第三百二話「観光!」
勝手に出て行こうとする俺達と兵士達との間で一悶着あったけど、結局ミコトが押し切って護衛という名の監視がつくことで決着がついた。どちらにしろ俺達の行動を力ずくで止めるのは難しく、本気で止めようと思ったら相当な覚悟が必要になるだろう。
さっき俺達の実力を示したのに、それでも俺達を止めようと思ったら全面戦争覚悟くらいの行動をしないと止められない。俺達が出ようとしていると王様達に伝令が走って、護衛という名の監視付きで送り出すことで妥協したんだろう。ミコトに振り回される下っ端の兵士達も大変だな……。
そんなわけで少し揉めたけど護衛付きで町に出て来た俺達はあちこちを見て回っていた。
「へ~……。ここってこんな風になってるんだ?」
「……ミコトの地元でしょう?」
何かおかしい……。俺がミコトに案内してもらってるはずなのに、ミコトは護衛に案内してもらっていた。ここはミコトの地元だから知ってるんじゃないのか?これじゃまるでミコトのための観光のようだ。
「何年も帰ってなかったのよ?私が知っている頃と変わってても当たり前じゃない」
「それはまぁ……」
そうかもしれないけど……。十年二十年というのなら随分変わっている可能性もあるけど、数年くらいならそんなに大きく変わってない気もするけど……。
「それに昔の私は落ち零れでいじめられてたし、こんな風に自由に町になんて出られなかったもの」
「あ~……。それは私の考えが足りませんでした……」
俺は両親が理解のある人だったから比較的自由にあちこちを移動することが出来た。最初の頃は家からまともに出してももらえなかったけど、途中からはかなり自由にさせてもらっていた。
それに比べてこちらでは王族であるミコトは自由に出歩くなんて出来なかったのかもしれない。ミコトが言うように落ち零れでいじめられていたというのも影響があるだろう。外をウロウロしていてもいついじめっ子達と出会うかもわからないのに楽しめるはずもない。
「気にしなくていいわ。もう昔のことよ。それより楽しみましょ」
「はい」
本当にミコトは前向きだな。無理をしているという可能性もあるかもしれないけど……。それは俺が無理に追及すべきところじゃない。今はミコトが言う通り、二人で観光を楽しめばいい。
「あ!あれ見て!」
「まぁ……」
ミコトが指した先にあったのは風車だ。和風な風車がくるくると回っている。
ここは……、魔族の国はまるで昔の日本のようだ。昔の日本っていっても実際にいつ頃の、どういう、という説明は出来ない。ただ……、時代劇とかで見るような、木造だったり瓦屋根だったり、全てが瓦屋根というわけじゃないけどそういう家も多々ある。
具体的に何年頃、何時代というのはわからないけど、本当に時代劇で観る世界そのままという感じだ。人も建物も風習も、パッと見た感じでは本当にまるで昔の日本にいるかのような錯覚を覚える。
それから太陽が高い。明らかにプロイス王国より低緯度地域だ。もし時間や季節や惑星が同じなのだとすれば明らかに低緯度地域に来ているということになる。具体的に計測して何度違うからどれくらい移動している、というのはわからない。だけど明らかに太陽が高いし向こうよりは暖かい。
やっぱりあの渦に飲まれてひゃーは転移門だったんだろう。こんな一瞬でまったく気候の違う場所に現れたというのが何よりの証拠だ。
「あ!あれは?」
「ちょっとミコト……」
今度は簪を売っている所に駆け寄って行く。本当にミコトは落ち着きがない。
「この簪は可愛いですね」
「……ねぇフロト、何で簪なんて言葉知ってるの?私は向こうで簪なんて見たことないけど?」
「え~……」
しまった……。ミコトにしては妙に鋭い……。いつもはぼーっとしてるのに何故こんな所だけは妙に鋭いのか。ここがあまりに昔の日本に似すぎていてつい油断してしまう。
「こっ、言葉を知っていたのは偶々ですよ。でもうまく留められません。ミコトが教えてくれますか?」
「……ま、いいわ。それじゃ……」
日本髪に結い上げてただ髪を飾るための簪もあるけど、お箸のような簪一本でくるくると髪を纏めて挿して留めるものもある。前世では男だったし、今生では今まで簪なんてない世界で暮らしていたから使い方がいまいちわからない。折角だからミコトに使い方を教えてもらおう。
「え~っと……、う~んと……」
「あの……、ミコト?」
「ちょっと待ってて!こうして……、こう?」
さっきから……、ミコトは俺の髪をこねくり回している。でも全然うまくまとまらない。それに時々頭皮を刺される。
「もしかして……、ミコトは簪が使えないのでは……?」
「うっ、うっさいわね!私は簪なんて使ったことないのよ!」
だったら最初にそう言えばいいのに……。何でやり出してからそんなことを言うのか……。
「お嬢さんがた、これはこうして……、こうするんですよ」
「まぁ……」
「しっ、知ってたわよ!」
簪を売っていたおっちゃんがささっと髪を纏め上げて挿してくれた。小さな手鏡で見ていたけどどうやったのか早過ぎてわからない。ただクルクルと髪と簪が回ったかと思うと最後に差し込んで終わりだ。何か見てたら気持ち良い。
「それではそちらのお嬢さんは、こんなのはいかがで?」
そういっておっちゃんは今度はミコトにも簪を挿した。手際が良い。
「まぁ!凄いですね!ちょっとゆっくりやり方を教えていただけませんか?」
「へぇ。それじゃ……」
折角簪を買っても使い方がわからなかったら意味がない。なので簪を買うつもりでおっちゃんに何通りか使い方を教えてもらう。同じ簪でもいくつか使い方があるようだ。簡単な使い方を教えてもらった。
「ちょっと!私の頭でばっかりしてたら私が覚えられないじゃない!今度はフロトと交代よ!」
「はいはい……」
ミコトの頭を実験台にして教えてもらっていたら怒られた。なので今度は交代して俺の頭を実験台にする。でも……、こっちの方が良いんじゃないかな?鏡を見ながらいざ自分でする時の視点で習えるからよくわかる。
まぁそれはさっき散々ミコトの頭で客観的に見た後だからかな。最初から自分の頭だけでやられてたらここまで理解出来なかったかもしれない。
「よくわかったわ!これでバッチリよ!」
「そうですね」
だいたい簪の使い方はばっちりだ。少なくとも基本的な使い方は出来るようになっただろう。
「それじゃこれもらうわ。あと皆にもお土産に買っていく?」
「そうですね……。皆で簪を使うのも悪くないですね」
細工の細かい可愛い簪がいくつもある。どうせなら皆にもお土産に買っていって、簪の使い方を教えてあげたら良いかもしれない。
「これとこれ……、あ、これは?」
「う~ん……、でもこちらも捨て難いですよね」
その後俺とミコトは結局散々悩んでいくつか簪を買おうとした。でも……。
「これでいくら?」
「へぇ!まいどあり!それですとしめて百二十ブンになります」
「…………あ」
お支払いを済ませようと思って固まる。俺この国のお金持ってねぇわ……。やべぇ……。今更買いませんとか言い辛い!
「ちょっとあんた達!どうせお父様からお金預かってきてるんでしょ?払いなさい」
「ミコト……」
ミコトは護衛にそんなことを言い出した。いいのかそれ?強請りじゃないのか?
でもそう言われた護衛は素直に払っていた。本当にミコトが言うようにお金を預かってきていたのかはわからないけど、少なくとも嫌な顔をしたり躊躇ったりすることはなかった。簪屋のおっちゃんも最初から俺達が身なりも良いし護衛付きだから払えないとは思ってなかったんだろう。ホクホク顔でお金を受け取っていた。
「ところでミコト……、ブンってどれくらいの価値なのですか?」
「さぁ?」
さぁって……。
「ここはミコトの生まれ育った国でしょう?」
「だって私自分でお金払ったことないし知らないわ」
おおぅ……。そこまで胸を張って言い張るといっそ清々しい。確かにお姫様なんだからおかしくはないんだろうけど、それでいいのかと思わなくもない。
「ソバが一杯十六ブンほどです」
そこで護衛がいくつか参考になりそうなものの値段を教えてくれた。ソバが現代日本で一杯五百円くらいだとしたら、十六ブンで五百円くらいなら三十円ちょっとってところか?だとすると簪一本が二十ブンだから六百円くらい?高いのか安いのかわからん……。
工場の大量生産と違って一つ一つ手作りだから、そういう意味では安すぎるくらいのような気もする。作りも結構凝っているから本来はそんなに安い物じゃないはずだろう。というよりはこういう手工業品が安すぎるというべきか。
いつの時代もそうだけど、内職なんて大変な割に報酬が少なくて、足元を見られている商売だってことだろうな。昔の日本では知らないけど、この世界の魔族の国ではそういうことだろう。でなければ手作りでこの価格は安すぎる気がする。
「へぇ。そうなの。それじゃ次に行きましょ」
「ミコト……」
ミコトはあまりそういうことには興味がなさそうだ……。まぁ俺は統治者だし前世の知識もあるからつい色々と考えたり比べたりしてしまうんだろう。
その後もミコトとあちこちを回っていると……。
「見て見て!あの人!変な顔ー!」
「あははっ!本当だ~!」
「…………」
子供達が俺を指差しながらそう言って笑っている。
「これ!失礼なことを言うんじゃありません!」
親らしき人が叱ってるけど、俺が変な顔でないとは言わない。たぶん護衛とか付いてるからあまり下手なことを言ったらやばいと思って子供を止めているだけだろう。
…………これはあれだな。裸の王様というやつだ。大人達も俺が変な顔だとは思ってたんだろうけど言わなかった。でも素直な子供達は思った通りに言ってしまう。つまりここでは俺は変な顔扱いなんだ!
「あたし知ってるよ~!あれはね~、ガイジンっていうんだよ!」
「ガイジン!ガイジン!」
「…………」
う~ん……。俺の心は日本人なんだよ……。でも今生の見た目では到底日本人とは言えない。当然この世界で非常に日本人っぽい彼らからしたら俺は外人なんだろう……。でもなぁ……、何だろうなぁ……。この何とも言えない切ない気持ち……。
「何?気にしてるの?あのガキ共〆る?」
「ちょっ!ちょっ!ミコト!子供相手に何を本気になっているのですか!?」
魔法をぶっ放そうとするミコトを慌てて止める。何を言い出すんだこの子は……。所詮子供の言うことだろう。
「冗談よ冗談」
いや……、絶対冗談じゃなかったぞ。普通に本気で魔法をぶっ放そうとしていた。何で……。
あっ……。あれか?昔のいじめられていた体験のせいか?
子供は思った通りにすぐに口に出したり行動に出たりする。それは時に残酷だ。大人なら無理に言わなかったり、慰めたりすることでも、子供なら余計なことを言ったり、馬鹿にしたりしてしまうこともある。
もちろん大人でもそういう奴はいるし、子供でも分別のある子もいる。一概に大人だから子供だからとは言えない。だけどそういう面は確かに子供の方が多い。
だからミコトはああいうのを見ると昔のことを思い出してしまうのかもしれない。自分も魔法が苦手とかあまり才能がないとしていじめられていたから……。
「それより次に行きましょ」
「そうですね」
何とも言えない気持ちになる。ミコトは明るくて前向きなようで……、それは強がりの裏返しなのかもしれない。下手に踏み込んで古傷を抉るようなことになったらと思うとどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
「ほら!フロト早く!」
「はいはい!今行きますよ」
でも……、今のミコトは確かに笑ってくれている。心の底からの笑顔だと思える。だから……、今は今を大切にすればいいんだと思う。
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散々町を散策して、護衛にたくさんお金を払わせて、最初は余裕でお金を出していた護衛も最後の方は涙目になっていた。そんなにたくさん使ったつもりはないんだけどな?一ブンが三十円少々だとすれば……、あ~……、まぁそこそこ中堅くらいの人の月収くらいじゃないかな?大したことないよね?
もしかしてあの護衛は王様からお金を貰ってなかったのだろうか?それなら悪いことをしたな。後で何かフォローしておいてあげよう。
そして……、俺達は夕食の席で、再び王様と王妃と対面したのだった。




