第三百六話「条約締結!」
城内をプラプラ歩きながら朝の女中さんを捜しているけど見つからない。人とはすれ違うけどあの女中さんはいないようだ。
「今朝の女中さんはどこへ行かれたのでしょうか?」
「あ~、イスズ?イスズなら私付きだからこんな所にいないわよ」
それなら早くそう言って欲しかった。どこにいるのか知っているなら教えてくれと言うとミコトが案内するといって歩き始めた。俺はその後についていく。
やってきたのはミコトの部屋だった。来た時に一度やってきたミコトの部屋だ。
「あ、いたいた。イスズ!ちょっと良いかしら?」
「はっ、はい!私は何も見ておりません!」
あ~、そうそう。この人だ。朝俺がミコトを縛った縄を解いている時に見られたのは……。ミコトが言うにはどうやら『イスズ』さんというらしいな。
「実は今朝のことで……」
「あぁ……、目撃してしまった私も縛られてしまうのですね!そしてあんなことやこんなことまで!あぁ、お許しください!そんなことまで!?」
「お~い……」
イスズさんは一人で何やら不穏なことをブツブツ言いながら身悶えていた。何か魔族って変な人ばっかりだな……。
「イスズさん、話を聞いてください」
「あぁ、口封じのために私の恥ずかしい秘密を握ろうというのですね!あぁ、お許しください!」
駄目だ……。全然聞いてくれない……。こういう思い込みが激しいところは魔族共通の性質なんだろうか。そういえばミコトとかチャラクサイとか、スバルも、何か皆思い込みが激しいな。
「イスズ、ちゃんと話を聞かないと……」
「はっ、はい!ちゃんと聞いておりますです!」
ミコトが何かを言いかけるとイスズはビシッと背筋を伸ばして静かになった。ミコトは何を言いかけたんだろう。気になるけど今はいいか。それより大事な話がある。
「まず誤解を解いておきましょう。私とミコトは縄で縛って楽しむような趣味は持ち合わせていないのです」
「はい!私は何も見ておりません!」
うん。信じてないよね。それは俺の言うことを理解したり信じたりしてるんじゃなくて、なかったことにして誤魔化そうってだけだよね?
「ちゃんと聞いてください。あれはミコトが襲い掛かってきたので縛っておいただけなのです。ああいう遊びをしていたわけではありません」
「はぁ……」
一応俺の話を聞こうとはしてくれているようだ。納得しているかどうかは別だけどな。その後かなり説明したら一応信じてくれているらしい返事はするようになった。本心から信じているのか、俺がうるさいからわかったフリをしているのかはわからないけど……。
「フロトが望むなら私はそういうことをしてもいいんだけどね」
「ミコト……、折角イスズさんが信じてくれるようになってきたのに引っ掻き回すようなことは言わないで下さい」
「ふふっ……。大丈夫ですよ。最初からそうではないかと思っていましたから」
イスズさんよ……。随分都合の良いことを言ってるじゃないか。最初は絶対俺達がそういうプレイをしていたと思ってたよな?まぁいいけど……。
話しているとどうやらミコトの性格もよくわかっているようで、ミコトの方が俺に襲いかかってくるからそれを止めるために縛っていたと言うと納得してくれた。何年も会ってないはずの相手にもそう思われてるってミコトも大概だな……。
「イスズは昔から私付きの女中で……、ああ、そうそう。フロトとも関係があるわよ。お茶を持ってきてもらうように頼んだのもイスズなの」
「あ~!ではイトウ・チャラクサイとチャノキを送ってくださった方ですか」
「手配をしただけで送ったのは私ではありませんが……、ミコト様のお手紙をいただいて準備はいたしました」
なるほど……。ミコトにチャノキをプロイス王国に持ってこれないかと頼んだ時に、国許の部下に連絡しておくといっていた相手がこのイスズさんというわけか。
「その節はお世話になりました」
「いえいえ。代わりにあの変なお爺さんを押し付けてしまいましたし……。あ!今のはなかったことにしてください!」
この人面白いなぁ……。俺に隠しておかなければならないことを俺にしゃべって、それを秘密にしておいてくれって、それ意味ないだろ。
暫く面白いイスズさんとお話をしていたらいつの間にか結構良い時間になっていた。そろそろ皇様の時間が空いてるかと思って移動する。いつまでもイスズさんとばかり話してもいられない。
客間に戻ると暫くしてすぐにお呼びがかかった。どうやら丁度良かったようだ。……まさか俺達が戻る前に何度も呼びに来たってことはないよな……?ないはずだ。
皇様に呼ばれたのでまた上段の間のような部屋に行く。そこにはスバルはいたけどタケルの姿はない。タケルの話も決着がついたのだろうか?
「待たせてすまぬな」
「いえ」
皇様と向かい合って話し合いが始まる。でもその前に一つ報告されてしまった。
「一つわかったことがあるので知らせておこう。フローラ殿にも関係ある話なのでな」
「はぁ……」
「タケルのことなのだが……」
一体俺に関係あるって何のことだと思ったらタケルの話らしい。何故タケルが俺に襲いかかってきたのかという話のようだ。
タケルは俺に『災いを齎す者』というようなニュアンスのことを言っていた。それってどこかで聞いた覚えがないか?そう、俺達が最初にやってきた時に皇様達が待ち構えていて『呪いで今日ここから災いがやってくると出たから』というようなことを言っていた。
じゃあタケルはその呪いを知って俺が危険だと思って排除しに来たのか?実はそうではなかったらしい。
皇様に天降りの間から出てくるのが災いだと言った呪い師はどうやらタケルに脅されてそう言わされたようだ。じゃあその災い云々というのは何なのか。どうやら災いというのはこの国にとってではなくタケル個人にとっての呪いの結果だったらしい。
時系列に並べて説明すると、まずタケルが呪いで昨日天降りの間からタケルにとっての災いが出てくるという結果が出たようだ。そこでタケルはその災い、つまり俺達を皇様やこの国に始末させるために、呪い師を脅し、出てくるのがこの国にとって災いになる者だと言わせたらしい。
結果皇様達は妙な呪い結果が出たということで出口で待機していて俺達と出会った。そこで俺達が殺されていればタケルの狙い通りだったけど、実際には俺達は殺されることなく国に迎えられてしまった。
それを知ったタケルはスバルと俺が遊んでいた時に割り込んできて、災いの原因である俺を殺そうとしたというわけだ。
ここまではいい。じゃあ何故俺がタケルにとっての災いとなるのか。それを調べて出て来たのはタケルの不正の数々だったらしい。今まで暗躍してきた活動の証拠や、裏金、買収、果ては邪魔者の暗殺や商人達への強請り集り、色々な証拠がワラワラと出て来たらしい。
どうやら因果関係としては呪い通りになればカーン家とこの国が交易をすることになり、商人達などから情報が流れてきたり、商売の妨害や利益を強請ろうとするタケルのことが耳に入り、それを魔族の国と共同で対処することでタケルが失脚することになる、ということらしい。
そしてそれを回避するために俺を始末しようと画策したために、自分の悪事が暴露されてしまって結局失脚するに到った、というわけだ。
呪いの結果、俺が邪魔になるからと俺にちょっかいを出し、その結果おかしいと調べられて自分の悪事が暴露される。結局呪いの通りにタケルにとっては俺が災いとなって失脚する。これは卵が先か鶏が先かというような話になる。
呪いでそう出たからとタケルが行動して結果呪いの通りになる。それは果たして呪いのせいでそうなったのか、そうなることが決められていたから呪いでそういう未来が予言されたのか。
どちらにしろタケルは遅かれ早かれ失脚していただろう。それが今回の件で俺に絡む形で処理されることになった。ただそれだけのことだ。
タケルがどうなるのかはこれから魔族の国が決めることだから俺には関係ない。それに教えてもくれないだろう。今の情報を教えてくれたのは少なくとも俺がタケルと絡んでいたから、その部分に関しては教えてくれたというだけのことだ。あとさり気に天降りの間での一件もタケルのせいだということにしているということだろうな。まぁどっちでもいいけど……。
そんなわけでタケルの件は片付いた。魔族の国内ではまだ片付いてないだろうけど、俺との関係ではそれでおしまいというわけだ。
「それでは重要な話に移ろうか」
「はい」
タケルの件も十分重要な話だったと思うけど……。この皇様はあれは大した話ではなかったということで片付けようとしている節があるな。
「まず……、フローラ殿はミコトと結婚する。そういうことで良いのだな?」
「え?あ~……。はい……。そうですね。……私とミコトは結婚します。例え周囲に反対されようとも、制度上許されなかろうとも、私は必ずミコトを娶ります」
皇様を真っ直ぐ見詰めてそう言い切る。ここでマゴマゴするようじゃ失格だ。相手のご両親がいる目の前で、あーだこーだとマゴマゴしてはっきりしないのは許されない。例え制度上許されなかろうが、認められなかろうが、絶対にそれを貫くのだとはっきりと示す。それが重要だ。
「うむ……。よかろう。それではフローラ殿は当家の義娘となるということだな?」
「はい」
俺がこっちの家に入るんじゃなくて、ミコトがカーン家に入る形になってもらうけど、それでも両親からすれば俺は義娘ということになる。それは間違いない。
「そしてカーン家はデル王国にある天降りの間を守ってくれる。そういう話で相違ないな?」
「はい」
天降りは俺にとっても得る物が大きい。他の場所に行けないのは残念だけど、それでも魔族の国と交易出来るだけでも素晴らしいことだ。
「では具体的な話に入ろうか」
「はい!」
この後の話し合いはかなりスムーズに進んだ。皇様は結構、と言ったら失礼か、かなり頭も切れるようだ。魔族の国やこの国の皇族が俺の後ろ盾となることで、プロイス王国やその周辺に対して影響力を確保しようと考えているらしい。
それは俺にとっても利益のある話で、向こうの情勢でいえばカーマール同盟との渡りが出来たも同然だ。現在のハルク海貿易の利権はカーマール同盟に固定されてしまうことになる。これから争っていけるのならば奪い取ることも出来ただろうけど、協力することになればこちらがカーマール同盟の利権に食い込むのは難しい。
確かにそういう意味ではカーマール同盟の既得権益に食い込み、争うのは難しくなったけど、ハルク海やカーマール同盟への対処が減るというのはこちらにとっても助かる。それにこちらが向こうの利権を奪えなくなったのと同じで、こちらが今得ている利権も保証される。
カーン家は騎士爵領や騎士団国の間でかなりの交易が見込まれるから、うちの傘下や領内だけでも需要はかなり大きい。カーマール同盟の利権を奪いにいかなくても十分利益や仕事はある。
そして双方が合意して協力するということは、お互いに物品を流したり、相手の勢力圏に足を運ぶことも出来るようになるということだ。双方の往来が活発になればそこにまた新しい商機が生まれるだろう。争って奪うよりもこうして共存関係が築けるのならばそれに越したことはない。
何も俺だって戦争がしたいわけじゃない。むしろ今までは絡まれたから止むを得ず対処していただけだ。こうして平和裏に話が纏まるのならそれに越したことはないと思っている。
「それでは詳細は追って実務者協議に任せるということで、今回は首脳による合意が出来てよかった」
「はい。それも偏に皇様のご英断によるものです」
こちらでは握手の風習はないようだけど、一先ずの合意に到って皇様と握手を交わす。
「――ッ!?」
「ふっ……。心配はいらん。何も取って食いはせんよ」
その手を握った瞬間、俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚に飲み込まれた。この皇様……、滅茶苦茶強い……。
そう言えば言ってたな。この国は実力主義だ、と。つまり皇様は実質的にこの国で一番強い者というわけだ。父や母と何度も戦をしていたと聞いて、どうやって母を止めていたのかと思ったけど……、他にもいるじゃないか。母並の化物が……。
「どうした?そのように笑って?強者と出会うのがうれしいのか?つくづく『血塗れマリア』の娘よな」
「いえ、私は何も……」
そう言いながらも頬が釣り上がるのが止められない。今戦えば絶対に俺が負ける。その確信がある。
逃げ切るくらいなら出来るかもしれない。全力で、無様に、とにかく逃げる。それなら命からがら逃げ帰るくらいは出来るかもしれない。
でも戦って勝てというのは絶対に無理だ。少なくとも今の俺ではこの皇様には勝てない。スバルとは実力が違う。これが……、魔族か……。
勝手に体が震えてくる。一戦交えようと口をついて言葉が出そうになる。
世界は本当に広い……。父や母のような化物が本当に他にもいるとは……。これはあまりのんびりもしていられないな。もっと……、もっと強くならないと、もしこんな化物が敵だったら俺は……。
え~……、こちらは四月一日ネタが思いつかず……。外伝的に書こうかなとも思いましたが断念……。発想力の足りない頭が恨めしい……。




