第二百九十話「モテ男死すべし!」
父がカーン騎士団国へと戻って行ったのを見送ってから、ゲオルクにぃとキーンの町を視察していく。ゲオルクにぃはこちらに来たことがないし、色々見学させて欲しいというから一緒に視察することになった。
「あの巨大船はカーザーンの河港でも見たことがあったけど、まさかあれまでフローラ、いや、フロト卿が作ったものだったなんてね」
「申し訳ありません。秘密にするつもりはなかったのですが……」
船自体は隠せない。何しろ普通にディエルベ川を上っていたからだ。カーザーンの港にも入っていたんだから、少し港にでも行ってみれば簡単に船を見ることが出来るだろう。
ただそれを俺が作り運用しているということは兄達には秘密だった。船の建造や所有を秘密にしているというよりは、他のことを秘密にしていたために船の建造や所有のことも秘密にせざるを得なかったというわけだ。
商会や領地のことを説明せずに俺があんな船を建造、所有していることを説明出来ない。どこでどうやって開発して、建造して、所有出来ているのかという説明をしようと思えば、俺の当初からの資金源であったカンザ商会についてや、造船所を持った領地のことを説明しなければ不可能だというのはわかるだろう。
「それもこの港に並んでる数……。一体何隻所有してるんだい?」
「え~……、それについてはお答えしかねます……」
早速秘密が出来てしまった。家族にはきちんと話そうと言ったばかりだけどカーン家の重要機密については話せない。カーザース家の、フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースとしては秘密はなしでも、フロト・フォン・カーンとしては他家には話せない機密はたくさんあるということだ。
「ああ、そうだったね。カーン家の軍事機密はそう簡単には話せないよね」
「すみません……」
ゲオルクにぃが察してくれた。本当に申し訳ない。でも船の所有は軍事力に直結する。隣接する友好的な同国の貴族家にまで秘密にする必要はあるのか?と思うかもしれないけど、こういった機密は簡単には教えていけないものだ。
「いやいや、フロト卿は何も悪くないよ。私が無神経だっただけさ。まだそういうことには不慣れでね。どうか許して欲しい」
「頭を上げてください。この話はこれで終わりということで」
ゲオルクにぃが頭を下げるから慌てて上げてもらう。このままだったら自分が悪い、いやいや自分が、とずっと続きそうだ。
「それよりもせっかくなので視察の続きをしましょう」
「ああ、そうだね。それにしても立派な港だね。カーザース領にもこんな港があった方が良いのかな?」
キーンの港を見ながらゲオルクにぃがそんなことを呟いた。ただ残念ながら俺が北の海に面した領地を割譲してもらったから、現在のカーザース領には海に面した領地はない。
カーザース家が海に面した領地を得るためにはフラシア王国に割譲された北西地域を奪還するか、ディエルベ川、ヴェルゼル川、レイン川沿いに河港を作って川を下るしかない。
「カーザース家は現在海に面しておりませんので、大河に河港を作るしかありませんね」
「大河といってもディエルベ川しかないだろう?」
あ~……、そうか……。ゲオルクにぃの戦略ではヴェルゼル川の川下を奪還しようという戦略はないんだな。というか普通は考えないか。対魔族の国のためにヘクセンナハトにフラシア王国の国境を作るために割譲されたものだ。対魔族の国での人類の共闘の象徴でもあるためにそれを取り返そうなんて思う人間の方が少ないだろう。
「カーン家ではすでにヴェルゼル川沿いに町を建設しております」
「えっ!カーンブルクとこのキーン以外にもまだ町があるのかい!?一体どれだけ開発してるんだ……」
町を作っていることは別に非公開じゃない。ゲオルクにぃにカーン騎士爵領のことが知られたんだからもう隠しておく必要はないけど……、そんなに驚くほどのことか?
「お話の続きはキーンの別邸でしましょうか」
そういってゲオルクにぃをキーン別邸に招待する。すぐにカーンブルクに戻ってもいいんだけど、折角だからあれこれ見学と視察をしていこうというわけだ。
「…………これが別邸?カーザース家の屋敷より立派なんだけど?」
「あ~……、少しばかり……、そうかもしれませんね……」
そんなことを言われても俺だって知らない。俺の知らない所で勝手にどんどん増改築されているんだ。俺だって見るたびに成長しているうちの屋敷や別邸に驚いている。これだって決して俺がこんなものを作らせたわけじゃない。
「まぁいいや。それならそれで堪能させてもらうよ。食べ物はおいしいし、家人達はこちらが言う前に何でも先回りして用意してくれて、待遇も何もかも素晴らしいからね!メイドさん達も可愛い子が多いし!」
あ~……、まぁ……、ゲオルクだって良い青年だもんな……。わかるよ……。うん。わかる……。そうだね……。
「くれぐれもうちの子達にお手つきしないでくださいね……」
「わっ、わかってるよ!それくらい!」
本当かな?本当にうちは若くて可愛い子が多いからうっかり手を出しちゃったりするんじゃないか?
一応言っておくけど俺の趣味で可愛い女の子を集めてるわけじゃないからな。俺はそういう人材集めとかには口出し出来ない。最終的に許可を出すのは俺だけど、初期の頃に家人達を集めていたのはヘルムートやイザベラだったし、今ではそこに元家庭教師のオリーヴィアが入っている。
家人達の教育はその三人が行なっているし、雇うに足る人物を選別して連れてくるのも三人だ。俺は最終的に面接したりして雇うかどうか判断しているに過ぎない。
まぁゲオルクにぃをからかうのはこれくらいにして別邸に入って少し寛ぐことにする。今日はアップルティーを淹れてもらった。リンゴの季節だから今のうちに楽しんでおこうというわけだ。
レモンも今が旬だからレモンティーを楽しむのも良いんだけど、レモンはまだこれからというべきもので旬はまだ続く。それに比べてリンゴはもう収穫を終えているから今しかない。一部は加工されたりするけどやっぱり旬のものを生でいただこうと思ったら今しかないわけだ。
「このお茶もおいしいね」
「はい。これはアップルティーという飲み方です」
ゲオルクにぃとまったり寛ぐ。フリードリヒとだったらこうはいかなかっただろう。長男はしっかり者だとかよく言うけどどうなんだろう。フリードリヒはしっかり者というよりは神経質というかヒステリックというか、そんな感じだったけど……。それも俺のせいなのかな?
「ところでゲオルクお兄様はご結婚はどうなっておられるのでしょうか?すでに許婚はおられるのですか?まさか私の知らない所ですでにご結婚なさっているということはないですよね?」
「ぶっ!」
俺が気になっていたことを聞いてみるとゲオルクにぃはアップルティーを噴き出しそうになっていた。そんな変なことを聞いたか?カーザース辺境伯家の次男ですでに二十歳を超えているような大の男だ。結婚はまだでも普通なら許婚くらいいてもおかしくはない。
「ゲホッ!ゲホッ!……わっ、私は兄上が結婚を決めるからと言っていたから何も決まっていないよ」
「まぁ……、やはりそうなのですね……」
フリードリヒは俺にも勝手に結婚相手を決めるから黙ってろと言っていた。俺は非公式ながらルートヴィヒという許婚がいるけどゲオルクにぃはそういう相手はいそうにないもんな。
「誰か意中の方などはおられないのですか?」
「いっ、いや……、私は跡を継ぐめもないと思っていたから……、なるべくそういうことは避けていたんだ……」
おお……、可哀想に……。まさに思春期真っ盛りから性欲真っ盛りに差し掛かっている頃に女性との接触も避けていたなんて……。
赤くなりながらモジモジしている様はまさに草食系男子そのままという感じだ。女の子とおしゃべりしたり、ましてや手を繋いでデートなんてしたこともないんだろう……。何て可哀想な兄……。
全てはフリードリヒのせいで……、サルのように滾っている時期に恋愛もしたことがない奥手だなんて……。
でもその赤くなってモジモジするのはやめようか。正直気持ち悪い。
「それではゲオルクお兄様……、誰かそうなりたい相手や妻に迎えたい方はおられますか?」
「えぇ?急にそんなことを言われても……、本当に私はそういうのは……」
くぅっ!可哀想な兄よ!
よし!そういうことなら俺が兄の相手を探してやろう!学園の同級生とか、俺のお嫁さん達の知り合いとか、誰か探してあげよう!
「それではゲオルクお兄様の好みの女性はどういった方でしょうか?」
「やっ……、そう言われても……、わからないよ……」
うむうむ。良いんだよ。わかるよ……。俺だって前世はモテない人生だった。俺にはキュアちゃん達がいたけどここにはそんな心のオアシスもいない……。そんな寂しいゲオルクにぃを俺が何とかしてあげよう!
「学園に居た頃も色んな女の子が声をかけてくれて……、夜会でたくさんの子達と踊ったりしたけど……」
……ん?
「それによく手紙を貰ったり贈り物を貰ったりしたけど……、どうしていいかわからず……」
……んん?
「何ていうのかな……。この子だ!っていうような……、運命的な子がいなかったし……、皆お断りしてしまって少し悪かったかなとは思ってるんだけど……」
…………ん~?
「卒業してから領地まで追っかけてきてくれた子も何人もいて本当に驚いたよ。そこまで慕ってくれるのはうれしいんだけど、私は勝手に結婚出来ない身だし……」
「うがーーーーっ!」
俺は頭を掻き毟りながら立ち上がった。
「え?フローラ?どうしたんだい?」
「『どうしたんだい?』じゃありません!」
こいつ!何がモテない奥手の草食系男子だ!モテモテじゃねぇか!腹立つわ!普通にモテエピソードを自慢されただけだ!しかも領地まで追っかけてくるってどんだけだよ!この危険な世界でこんな辺境の果てまで追いかけてくるなんて相当な覚悟だぞ!それをどうしていいかわからないだぁ?ふざけんな!
「それだけ女性に慕われているのならたくさん候補の女性はおられるでしょう!」
「あ~……、そうだね。領地に帰ってからも家臣の家の娘を薦められたり、近隣の貴族家から縁談を申し込まれたり……、毎回断るのも大変だよ」
な・に・が!『大変だよ』だ!このモテ男が!お前はたった今全国のモテない男子全てを敵に回した!貴様の悩みがどれほど贅沢な悩みであるのか思い知るがいい!
「ねぇフロト~。今日はこの別邸に泊まるの?だったら今日も皆で一緒にお風呂に入りましょうよ」
「え?え~っと……、一応帰るつもりでしたけど……」
急にミコトが入ってきてそんなことを言い出した。俺の予定ではこの後また適当に視察しながら今日中にカーンブルクに戻るつもりだったけど……。
「そうなの?でも別に急いで戻る理由もないのよね?だったら今日はこっちで皆でお風呂に入って一緒に寝ましょうよ」
「そっ、そうですね……」
また皆と一緒にお風呂……。五人とくんずほぐれつ……。思い出されるめくるめく官能の世界……。そしてお風呂での洗いっこの後は同じベッドで……。うへへっ……。
「え~っと……、それじゃ私もここに泊めてもらえるのかな?」
「ああ、お義兄様もいたの?じゃあお義兄様も泊まりましょうよ。それでいいわよねフロト?」
「ええ、そうですね……」
皆とお風呂……。その後一緒に眠る……。うへへぇ……。今夜が楽しみだぁ……。
「それじゃ皆に伝えて準備しておくわね」
「はい」
ミコトが出て行くのを見送る。ふひひっ!よーし!今夜は張り切るぞ!
「フローラ……、『お義兄様』ってどういう意味なのかな?」
「……え?あ~……、何でしょうね?ミコトは他国の出身なので……、そちらの風習じゃないですか?」
いかんいかん……。ここにはゲオルクにぃもいたんだった。あまり俺の地が出すぎたらやばい。『コホン』と軽く咳払いしてから姿勢を正して座りなおす。
「そうなのかい?でもデル王国にそんな風習があるとも聞いたことはないけど……」
「まぁ良いではないですか」
あまり根掘り葉掘り聞くんじゃない。そういうことはスルーしてあげるのも優しさだろう。
「それにしても皆で一緒にお風呂に入ってるのかい?」
「え?ええ、まぁ……。毎回ではないですよ?たまにです……」
やばい……。俺が中身男だってバレたか?露骨に喜びすぎだったか?
「楽しそうでいいね。私も友達がいれば一緒に入るのもよかっただろうけど、生憎と私はあまり友達もいないから、そういう友達がたくさんいるフローラが羨ましいよ」
「おほほっ……。ゲオルクお兄様もこれからお友達がたくさん出来ますわよ……」
あ~、そっか……。そうだよな。普通はそう受け取るんだよ。ただ女の子同士で楽しそうに遊びながらお風呂に入ってるだけだと思うのが普通だ。あ~、焦った……。
それにしてもよくよく考えたら俺も今生ではあんな可愛いお嫁さん達五人もいてモテモテだったわ。さーせん(笑




