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第二十九話「同性愛は許しません!」


 クラウディア・フォン・フリーデンはフリーデン騎士爵家の一人娘として生まれた。クラウディアが自分は人と違うと気付いたのは初恋の『女の子』に振られた時だった。


 クラウディアは物心ついた時から女の子が好きだった。そのことに疑問を抱いたこともない。ただ当たり前のように女の子を好きになる。それがおかしいことだと知らされたのは六歳の頃に初恋の相手だった女の子に思いを打ち明けて振られたからだ。


『女の子同士で友達としての好きじゃなくて恋人として好きなんて変だよ』


 少し年上の憧れのお姉さんだった初恋の相手にそういって振られてからクラウディアは自分が人とはどこか違うことをようやく自覚した。


 そう言われて周囲を見てみれば女の子同士、男の子同士で恋人や夫婦は存在しない。『同性同士で恋人になるなんて気持ち悪い』と周囲が思っているのだと知ったクラウディアは一度は自分の性癖を隠そうとした。


 同性同士で愛し合おうなど場合によっては異端審問にかけられて火あぶりにされてしまうかもしれない。地球でも昔は周囲と違うというだけで異端とされて拷問の上で殺されることなど当たり前のように横行していた。この世界でもそういうことは当然のように起こり得る。


 だからクラウディアは必死で男の子を好きになろうとした。自分は女で男を好きにならなくちゃいけないんだととにかく必死だった。


 しかしクラウディアが男の子を好きになることはなかった。どう頑張っても、否、そう思おうとすればするほど男には興味が持てず女の子ばかり気になってしまう。


 そうして一年も辛抱して男を好きになろうと努力したクラウディアだったがどう頑張っても無理だと悟り諦めた。無理にそう思おうとすればするほど渇くかのように女の子を求めてしまう。


 どう頑張っても無理ならもう諦めれば良い。クラウディアは再び考えを改めた。幸い自分は騎士爵家の娘であり世襲権が認められていない。ならば別に婿を迎え入れなくともどの道家は父の代でなくなる。家の心配はする必要がないし自分が異端審問で火あぶりにされても良いのならば別に自分の性癖を隠す必要もない。


 さらに言えば自分が男と同等だと認められれば堂々と女の子が好きだと知られても大丈夫なんじゃないか?そんなことを考えるようになった。


 ならばクラウディアが男と同等だと認められるにはどうすれば良いのか。それを考えた時にクラウディアが真っ先に思い浮かんだのは父の姿だった。


 クラウディアの父は小さな紛争とはいえ戦争で功績を挙げて平民上がりの兵士から騎士爵に取り立てられた。世襲権もない騎士爵なので功績を挙げた本人だけへのご褒美のようなものだ。


 ちなみに中には世襲権を持つ騎士爵も存在する。騎士爵全てが世襲権がないわけではなく、普通は世襲権がないとされるが特例で一部には世襲権が認められている騎士爵家が存在するのだ。


 父のことが思い浮かんだクラウディアは自分も騎士爵を賜ればそれは一端の兵士として認められたということではないかと考えた。魔法使いや儀式や式典用に僅かながら女性兵士も存在するが基本的に兵役は男の仕事だということになっている。


 だからクラウディアは騎士になるべく訓練に明け暮れた。父に教わり剣を振り続け騎士になるために勉強も頑張った。父のように紛争で功績を挙げた叩き上げはともかく普通に騎士になろうと思えば学も必要になる。


 そもそもそう都合良く紛争や戦争が起こるはずもなく、そういった現場での功績を挙げる方法がなければどうやって騎士になれば良いというのか。その答えは騎士団への所属だった。


 騎士団に所属したからといって必ずしも全員が騎士爵を賜っているわけではない。ただし騎士団員は騎士と呼ばれる。爵位はなくとも騎士になれば世間から認められた一端の男だと言えるだろう。


 騎士団に所属して騎士となり、可能ならば騎士爵も賜る。そうすれば自分は大手を振って一人前だと言える。爵位も持つ一人前にさえなれば多少変な性癖があろうとも許されるのではないか。金と暇がある貴族は快楽には貪欲だ。だから妙な性癖の一つや二つ持っている貴族も多い。そういうものに比べれば同性愛くらい軽いものかもしれない。


 そう思ってそれだけのために七歳の頃から三年間毎日訓練に励みクラウディオと名を偽り男の振りをしてようやく近衛師団の騎士候補生にまで上り詰めた。


 だというのに今日ポッと出の者が近衛師団にやってくるという。自分は三年間も血の滲む努力を重ねて同世代の男の子達を圧倒してようやく今の立場を手に入れたというのに聞いたこともない者がいきなり近衛師団に入団するというのだ。


 大身の貴族ならば下の方の地位や位など金で買える。坊ちゃん騎士団と呼ばれている親衛隊などが良い例だ。将来自分の家を継ぐ貴族の坊ちゃん達は別に騎士になる必要も騎士爵も必要ない。家を継げば伯爵や子爵になれるのだ。世襲権もない騎士爵などもらっても何の意味もない。


 しかし実際には大身の貴族家の坊ちゃん達はこぞって親衛隊に入る。それは王族の護衛である親衛隊がステータスの一種になっているからだ。そして親衛隊に入るために根回しし金で騎士爵を買う。本来は騎士が騎士爵を賜る所を逆の手順で騎士爵を賜ったから騎士団に入れてもらうという裏技である。


 今日やってくる者もそうらしい。すでに騎士爵を賜っており、そのお陰で騎士団である近衛師団に入団する。どこの貴族のボンボンか知らないが兵士や騎士として実績を挙げたわけでもないのに騎士爵を賜ったから近衛師団に入ろうなどと許せるものではない。


 そもそもそれならば親衛隊に入れば良いではないか。親衛隊は坊ちゃん騎士団として有名であり、また大身の貴族家達も王族の護衛である親衛隊に入れたがる。叩き上げが多く実戦向きの近衛師団に入る貴族はほとんどいない。


 何らかの理由で親衛隊への入団を断られたのか何なのか詳しいことは知らないが騎士爵を賜ったからと騎士団に入り、親衛隊が駄目だから近衛師団でも良いか程度のことしか考えていないようなボンボンなど来なくて良い。


 クラウディアもといクラウディオがそう考えながら練兵場へと続く廊下でその相手を待っているとやってきたのは女の子かと見紛うほどの美形の少年だった。歳も自分とそれほど変わるようには見えない。綺麗に仕立てられた正装をしていることから相当な大身の貴族のボンボンであろうことは想像に難くない。


「私はフロト・フォン・カーン。先日騎士爵を賜ったものです。所属部隊が近衛師団であるとの通達を受けて本日こちらへ来るように言われたのですが?」


「えっ!君が?!」


 金で地位を買った貴族のボンボンが来るのだろうとは思っていたがまさかこんな綺麗な子供がやってくるとは思ってもみなかった。普通ならば若くとも王都にある貴族専用の学園を卒業している歳にでもならないと騎士団になど入れない。それが自分と変わらないほどの子供だったなど驚きだ。


 何とか気持ちを持ち直したクラウディオはフロトと名乗った少年を連れて練兵場へと向かった。本来であればここで近衛師団の訓練が一時中断されて新入りの紹介と挨拶になるはずだった。しかしクラウディオはフロトを模擬戦に誘った。練兵場の隅でこっそりと模擬戦をして貴族のボンボンの化けの皮をはがしてやろうと考えたのだ。


 右腕を吊り下げていることから負傷しているのだろうことはわかる。負傷を理由に模擬戦を断ってくるかとも思ったが案外あっさり引き受けたのでクラウディオは拍子抜けした。片腕でもクラウディオに勝てる自信があるのか、模擬戦だと思って油断しているのか、何も考えていない馬鹿なのか。


 模擬戦をしていれば嫌でも周囲に注目されるだろう。そこで叩き上げが多く実戦向けの騎士団である近衛師団にはフロトの居場所はないと思い知らせてやろうと思っていた。


 丸腰でやってきたフロトに好きな武器を選ぶように予備のものを見せる。貴族ならば見栄を張って豪華な剣でも選ぶかと思いきやフロトは飾り気がなく実戦的なカットラスを選んでいた。片手がぶら下がっている状態ならば軽くて取り回しがしやすいカットラスを選ぶのは合理的だ。少しだけフロトへの評価を改めたクラウディオは自分専用の特注のショートソードを持ってフロトへと向かっていったのだった。




  =======




 これまで同世代には負けたこともないクラウディオは完膚なきまでに叩きのめされていた。往なし受け流すのがうまいフロトに何とか攻撃を当てようとコンパクトな一撃に切り替えて連打を浴びせたというのに向こうは息一つ乱していない。


 悔しい。ただそれだけだった。それなのにフロトは爽やかな笑顔でクラウディオに手を差し伸べてくる。それを受けてクラウディオは自分の器の小ささが恥ずかしくなった。


 フロトは実力を示してみせた。片腕だったというのに同世代では負けなし。近衛師団の騎士候補生筆頭であるクラウディオが手も足も出ないほどの実力を持っている。決して金で地位を買ってやってきたボンボンなどではない。


 だというのに自分はそんな相手を認めず勝手に悔しがっている。自分は何と小さな人間なのだろうかと急に恥ずかしくなってきた。そしてそんな自分にも勝負が終われば手を差し伸べてくるフロトが真の騎士たる人物だとようやく理解したのだ。


 そう思ってフロトの手を取るとフロトは一瞬キョトンとした顔をした後少し赤くなって優しくクラウディオの手を引いた。そのはにかんだ笑顔が素敵で……、と思った所でクラウディオは正気に返った。


 今自分は何を考えていた?クラウディオは男で男を好きになるなんて気持ち悪いことだ。自分は男で女の子を好きになるのが普通だ。そうでなければならない。そうでなければこの四年間の苦しみは、三年間の努力は何だったというのか。


 フロトは良い奴だ。それは男とか女とか恋愛感情とか関係なく良い奴だという話にすぎない。自分はあくまでクラウディオという男であって同性同士好きだの何だのと言うのは気持ちの悪いことなのだ。クラウディアは必死に自分にそう言い聞かせていたのだった。




  =======




 フロトが近衛師団に来てから二ヶ月以上が経っている。最近では一緒に王都を歩いたり訓練でもプライベートでも一緒にいる時間が多い。フロトと一緒にいる時間はとても楽しく安心する。ふんわり柔らかく微笑んだ美少年フロトの笑顔を見ているだけで癒される。


 ただ最近は一緒に王都を歩いていてもフロトの顔色が優れない時があるのが気になっていた。もしかして自分と一緒に歩くのは楽しくないんじゃないか。そんなことを考えるとクラウディアは何だか胸が苦しくなった。


 だからちょっと意地悪をしてみる。まだ腕が完治していないらしいフロトはいつも一人別メニューで訓練している。そのことをちょっとつついて意地悪をしてやろうと思ったのだ。


「ふぅっ!フロトは良いよな!怪我してるからって楽な訓練ばっかりで」


「お疲れ様」


 チクッと嫌味を言ってみたのにフロトはいつもの柔らかい笑みを浮かべるだけで怒ったりしない。フロトがそんなだから余計に気になってしまうんじゃないかとクラウディアは恨めしそうにフロトを見た。


「わっ!急に何だよ?!」


 それなのにフロトはクラウディアの態度など気にした様子もなく頭にタオルを被せて汗を拭ってくれた。フロトにそんなことをされてクラウディアは胸がキュンとなってドキドキしてしまった。


 自分は男でフロトも男だ。だからそんな男同士で好きになるなんて気持ち悪いことなんだ。


 頭ではそう考えているはずなのに心がそれに従ってくれない。嫌でも自分の気持ちに気付かされてしまう。自分はフロトのことを……。


「そんなに驚くことか?こっちで休んだらどうだ?」


「やっ、やめろよ!」


 さらにフロトに肩を抱かれて心臓が飛び出そうになった。これ以上フロトのことを好きになっちゃいけない。そう思って必死の思いでその手を振り払った。


「ごめん……」


 手を振り払われたフロトは一瞬驚いた顔をしてから急に悲しそうな顔になって謝った。


(違う!そうじゃない!フロトにこんな顔をさせて悪いのは僕の方なんだ!)


「あっ……、いや……。僕の方こそごめん……」


 何とか声を絞り出して謝る。本当はギュッとフロトに抱きつきたい。頭をポンポンしてもらって肩を抱かれて歩きたい。だけどそれはいけないことで……。だから全てを忘れなくちゃいけない。そう思うのにそうはならない。自分の心が自分の思い通りに働いてくれない。


「何だ何だ?いつもべったりのボーズ共が痴話喧嘩か?」


 そこへホルスト師団長が空気も読まずに割り込んできた。もしフロトにそんな言葉を聞かれたら、自分の気持ちを知られたら、また気持ち悪いと思われてしまう。今は自分は男でフロトも男だ。同性同士で好き合うのは気持ち悪いことだと自分に言い聞かせる。


「誰がべったりだ!痴話喧嘩とか言うな!気持ち悪い!」


 何とか虚勢を張って大きな声でそれだけ言うのが精一杯だった。それ以上ホルストが何か言ってきてもうまくしゃべれる自信がない。しかしそれは杞憂だった。


「……ごめん」


 青い顔でシュンと俯いたまま表情を無くしたフロトがトボトボと練兵場を出て行く。その姿を見てホルスト師団長は『あ~ぁ……』と言いながら頭をボリボリ掻いて向こうへ逃げるように去って行った。そしてクラウディアは胸をギュッと締め付ける想いと共にただフロトの後ろ姿を見送ることしか出来なかったのだった。



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