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第二百九十一話「造船所!」


 結局昨日はキーンの別邸に泊まることになった。朝から訓練と書類仕事を片付けてから今日も視察に出かける。


 ただ今日は視察というか俺は造船所に行こうと思っている。折角キーンまでやってきたから造船所に行って新型船の話を詰めたい。


「というわけで私はこの後、用がありますがゲオルクお兄様はどうされますか?」


 新型船の研究というのは現代で言えば新しい軍艦を作るくらいの重大な機密だ。兄はおろかお嫁さん達にですらおいそれと見せるわけにはいかない。それは相手を信用しているしていないという次元の話ではなく、情報管理の当然の配慮だ。家族だから見せても良いとか、知らせても良いというものではない。


「う~ん……。許されるなら私は少しこのキーンという町を散策してみたいな。フローラが向こうへ戻る時に一緒に戻るからそれまでこの町を視察させてもらいたい」


 ゲオルクにぃの視察というのはただ街中をウロウロするだけだからそれほど気にすることはない。実際カーザース領から移動してきている人間もたくさんいる。いくらある程度は制限しているとはいっても全ての人間の行き来を管理出来るはずもない。


 カーザース家臣団などは父が用もなくこちらに来るなと止めていたとはいえ、街道や船を制限したり規制したりしていたわけでもない。その気になればカーザーンから徒歩でカーンブルクまで行けるわけで、そこからキーンやフローレンに行っている者もいないとは言い切れない。


 機密の部分や立ち入り禁止区画に入り込むような者は逮捕されるけど、ただ街中をウロウロするだけなら自由であり、そういう経験を持つ者もすでにいる。だから当然兄だって街中をウロウロするのは自由だ。


「わかりました。それでは誰かに案内させましょう。え~っと……、それではヘルムートに頼みましょうか」


「かしこまりました。お任せください」


 隅に立っていたヘルムートが頭を下げる。フリードリヒについていたヘルムートのことはゲオルクにぃも覚えていた。親しいかどうかはともかく二人は一応顔見知りだ。ヘルムートに任せておけばゲオルクにぃの方は心配ないだろう。


「皆さんはどうしますか?」


「フロトについて行くわよ」


 お嫁さん達に聞いても返ってくる答えはいつも通りだ。もちろんついて来てもいいけど施設内などや機密を話し合っている場までは入れない。結局待ちぼうけなら違う所に行くなり、家で用事をしておくとかの方が有意義だと思うんだけど……。まぁ皆は譲らないわな……。


 そういうことはもう伝えてあるのに、それでも一緒に行くと言ってるんだから俺からとやかく言う必要はないだろう。ゲオルクにぃはヘルムートと町へ、俺達は一先ず造船所へ行くことで決まったのだった。




  ~~~~~~~




 キーンの造船所へとやってきた。皆は待合室で別行動中だ。現在造船の中心はここだから設計責任者とか造船管理者達が集まっている。次に俺が作りたい新型船は小型の川船だ。キーンの造船所は基本的に大型船の造船所になっている。小型船はこちらで作るには不向きではある。それでも何故俺がこちらに来たかと言えば本部機能や設計者達がこちらに集まっているからだ。


「カーン様、次の新型船の打ち合わせとのことでしたが、一体どのような新型船をお作りになるおつもりなのでしょうか?こちらではようやくガレオン船の量産に目処がたったばかりですが……」


 集まった責任者達がやや不安そうな顔で聞いてきた。それはそうだな。現在カーン家ではガレオン船の大増産を行なっている。そんな最中に新型船の開発を行なうなんて一体何事かと思うだろう。


 ガレオン船に何か重大な欠陥でもあったのか。今増産中のガレオン船が全てキャンセルになるのか。そういった不安が出ても不思議ではない。


「まず先に言っておきますね。今の所ガレオン船には不具合も見つかっていませんし、現在の建造計画は全て実行します。これから研究する新型船は河川舟運のための小型船です」


「ああ」


「そういうことでしたか」


 責任者達にほっとした空気が流れる。今からいきなりガレオン船全てキャンセルだ!とか実は致命的な欠陥が見つかって……、なんて話になったら大事だからな。


「本来ならば小型船なのでカーンブルクやフローレンの造船所が主力になると思いますが、私もたまたまキーンに来ていたことと、管理や設計の責任者がこちらにいるのでこちらで話そうと思っただけなのですよ」


 今でこそ全ての造船所でガレオン船の大増産に力を入れているけど本来の住み分けは、キーンが海洋向けの大型船、カーンブルクがそれらに比べて小型船の担当となるはずだった。フローレンは自力でヘルマン海に出なければならないから大型船のドックが必要だけど、カーンブルクは最悪なくてもなんとかなる。


 それでもカーンブルクにも大型船用のドックが整備されているんだから、今の増産体制がいかに大掛かりなものであるかがわかるだろう。


「ディエルベ川をのぼってカーン男爵領まで行き来出来る小型船が必要です。可能な限り軽量快速でそれなりの積載量が見込めるような……、今までにない画期的な川船です」


 もちろん今でも川船は存在する。俺達がハーヴェル川でスタニスワフに乗せてもらったような小型船だ。


 でもあれは櫂や棹で進む船で積載量もとても小さい。近辺を軽く回ったり、ちょっとした荷物を運ぶ程度ならいいけど、カーン騎士爵領からカーン男爵領までとか、ディエルベ川の貿易船からの荷物を運ぶというにはあまりに能力不足だ。


 そもそもこの辺りの川は流れも穏やかで水深も深く川幅があるとはいっても動力もない船が進むのは辛い。帆走しようにも洋上と違ってうまく風が吹いてくれるとは限らず、仮に風が吹いてくれてもすぐに風向きが変わったり、川縁に激突しそうになったり、浅瀬に乗り上げたりと操船が難しいだろう。


 そもそも途中にある橋を全て可動橋にしないとマストが高い帆船は通れない。大型船をまわすような大規模集積地や拠点までは可動橋にするか、高い橋に架け替えるとしても、小型船しか通らないような所まで全て橋を架け替えるのは現実的じゃない。


 長い年月をかけて架け替えていく必要はあると思うけど、運河や水路完成までに全ての橋を架け替えるのでは、予算はともかく労働力が圧倒的に足りないだろう。それに前から言っている通り各地の領主の同意をどうやって得るのかという問題もあるからな。


 どうしても架け替える必要がある所は説得して架け替えていくとして、後回しで良い所は将来橋を直す時にでも架け替えれば良い。


 ディエルベ川から行ける所までのぼって集積地と拠点を作らなければならない。そこまではガレオン船のまま川をのぼって一気に輸送する。そこからカーン男爵領近くまでは小型船で運び、カーン男爵領付近でまた大型船を利用しよう。


 カーン男爵領付近には湖がたくさんある。湖を利用すればそれなりの大型船も利用可能だ。さすがにガレオン船を運用するとかいう無茶はしないまでも、それなりの船なら使える。それは確認済みだから間違いない。途中の水路で通れない所は運河をかけるからな。


 だから両側は比較的大型船で一気に大量輸送が可能だ。それに耐え得る輸送をこの区間で行なわなければならない。ここがボトルネックになって流通が滞るようじゃ両側で大型船を運用する意味がなくなってしまう。


 この時代でも川船は利用されているけどどれも小型すぎる。あるいは大きいと橋が通れないなんてことになる。丁度良い規格というか、領地を超えた運用が考えられていない。領内の橋を潜れたら良い、というような思想だ。


「ふ~む……。用途はわかりましたが……」


「望まれるほど早く川をのぼる船というのは……」


 やっぱり皆動力で困ってるようだな。広くて川の流れが穏やかな所なら帆走でもいいだろう。あるいは櫂や棹でも進めなくはない。でも天候任せや人力で川をのぼるのは時間がかかりすぎる。輸送量を増やそうと大型化すればますます船足は遅くなるわけで、動力がない以上は単純に大型化すれば解決するというものでもない。


「船足を速くするために喫水を可能な限り浅くし、のぼりは曳舟道を牛馬で曳かせましょう。安定性を損なわなず積載量も出来るだけ多い方がいいです。くだりは川の流れにも乗れるので櫂や棹を中心にしても大丈夫でしょう。難所だけ牛馬に曳かせるというのも手です」


「なるほど……」


「それなら……」


 俺の提案に設計者達が頷く。彼らは船だけで全てを完結させなければならないと考えがちだ。実際船を作ろうと思ったらそうせざるを得ないだろう。


 でも俺の視点は違う。俺は為政者だから橋が邪魔なら橋の下を通れる船で、と考えずに橋を架け替えれば良いと言える。動力がなくて川をのぼるのが遅いというのなら川沿いに曳舟道を整備して牛馬に曳かせれば良いと言える。


 何でも彼らの設計に頼るのではなく、条件がかみ合わないのならばその条件を整えてやるのが俺の仕事だ。


「一部の地域では可動橋などに架け替えます。それらの地域で通れる比較的大型の船と、橋の架け替えや水路の整備が間に合わない区間で使う小型の快速船。私が考えているのはそれくらいですが、皆さんも設計者や運航者としての視点等から思いつくことがあれば何でも言って下さい」


 俺は単純に大型船が通れる場所と通れない場所用の小型船の二種類でいいかと考えてしまう。でも実際にそれらを設計したり運用したりしようと思うと別の考えや問題が出てくるかもしれない。


「ああ、それから他にも何か問題点や改善して欲しい所があればおっしゃってください。現在ある水路に合わせて考える必要はありません。水路が狭ければ広げればいい。のぼるのが大変なら牛馬に曳かせれば良い。そういう柔軟な対応で考えましょう」


「う~ん……」


「ではこっちは……」


「いや、それはこれで……」


 皆設計や運用も含めて考え出してくれた。何かあれば俺にも遠慮なく要望を言ってくる。良い環境だ。俺がすべきことは水路の拡張や運河の建設、橋の架け替え、集積地や拠点の整備。あと途中に河港を作る必要があるな。


 ディエルベ川からはある程度のぼれるところまで大型船が入ることになる。そのための拠点と集積地が必要だ。カーン男爵領側は川自体は狭いから拡張して水路確保や運河を掘らなければならない。でも湖が利用出来るからそれなりの大型船も運用出来る。


 あと船を曳く馬と牛が必要だな。こちらはいきなり何十頭も用意するのは難しい。徐々に増やしていくしかないから早めに準備していく必要がある。


 動力がついていない船で川を急いでのぼるのは何かと大変だ。そこで川沿いの曳舟道を牛馬や人力で船を引っ張るという方法は地球でも昔からとられていた。


 ただここではあまり発達していない。まったくないとは言わないけどやっぱり長距離、大規模というものはない。船の移動自体が狭い領内を往復するだけというのが多いのが問題だろう。海から内陸部までを通るというものは少ない。


 その上別に大規模や急ぎということがないから、櫂や棹でゆっくり漕ぎながら進むなんてものが主流になっている。それじゃ俺の望む大規模輸送には耐えられない。そこでうちが水路の途中に駅舎を作って牛馬を管理する。


 馬は足が速いけど重い物を運ぶのには向かない。牛は重い物を運ぶのには向いているけど足が遅い。そこで牛馬を両方飼育出来ればなと思う。重い物を引っ張るなら牛を、軽くて急ぐなら馬を使えばいい。


 フンも利用して駅舎の周りで牧場や農場を拓くか……。でもほとんどは他領になってしまうから難しいな。牧場というか牛馬の飼育は許してもらうとして、フンは発酵させて運ぶか?肥料になるから発酵だけその辺りでさせて、完成した肥料をその牛馬に運ばせるか。


 問題は牛馬の管理だな。のぼりばっかりで牛馬が使われたらすぐに川上に牛馬が溜まってしまう。くだりでの需要は少ないと思われるけどそれをいかに有効活用しつつ牛馬を移動させるか……。


 まぁ今あえて触れなかったけど何より一番の問題は各地の領主に許可が取れるのかってことだよな。こちらがいくら皮算用しようとも、河川の利用は良いとしても牧場や駅舎の許可が取れるかどうか……。


 牛馬で曳けないとか、駅舎が作れないとしてもどうせ船自身にも櫂や棹はつけるだろう。最悪の場合は船頭の人力だけで船を漕いでもらうことになるかもしれない。そういうことは伝えた上で設計に入ってもらう。


 こちらはまた流域の領主達と交渉しなければならない案件が増えた。どうせ船の設計も一発クリアってことはないだろうし、何種類か案が出てくるだろう。安定性の検証なども必要だろうからいくつか試作して実験も繰り返さなければならない。


 とりあえず設計には取り掛かってもらって実験までいけたらいくということでまとまった。俺はその間に王国や流域領主達と話し合って色々な許可を取り付ける必要がある。


 思いつきで造船所に来ただけなのにまた自分で仕事を増やしてしまった……。まぁ仕方がない。これもいずれしなければならなかったことだ。早めに着手出来てよかったと思っておこう。



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― 新着の感想 ―
[一言] また仕事増やしてる(゜ω゜)
[一言] 何回も前提条件に出してる動力をつけないのだろうか、と思いましたけど木材が不足してるんでしたね 石炭とか…てそういやファンタジーでしたね、魔力による動力機関とかロマンですねえ
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