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第二百九十三話「人材確保計画!」


 長期休暇も残り一ヶ月を切っている。あれからもずっと考えているんだけど良い案が中々浮かばない。


 まずカーン騎士団国の統治機構を刷新するのは絶対だ。普通なら新たに領地を得てもそこの在地の統治機構は残したりするだろう。その方が効率良く、手っ取り早く支配体制を確立出来る。


 中国の歴代王朝でも、日本の戦国時代でも、ヨーロッパの戦争史でも何でも良い。敵の首領の首をとるのは割と普通だろう。だけどその下の者達まで全て皆殺しにするというのは少ない。何故ならばその者達の地位や所領を安堵してやる代わりに自分に協力させることで、戦後に混乱なくその領地をすぐに治めるためだ。


 もちろん中には前の統治機構を徹底的に破壊する場合もある。中国では敵は皆殺しというのは当たり前の話だったし、豊臣秀吉のように敵対者を取り潰しまくって自分の恩顧の者達に所領を与えて増やすということもあっただろう。


 ただそれで成功するのは自分の手元に優秀な者がたくさんいたり、確立された統治機構やそれに関する経験やノウハウを持っている場合に限る。


 わかりやすいのは豊臣の失敗で、それまで大して大きな領地を管理したこともない豊臣恩顧の者達に、突然巨大な領地をあちこちに与えたために、統治がうまくいかず大混乱や一揆や反乱などが続発したり、経済的に失敗したりと大変なことになった、という話がある。


 もちろんそれがどこまで本当かはわからない。ある程度そういう混乱もあっただろうけど、誰かが言うように酷い統治で荒れたのか、それほど大した混乱でもなかったのかは今となっては知る由もない。


 ただそういうことは起こり得るだろうということだけはわかる。俺が今突然、ミコトに五十万石、カタリーナに十万石、ルイーザに三十万石、というように広大な領地を与えたとして、皆がうまく統治出来るかと言えば出来るはずがない。


 織田家が比較的うまく統治出来ていたのは、小領主の頃からずっと、徐々に実地で実務を経験してきた者が次第に大きな領地を管理するようになっていったからだ。最初は小さな村を与えられていたような配下達が、織田家の拡大とともに何万石、何十万石という領地を賜るにいたり、それに合わせて経験を積んできたから可能だった。


 それに比べてその織田家の中の一軍団長に過ぎなかった豊臣の家臣達が、それまで管理していた小さな領地から一気に何十万石という大大名に出世すれば統治がうまくいくはずがない。


 それでも元の領地の統治機構を吸収して管理を任せていたのなら可能かもしれないけど、自分の配下の者を引っ張り上げるために、素人をどんどん出世させていけばうまくいくはずもないだろう。


 だから俺がカーン騎士団国を簡単に、そして確実に統治しようと思えば今ある統治機構をそのまま吸収して利用すればいい。そうすれば少なくともほぼ今まで通りには統治出来るだろう。でもそれでは俺の目的が達成出来ない。


 確かに今ある統治機構、ポルスキー貴族達の特権を認めて所領を安堵し、代わりに俺に協力させれば今まで通りの統治は可能だろう。でもそれじゃ領主や国主が代わっただけで何も変わらない。俺が敷こうと思っている統治体制に対して既存の勢力は邪魔でしかなく、むしろ排除対象だ。そんな者達の力を借りては意味がない。


 例えば明治維新や廃藩置県。これには大変な労力が必要だった。最初の維新の時に敵対勢力全てを完全に潰していれば、廃藩置県とかはもっと簡単だっただろう。


 もちろん理由もわかる。徹底的に敵対者を潰すと内戦が長引く。それに必ず勝てるとも限らないだろう。周囲が反発するようなことはなるべく避けて、味方に引き入れて自分達が権力を握ってから、徐々に在地領主達の力を削ぎ中央集権を進める。それがわからないわけじゃない。


 でもその結果中央集権などは徐々に時間をかけて行なわなければならなかった。一気に藩主達の権限や力を無くそうとしたら大きな反発が起こってまた内戦になりかねない。だから自分達の力を示しつつ、反乱するよりも大人しく従うように持っていきつつ、時間をかけて徐々に藩の力を弱めて、納得させていった。


 明治の日本の状況ならそれでよかったんだろう。何も明治維新やその後の中央集権化を否定しているわけじゃない。ただ俺が今からそれをするかと言えばノーだ。


 統治の面から見れば今の統治体制をある程度認めて吸収する方が良い。でもそれだと今の無能な統治者達や、俺の意に沿わない統治体制が維持されてしまう。後でそれらを排除しようとしても当然反発される。そうなるとまた面倒な手順を踏まなければならなくなる。


 今なら向こうは敗戦直後でありこちらに逆らえないだろう。今なら一気にカーン騎士団国の統治機構を切り替えることが出来る。今の支配者層や貴族達だって敗戦直後で兵力も経済力もないだろう。それにポルスキー王国本体があっさり負けたというのに俺達に逆らおうと思う者は少ないはずだ。


 今そういう勢力の存続を認めて、今後経済や兵力を立て直されるよりも、今一気に潰してしまう方が良い。ただそうなると問題なのはカーン家の統治体制をどうやって確立するかという話だ。


 小さな案件しか扱ったことがない者に、いきなり大きな案件を扱わせるように、今のカーン家の家臣達にいきなりカーン騎士団国を管理しろといっても出来るはずがない。前述の豊臣の失敗と同じことになる。そもそも能力的に可能な者がいたとしても、いきなりあれだけの広さを全て管理するには人材が足りない。


 豊臣恩顧の大名だってうまく統治した者もいる。失敗した者もいる。ただそこにいたるまでにもっと小さな案件からコツコツ経験を積ませて、徐々に大きなものを任せていればもっと失敗は減らせただろうというだけのことだ。そうしても出来ない者は出来ないし、最初から出来る者はある程度出来るだろう。


 今カーン家に足りないのは人材だ。この圧倒的な人材不足をどうにかしないことには統治もままならない。


 そこで俺は仕事や研究を行いつつあることを考えていた。


 まず一つ目は即戦力の採用……。そんなの何てことない誰でも思いつくことだろうと思うかもしれない。でもそう簡単な話じゃない。


 現代社会のように求人広告を出して、履歴書を持った応募者がやってきて、その中から良さそうな人を適当に選ぶ。そんな簡単な話じゃない。この時代の人材の登用というのは非常に難しい。


 ほとんどは血縁や縁故で決まるものであり、貴族に生まれたから統治者、商人に生まれたから商売人、農民に生まれたから農業、というような人材の活用しかされていない。もちろん中には生まれの仕事とは違う道に進む者もいる。でも誰でも何にでもなれるわけじゃない。


 特に統治者や官僚になろうと思ったら簡単ではなく、そういうものはほとんど血縁や縁故で占められている。優秀かどうかじゃなくて、ただどこの家の誰べえだから、というようなことだけで採用されて出世していく。


 俺が欲しいのは本当に優秀で、信用出来て、裏切らない者だ。


 血縁や縁故で選ばれているだけの者では優秀かどうかはともかく信用はない。例えば俺が人材を募集して、優秀だからと人を雇っても、その人がナッサム家やバイエン家所縁の者だったらどうだろう。そんな奴がうちの募集に来たらまずうちの内情を探りに来たと思うのが普通だ。


 もちろん違うかもしれない。家に捉われずにただ自分がどこかに仕官したいと思ってきたのかもしれない。でも裏で実家に情報を流しているんじゃ?という疑惑は常に付き纏う。本人が実家なんて関係ないと思っててもそういう話になってしまうだろう。


 血縁や縁故によって優遇するつもりはない。むしろ下手な相手の家だったら冷遇するかもしれない。本人の能力に関わらず……。でも信用出来ないんじゃそれも仕方ないだろう。


 かといって庶民・平民から優秀な人材が出てくるかといえばそれも望めない。何故貴族が支配者足り得るのか。それは本人が多少無能でも子供の頃からそればかり仕込まれているからだ。特別勉強が出来なくても、子供の時からずっとそういう教育を受けていれば最低限ある程度は出来るようになる。


 それに比べてその日暮らしも一杯一杯の貧農だったら勉強なんてしている暇もないだろう。子供の頃から親の手伝いで農作業に従事していたら政治のことなんてわかるはずもない。


 だから支配層はいつまで経っても支配層であり、下層はいつまで経っても這い上がれない。そして何らかの事情で支配層が崩れても、その後釜に座った者はうまく統治出来ずにすぐに潰れてしまうというわけだ。統治や内政にもノウハウがあり、それを知らない者がいきなりうまく統治することは出来ない。


 まず俺が短期的にすべきことは、カーン騎士団国に残る旧ポルスキー王国の支配体制の排除。そして優秀で実家などに影響されない即戦力の登用。これらはとりあえず今の急場を凌ぐためには必須だろう。


 また長期的に人材育成を考えていかなければならない。今いる即戦力を採用するだけというのでは、こちらの望む能力を持った者を安定的に確保出来る保障はない。だから育てる。


 騎士爵領、男爵領、騎士団国にそれぞれ教育機関を設けよう。成績優秀者には学費免除や生活補助を与えることにして、出自や経歴を問わず、広く優秀な人材を集める。そこで教育を施し、信用に足り、実務に耐えうる人材を発掘、育成して現場に送り出す。


 教育は一朝一夕にはならない。こちらは長い目で見て中長期的計画を練らなければ……。


 折角三領が別々の位置にあるんだ。相互に競わせるとか、専門分野を分けるとか、色々と住み分けや役割分担、切磋琢磨に使えそうだな。


「よし!そうと決まればカーン騎士団国に戻った際の面接の準備と、各地での学校、教育機関の整備に取り掛かりましょう!」




  ~~~~~~~




「フローラ様……、大丈夫ですか?お加減が悪いのですか?」


「いえ、大丈夫ですよ……」


 カタリーナが心配そうに俺を覗き込んでくる。俺は平気だと答えながら朝の日課の書類を片付ける。


 おかしいな?俺は自分が楽になるように、即戦力採用についての試案や、今後の人材確保のための教育機関の整備を提案した。そして俺の提案を受けて関係部署が早速実行に向けて着手してくれている。


 だけど……、その結果俺の仕事が増えた……。何故だ……?


 俺は自分が楽をするためにそれを考えたはずだ……。それなのに会議に会合に報告書に相談に……、俺に回ってくる案件がますます増えた。おかしい……。一体いつになったら俺は楽になるんだ?


「失礼しますぅ」


「ああ、ようこそ来てくださいました、アンネリーゼさん」


 俺が仕事をしていると植物研究所のアンネリーゼが来た。おっとり美人が来るとそれだけで部屋が華やぐ。まぁ変な爺さんの嫁さんだけど……。見て楽しむだけだから人妻だろうが何だろうがいいんだよ。別に口説こうってつもりじゃない。


「お呼びと聞いてきましたけどぉ……」


「ええ。まぁまずはそちらにおかけください」


 アンネリーゼに席を勧めながら俺も執務机から離れて向かいに座る。出してもらったお茶を飲んで一息入れてから話を始める。


「実はこのお茶なのですが……、フレーバーティーを作れないかと思っておりまして……」


「ふれーばーてぃー?」


 紅茶が出来たのはよかったけどまだ完成品には程遠い。それに品質の問題もある。飲めるけどそれほどおいしいわけじゃない、という程度の紅茶を量産しても意味がないだろう。


 そこで当然紅茶の品質を高めたり、均一になるようにしたりするわけだけど、それでもどうしても低品質な物をおいしく飲む方法とか……。あるいは人の好みによって普通の紅茶が合わない人にも飲みやすい物が作れないかと考えている。


「紅茶の茶葉に花や果実や精油の香りをうつして新しい香りのお茶を作れないかと考えています」


「まぁ!それは素晴らしいですね!」


「そこで植物研究所でもフレーバーティーの研究に手を貸していただけないかと……。ああ、あと養蜂も始めてみようと思うのですよ。紅茶に蜂蜜を入れるのも良いでしょう?」


「ふれーばーてぃーというものには是非協力させてくださぃ。ですが養蜂はすでに行なわれているのでわ?」


 確かに養蜂の歴史は古い。ここでも養蜂は行なわれている。でも旧来の養蜂は巣を壊して一度搾ったら終わってしまう。俺はもっと繰り返し同じコロニーで養蜂が出来るような、近・現代的な養蜂を興したい。


「植物にも蜂はかかせませんし、是非新しい養蜂の研究にも植物研究所の手をお借りしたいのですよ」


「わかりましたぁ。それでは具体的に……」


 フレーバーティーの研究や近・現代的な養蜂の研究についてアンネリーゼと話し合う。俺もあまり詳しい知識があるわけじゃないけど、何となく知っている範囲で説明していく。あとは研究員達の試行錯誤でどうにかしてもらうしかない。


 俺が提供出来るのは現代地球の知識による発想と、大まかなやり方だけだ。何らかの専門家というわけでもない俺が具体的なことを教えるというのは難しい。


 話を終えたアンネリーゼは来た時よりも遥かに上機嫌で帰っていった。普通仕事を増やされたらゲンナリしそうだけど、アンネリーゼは本当に植物やそれに関する研究が好きなんだろう。俺から与えられた新しい知識や研究対象にすでに心を躍らせているようだ。おいしい紅茶を飲みたいし植物研究所には頑張ってもらいたい。


 そして数日後……、何故か俺の机の上にはますます仕事が増えていた。何故だ……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 人材確保の為の施策に人材が必要でその人材の確保の為の施策が(無限ループ 機密性の低い仕事は割り切るしかないんでしょうね 魔法的な制約が付けられる奴隷とかいないのかな… なお、公の僕(奴隷)…
[一言] 養蜂……巣箱!遠心分離機! そのうち魔物の家畜化とかにも手を出すんだろうか
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