎないような相手などどれほどの相手だというのか。
何でもその地方領主は我が国の放蕩な第二皇女と深いつながりがあるらしい。今回こんな大規模な使節団を今日命令して今日出発しろなどという無茶を言うのも、その第二皇女の関係があるからだろう。でなければ我が国ともあろうものが蛮族の国の一地方領主をこんな特別扱いなどするはずがない。
それとは別にカンベエにはいくつか不可解な点があった。まず外交使節団であるはずなのに、何故か派遣される者の中に宮中の女帝とすら呼ばれるイスズがいることだ。いくら宮中で絶大な権力を握るお局であろうとも外交とは無縁。本来こんな場所に出てくるはずのない大物女中が何故田舎の小国に派遣されるのかわからない。
そして護衛……。皇様がわざわざ迎えたと言われる在野にいた稀代の剣豪ムサシ。そのムサシが何故こんな使節団の護衛についているのかわからない。
このような二人を派遣する皇様も皇様だ。何故外交使節団にこのような二人がいるというのか。護衛は天才的頭脳を持つ超優秀な自分を護衛するために皇様が特別な配慮をしてくださったのかもしれない。しかしお局イスズが出てくる理由はわからないままだった。
それでも皇様がねじ込んできた人事だ。それを拒否する術はカンベエにはない。段取りを整えたカンベエは天降りの間で初めて第二皇女と蛮族の使者らしき者を見た。随分と皇様と気安い。それに娘などと呼ばれている。
どうやって取り入ったのかは知らないが気に入らない。媚びることだけが上手い売女に侮蔑の視線を送りながらも皇命ゆえに従う他はない。
天降りの間からデル王国側へと移動した一行は雪山を越えて、ほとんどの者は初めてプロイス王国へと降り立ったのだった。
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山を下り、森を抜けて案内されたのは小さな町、あるいは大きな村と言っても差し支えないような場所だった。とてもではないが我が国の外交使節団を受け入れる場所であるとは思えない。所詮は蛮族の国だ。
案内されるままに『フローレン』と呼ばれた町を進む。蛮族の国の小さな町の名前など覚えるつもりもないが、物覚えの悪い馬鹿と思われるのも癪なので一応覚えておく。今回の件が片付けば今後一生、二度と口にすることもない言葉ではあろうが、それでも今くらいは覚えておかなければ馬鹿と勘違いされてしまう。
「本日はこちらで休んでいただきます」
「こっ……、これはこれは……」
小さな町に不釣合いな……、巨大すぎる邸宅。確かに自国の皇城には遠く及ばない。それは当たり前の話だ。しかしこんな小さな町にあるにしてはあまりに不釣合いすぎる立派な屋敷だった。
しかしそれは何も褒めているわけではない。庶民は苦しい生活をしているというのに、領主だけがこのような贅沢をしている。それは為政者として褒められたものではない。これだけの屋敷を建て維持しているということは庶民達はさぞ重税に苦しめられていることだろう。所詮は野蛮な蛮族。町民達を慮る知性も持ち合わせてはいない。持ち合わせては……。
そう思って周囲を見てみるが……、日が傾き辺りは暗くなり始めているが、それでもわかる範囲で見てみれば、この町はどこもかしこも綺麗すぎる。まだ出来立てホヤホヤというほどに真新しい。手入れも行き届いており、到底重税に苦しんでいるようには見えない。
町のあちこちには明かりが灯り、身なりの綺麗な町民達は皆幸せそうに生活している。その生活水準もこんな田舎の小さな町とは思えないほどに高いように見受けられる。
いや……、たまたまだ。たまたまに違いない。むしろ外交使節団に見せ付けるために用意された場所なのだ。この町は自国を良いように見せるために用意された見せ掛けの町に違いない。そうだ。そう思えば色々と納得がいく。カンベエは自分にそう言い聞かせて案内された屋敷へと入る。
「使節団の皆様、まずは部屋でお休みください。食事やお風呂の用意が出来ましたらお呼びいたします」
「それでは皆様、お部屋にご案内いたします」
第二皇女と一緒にいた金髪の女がテキパキと指示を出すと屋敷に居た者達がすぐさま動き始めた。その内容からどうやら本当に自分達をここに迎える予定ではなかったとわかる。慌しく準備に動いている家人達は本気で慌てているのだ。それでも的確に仕事をこなし次々と準備を進めていく。とても質の高い家人達だということは一目でわかった。
使節団は兵士や荷物持ちのような者達まで分不相応な待遇を受けた。普通兵士や荷物持ちなどこのように客人として持て成されたりはしない。やはりあの売女は媚びるのが上手いようだ。何も考えていない兵士や荷物持ち達は喜んでいるが、そんな下っ端達にまで媚を売ったところで何も得る物はない。
それでもこんな田舎の小国では大国の使節団である自分達を精一杯持て成さなければならないのだろう。ご苦労なことだと思いながら通された部屋で寛ぐ。寛ぐ……?
まるで寛げない……。
何も対応が気に入らないとか不満があるというわけではない。最初に感じた通りここにいる家人達はとても質が高い。至れり尽くせりで何の不満もないとすら言える。では何故寛げないのか。
まずこの横に長い椅子……。畳の上に座る習慣である自分達にとってこのフカフカすぎる横長の椅子は何とも居心地が悪い。座り心地はとても良いのだが、こんなものに座って良いのかという心理が働いて寛げないのだ。
それに部屋に飾られている数々の品。田舎の蛮族であるはずなのに……、自国では見ない芸術品の数々でありながらとても良い品に見える。綺麗に描かれた絵画、石を彫った像、そして見事な皿、どれも自国とは種類が違うとはいえとても良い品であることは間違いないだろう。
確かに自分はこの使節団の中でも最上位の者ではあるが、何やらこれほど持て成されるとむず痒いというか、こちらの方が畏まってしまうというか……。
いや!そのようなことは断じてない。このカンベエともあろうものが、蛮族の小国などを相手に畏まることなどあり得ない!
そう思って口をへの字に曲げて長い椅子にわざとどっかり腰掛ける。
そうだ。何を臆することがある。相手は蛮族で小国だ。大国の使節団たる自分達が何を畏まることがあるというのか。堂々としていれば良いではないか。
「失礼いたします。お食事のご用意が出来ました」
「うむ!」
長い椅子の上に胡坐をかいていたカンベエはやってきた女中に案内されて食堂へと向かう。使節団の団長であるカンベエは自国でも見た金髪の女に一番近い席が用意されていた。椅子や机に座り、並べられた料理を食べるのは自国とは作法が違う。どうすれば良いのかわからないが、金髪の女が率先してそれを行なうので見て真似する。
蛮族の作法や風習など知るはずがないのだから止むを得ない。ただ先に金髪の女がしてくれるからそれを真似すれば良いだけだ。
「ん……、濃い味だな……」
使節団の中にはデル王国やカーマール同盟の各国に出向いたことがある者もいる。なのでこちらの作法、風習、味付けなどに慣れている者もいる。しかし初めてこちらに来たカンベエにとってはこちらの料理は少々味付けが濃いように感じられた。
「お口に合いませんでしたか。本日は皆様をお迎えする準備が出来ておりませんでしたが、明日は我が領都にて皆様をお迎え出来るように使いを出しております。魔族の国の料理に近い味付けがよければ明日はそのようにいたしましょう」
そう言われてカンベエは頭を働かせる。どうにもおかしい。確かに最初にこちらに着いた時は予定外の訪問だったかと思った。しかし本当に予定外だったならばこんな短時間にこれほどの料理を人数分用意出来るだろうか?
味付けは濃いが別にまずいというわけではない。ただこちらの味に慣れていないカンベエが驚いただけだ。デル王国などに出向いたことがある者達からすれば、今晩の食事はとてもおいしく豪華であると感じられている。急遽用意したにしては随分と出来が良すぎる。
本当に今日急遽ここに来ただけなのか、最初から用意されていたのか、対応がチグハグすぎていまいち判断がつかない。
そして……、明日は我が国の味付けに似た料理を用意しようかと言っているが……、こんな田舎の蛮族達が我が国の料理を出せるはずがない。いや、真似したものは出せるのかもしれないが我が国の味に追いつけるはずがないだろう。
ただ見た目や素材を真似すれば良いというものではない。繊細な味付けや調理方法、料理人の腕や高品質な食材など越えなければならない条件はいくつもある。下手に見た目だけ真似したまずい料理を出されても気分を害するだけだろう。
「いや、それは……」
「へぇ!こちらの国で我が国の料理がどのように作られているか興味がありますね!それでは明日はそれでお願いします!」
カンベエが断ろうと思ったのに、外交官でもないイスズが勝手に答えた。それも随分気安い。このような蛮族の国に対してあまり軽い態度を見せられては我が国が軽んじられてしまう。所詮は女中でしかないイスズには外交のことなどわからないのだろう。
勝手な振る舞いなどされては良い迷惑だが、相手国の代表がいる場でこちらが一枚岩ではないことを示すこともない。色々言いたいことはあったが相手に弱味を見せるわけにもいかないのでここはカンベエが大人の対応をすることにしたのだった。
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食事を終えて……、風呂に案内される。こんな田舎の蛮族どもも風呂に入るのかと思いながら案内された先は……。
「こっ……、これが風呂なのか?」
「少し設備のご説明をいたします。この蛇口を捻りますと……」
「おお!?水がっ!?」
広すぎる石造りの風呂にはなみなみと湯が張られ、蛇口というものを捻ると水が出てくる。木で出来た風呂に入っている自分達とは少々違うようだ。もちろん基本的な風呂の入り方は同じだが、設備の種類や質がかなり違う。
別に……、こんなものを見せられたからといって我が国が劣っていると思っているわけではない!
誰に言い訳しているのかカンベエは心の中でそんなことを考える。確かに設備は随分違うが、それはあくまで進化の方向性の違いでしかない。どちらが優れる劣るというものでもない……、はずだ。
こちらでは石材が余っていたから石造りの風呂になった。自国では木材加工が盛んだから木製の風呂になった。それだけ……。それだけだ……。あと……、この蛇口から水が出るとかいう謎の設備は……、この国の者達が色々と考えたんだろう。たまたまそういう発想があっただけで知能や技術力の差ではない。偶然と発想の違いだけだ。
そんなことを思いながら風呂に入り、いつもは畳の上に敷いた布団で眠っているのだが、今日はフカフカのベッドというものに寝かされる。確かに柔らかいが何とも寝心地が悪い。そんなことを思いながらプロイス王国カーン領とやらの一日目を終えたのだった。




