第三百一話「いつものこと!」
ミコトを降ろしてからもう一度周囲を見渡す。和風な木造建築の中にいることがわかる。そして周囲には日本人風の顔立ちをした人達がいる。皆驚いた顔でこちらを見ていた。ミコトはお姫様なんだから普通ならもっとこう……、歓迎されたり、傅かれたりするんじゃないのか?
「お父様、お母様、ご無沙汰しております。スメラギ・ミコト、ただいま戻りました」
「うっ、うむ……。よく戻った」
えっ!?お義父様とお義母様がいたの!?っていうか転移門の出口のすぐ目の前に王様と王妃がいるってどういうことよ?もし刺客でも送られたらいきなり飛び出てきて暗殺されたりするんじゃないのか?何故そんな危険な場所にいるんだ?
「ところで……、何故天降りの間にお父様やお母様がいるんですか?」
あ~……、やっぱりね……。そりゃそうだな。どうやらミコトの言葉からして周りの人も普段からここにいるわけじゃないようだ。そりゃそうだよな……。いつ誰が飛び出してくるかわからない場所に王様なんて座らせてないわな……。いくら暗殺なんてされない!って自信があったって、それくらいの危機管理はしてるだろう。
「今日……、この地より災いが噴き出すと占いで出たのでな……。まさかミコトが出てこようとは……。止むを得ん。そこの二人を捕らえよ」
えぇ……、やっぱりこうなるのか?なんとな~く嫌な予感はしてたけど……。
「ミコト……、どうすれば良いのですか?」
「簡単よ」
あっ、嫌な予感が増した……。聞かない方がよかったかな……。
「全員ぶっ飛ばす!捕まってやる謂れなんてないわ!」
「はぁ~……。やるしかないのですね?」
頭を押さえて首を振る……。もうこうなったらやるしかないようだ。もっと穏便に済ませられると思ったのに……。
「フロトは魔法を使う時に気をつけてよね。周りまで壊さないでよ」
「はぁ……、わかりました。剣で対応します……」
殺していいなら魔法でバババッ!とやった方が手っ取り早いけどそうもいかないだろう。剣なら峰打ち……、あっ!俺の剣って西洋の剣だから両刃だったわ。剣の腹で叩こう。それと手加減しないとミンチにしちゃったら意味がない。
「貴様ら逆らうか!」
「王の命令だ!捕らえよ!」
「娘に傷をつけることは許さんぞ。もう一人の方は殺しても構わん」
「「「「「はっ!」」」」」
うわ~……。まぁ当然っちゃ当然だけど……、面倒臭いことになったなぁ……。ミコトは手加減されるようで羨ましい。ミコトに手加減なんかしてて押さえられると思えないけどな……。
「うおおっ!」
「賊め!覚悟しろ!」
「はぁ……。仕方がないですね……」
俺に向かって兵士達が槍で突いてくる。もしかしたら神社の狛犬たちはこれも見越していたのかもしれないな。どうせこちらについても捕まるか殺されるだろうと……。それでも普通門番なら命を懸けてでも止めなければならなかったんじゃないかとは思うけど……。
ここにいる兵士達は魔族と言ってもただの黒目黒髪の日本人という感じだな。装備も西洋のプレートアーマーとかじゃなくて日本の鎧に近いような気がする。
「遅いですね……」
相手が突いてくるのを待っているんだけどあまりに遅すぎてあくびが出る。ようやく来た槍を紙一重で避ける。こういう時に大きく避けると隙が出来るからなるべくギリギリ最少の動きで避けるのが良い。ただし、相手の技量が高ければそれも見越して対応してくる可能性はある。何でもギリギリで避ければいいというわけでもない。
まぁでもここではそんなに難しく考える必要はない。避けて、剣の腹で叩く。避けて、剣の腹で叩く。もちろん手加減も忘れてはいけない。軽く肩を叩いただけでも蹲っているところを見ると、もし俺が本気で叩いたらかなりのダメージを与えてしまうことになりそうだ。殺さないように慎重に叩く。
「こっちは片付いたわよ!」
「お疲れ様でした」
ミコトが最後の一人を倒してこちらを振り向く。やっぱりミコトはかなり強いらしい。最初のうちは相手もお姫様が相手ということで手加減してたんだろうけど、途中からは向こうも本気だったと思う。それでも圧倒的実力差で相手を寄せ付けずに全員倒してしまった。
「何よ。私が手伝ってあげようかと思ってたのに、もう全部倒しちゃったの?」
「ええ、まぁ……」
正直言うと手加減しても苦労することもなかった。これなら手加減してくれている母一人を相手にした方がまだ怖い。魔族は強いと聞いていたけどやっぱり個人差とかもあるんだろう。ここにいる者はそんなに強くなかった。
「まさか全て倒してしまうとは……」
王様がうろたえている。そういえばミコトは元々は落ち零れ側だったんだっけ……。そんなミコトが強くなってたら驚きもあるのかな?
「どういうことか……、ご説明願いましょうか。お父様」
「……止むを得ん」
王様が観念したらしい。全員抵抗の意思をなくしてその場に崩れ落ちる。『うぅ』『ああ』『いてぇ……』と俺やミコトにやられた兵士達の呻き声が聞こえていた。
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とりあえずその場から移動した俺達は謁見の間のような場所に移動してきた。これはあれだ……。殿様が人と会う時のような部屋だ。何ていうのかはわからない。西洋風の、謁見の間とかならプロイス王国で知って呼び方もわかるけど、この日本風の建物の中では何か特別な呼び方があるのかもしれない。
日本のイメージで言えば上段の間とかいうやつだろうか。そういう感じに非常に良く似ている。ただこちらでは何と呼ばれているかはわからない。
「それではお話いただけますかお父様」
「うむ……」
渋々話し始めた王様の言葉に耳を傾ける。その内容は、何というかまぁ……、俺からすれば信じられないような話だった。
何でも魔族の国には占い師というか呪い師というような者がいるらしい。それも怪しい者じゃなくて国家の意思決定を左右するような重要な位置にいる者のようだ。その呪い師が今日、さっきの転移門、天降りの間という場所から災いを齎す者が現れるというので武装した兵を連れて待っていたらしい。
俺からすると『何を非科学的なことを』と思うところだけど、魔法もある世界だし占いだの呪いだのというのもあながち馬鹿には出来ないのかもしれない。そもそもこの王様達も素直に信じていたわけじゃないけど、そういう情報があるから警戒しておこうか、という程度のものだったようだ。そして実際に俺達が出て来たと……。
王様達も信じていたわけじゃないけど、実際に今まで何日も、いや、年単位で誰も出てこなかった転移門を通って、呪いの通りに俺達が出て来たんだから対応しないわけにはいかない。呪い通りに俺達が災いを齎す者だったらいけないからということで、とりあえず捕らえようとしたというのがさっきの出来事というわけだ。
でも結果は見事に返り討ちに遭い、今は俺達が下座に座っているとはいえ立場の差は明白というわけだ。
「そんなアホみたいな呪いを信じて私達を排除しようとして、返り討ちにあったの?」
「うっ……」
ミコトの容赦ない言葉に王様はますます小さくなる。ただ王様の肩を持つわけじゃないけど、元々国家の意見に対して大きな権限を持つ呪い師がいて、それが今日転移門を通って災いがやってくると予言して、しかも実際に何年振りくらいで転移門を通って人が出てくれば慌てるのもわからなくはない。
俺だってそんな呪い信じていなくても、実際に待ってたら誰か出てきたら驚いて慌てるだろう。それくらいは仕方がないことだとは思う。
まぁ……、だからって問答無用で捕らえようとしたり、その結果逆に返り討ちに遭っていたら世話ないというか……、何とも言えないものではあるけど……。
「だいたい私達がこの国に災いを齎す?はっ!ちゃんちゃらおかしいわ!私達はこんな国なんて興味ないのよ!継承もするつもりはないから安心しなさい!私はただお嫁さんを連れて帰って来ただけよ!私のお嫁さんに故郷を見せたらそれでいいだけだから!私達には構わないで!」
お嫁さんてやっぱり俺のことだよな……。王様達にも変な顔で見られてるし……。俺がお嫁さんじゃないんだよ!ミコトが俺のお嫁さんなの!
でも俺が余計なことを言ってもややこしくなるだけだから黙っておこう。ミコトは言いたいことをズケズケと言うタイプだからこういう時は任せておけばいい。あまりにおかしな方向へ脱線しそうだったらその時だけ軌道修正すればいい。
「嫁というのはそちらの娘か?」
「そうよ!フロトはカーザース家の娘でカーン家の当主なの!」
カーザースの名が出た瞬間に周りがざわついた。やっぱりこっちでもカーザース、というか恐らく父や母の名前は有名なようだ。それはそうだろうな。プロイス王国では救国の英雄と讃えられる二人だ。その功績から考えたら敵方にも名前が通っていても不思議ではない。
「カーザースの回し者か!」
「いますぐこの場で成敗してくれる!」
うわぁ……。ミコトがカーザースって言った瞬間から周りがいきり立ち始めた。こりゃ黙ってたらやばいかな……。
「発言をお許しいただいてもよろしいですか?」
「ん?む……。よい」
俺が声を上げると王様は少し悩んでから許可をくれた。周りも王様が良いと言ったから黙っている。俺はゆっくりと、あまり刺激しないように口を開いた。
「私の名はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースと申します」
俺がそう名乗るとざわざわと周囲が殺気立ち騒がしくなった。このままだとまずいので続きをすぐに話す。
「そしてフロト・フォン・カーンという名も賜っております。現在ヘクセンナハトの南側は我がカーン家に割譲されており、その領地の支配者として統治させていただいております」
少し周囲の声のトーンは下がった。カーザース家ではないというだけでかなり変わるようだ。まぁでもカーザース家を名乗っていればそれだけ牽制にもなるということだろうけどな。周りは殺気だっているのにすぐに殺しに向かってこないということは、カーザース家の娘を害すればまずいという判断が働いているということだろう。
「そして私のお嫁さんよ!私はフロトと結婚するから!その報告に帰って来たの!あとはフロトにここを見せようと思っただけだから。だから邪魔しないで。私はここの継承にも興味はないし口も出さないから。それでいいでしょ?」
またしてもミコトが口を挟む。周りは相変わらずガヤガヤとうるさい。でももう勝敗は決している。負けた側が今更何か言えるわけもない。
「結婚だのカーザース家だのカーン家だのというのは納得は出来ておらんが……、一先ず滞在は許可しよう。後ほど夕食の席を設ける。そこでまた話しをしよう」
「いいわ」
「はい」
ミコトは偉そうに踏ん反り返って応じたけど俺は一応頭を下げておく。ここで下手に横柄な態度を取ったら余計面倒なことになる。魔族の国での作法は知らないけど日本風に少し手をついて頭を下げた俺達は、王様の前を辞してミコトの部屋という場所へと引き下がったのだった。
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何かのっけから大変なことになってしまったけど……、とりあえずミコトの部屋だという場所で寛ぐ。畳の純和風な部屋という感じだ。室内には特に飾り気はなく一見して女の子の部屋という感じはしない。
「まったくお父様にも困ったものね」
「ミコトも大概だとは思いますが……」
確かに王様もちょっとはあれかと思うけどミコトには負けると思う。こんなことになるならもっとちゃんと説明しておいて欲しかった。ミコトはあまりにも物事の説明が足りない。本人が感覚で生きているせいか口で説明するというのが致命的に苦手すぎる。
「どういう意味よ」
どうもこうもありませんけど?言葉通りですけど?
「まぁいいわ。それより観光に行きましょうよ」
「え?勝手に出歩いて良いのですか?」
ミコトの提案に驚く。今のこの状況で俺達が勝手に出歩いたらまた余計な騒ぎになるんじゃないかなと思うけど……。
「いいでしょ別に。出歩くなとは言われてないし、私が自分の国をお嫁さんと一緒に出歩いて何が悪いのよ?」
「はぁ……」
ミコトは能天気というかお気楽というか後先考えないというか……。まぁいいけど……。俺だってこの国には興味がある。ミコトが大丈夫だと言うのなら観光に行きたい気持ちはある。
「何?行きたくないの?」
「いえ。行きたいです」
「正直でよろしい!」
俺が素直にそう答えるとミコトはない胸を反らしてそう言っていた。確かに色々と面倒そうではあるけど、この国の観光自体はとても楽しみだ。一体どんな所だろう。逸る気持ちを抑えて、出かける準備を済ませた俺達はミコトの部屋から出て町へと繰り出したのだった。




