第二百九十八話「調査!」
王都に戻るまであと二週間少々という所だろうか。普通ならもっと余裕を持って帰ってもいいんだけど、仕事があまりに多すぎて出来るだけ戻りたくないというのが本音だ。
カーン騎士爵領にいなければならない仕事は大体先に片付けているはずだけど……、それでも何だかんだと次々に仕事が出てくる。でもずっとここにいるわけにもいかず……、学園なんてどうでもいいんだけど、カーン男爵領やカーン騎士団国の方にはそろそろ行かないといけないだろう。
シュバルツに探検隊のことを話してから俺も色々と情報収集してみたんだけど……、明らかにおかしい……。
まず……、この世界も地球の北半球と同じで北に行くほど寒い。南に行くほど温暖だ。メディテレニアンを越えて暗黒大陸に行くととても暑いという話も入ってきている。もっと南下すれば赤道直下、熱帯、などになるんだろうと予想がつく。
逆に北に行けば年中海ですら凍っているというのだから極地、北極に近いのだろう。そしてとても寒い。ここらでも冬はそれなりに寒いと思うのに、ここより北に行けばもっと寒いというのだから、俺はあまり行きたくはない。
俺の感想はどうでもいいけど……、この時点で一つおかしいことに気付くだろう。そう……、魔族の国はカーン・カーザース領よりも北にあるのに、そこから輸出されている交易品はもっと温暖な気候で採れるような物が流れてきている。
米……、は、まぁ、地球でも日本の相当寒い地域でも栽培可能だったからいいとしよう。でもチャノキは寒い所では栽培が難しい。他にも色々と魔族の国の産物だというものだけど……、どう考えても温帯とかその辺りで栽培されているようなものとか、その辺りでしか手に入らない物がたくさんある。
カーン・カーザース領でもかなりの寒さなのに、明らかにそれより北に位置する魔族の国だけなぜそれほど暖かいのか?
北に行くほど暖かいというのならわかる。でも他の地域は北に行くほど寒いという気候区分なのに、何故魔族の国だけそんな突然温帯なのか。ここだけ特殊な気候なのだと言われたらそうなのかもしれないけど……。
地球のヨーロッパだって高緯度なのに暖かい。それは温暖な海流と偏西風によって暖められているからだ。魔族の国も何らかの影響……、温暖な海流とか偏西風によって暖かい風が流れ込むとか、そういう事情があるかもしれないとは思う。でもそれにしてもあまりにおかしい。
もし海流や風のような大きなものが影響しているのなら他の地域にも同じような影響があるはずだ。それなのに魔族の国のすぐ先にあるというデル王国は普通に寒かった。明らかに魔族の国だけ異常に暖かいことになる。
それから魔族の国から齎される産物だ。米、チャノキ、ジャガイモ、トマト……。これらは本来この辺りにあるはずがないんじゃないかと思う。
これも地球との対比だから地球とは違うんだと言えばそれまでだろう。でも地球では稲作はアジア方面だし、チャノキだってインドの変種の他には中国や日本にしかなかった。何故いきなりこんな、地球で言えばヨーロッパに相当しそうな場所であるこの辺りにそんなものがあるのか。
何より不思議なのがジャガイモやトマトだ。ジャガイモやトマトは南米アンデスの原産でヨーロッパが植民地を広げた結果ヨーロッパ大陸に持ち帰って広めたものだ。それが何故魔族の国にだけある?
もちろん何度も言うようにここは地球じゃない。気候も植生も同じとは限らないし、原産地も同じとは限らない。そもそも歴史の流れが違うから原産は別の場所でもすでに誰かが持って来たのだ、という可能性もないとは言えない。
じゃあもし仮に、ここが地球に非常に似ている、ほぼ同じ植生だとすれば、魔族はすでに南米まで到達していてジャガイモやトマトを持ち帰り、アジアまで到達し米やチャノキを持って帰って来たのか?
そういう可能性がないとは言い切れないけど……、何かしっくりこない。何かおかしい。
そして一番おかしなことに俺は気付いた。魔族の国はヘクセンナハトという大山脈を越えた先の半島部分にある……、とされている。さらにその先にはデル王国があり、デル王国の北側にも逆向きの半島があってハルク海を囲んでいる。デル王国の向かいの半島にも二つ国があるけどそれは今は良い。
問題なのは……、デル王国のことについて調べてみた結果……、国土が思ったよりも広いということだ。
この世界では正確な地図というものがない。まぁ地球でも未だに不正確な地図が使われてるけど、それは軍事的にあえてぼかしてあるだけで測量出来ないからじゃない。でもこの世界では現代地球ほど正確に測量して完全に精密な地図というものは作られてはいない。
それでも俺が色々な聞き取り調査などをした結果、デル王国の国土は……、ハルク海を塞ぐ半島の先端からヘクセンナハトまである……。そう……、ヘクセンナハトの北側、半島の根元すぐ近くにまで町がある。これはどう考えてもおかしい。
何故ならば……、じゃあ魔族の国はどこにあるんだ?という話になるからだ……。
半島は根元から先端部まで全てデル王国の領土だ。デル王国はそれだけの広さがある。なのにこちらの情報ではヘクセンナハトを越えた先に魔族の国があると言われている。これは明らかにおかしいだろう。
デル王国が魔族の国なのか?でもデル王国に実際に行った感じからするとそれは違うと思う。デル王国で会ったドルテやベンクトは明らかに自分達は魔族の国の者じゃないと認識していた。魔族の国という存在は知っていて、魔族の国の品は高いから自分達のような安月給で買えるはずがないと言っていた。
じゃあ魔族の国って……、どこにあるんだ?
まさか物凄く領土が小さくてヘクセンナハトを越えた先のほんの僅かな領地しかない、ということはないだろう。そんな領土や人口で南部の国々、フラシア王国やプロイス王国、オース公国といった国々で協力し合わなければ対処出来ないなんてことはないはずだ。
いくら個人の武勇が優れていたり、魔法が得意、魔力が高いとしても、そんな小さな範囲に住んでいる人口ならば数は知れている。それほど小さく人口がすくなければ国力、経済力、生産力も小さいはずであり、そんな国がこの辺りの大国複数を相手にしても一歩も引かず対等に渡り合うなど不可能だ。
例えば……、俺や母は普通の人間に比べてかなり強いだろう。もちろん父もだけど……、父は個人の武勇というよりは指揮能力という感じがするから置いておく。俺や母は軍を指揮するというよりは個人の武勇で戦うタイプか、それに近いものだと思う。そんな俺や母が個人で国を相手に戦えるか?答えは否だ。
どんなに個人の武勇が優れていようとも、個人で国を相手に戦うことは出来ない。それは少数の精鋭でも同じことだ。
広い面積を守り、攻める。拠点を防衛し、相手のウィークポイントを攻撃し、領内の治安維持も行なう。敵を倒した後は元敵地である場所を制圧して支配しなければならない。
俺や母が敵兵をいくら倒そうとも敵の町、いや、村一つだって占領出来ないだろう。ずっとその村に留まっているのなら可能かもしれないけど、それではその先がない。ずっとそこを占領するためにじっとしていなければならなくなる。
かといって次の町を占領しに出て行けば村人達はあっさり元の国に寝返るだろう。じゃあ村人が寝返ったからって皆殺しにするのか?そんなことをしていたら敵対者は全て殺していかなければならないことになる。占領や人を支配することは出来ない。
占領し、監視し、管理し、維持するためには歩兵を投入しなければならない。現代地球で世界最強の軍事力を誇るアメリカが小国に負けるのは、最終的には陸軍を送って、歩兵で占領しなければならないからだ。
アメリカもまた世論によって自縄自縛してしまっている。アメリカ兵が一人死んだら大騒ぎ、民間人が一人死んだら大騒ぎ。そんな足を引っ張る勢力に邪魔をされて陸軍の展開はうまくいかない。
じゃあ空爆や砲撃によって敵勢力を減らそうと攻撃すれば、やれ民間人が犠牲になっただの、非人道的だのと批判される。だからゲリラ戦で粘られ、市民に紛れたテロリスト達を相手にした時、世界最強の装備を持つアメリカ軍は簡単に負けるんだ。
支配や統治には必ず陸軍の軍事力が必要になる。どれほど優秀な人物や強い力を持った者がいても、大量の歩兵がいないことには戦争は終わらない。
そしてそれだけの兵を支えるにはそれ以外の数多くの人間による支えがなければならない。
兵士達だって飯を食う。でも屯田兵でもなければ兵は食い物を生産しない。そして屯田兵であろうとも戦時には戦う。戦時に食料を供給する者がいなければ兵達は飢えて死ぬことになる。
それに兵士の服、武器、防具、生活必需品、ありとあらゆる物を生産して供給しなければ兵は戦えない。それなのにその兵達は何も生産しないんだ。その兵を養うためには兵の何倍も、何十倍もの一般市民がいなければならない。
防衛するだけなら強い力を持った者が何人かで守りに徹すれば……、と考えるかもしれないけど、それも現実的じゃないだろう。そもそもそんな消極的なことではカーマール同盟などという大勢力を築き上げることは出来ない。そのことから考えて魔族の国はそれなりに人口がいなければおかしいはずだ。
デル王国が実は魔族の国?国民にも黙っていて魔族の国という架空の国を作り上げて広めている?それは何かおかしい。それならそんなことをせずデル王国として支配するなり、デル王国と名乗らず自分達が魔族の国だと名乗ればいい。それをしないのは……、魔族の国が別にあるからじゃないのか?
…………俺が一人で考えていても埒が明かないな。こうなれば方法は一つだ……。
~~~~~~~
ノックされてカタリーナが呼び出した人物を連れて来たと告げる。そして目的の人物が入ってきた。
「フロト、何か用があるって聞いたけど?」
「ええ、まぁ……。まずはお茶にしましょうか」
やってきたのはもちろんミコト・ヴァンデンリズセン、いや、スメラギ・ミコト……。魔族の国の第二王女様だ。わからないのなら本人に聞けばいい。ミコトが素直に答えるかどうかはわからないけど、俺が一人で悩んでいても解決はしない。
カタリーナが淹れてくれたお茶を飲んでからカタリーナ達を下がらせる。これでこの部屋には俺とミコトしかいない。
「カタリーナまで下がらせるなんて……、今日はついに最後までいっちゃうのね?」
「は?」
目が星型に輝いているミコトが涎を垂らしそうになりながら手をワキワキさせている。最後までいっちゃうって何だ?ミコトは何を言っている?
「今日は大切な話をお聞きしようと思って呼んだのです。もしかしたら他の者に聞かれてはミコトが話し難いかと思って皆下がらせたのですよ」
「なっ!わっ、私に何を言わせる気よ!でも人がいたって言えるわよ!私はフロトを愛しているわ!」
デデーン!と……。明後日の方角を指差しながらミコトはわけのわからない宣言をした。何を言っているのかさっぱりわからない。
いや、ミコトが俺を愛していると言ったのはわかるよ?そうじゃなくて、何故今いきなりそんなことを言い出したのかがわからない。
「ミコト……、ちょっと落ち着きましょうか?私がお聞きしたいのは魔族の国についてです」
「……あそう。ふーん……」
いきなり無表情になったミコトはストンと座りなおした。その顔は無だ。どういう感情なのかさっぱりわからない。
「で?何を聞きたいのよ?」
無表情のままそう言うミコトに俺は地図を広げてみせた。元々広まっている地図ではなく、俺が調査して新たに細かく描かせたものだ。これでもまだ精度は低いだろうけど、かなり現実に近いものに仕上がっていると思う。
まぁ実際に測量したわけではなく、どれくらいの船足で何日くらいどの方角に進めば何がある、というような情報をつなぎ合わせたものだ。縮尺や地形はかなりアバウトではあるけど、いくつもの証言を重ね合わせているからかなり整合性はとれていると思う。
「私が調べた結果がこの地図です。この地図ではヘクセンナハトを越えればほぼすぐという距離にデル王国の町が存在しています。私が調べた限りでは魔族の国というものは一切見当たりませんでした。実際の町や人の分布からも確認出来ません……。ミコト……、魔族の国とは一体なんですか?どこにあるのですか?」
「…………」
俺の言葉に……、ミコトはただ黙って、無表情から難しい顔に変化していたのだった。




