表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
295/545

第二百九十五話「世界を革命する技術!」


 昨日はキーンの別邸に泊まった俺は今日、朝からずっとソワソワしている。俺は今日再び技術研究所に行くつもりだ。そこである技術開発に着手しようと思っている。


 ただ……、本当にそれをしていいのかわからない。俺はまだ迷っている。その技術をこの時代の者達に教えて良いのかどうか……。


 これから俺が開発しようと思っている技術はあまりに画期的で、あまりに世界に与える影響が大きすぎる。果たして本当にこの選択は正しいのか?これを推し進めてもいいのか?


 俺にはわからない。自信がない……。


 今まで散々好き勝手に開発だの概念だのと遥か先の知識や技術を研究させてきたけど……、これだけは本当にしても良いのか、未だに悩んでいる……。


 これほどの技術革新を何故今まで研究させずに教えてこなかったのか……。それを考えれば俺がどれだけ悩んでいたのかわかるだろう。今でもまだ悩んでいるけど……。


 でももう限界だ。この技術革新がない限りこれ以上の飛躍は見込めない。だから……、アインスに教えて技術研究所で開発させようと思ったはずなのに……、決めたはずなのに……、それでも、今朝になってもまだ迷っている……。


「フローラ様、お加減が悪いのですか?それならば今日の視察は……」


「いえ、大丈夫です……」


 ゴクリと唾を飲み込んでからカタリーナの言葉に答える。覚悟を決めろ……。もう開発させるって決めたんだろう?だったら……、覚悟を決めるしかない。




  ~~~~~~~




 朝の日課や仕事を片付けた俺はキーンの町から離れてひっそりと建てられている秘密施設へとやってきた。またドキドキしている……。本当に良いのか?これをこの世界に齎して……。


「これはカーン様、今日は一体どのようなご用件でしょうか?」


「アインス博士……」


 ついに来てしまった。もう逃げられない。ここまで来たら腹を括るしかない……。


「重要な話があります。他の者がいない場所で話しましょう」


「はぁ?わかりました。それではこちらへ」


 一体何の話があるのだろうという顔をしながらもアインスは俺を案内していく。通されたのはアインスの個人的な研究室のようだ。カタリーナも下がらせて完全にアインスと二人だけで話をする。


「実は……、これから新しくあるものを研究・開発していただきたいのです」


「ほう!またカーン様の素晴らしい知識と技術をお教えいただけるのですか!?」


 アインスは興奮気味に立ち上がった。でもそれとは裏腹に俺はドクドクと心臓の鼓動はやけにはっきり感じるのに血の気が引いているかのように冷たい感じがする。興奮してドクドク脈打っている時とは違う。極度の緊張の時などに感じるあれだ。


「それは……」


「それは?」


 アインスがかぶりつくように俺の言葉を待っている。ここまで来たら言うしかない。


「それは蒸気機関です」


「ほう!じょうききかん!……蒸気、……機関?」


 俺が蒸気機関と言った瞬間は目を輝かせたアインスは、その言葉の意味を理解すると萎れたようにあからさまに椅子に座った。完全に期待を裏切られたという顔をしている。


「蒸気機関ですか……」


「そうです。蒸気機関です」


 アインスがこういう反応なのも頷ける。地球でも一番最初に蒸気の力を利用したもの、最初期の蒸気機関というのは一世紀とかそんな頃に考案されたと言われている。それが本当かどうかはわからないとしても、それくらい昔から人間は蒸気に力があるということは理解していたというわけだ。


 では何故アインスがいきなりこんなにテンションが下がったのか。それは蒸気の力で物を動かすことが出来るとは知っていても、その力は微々たるもので、しかも実用性がないと思われていたからだ。地球でも一世紀には蒸気の力を利用した物が開発されている。でもそれが実用化されるのは実に十八世紀になってからだ。


 例えば蒸気を利用したものに笛吹きケトルというものがあるだろう。湯が沸いたらピーとなるヤカンだ。あれは蒸気が笛の部分から吹き出て笛を吹く。あれも蒸気の力を利用したものだ。


 でも普通の状態の蒸気ではその程度にしか利用出来ない。ただ家のコンロで湯を沸かして蒸気を発生させた程度では、精々笛吹きケトルの笛を吹かせるくらいしか出来ないというわけだ。


 俺は事前に用意させていた実験器具を組み立てて準備しながらアインスと話をする。


「アインス博士ががっかりした理由はわかります。蒸気の力で動かせるものなど知れている。役に立たないのが蒸気だというのが常識になっている。だから蒸気機関と聞いてすぐに期待出来ないと思ったのでしょう?」


「そうですな……」


 憮然とした表情のアインスは隠すことなく思った通りに答えた。アインスはこういう所ではっきりしている。科学者や研究者らしいと言えばそうなんだろう。


「それは蒸気機関の使い方や利用方法が知られていないからです。ですがその使い方を知ればこれほど有用な技術はありません」


「ほう……。それをお教えいただけると?」


 アインスの言葉には答えずに一つ目の実験装置の組み立てを完了させる。俺はずっと前から蒸気機関の実用化をしようかと思ってバラバラの部品だけは作らせていた。作っている者達も、保管していた者達もこれがどういったものかすらわかっていなかっただろう。


 アインスの研究室から実験装置を押してテラスに出る。屋内でするものじゃないからな。


「まず一つ目はこちらです」


 そういって一つ目の実験装置のボイラーに火を入れる。天秤のようになっている簡単な装置だ。片側には錘がついている。逆側は下にボイラー、そして上にシリンダー、シリンダーの上が天秤に繋がっていて、シリンダー内に水を送る槽が横に取り付けられている。


「ふむ……?む?むむ?」


 下のボイラーで熱せられた水蒸気がシリンダーに送られ押し上げる。シリンダーが一番上まで来るとボイラーから水蒸気が送られる管が閉められ、逆にシリンダー内に水を送る槽のバルブが開く。シリンダー内に冷水が送られたことでシリンダー内に溜まっていた水蒸気が冷やされて水に戻る。するとどうなるか?


 シリンダーに水蒸気が送られると天秤の錘はほぼ釣り合っているんだから、シリンダーが押しあがった分だけ傾く。そしてシリンダー内に水が送られて水蒸気が冷えたことで水蒸気は水に戻る。そうなるとシリンダー内はほぼ真空になり負圧が働く。簡単に言えばシリンダーの上が大気圧によって押されて引き下がるわけだ。


 それによって天秤は一回上下する。


 またシリンダー内に水蒸気が送られてシリンダーが持ち上がり、冷やされて、押し下げられる。この繰り返し。定期的にぎっこんばっこんと天秤が動く。


「こっ、これは!」


「蒸気機関の有用性がご理解いただけましたか?」


 アインスの喉がゴクリと鳴った。はっきり聞こえた。アインスにはこの実験装置の有用性、活用方法が理解出来たのだろう。でもこれは非常に効率が悪い。あくまでこれは蒸気機関の初歩を示したにすぎない。


 アインスが最初の実験装置を観察しながらあれこれと一人で自分の世界にトリップしている間に、俺は次の実験装置を組み立てる。これは非常に危険な装置だ。失敗したり圧に耐えられない可能性も考えて最初は少し遠目に設置しておく。


「次はこちらです」


「まっ、まだあるというのですか……」


 まぁむしろこちらの方が本番だしな……。こちらは効率も得られる力も段違いだ。


「では……」


 安全のためにボイラーに火を入れたら少し離れる。こちらは先ほどの単純な負圧で上下動する蒸気機関とはわけが違う。滑り弁と復水器を備えた現代でも通用する蒸気機関だ。


 バルブを回して動き始めたクランクは止まることなくグルグルと回転を始めた。それを見てアインスが目玉が零れるかと思うほどに見開く。


「こっ、これはぁ~~っ!」


 ボイラーで熱せられて発生した水蒸気は先ほどと同じようにシリンダーに送られる。でもここからはかなり違う。シリンダーはピストンで区切られ片側だけに水蒸気が送られる。ピストンの右に水蒸気が送られている間は左の空気は抜けていくように出来ている。


 そしてピストンが一番左まで到達するとクランクの動きに連動して滑り弁が動き水蒸気の流れが変わる。今度は右には水蒸気が送られなくなり左に水蒸気が送られるわけだ。そして右に送られていた水蒸気はシリンダーの出口から先に送られる。


 送られる先は復水器だ。復水器で冷やされた水蒸気は水に戻る。そう。さっきと同じだ。水蒸気が冷えて水に戻ると中がほぼ真空になる。だからピストンを引っ張る。逆側からは水蒸気に押され、先の方は真空によって引っ張る。


 復水器を通って水に戻った水はまた再びボイラーに送られ、熱せられシリンダーへと送られる。


 最初に見せた上下動の蒸気機関はシリンダー内を直接冷やしてしまう。だから再び水蒸気が集まるためには冷えたシリンダーを温めるところからやらなければならない。何故ならばシリンダーが冷えていたら水蒸気が水に戻ってしまうからだ。だからシリンダーが水蒸気で満たされるためには、水蒸気が水蒸気のままでいられるだけの温度になっていなければならない。


 それに比べて後で見せたクランクで回転運動する改良型はシリンダーは熱いまま、水蒸気を外に出して復水器で冷やすために熱効率が非常に良い。さらに水蒸気が膨らむ『正圧』と水蒸気が水に戻ってほぼ真空になった『負圧』の両方を利用しているから強い力が出せる。


 また装置の構造が耐えられればそれだけ高温高圧の水蒸気を利用することが可能であり、圧倒的に取り出せる力が強くなる。


 ただし……、もし装置が圧力に耐えられなければ爆発する……。非常に危険な装置だ。


 俺が何故最初から蒸気機関を開発しなかったのか……。もちろん燃料がなかったというのも嘘ではない。でも石炭が採れるようになった時点で燃料問題は解決可能だった。それなのに何故開発を進めなかったのか……。それはこれが本来もっと遥か先の時代の技術だからだ。


 ガレオン船だのカノン砲だの作ってる奴が何を今更と思うかもしれない。でも地球では火薬の発見や利用は十二世紀、十三世紀の話だ。もちろんそこから色々な改良や利用方法の研究がされるわけで、いきなり現代の火薬と同じようになって利用されているわけじゃない。それでもそんな昔だ。


 ガレオン船はこの世界の現在の技術水準に比べれば遥かに進んだ船だろう。でもこれはまったく無から作り出したわけじゃない。連綿と受け継がれている造船技術に俺が少しだけ手を貸して出来たものだ。基礎となる技術や知識はすでに十分あった。


 それに何よりこれらが出来てもいきなり世界がガラッと変わるほどの影響力はない。


 銃砲などの火器が普及すればこの世界の戦争や概念を全て覆しかねないけど、地球でも十三世紀には戦争に利用されていたものだ。この世界が地球でどれほどの時代になるかはともかく地球と比べて火薬の発見、利用が早いということはない。


 発達の具合が地球とはまた違う独自のものだから単純には比較出来ないけど、むしろ地球に比べて火薬の利用は遅いくらいだろう。火薬が未発達なのは魔法があるせいかな?まぁそれは脱線するからおいておくとして……。


 俺が今まで齎してきたものはこの世界にもすでにあってもおかしくない物や、基礎的な技術や知識はあってそれを発展させる手助けをした程度のものでしかない。でも蒸気機関は明らかにこの時代には異質だ。


 地球でも蒸気機関の利用は十八世紀になってから。しかも蒸気機関が齎した変化は産業革命という人類史上類を見ないほど劇的な変化を齎した。もしこの世界で今蒸気機関を普及させたら一体どうなるのか想像もつかない。


 何より蒸気機関は非常に危険だ。基礎的な工業、素材、加工、などの技術が備わっていなければ爆発を起こす。最初に見せた負圧を利用する非効率な蒸気機関なら構造も簡単で圧力もそれほどかからない。未熟な工業力でも作れるだろう。


 でも正圧を利用する改良型の蒸気機関は高圧がかかるために、装置が圧に耐えられなかったら爆発してしまう。地球でもこの改良型を考えた者達は最初は高圧をかけるのを禁止していたくらいだ。のちに特許が切れて皆が自由にその技術を利用出来るようになってようやく高圧の蒸気機関が作られるようになった。


 蒸気機関が出来るようになればその効果は凄まじいものになるだろう。それに今のように素材も加工も未熟な時点で高圧の蒸気機関を作ろうとしたら、あちこちで爆発事故を起こしてしまう恐れが高い。


 それでも俺は今蒸気機関を作ろうとしている……。本当にこの選択が正しいのか……。俺はそれに確証をもてない。それでも……、最早蒸気機関は俺の手から離れこの世界に解き放たれてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[気になる点] ついに始まる大規模大気汚染( ˘ω˘ ) [一言] 鉄道による大規模輸送は戦略の要ですからねぇ
[一言]  機関銃、迫撃砲、野砲があっても突撃を抑えきれませんから陸戦のために開発するしかなかったのでしょうけどやった以上前世よりもましな世界を作り上げたいところですよね。まあ魔族との本質的講和や宗教…
2020/03/21 21:49 通りすがりの人
[一言] うわ〜 タイトル読んで、流石に熱機関は無いだろなーと思ったら、来た、、、 異世界で知識チートの小説は散々見たけど、産業革命を始めようとするのこれが一人目です。 続き、楽しみしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ