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第三十話「フロトはフローラ?!」


 フロトにあんなことを言ってしまってからクラウディアはどう接していいかわからずに訓練の時もフロトを避けていた。フロトは悲しそうな顔で時々何か言いたそうにしているがクラウディアはどうしていいかわからずになるべく事務的なこと以外では接しないようにすることしか出来なかった。


 もちろん自分が悪いことはわかっている。フロトに謝らなければならない。しかしそれがわかっていてもそう簡単には出来ないから困っているのだ。フロトと接することが出来ないことも、フロトに悲しい思いをさせていることも、全てが辛い。


 いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。いつか覚悟を決めなければ……。そしてその時は案外簡単にやってきた。


「クラウディオ……」


「――ッ!フロト……、えっと……、この前はごめんっ!」


 とうとう痺れを切らせたフロトが話しかけてきた時クラウディアはすぐに謝った。こういう時男らしくリードしてあげられたら良いのだろうが生憎とクラウディアは女なのでそこまで男らしく出来ない。それに比べてあれだけ酷いことを言われたフロトの方がこうしてリードしてくれているのだから流石だとクラウディアは思った。


「あっ、いや……、クラウディオは悪くないよ。顔をあげて……」


 さらに酷いことを言ったクラウディアにそんなことまで言ってくれる。フロトの心遣いをうれしく思う。


「最近フロトと何だか変な雰囲気で……、僕の言葉が悪かったのはわかってたんだけど中々謝れなくて……、本当にごめんね」


「私の方こそごめん。ちょっと不用意にベタベタしすぎだったと思う。これからは気をつけるよ」


 そんなことはない。本心ではフロトの近くにいるだけでドキドキしていた。だがそれを言うわけにはいかない。今の自分は男のクラウディオであって男であるフロトのことを好きならば同性同士で好きで気持ち悪いということになってしまう。


「ぷっ!」


「あはっ!」


「「あはははははっ!」」


 いつの間にか二人で笑い合っていた。いつまでもこうしていられたら……。そう思う自分と男として頑張ってきた自分を否定しているようで今の状況を許せない自分の二人がいてクラウディアは自分でもどうすれば良いかわからなくなっていたのだった。




  =======




 フロトと仲直りしてからまた二人で王都散策に出かけるようになった。クラウディアにとっては何よりも楽しみな時間だ。


「あっ!見て見て?あの娘可愛くない?」


「え?どれどれ?」


 だけど自分は男でフロトも男。だから自分達は女の子を好きにならなくちゃいけない。何よりクラウディアはずっと昔から女の子が好きだった。一時期は男を好きになろうと頑張った事もあったが結局無理だったからこうして自分が男になって女の子を好きになっても気持ち悪くないように頑張ってきた。


 だからクラウディアは必死で町の女の子を見つけてはこうして可愛いとか綺麗とか言って何とか好きになれそうな子を探していた。


 ついでにフロトの好みでも聞いておくかと話を振る。別にフロトの好みの女の子を聞いたからって自分がそういう風になろうとか考えてるんじゃないんだから!なんて誰に言い訳しているのかもわからないことを考えながら色んな女の子を勧めてもフロトは良い返事はしない。


「う~ん……。まぁ確かに可愛いけど……」


「何だよ~……。フロトは理想が高過ぎるんじゃない?」


 茶化したようにそう言うがクラウディアは内心ではほっとしている自分に気付いていた。もしどの娘が可愛いだとかどの娘が好みだとか言ったらそれはそれで傷つく。


「私は別に理想は高くないけどね」


「え~?そうかなぁ?それじゃフロトの好みの女の子ってどんなタイプ?」


 そう聞いた瞬間フロトはギョッとした顔をしていた。そして徐々に青褪めてクラウディアを見詰める。まるでバレてはいけないことがバレてしまって困っているかのような表情で……。


「……え?」


「ん?」


 明らかに動揺しているフロトにクラウディアも首を傾げる。


「私は……、別に……」


「……?」


 急に俯いて静かになったフロトを見てクラウディアは思うことがあった。もしかして……、でもそんなことが……、だって同性同士は気持ち悪いことのはずだ。自分は男でフロトも男。そんなことがあっちゃ駄目なはずなんだと心に引っかかりながらも何とかそのことは忘れようとしたのだった。




  =======




 何とかフロトと一緒に楽しく過ごせているのに何だか心に引っかかる。二人で出かけても遊んでも訓練しても毎日が楽しい。だけどそれはまるで恋人同士かその一歩手前の男女のようで……。ついにクラウディアはフロトに問い詰めてみることにした。


「わざわざ残ってもらってごめんね」


「あぁ……、うん……」


 フロトも何か感じ取っているのか声のトーンが低い。明らかに視線を彷徨わせて少し挙動不審だ。


「あの……さ……」


「うん……?」


 だからクラウディアはもう直球を投げ込んでみることにした。これ以上変な関係を続けるのは心が痛い。


「えっと……、フロトって……、僕のことが好き……、なのか?」


「えっ!?」


 フロトの驚いたような顔。そして徐々に赤く染まってくる。その姿を見ていれば自惚れでも何でもなくフロトの気持ちがわかった。


 でもそれは駄目なはずだ。クラウディアは、いや、クラウディオは今は男でフロトも男。同性同士は気持ちが悪いことのはずだ。


「やっぱり!お前僕のこと好きなんだろう!そういうの気持ち悪いって言ってるだろ!本来の性別であるべき相手のことを好きになるべきだろ!」


「あっ……、わたっ、私は……」


 本当は飛び上がるほどうれしい。今すぐフロトの胸に飛び込みたい。だけどそれは許されない。それでは自分は何のために親の反対まで押し切って男の振りをしてここまでやってきたというのか。もう今更戻れない。今まで散々わがままで周囲に迷惑をかけてきたのに今更やっぱり男が好きになったからやめるなどと言えるはずもない。


「もう金輪際僕には近づかないでくれ!」


「あっ!」


 だからクラウディアは全ての未練を断ち切るかのようにそう言って駆け出した。最後に一瞬見えたフロトの今までで一番悲しそうな顔を見てクラウディアは胸が苦しくて泣きながら家まで駆けていったのだった。




  =======




 フロトにあんな言葉を浴びせて別れてから一週間、クラウディアは訓練にも出れずに家で臥せっていた。今更どんな顔をしてフロトと会えば良いのかわからない。


 ホルスト師団長が家にやってきて父にも説得されて翌日から近衛師団の訓練に出ることになった。億劫だったしフロトと会ったらどうすれば良いのかまだわからない。それでもこのまま騎士候補生を首になるわけにもいかない。フロトとの関係が破局を迎えた今、せめて騎士になって女の子との新しい恋を見つけなければ……。


 そう思って翌日近衛師団の訓練に参加したがフロトはいなかった。どうやらフロトもここ一週間以上訓練に参加していないらしい。クラウディアと時を同じくして来なくなったということは自分の言葉が相当フロトを傷つけてしまったのかもしれない。


 そのことを思うと胸が苦しくなるがこれでよかったのだと自分に言い聞かせて上の空のまま訓練を終えたのだった。




  =======




 さらに翌日、その日は近衛師団の訓練は急遽中止となった。ルートヴィヒ第三王子が貴族街へ出かけるというのでその護衛のために駆り出された近衛師団の面々の中に何故か騎士候補生でしかないクラウディアが含まれていた。


 これまで近衛師団の任務でクラウディアが同行したことは一度もない。いくら候補生とはいえまだ正式な騎士団員ではないクラウディアが正式な任務に呼ばれることはあり得ないからだ。


 しかし今日は何故かホルスト師団長の指名で任務に同行することになった。わけもわからないまま初めて目の前で見た第三王子の護衛としてついて行く。


 辿り着いたのはカーザース辺境伯家の王都の邸宅だった。中央での権力という意味ではカーザース家を超える公爵家や侯爵家も存在するが何度も国境を守った英雄であるアルベルト辺境伯の名声と実力を知らぬ者は王都にもいない。当然騎士に憧れるクラウディアもカーザース家のことは知っていた。


「フローラ!カーザーンに帰るらしいじゃないか!どうして昨日僕に教えてくれなかったんだい?」


「ルートヴィヒ殿下……」


 馬車から降りた第三王子が同じくカーザース家の馬車から降りて来た美少女に声をかける。フワリと風に流れる長い金髪に薄いブルーの瞳。まさに理想の美少女を現実にしたらこんな人物になるのかと思うほど神がかって美しい。


 そうだ。これだ。クラウディアが求めていたのはこういう美少女だ。この人物が恐らくルートヴィヒ第三王子と婚約したと噂のカーザース辺境伯家の一人娘フローラであろうことは想像がついている。王子の婚約者でもこの美少女とならば全てを捨ててでも駆け落ちでも何でも出来る。それくらいにクラウディアは一目でフローラに心を奪われた。


 フロトのことなんて忘れてでもこういう美少女と恋をしたい。そのために自分は四年も苦しみ三年も訓練に励んできた。何よりこのご令嬢はどこかフロトと似ている。


 ……似ている?似ているで済むようなレベルだろうか?


「クラウディア……」


「ひゃっ、ひゃいっ!……って、え?どうして僕の名前を?」


 じっと美少女を見詰めていると突然声をかけられて驚いて飛び上がった。第三王子を放ったらかしにしたまま正式な騎士団員ですらない自分にいきなり声をかけてくるなど思ってもみなかったので心臓が口から飛び出るかと思ったほどだ。


 それに何より近衛師団でも誰にも教えていない自分の本当の名前を知っていることに驚きを隠せない。冷静に考えてみれば何故自分を知っているのか。そもそもどうして隠していた本名まで知っているのか。疑問が尽きない。


「これを……」


 しかしクラウディアが混乱している間にその美少女はそっと手を差し出すと何かをクラウディアに握らせた。あまりのことに何も考えずに差し出されたものを受け取りクラウディアは目を見開いた。


 渡されたのは文字が刺繍された青いサシェ。この国では青いサシェを渡すのは『変わらぬ友情を』という意味だ。そこに刺繍されている文字は『フロトよりクラウディアへ』である。


「……え?あの……?フロト……?」


「……御機嫌ようクラウディア」


 クラウディアが全てを理解した瞬間目の前の美少女、フロトは目に涙を溜めてクラウディアに別れを告げると馬車に乗り込んでしまった。クラウディアは呆然として頭が働かない。ルートヴィヒ第三王子が何か言っているがまったく頭に入ってこなかった。


 自分はただ可愛い女の子が好きだった。可愛い女の子と堂々と付き合えるように頑張って騎士を目指してきた。それなのに気がつけばフロトという美少年を好きになっていてそれが認められないからフロトと別れる決心をしたはずだ。


 それなのにそのフロトは自分がまさに理想とする美少女で自分を女と知った上であれだけ好意を寄せてくれていたんじゃないのか?そんなフロト、フローラを振ってしまったのは他でもない自分自身ではないのか?あのままフロトと良い仲になっていればフローラとそういう仲になれていたのではないか?


 真っ白に燃え尽きたクラウディアはただ去っていく馬車を見詰めることしか出来なかった。




  ~~~~~~~




 王城にある王の私室で椅子に腰掛けているプロイス王国国王ヴィルヘルムは扉の少し前で直立不動になっている髭面の騎士に声をかけた。


「それで……、フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースはどのような者だった?」


「はっ!性格は大人しく真面目。剣の腕は私より上でしょう。利き腕を吊った状態でも私は勝てる気がしませんでした」


 髭面の騎士ホルストは微動だにせず答えた。今の姿こそがホルストの真の姿なのか。それとも普段の飄々とした態度こそが真の姿なのか。今ではもうホルスト自身にもわからない。ただ一つ言えることはホルストはヴィルヘルムが最も信頼する人物の一人であり、だからこそ王族の命を預かる近衛師団の師団長に任命しているということだけだ。


「ほう……。あの歳でホルストほどの者をも超える、か?武神アルベルトの子というのは伊達ではないということか。それでは狂い角熊を一人で倒したというのも本当だと思うか?」


「剣の腕では私を超えるでしょう。ですがあの身長と体格では狂い角熊に致命傷を与えられるとは思えません。恐らく剣以外の方法でダメージを与えたのでしょう。訓練の最中も度々使っているブーストの効果と使用回数が尋常ではありませんので魔法の能力も高いのではないかと思われます」


 ヴィルヘルムの質問を予測していたのかホルストは間を置くこともなく即座に答えた。ヴィルヘルムは報告でフローラが魔法で角熊を倒したと聞いているがホルストには詳細は告げていない。それでも歴戦の猛将であるホルストがそう答えたということはそうなのだろう。報告に嘘はないということだ。


 ブーストとは騎士達が使う身体能力アップの魔法のようなもので地球のゲーム風に言えば所謂バフというやつである。騎士達が人間よりも遥かに強力なはずのモンスターを相手に人間離れした強さを発揮して討伐出来るのはこのブーストのお陰である。


 ブーストには魔法の知識や詠唱は必要ない。実際にはそんな簡単なことではないが極端に言えば右腕に魔力を集中させて右腕強化を発動しようと念じると瞬間的に右腕が強化される、というようなものだ。


 ただしそれは簡単なことではなく何年も厳しい訓練を積んだ騎士達の中でも一部の者しか使えない。それに使える者でも一瞬発動させられるだけで持続時間は短く使用回数もほんの数回程度である。数秒間以上持続したり一日のうちに何十回と使っているフローラは異常とも言える。


「今まで散々婚約を渋っておったルートヴィヒがようやく婚約を決めたかと思えばよもやこのような常識外れの娘とはな……。しかしカーザース家との婚姻は悪くない。ルートヴィヒにかの娘が御せるならば良い縁談ではあるが、さて……」


「かの娘は……」


「ん?何か気になることでもあるのか?」


 ホルストは余計なことを言いかけて思いとどまった。自分が不確かな余計な情報を言う必要はない。身辺調査は専門の者達が行なっているはずだ。影を担当する部署もあるのだからそれはそちらに任せておけば良い。自分はあくまで表の騎士団を預かる者だと首を振った。


「いえ、何でもありません」


「そうか……」


 ヴィルヘルムもそれ以上は追及しない。ホルストとはそういう者だ。ホルストが言う必要はないと判断したのならば無理に問い詰める必要はない。


 こうしてホルストが『フローラは女が好きかもしれない』という情報を告げなかったことでヴィルヘルムがそのことを知る機会は失われたのだった。ただし知った所で今後の対応に変化があったのかどうかはまた別の話ではあるが……。



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