第二百九十九話「ミコトの里帰り!」
俺の質問にミコトは難しい顔で黙り込む。やっぱり言い難いことなのかな。
「どこにあるって言われてもね……。私達の国はオオヤシマよ」
「オオヤシマ……。大八洲……?」
地球で大八洲と言えば日本のことだな……。よく言われるのは、本州、九州、四国、淡路、壱岐、対馬、隠岐、佐渡などの八つの島から成る国、と説明される。
でも実際は八というのはたくさんという意味であり、八百万の神々というのは実際に八百万いるという意味ではなくとてもたくさんの神々という意味だ。同じく大八洲も決まった八つの島という意味ではなく、本来の意味はたくさんの島々からなる国、という意味になる。
まぁ地球での言葉の意味とかはいい。それよりもミコトの言葉の意味がまったくわからない。
「ああ……、えっとね……、人間にわかりやすくいったら……、魔族の国なんだからやっぱり魔界かな?」
「魔界……」
魔界?ミコトの言っていることがさっぱりわからない。何かの冗談……、でもなさそうだ。ミコトはいたって真面目に話している。
「もしかして……、異次元とか……、異世界とかそういうことですか?」
「え?イジゲンとかイセカイって何よ?」
「え?」
「え?」
俺が首を傾げるとミコトも首を傾げた。お互いに頭に?を浮かべながら必死に考える。異次元とか異世界からやってきたんじゃないのか?
「ヘクセンナハトの北側はすぐにデル王国なんですよね?」
「そうね。山を下りて麓にある村はもうデル王国よ」
うんうん。ここまではいい。これは俺の調査と一致する。内陸部はよくわからないけど少なくとも沿岸部はこの半島の根元までほぼ全てデル王国の領土で町や村がある。じゃあ次だ。
「魔族の国はこの半島にあるのではなく、どこか遠い地にあるのではないですか?ここでは行き来する……、扉、そう、扉のようなものがあるのでは?」
「扉なんてないわよ。神殿があって渦に飲まれてひゃーで到着だし」
渦に飲まれてひゃーって……。まぁそれはいい。それは置いておこう。ミコトが独特な言い回しを使ってばかりでちゃんと説明出来ない子なのは前からわかっていたことだ。それよりも今の情報で重要な話があった。
まず『神殿』。どうやらヘクセンナハトの北側には神殿があるらしい。そこが魔族にとって重要な場所であることは間違いない。そしてミコトが言う『渦に飲まれてひゃー』……。たぶん……、何か転移とかワープとかそういう類の仕掛けが何かあるんじゃないだろうか?
俺が扉と言ったのは実際に部屋から部屋へ移動するための扉を想定してのことじゃない。ミコトには伝わらなかったようだけど、何らかの転移やワープをするためのゲートという意味で扉と言っただけだ。だから恐らくミコトの言う『渦に飲まれてひゃー』もそのゲートの一種じゃないかと思う。
「ヘクセンナハトにあるその『神殿』から、魔族の国、魔界とこちらを行き来することが出来る。でも魔界や魔族の国はこの辺りにはない。何らかの移動手段がその『神殿』にあるということですね?」
「え~……、ん~……?たぶんそうね!よくわからないけど!」
わからんのかい!
いや、落ち着け俺……。ミコトのペースに飲まれるな。たぶん俺とミコトでは概念や認識が違うからうまく話がかみ合わないだけだ。考えているものは同じなはずだ。
「そんなに気になるなら今度行く?」
「えっ!行けるのですか!?」
ミコトが気軽にそんなことを言うから驚いた。今まで確実に存在するとされながらまったく未知の存在だった魔族の国に行けるのか?そんな簡単に?
「本当は駄目だけどフロトならいいわよ。私のお嫁さんになるんだし、どうせだから両親にも紹介しましょう」
「え!?ミコトが私のお嫁さんなのでは?」
「え?フロトが私のお嫁さんでしょ?」
「「…………」」
またしてもお互いに小首を傾げて黙り込む。え?え?どういうこと?俺が男なんだからミコトが俺のお嫁さんだよね?何かもうお互いに結ばれることは確定みたいになってるけど、それは今更だから気にしない。それより俺がお嫁さんとは聞き捨てならない。お嫁さんになるのはミコトの方だ。俺は男だからお嫁さんを貰うほうだ。
「じゃあもうそれでいいわ。それじゃ私がフロトのお嫁さんね」
何か……、やれやれ、みたいな感じでそう言われたら何か釈然としない……。俺の言ってることの方が正しいはずだ。俺が男なんだから皆をお嫁さんに貰う方であって、男である俺がお嫁さんに行くわけじゃない。
これ以上蒸し返してもミコトにまたヤレヤレと返されるだけだから言わないけど……、どうにも釈然としないこの気持ちは何だろう……。
「それはともかく……、私達が魔族の国に行っても大丈夫なのですか?」
「あ~……、先に言っておくけど行くなら私とフロトだけよ。他は誰も連れていけないわ」
ミコトは申し訳なさそうにそう言った。どういうことだ?何で皆は行けないんだろう?まぁ魔族は人間と敵対しているんだから当然と言えば当然なのかもしれないけど……。
「色々と都合があるのよ。別に意地悪とかで言ってるんじゃないんだからね」
「それはわかっていますよ」
ミコトは口も態度も悪いけど皆に意地悪したりするような性格じゃない。むしろ他の四人に対しては積極的に交流して仲良くなろうとしているくらいだ。他のお嫁さん達をまとめようとしている。そんなミコトが理由もなくそんな意地悪とかをしようとするはずもない。
「それじゃ近々魔界へ帰りましょ。フロトも日程を空けておいて。ただ一度行ったらすぐに戻れるとは限らないからそのつもりでね」
「すぐ戻れるとは限らないって……」
もしかしてゲートのエネルギーが溜まるまで時間がかかるとか?いつでも自由に行き来出来るわけじゃなくて、特定の条件が揃わないと転移やワープ出来ないとか?
そういえばミコトはほとんど、というか留学してきてから一度も実家に帰っていないと思う。それはそう簡単に行き来出来ないからか。
「たぶん向こうで色々聞かれたり、説明させられたり、すぐに自由になれないと思うから。まぁ……、最悪捕まる可能性もあるかもね」
「はぁっ!?捕まる!?」
何で?ミコトは第二王女様だろう。第二王女様が捕まるって何だそれ?
「今向こうの状況がどうなってるかわからないけど、私は家を飛び出したっきり帰ってないし、いきなりお嫁さんを連れて帰るとか絶対あれこれ言われるでしょ。それにもし兄弟達が跡を継いでいたり、あるいは継承でまだ揉めてたら、私が帰ってきたら継承の邪魔になると思って暗殺くらいされるかも?」
「ちょっ!ちょっ!」
サラッととんでもないことを言ってるぞ。そんなところにノコノコ帰って大丈夫なのか?そんな状況ならもっと護衛とか準備とか万端にした方がいいんじゃ……。
それと今流したけどやっぱりミコトの中では俺がお嫁さんなんじゃないか……。俺は聞き逃してないぞ。表面的には自分がお嫁さんでいいとか言いながら、本心ではやっぱり俺がお嫁さんだと思ってるんじゃないか。まぁいいけど……。それを今蒸し返しても仕方ないけど……。やっぱり釈然としない。
「大丈夫よ。フロトと私がいたら兄弟達なんて返り討ちよ」
「それはそれで大丈夫じゃないような気がしますが……」
何か争いの香りしかしない……。これは本当に魔界?に行っても大丈夫なのか?むしろもう行かない方が良いんじゃ?
「私はいつでもいけるから、フロトの準備が出来たら教えてよね。数日で戻れると思うけどバタバタしたら一週間くらいはかかるかもしれないわ。その準備はしておいてね」
「わかりました……」
まぁ……、魔族の国というのは一度行ってみたいとは思っていた。思わぬ形でいきなり行くことになったとはいえ行きたくないわけじゃない。今後の友好というか、これからの関係を考える上でも相手のことを知っておくのは良いことだろう。
ただ最悪の場合だとしても一週間も空ける用意というのはかなり大変だな……。その間に溜まる仕事は仕方がないとしても、その間に仕事が溜まっても大丈夫なように今溜まっている仕事を片付けなければならない。
領内での移動なら残っている仕事を持ち歩けばいいけど、他国の、それも現時点では友好的でもないし、詳しい状況もわからない国に行くのにこちらの領内の仕事を持って行くわけにはいかない。一応機密も含まれているわけで、安易に人に見られる危険を冒すわけにもいかないだろう。
というわけで俺は早速ミコトと魔族の国に行く準備のために溜まっている仕事に取り掛かったのだった。
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ここ数日俺はかなり頑張った。別に急ぎでもない仕事でも今ある仕事は可能な限り終わらせた。残っているのは簡単には終わらないような仕事ばかりだ。面倒な仕事を残しているという意味じゃなくて、短期間で終わらないようなものとか、現地へ行かないといけないような、時間や日数のかかる仕事という意味だ。
俺がこちらを離れて魔族の国に行っている間は新しく出てくる仕事が片付かない。それらが溜まった時にそれまで残っていた仕事もあったら物凄い量になってしまう。だから今処理出来るものは全て終わらせたというわけだ。
王都に戻るのはあと二週間後の予定だ。だから魔族の国に居られるのは最長でも二週間となる。実際に二週間も居たらこちらの仕事が溜まりすぎて後で死ねるけど……。ともかく今日は皆とは別行動をして俺とミコトだけで魔族の国へと行ってくる。
俺が魔族の国へ行くのは一部の者しか知らない。さすがにお嫁さん達には何日も俺とミコトがいなくなるから説明しないわけにはいかなかった。他にもヘルムートやイザベラといった俺の周りにいつもいる者や、仕事の関係で上位にいる者には説明してある。
最短でも数日、ミコトが言うには長引くと一週間くらいは戻れない可能性がある。それでも行けるのなら是非行ってみたい。魔族の国とは一体どんな所なんだろうか。
「いってらっしゃいませフローラ様」
「気をつけてね」
「本当なら僕らが護衛について行きたいところだけど……」
「あら?私はこちらでフローラさんの仕事を片付けておきますわ。フローラさんのお仕事を手伝うことも重要なことですわよ」
カタリーナはギュッと手を握り締めている。本当はついて行きたい。でも行けない。そういう思いがあるんだろう。ルイーザ、クラウディア、アレクサンドラに見送られてカーンブルクの屋敷を出る。馬車を使うと後で面倒なことになる可能性もあるから俺とミコトは自分の足でヘクセンナハトへと向かった。
「ここ懐かしいわね」
「そうですね。まるでついこの前のことのように思い出せます……」
ミコトと森の中を走る。俺はまさに走っているけどミコトは魔法でピョンピョンと跳ねているような感じだ。前に皆で見に来た、昔俺とミコトが会っていた場所を抜けてさらに進む。あの石、岩?の場所だけじゃなくてこの周りは二人で割とウロウロしていた。何だかとても懐かしいような、つい昨日の出来事のような、不思議な感じがする。
そこから先はミコトの先導でヘクセンナハトへと向かって行った。山の麓までくるとそこから先は俺の知らない場所だ。俺はカーン家に割譲された領地は調べて回ったけどヘクセンナハトには登ったことがない。キーン側の、ヘクセンナハトの中でも向こうに伸びている方は登ったけど、こちらは来たことがない。
もともと魔族の国との境だと言われていたし、魔族は危険だと散々言われていたから下手に近づいて争いにならないようにと思ってのことだ。麓までは来たけど登ったことはなかった。そのヘクセンナハトを登っていく。
「もうすぐよ」
「はい……。ミコトは寒くないんですか?」
かなり山を登って、山脈の中でも低い山を越えられる場所を越えようかという頃、堪らず俺はミコトに問いかけた。はっきり言って俺はかなり寒い。元々寒い地域の冬の季節だというのに、標高の高い山に登れば……、当然辺りは雪に覆われている。かなり深い雪の中を進んでいるというのにミコトは山登りにしては薄着なのに平気そうにしているのが不思議だった。
「魔法で空気の流れを抑えてるからね。そんなに寒くないわよ?」
「……え?そんな魔法があるんですか?」
「そりゃあるわよ?」
「「…………」」
そんな便利な魔法があるのなら何故教えてくれなかったのか……。ミコトが薄着だからと思って俺も普通の格好だったけど実はかなり寒い。ミコトも同じような装備なのによく平気だなと思ってたけどそんな便利なものがあったのか。
ミコトに簡単にその便利な魔法の手解きを受けてから山登り、いや、山下り?を再開する。習った魔法はとても便利だった。完全に外気を遮断したらそのうち酸欠で死ぬだろうけどそこまで密閉するような魔法じゃない。ただ自分の周りの空気の流れを少なくして熱を逃がさないようにするというような感じだ。
この魔法のお陰でちょっとは寒さが和らいだ俺達は低い部分の山頂を越えて逆に下りて行く。そして見えてきたのは……。
「あそこよ」
「あれが神殿……?神社では?」
ミコトに案内された場所は……、深い雪の中だというのにそこだけぽっかりと雪も積もらず佇んでる神社だった。明らかに神社だ。鳥居があって……、あれは……。
「止まれ!関係ない者は通さぬ!」
「さっさと引き返すが良い!」
「…………狛犬?」
神社の前には、鬼のような形相の狛犬のようなお面を被った人物が二人、こちらに槍を向けて戻るようにと勧告してきていたのだった。




