第二百八十七話「ご機嫌取り!」
ゲオルクにぃを呼んで、全てを話して……、少しすっきりした。何だか今まではずっと内緒にしていて秘密を抱えていたけど、それを全部話してようやく本当の兄妹になれたような気がする。まぁその分ゲオルクにぃは驚いていたし疲れていたけどこっちは全部吐き出せてすっきりしたという所だ。
そもそも最初からカーン騎士爵領のことを、家族やカーザース家臣団に話していればこんなことにはならなかっただろう。それを秘密にしていたからこそこんなことになってしまった。フリードリヒも俺の領地だと知らずにあんな狼藉を働いたんだろう。
まぁカーザース領だったらしてもいい、俺の領地だからしては駄目、という話ではないけどな……。どちらにしろフリードリヒの行いは許されないことではあるけど、それでもこんな面倒な問題に発展することはなかったはずだ。
過ぎたことをとやかく言っても仕方がないけど……、そう考えずにはいられない。
それはともかくお嫁さん達が心配だからちょっと様子を見に行こう。心配なのはお嫁さん達じゃなくて、お嫁さん達が何か仕出かさないかと心配なんだけどな……。
ゲオルクにぃは今日はうちに泊まってもらって明日から二人でフリードリヒと話をしようと思う。カーザース邸からも通える距離ではあるけど、とりあえず今日は泊まってもらえばいい。フリードリヒをもてなしてやろうとは思わないけどゲオルクにぃはもてなしてあげたい。これから苦労するだろうし今日くらいはゆっくりしてもらいたいものだ。
「皆の様子はどうですか?」
五人のお嫁さん達が隔離……、じゃなくて、監視……、でもなくて、休憩している部屋にやってきた。扉を開けて声をかけてみたけど……。
「フロト様!よかった!あとは頼みます!」
「え?え?」
俺が部屋に入るとバタバタと兵士達が部屋から出て行った。全然状況がわからない。ただ最後にイグナーツが俺に『幸運を祈る!』みたいな感じで敬礼して部屋から兵士達がいなくなった。残っているのは五人のお嫁さん達とイザベラだけだ。ヘルムートもここにはいない。
「あの……?」
「フロト!今すぐあいつを死刑にしましょう!」
「いや!その前にまず僕に正々堂々と決闘をさせてくれ!」
「私が魔法で丸焼けにします!」
「学園でたっぷりとこの話をさせていただきますわ!」
「ちょっ!ちょっ!落ち着いて!」
皆が一斉に俺に詰め寄ってきた。いや……、皆じゃない。カタリーナだけは落ち着いているようだ。席に座ったまま……、何かを呟いている?
「確か長く苦しむ毒は……。いえ……、これでは苦しみが足りませんね。もっと長く苦しむ毒が……。絶対に助からず、それでいて長く苦痛に苛まれるような毒は……」
「ひぃっ!」
暗く沈んだ顔でブツブツと言っているカタリーナはそれはもう恐ろしかった。ちょっぴり零しそうになった。いや、出てないよ?出そうなくらい怖かったってだけだから!本当に!
「皆さん落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるわけないでしょ!フロトを二度も打つなんて許せないわ!」
だから魔力を集中するな!やめてくれ!家が壊れる!ミコトやルイーザの魔法が炸裂したらこの屋敷が壊れてしまう。
一発で完全に破壊したり灰にするほどではないにしても大事になるのは間違いない。それに火系統の魔法を使われたら延焼する可能性もある。
「とにかく!私は無事でしたしフリードリヒにはそれなりに償いをしてもらいますから!だから落ち着いて!」
「僕は冷静だし落ち着いているよ。ただ正々堂々と騎士として決闘を申し込みたいだけさ。僕は落ち着いているけど皆は冷静じゃないだろうね」
いやいや……、クラウディアさん……、貴女も落ち着いてはいないと思います……。
「仕方がありませんね……。この場を収めるためにはフロト様に一肌脱いでもらわなければならないようです」
「イザベラ……、何か秘策があるのですか?」
静かにそう語ったイザベラは何らや自信がありそうだった。もしこの場をどうにか出来るなら是非どうにかして欲しい。俺には皆を落ち着かせる方法は思いつかない。助けてくださいイザベラ先生!
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「ふん♪ふん♪ふふん♪ふふふふ~ん♪」
カタリーナの鼻歌が響き渡る。とても上機嫌だ。さっきまでホラー映画の怨霊よりも恐ろしかった少女と同一人物とは思えない。
「カタリーナ、そろそろ代わってよね」
「駄目です。これはメイドである私の仕事です」
わしゃわしゃと泡の音がする……。
「カタリーナさんだけずるいですわ。皆さんで一緒にフローラさんを洗おうと決めたではないですか」
おお……。あの恐ろしいカタリーナにアレクサンドラが真っ向から意見を言うとは……。案外アレクサンドラも肝が据わっているのかもしれない。
「……わかりました。それでは五人で一緒に洗いましょう……」
お……?カタリーナもちょっと譲歩したようだ。今まで散々自分はしてたんだから普通なら交代だと思うけど、それでもカタリーナにしては他の四人と共同でと譲っただけでも大した譲歩だと思う。
ところで何の話か大体想像はついていると思うけど一応説明しておこう。イザベラの秘策とは……、俺がまたこの前の極小水着を着て、お嫁さん達五人と一緒にお風呂に入って、洗いっこ……、じゃなくて一方的に俺が洗われたらいいというものだった。
そんなものであれほどの雰囲気になっていた皆がどうにかなるはずないと思ってたんだけど……、どうにかなりました……。
俺がちょっと『今から皆で一緒にお風呂に入って洗いっこしましょ』と言ったら全員いきなり態度がガラリと変わってこの有様だ。イザベラにそう言えと言われた時はそんなものでと思ったけど、確かにその効果は劇的だった。ただ問題は俺が皆にこうして洗われているということだろうか。
確かに悪くはない。いや、正直に言えばかなりうれしい。でも滅茶苦茶恥ずかしい。人に体を洗ってもらうっていうのはこそばゆいような、恥ずかしいような、気持ち良いような……、何とも言えない気分になる。
まぁこれであの物凄い雰囲気だった皆がいつもの皆に戻ってくれるなら安い物ではあるんだけど……、うれし恥ずかし気持ち良い……。何とも言えない気分を味わうことになった。
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朝起きたら体が重かった。もしかして疲れが取れてないとか、あるいは病気かとも思ったけど違った。俺のベッドに六人も乗ってるから、というか俺の手足や体の上に引っ付いて乗っかってる人々がいるから、重くて自由に動かせなかっただけだった。
そういえば昨晩皆で一緒に寝たんだっけ……。監視してないと、皆がフリードリヒを殺しに行くかもしれないから一緒に寝ろと言われたらそうするしかなかった。
のそのそと起き出して朝の日課に向かう。父も母もいないけど一人でも訓練は出来るからな。素振りでも型の練習でもやりようはある。もう毎朝体を動かさないと気がすまない体になってしまった。習慣というのは恐ろしいものだ。
朝の訓練を終えて朝食の席でゲオルクにぃに今日のことを話す。今日はまず二人でフリードリヒと話をしに行くことになった。ゲオルクにぃは俺の説明を聞いてある程度納得してくれたけど、フリードリヒはまだまったく事情も理解出来ていないだろう。
ただ俺が一人で説明しに行ってもまともに話も聞いてもらえないと思う。それに話した所で理解もされないだろう。ゲオルクにぃはあっさり信じてくれたから勘違いしそうになるけど、普通の者ならまず俺の話なんて信じない。突拍子もなさすぎて子供の法螺話くらいにしか思われないだろう。
そんなわけでゲオルクにぃと二人でフリードリヒが入っている独居房に行ったんだけど……、まったく話を聞いてもらえなかった。特に俺への敵意というか敵愾心というか、とにかく俺への当たりが激しい。
俺が居たら話も聞いてもらえないかと思って、悪いとは思ったけど残りはゲオルクにぃに任せて俺はフリードリヒの説得から一度外れる。一日や二日でどうにかなるとは思えないからこの件が片付くのは早くても数日は先だろうな。
俺は昨晩の間に父に手紙を出している。港まで運んで船が向こうに行くまでのことを考えれば往復で早くても数日はかかるだろう。その間俺がフリードリヒに関わったら余計に興奮させるだけみたいだから、ゲオルクにぃに引き続き説得と説明を任せて俺は自分の仕事に専念する。
俺だってフリードリヒのことばかりに構っていられない。そもそも俺の里帰りは仕事のために帰っているようなものだ。それなのにこんなことで余計な時間を取られている暇はない。まず毎日の日課の書類仕事を片付けて、色々報告を聞いたり、会議に参加したり、面接や面談を行なったり……。
「フローラ様、一緒にいていただけないとまたあの愚か者を殺しに行ってしまいそうです」
「……カタリーナ」
ぶっちゃけもうカタリーナさんはフリードリヒのことをダシにして俺にくっついてくることを正当化してるだけだよね?いや、いいけどね?でもそんな言い訳や正当化をしなくても一緒に居たいって言ってくれたらいいのに……。
「カタリーナばっかりずるいわよね。私もフロトに甘えるわよ!」
「フローラさん、お茶にしましょう?」
「牧場から搾りたての牛乳を持って来たよ」
「僕は今日はアップルティーの気分なんだけどね」
結局皆がワイワイと集まってくる。もちろん嫌じゃない。むしろこうしていられることが俺の心の癒しになっている。
俺はフリードリヒに平手打ちされたことくらいどうとも思っていない。大してダメージもなかったし、あれ以上のダメージだって毎日のように経験してたからな。
ただ皆は俺が意味も理由もなく殴られたことが許せないようだし、そう言って怒ってくれるのは素直にうれしい。皆の気持ちが伝わってくるかのようだ。
フリードリヒへの説明と説得はうまくいってないようだけど、俺としては仕事も順調に進んでるし、皆とはこうして心温まる触れ合いが出来ているし、何も不満も問題もない。
どうせフリードリヒを罪に問おうと思っても大した罪にはならない。心情的には死刑にでもしてやりたい所だけど実際に犯した罪としては大した罪はないからだ。
精々が無銭飲食、器物損壊、暴行、まぁあとは勘違いによる身分詐称……、無銭飲食や器物損壊は弁償すれば終わりだし、貴族が平民を多少暴行してもそれほど重い罪にはならない。理由もなく殺したりしていれば別だけど、ちょっと暴行を加えた程度じゃほとんどのケースで無罪放免となっている。
俺の領地で自分が次期領主だと吹聴して回ったことだけ少々ややこしい。普通なら結構重い罪だ。例えば俺が王家とは何の関係もないのに王家の者だと詐称すれば、お家お取り潰し、死刑、くらいは普通に有り得る。
でもそれはあくまで王家を騙れば、という話だし、実際ここは少し前までカーザース領であり、しかもその事実はなるべく隠されていた。事情を鑑みれば、フリードリヒがここはカーザース領で自分が次期領主だと勘違いしていても仕方がないとも言える。
結局の所、罪がいまいちはっきりしないものや、わかっていても軽度なものしかなく、心情的には死刑にしてやりたいけど実際には不可能、という結論に落ち着く。
それにあの時は俺も頭に血が昇っていて殺してやろうかとすら思ったけど、時間を置いて冷静になればそこまでするほどでもないという気になっている。兄だからと無罪放免で逃がしてやるなんてつもりはないけど、感情的に罪以上の罰を与えることは出来ないという気になっている。
とりあえずフリードリヒを法廷に引き摺り出すにしても、まずは本人に罪を自覚してもらわなければ始まらない。ゲオルクにぃがうまく説得出来ればいいんだけど……。
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フリードリヒを捕らえてから数日、まだ朝早い時間に俺の部屋を訪ねてくる人物がいた。
「フロト・フォン・カーン卿、今回の件は本当に済まなかった」
「頭を上げてください」
手紙を受け取った父が飛んで戻ってきたようだ。まさか父本人が戻ってくるとは思っていなかった。モスコーフ公国との国境は大丈夫なんだろうか。
「今回のことはカーン領のことをなるべく内緒にして欲しいと頼んだ私にも責任はあります。まずはフリードリヒ本人に罪を自覚してもらい、法廷にて罪を裁きましょう」
頭を下げている父に頭を上げてもらう。監督不行き届きという意味では確かに父にも落ち度がなかったとは言えないだろう。でもこの騒ぎの原因となったのは、俺がカーン騎士爵領のことをカーザース家やカーザース家臣団にすら内緒にしてくれと言ったのが原因だ。
「いや、今回の件はフリードリヒが悪い。私はまずフリードリヒと話してくる。カーン家への償いはそれから話し合おう」
「はい……。ゲオルクお兄様が随分説得に苦労されておられるようですので、きっと助かると思います」
部屋から出て行く父を見送ってから、これから話し合いが進みそうだと思った俺は残った仕事を急いで処理しにかかったのだった。




