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第二百八十四話「捕縛!」


 まるで理解出来ない。何だこれは?何故フリードリヒがこんな所にいる?それに何をしているんだ?


 ほんの……、ほんの数日前、俺がこの本邸を出て行く前までは綺麗に整えられていた庭が……、あちこち焼けている。理由は簡単だ。フリードリヒとその周りにいるガラの悪そうな、いや、頭の悪いそうな、でもない。頭の悪い連中が、うちの庭先でバーベキューをしているからだ。


 そもそもこれはバーベキューと言っていいのか?庭で直に焚き火を焚いている。馬鹿なのか?燃え広がるかもしれないとかそういうことを考えないのか?結果あちこちに飛び火したのか、これまで何度も場所を変えて焚き火をしているのか、庭のあちこちに焼けた跡がある。


 毎日職人や家人達が手入れして綺麗にしていた庭が……、見るも無残な姿になっている。


 その焚き火で色々な食材を焼いている。それはまぁいいだろう。バーベキューだと思えばおかしなことはない。何故こんな所でバーベキューをしてるんだとかいう話さえ置いておけばな……。でも……。


「うめぇ!この一口目がうめぇんだよ!あとはいらね」


 ガラの悪い馬鹿が焼けたばかりの肉を、一番やわらかいところだけ一口齧ってあとは庭に捨てた。庭のあちこちには食いかけのものや飲みかけのものが散乱している。もう庭は滅茶苦茶だ。食いカス飲みカスがあちこちに転がり、地面は焼け跡だらけになっている。


 百歩譲ってうちの庭のことは良いとしよう。腹も立つし許せないけどそれは置いておくとしてだ。こいつらは……、うちの領民達が一生懸命働いて作った食べ物をこんなに粗末にしている。その牛肉一塊を作るのに皆がどれほど苦労していると思っているんだ?


 俺はあまり農作業や牧場の作業はしたことがない。それでも……、視察していれば皆が大変な思いをして仕事に励んでいることはよくわかる。その……、皆の血と汗の結晶である食べ物を……、意味もなく無駄に捨てている。


 頭が真っ白になって考えが纏まらない。どうすればいいんだっけ……。ああ、そうか。こいつらをミンチに……。


「おい!聞いているのか!私を無視するな!」


 パシンと乾いた音が響く。何だっけ……。ああ、俺は今ビンタされたのか。


「くっ!この!何を耐えているのだ!お前は無様にひっくり返っていればいいのだ!」


 もう一度手が振り上げられる。ひどくゆっくり緩慢な動作だ。母ならその間に数十回は突いてくるな。


 パシンと再び乾いた音ば響く。でも俺は少し顔を動かされただけでよろけすらしない。これでひっくり返れと言われても無理な話だ。


「貴様!」


 もう一度手を振り上げる。もう……、いいか……。こんな不快なものは消してしまおう……。


「お待ちくださいフローラ様!」


「イザベラ……」


 俺が目の前の不快なものを消し去ろうとしたらイザベラが俺の前に立った。何故止めるのか。こんな不快なものはすぐに消してしまわなければ……。


「落ち着いてくださいフローラ様!このような所でそれをなさっては必ず後で後悔されます。どうか、どうかご自重を」


「…………」


 イザベラの言葉に俺は上げかけていた手を下ろした。そうだな。まだ相手の罪も明らかにしていないのに感情のままに相手を殺すのは領主のすべきことではない。それではただの独裁者だ。例え罪人に死刑になる理由があったとしても、それを公正公平に明らかにしたあとで刑を執行しなければ、それはただの権力の乱用だ。


 この世界では、この時代では確かにそれでも許される。権力者に絶大な権限がある。でも俺はそれをしてはいけない。これから俺の目指す統治を行なうつもりならそれは駄目だ。


「何をごちゃごちゃと言っている!どけ!」


 今度は俺の前に立ったイザベラまで殴ろうとする。なのでイザベラを抱き締めてその場から離れる。イザベラまで殴られたらさすがに俺でも我慢出来る自信はない。ぶち切れて皆殺しにしてしまうだろう。これはフリードリヒを助けるためのことだ。


「な?いつの間に……?」


 目の前にいた俺とイザベラが一瞬でいなくなったから見失ったようだ。まるでなってない。あの程度の動きも見えていないんじゃ剣の腕は大したことがないんだろう。


「誰か事情の説明を」


「はっ……。フロト様がここを発たれて間もなくフリードリヒ様が来られ、ここに滞在するから持て成せと……」


 警備隊長のイグナーツの説明を聞いて何となくわかった。どうやら俺とフリードリヒは入れ違いになったようだ。俺がカーザーンへ出発した後にフリードリヒがここに来て、俺がカーザーンに滞在中はフリードリヒがカーンブルクに滞在していたということだな。


 カーザーンでフリードリヒがいないからと喜んでいた俺を殴ってやりたい……。いないならどこへ行って何をしているのか把握しておくべきだった。それならまだせめてもっと前には戻ってこれたものを……。


「フローラ様の兄なので皆どうすれば良いのかわからず……。力ずくで排除するわけにもいかず、口で言っても何も聞いてもらえずメイド達が暴力を受けるので止むを得ず可能な限り持て成しておりました」


「あぁ……」


 エーリヒの言葉が重くのしかかってくる。つまりはそういうことだ……。


「馬鹿!それではフロト様が悪いように聞こえるだろう!」


「え?あっ!いや、そういうつもりは……」


「良いのですよ……。エーリヒの言う通りです。こういう場合の対処を何も考えていなかった私の落ち度です」


 それはそうだ。領主の家族がやってきて傍若無人に振る舞ったとして、何も指示されていない兵や家人やメイド達がそれを排除したり出来るか?出来るわけがない。


 例え最早別の貴族家の者だとしても紛れもなく俺の血縁だ。実の兄だ。そんな者を実力で排除など出来るはずがない。


 俺がそういう場合に備えて指示を出したり、対応を決めていたのならその通りに出来ただろう。でも俺はそんなことを想定すらしていなかった。まさか自分の兄がここまで愚かだとは思いもしなかった、というのはただの言い訳だろう。


 俺は何も知ろうとしていなかった。兄と関わらないのならそれはそれでいいと思っていた。その結果がこの有様だ。


 もっと兄のことについて情報収集していれば、こういう事態にもなるかもしれないと考えることが出来たかもしれない。ここまでのことを予想出来なかったとしても、兄がこんな馬鹿だと知っていればその動向を監視して、せめてもっと早く手を打てたかもしれない。全ては俺の落ち度だ。


 何故皆俺に伝令を出してくれなかったのかと思わなくもない。でもそれは皆のせいじゃないだろう。皆は俺に余計な負担をかけまいと思って黙っていたのかもしれない。もしかしたら兄の傍若無人な振る舞いも俺が許容していると思ったのかもしれない。


 俺が皆にとやかく言うのはお門違いだ。全ては俺が招いた結果だ……。


「私を無視するな!」


 フリードリヒが腰の剣に手をかけながらドカドカと歩いてくる。足の運びが素人だ。兄達も父に訓練を受けていたはずなのに……、こいつは一体父から何を習ったんだ?


 いや……、何も習わなかったからこそこうなったんだな……。もう……、手遅れか……。


「す~、は~……、す~~……、この者達を捕らえなさい!当家に仇なす侵入者です!」


「「「「「はっ!」」」」」


 俺がそういうとようやく解き放たれた者達が一瞬でフリードリヒとその取り巻き達を囲んだ。たったこれだけで鎮圧出来たというのに……、俺が間抜けなせいでこんなことになってしまった。皆には何て謝ればいいのかわからない。


「なっ、なんだぁ?」


「おれたちゃ領主様の近習だぞ!」


 ならず者達は多くの兵に囲まれてかなり焦っているようだな。さすがに手向かえば問答無用で殺されることがわかっているんだろう。武器を抜いたりはしない。あくまで口で抗議しているだけだ。頼りはフリードリヒという所か。


「どういうつもりだ!私は次期領主だぞ!この領内にあるものは全て私のものだ!私に逆らったらどうなるかわかっているのだろうな!」


 フリードリヒだけは本気でそう言ってるな。剣も抜こうとしている。兵達が『カーザース領の次期領主』である自分を傷つけるはずがないとでも思っているんだろう。


 今までこの辺りのことを曖昧にしていたのも悪いんだな……。もっとはっきりカーン家のことを大々的に公表するべきだった。


 俺が目立ちたくないとか注目されたくないという理由で父にわがままをいい、負担をかけ、結果こんなことを引き起こしてしまった。


 もちろん俺はただ目立ちたくないからとかで隠していたわけじゃない。カーン騎士爵家がこれほど広大な領地を得ていると知られたら色々と面倒なことになる。俺に政略結婚を迫ってくる者も増えるだろう。逆に殺そうと暗殺者を送り込んでくる者も増えるだろう。だからなるべく情報を封鎖していた。


 でも結局それは俺が父に甘えて負担を押し付けていただけだ。今回の騒動だって父に責任はない。全て俺の責任だ。ならば俺はけじめをつけなければならない……。


「そちらのならず者達は罪人として扱いなさい。フリードリヒ・フォン・カーザースは士官の捕虜と同等に扱うように。連れていきなさい」


「フローラ!貴様!この私にこのようなことをしてただで済むと思うなよ!父上が戻ったら貴様など放逐してやる!」


「待ってくれ!俺達はあいつにのせられただけなんだ」


「そうだ。俺達は関係ねぇ!フリードリヒに騙されただけなんだ!」


 ならず者達は縄をかけられ牢にぶち込まれることになった。フリードリヒは士官の捕虜扱いだからまだ高待遇だろう。裁判にもかけていないし罪も明らかにしていないからな。あれでも大貴族の嫡男だ。ぞんざいに扱うわけにはいかない。


「今すぐカーザーンのカーザース邸にゲオルク・フォン・カーザース殿を迎えに行きなさい」


「はっ!」


 連行されていくフリードリヒと取り巻き達を見送りながら俺は次の指示を出していったのだった。




  ~~~~~~~




 ゲオルクにぃを迎えに行っている間に俺は正装に着替える。フリードリヒの尋問やこれまで行なった犯罪の確認はまた後日でいいだろう。少し独房にでも入っておけばいい。着替えてゲオルクにぃを待っている間に現状確認を行なう。


「それで被害は?」


「はい。ここ数日、町に出たフリードリヒ一味は商店などから勝手に商品を盗み飲食し、女性に酌をさせたり暴行を加えました」


「――ッ!……被害は全て当家で補償しておいてください」


「は……、すでに有志による寄付で補償しております」


 報告を聞きながらめまいがする思いだった。しかも俺が許可していないのにうちの資産を勝手に動かすことは出来ない。だから家人達が独自に寄付を集めてそこから補償したようだ。家人達は出来すぎだし、それに比べてカーン家のお粗末なことよ……。誰かにこういう場合に即座に資産を動かせるように権限を与えておいた方が良いだろうか。


 あとはうちの建物の損壊や庭の被害、飲食代くらいのもので大した被害はなかった。そもそもこの被害を請求するとしたらカーザース家だ。結局俺が自分の実家から払ってもらうことになる。それならこんな被害をいちいち賠償してもらう必要はない。


「ゲオルク・フォン・カーザース様をお連れしました」


「こちらへ通してください」


 どうやらゲオルクにぃが到着したらしい。さっき別れたところなんだけどな。でも呼び出すしかない。これはカーン家とカーザース家の問題に発展してしまっている。いくら血の繋がった兄弟であろうともそれはそれ、これはこれだ。


 現時点でアルベルト・フォン・カーザースもマリア・フォン・カーザースも不在である以上は、ゲオルク・フォン・カーザースに対応してもらうしかない。


 後で両親にも手紙を書かなければな……。


「えっと……、ここですか?私は何故このような場所に呼ばれたのでしょうか?お相手はどのような方ですか?」


「お入りになられれば全ておわかりいただけるはずです」


 扉の外の兄とメイドの話声が聞こえる。カタリーナとかイザベラはいない。お嫁さんの残りの四人もな。全員フリードリヒが俺を殴ったからとフリードリヒを殺そうとしていた。いや、比喩とか冗談じゃなくて本気で……。だから今は落ち着かせるために別室だ。


 当然まだフリードリヒを殺しに行きかねないので監視と止める役がいっぱいついている。うちの兵でお嫁さん達を止められるかどうかはわからないけど……。


 ともかくそんなわけで皆やイザベラは別室で待機している。今俺の周りにいるのは普通のこの屋敷に待機しているメイド達だ。


「失礼いたします。ゲオルク・フォン・カーザース様をお連れしました」


「しっ、失礼します!」


 うわぁ……。ゲオルクにぃ……、カッチカチになってますやん……。もっとリラックスしようよ?


「お呼び立てして申し訳有りません。ゲオルク・フォン・カーザース様」


「いっ、いえ!って、あれ?フローラ?」


 ようやく俺を見て気付いたようだ。ゲオルクにぃがポカンとした顔をしている。さっき別れたばかりの妹が呼び出したんだからな。何事かと思うだろうよ。


「こちらでは私のことはフロト・フォン・カーン子爵でお願いします。実は先ほど重大な事件が発生しました。カーザース辺境伯家に関わることですので、現在居られるカーザース辺境伯家の方に来ていただきました」


 俺がそう言ってもゲオルクにぃはまだポカンとしたままだった。



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イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] お兄ちゃんも頭を抱える問題( ˘ω˘ ) P.S. 好きなおかずを最後に取っておくのと同じ理由で中々読めなかった。
[一言] 前話をみて中身が想定の4倍くらいいかれててやりたい放題でこれオワッタナと思ったら即フローラちゃんに捕まってマジざまぁ!  てかお前はどこのざまぁ系のバカな第1王子だ!まあ、取り巻きでも同じ…
[良い点] 更新お疲れ様です 今回はフローラ様はすることは運河工事や海軍規模の商船団などすごいことばかりしても目立たなかったり注目されなかったのは父や王様の優しさのおかげで大丈夫だったですよね [一…
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