第二百八十三話「荒れるカーンブルク!」
フリードリヒは我が世の春を謳歌していた。両親は揃って王都へ行ったっきり戻ってこない。最早このカーザース領は自分の物だ。何でも思いのままに出来る。全てが自分の命令通りに動く。
父と母は目の上の瘤だ。何もわかっていない。確かに一時代を築き上げたかもしれないがそんなものは過去の栄光にすぎない。昔ながらの古い考え方に囚われた老害だ。
この才気に溢れ、先進的な知識を持ち、王都や周辺の社交界とも太い繋がりのある自分こそがカーザースの領主に相応しい。
父も母もそれが理解出来ない。フリードリヒにはまだ早いなどと言って全権を任せることもしないし、領主の座を譲り渡すこともしない。
何と嘆かわしい。この天下の傑物であるフリードリヒ・フォン・カーザースの価値が理解出来ないのだ。所詮は過去の因習に囚われた憐れな老害でしかない。
実際に見てみろ。自分が領主代理として仕事をしてからカーザース領、とりわけカーザーンの景気がすこぶる良い。輸出は増大し、労働力の需要は高まり、常に人手も物資も求められる。うれしい悲鳴をあげている所ばかりだ。
それもこれも偏に自分の統治と政策が素晴らしいからだろう。他に説明など必要ない。純然たる事実として税収の増加や好景気が数字に表れている。
それなのに父も母もそれが理解出来ない。所詮は戦場で槍を振り回すことしか出来ないロートル共だ。
だがまぁまだ焦ることはない。父も母もまだ利用価値がある。英雄アルベルトや血塗れマリアと言えばそれだけで周囲は恐れ戦くのだ。槍を振り回すしか能がない無能でも使いようだろう。それを自分がうまく使ってやればいい。
フリードリヒはそう思って溜飲を下げ、再びニヤニヤと妄想に耽ったのだった。
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フリードリヒは不機嫌になっていた。自分の取り巻き達もかなりの数が遠征に出されてしまったのだ。
愚かな両親は無能なプロイス王国や王家に言われるがままどこかへ遠征軍を出したらしい。実に嘆かわしい。プロイス王国のためにそのようなことをしても無意味だというのに……。無駄に兵の命を損ない、戦費と物資を浪費するだけだ。
千人以上の大規模な遠征軍が出て行ったために、フリードリヒの取り巻き達の中でも比較的マシな者達は、実家に呼ばれて遠征に参加させられてしまった。
カーザース家臣団からすればこれは千載一遇の好機だ。継がせる領地もなく、中央で官僚や法服貴族になれるだけの才能もない次男や三男達の絶好の仕官の機会なのだ。
もちろん家を継ぐ者は置いておかなければならない。中には長男などの跡継ぎにも戦場を経験させるために遠征に参加させている家もあるが、基本的には次男以降の家を継げない者が多く駆り出されていた。
長男がまだ未婚だったり嫡子がいない場合は次男は家が断絶しないための予備として扱われる。しかし跡継ぎの家系が順調だった場合は他の兄弟は邪魔になる。
資産のある家や領地の大きな家ならば、次男以下の者達も部屋住みとして生活くらいは賄ってやれるかもしれない。しかしほとんどの家はそうはいかない。
ならばどうするのか?一番手っ取り早いのはどこかへ仕官させることだ。他の家でもどこでも良い。とにかくどこかの貴族家に仕官出来れば良い。さらにその相手が大貴族であれば尚良しである。
本家と次男以下の者達が仕官した先との付き合いが出来れば御の字だ。跡継ぎに嫡子が生まれるまでは予備扱いで養われ、家が安定すれば追い出される。三男以下ともなれば最初からあまり跡継ぎの目はないので比較的自由だが、跡継ぎの予備とされている次男は一番大変かもしれない。
そうしたカーザース家臣団には入れない、家を継げない息子達にとって今回の遠征はまたとない好機だということはわかるだろう。ここで武勲の一つも挙げて、本人が爵位を賜るなどという贅沢は言わないまでも、新たな領地の領主になる者に認められて取り立ててもらえればそれ以上のものはない。
それ故にカーザース家臣団では、跡継ぎなどの戦死させるわけにはいかない者は国に残し領地管理などをさせ、次男以下の跡を継げない者達は遠征軍に参加させて仕官の道を少しでも拓いてやろうという親心が働いていた。
結果、フリードリヒの取り巻きの中でも比較的優秀な者達ほど遠征に呼ばれ、残っているのはどうしようもない見捨てられた者達ばかりだった。それ以外に残っているのは跡継ぎや領地の管理を任されている者達だけだ。
当然領地管理に残されているような者達はあまりフリードリヒに関わろうとしない。主家の嫡男なので無視も出来ないが、出来るだけ関わりたくないというのが本音だった。
自分の取り巻き達もかなり遠征に出てしまったフリードリヒはイライラしていた。それを埋めるために親からも見捨てられたような出来損ない達や、荒くれ者達とつるむことが多くなっていったのだった。
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嫌な知らせが届いた。久しぶりに母が妹を連れて戻ってくるという。そういえばそろそろ学園の長期休暇の時期だ。妹について王都に行っていたのが始まりだからそれと一緒に戻ってくるのだろう。
いっそずっと戦場にでもいればいいのに、と思う。父はまだ戦場で帰れないという。それなら母も父と一緒に戦場に出れば良いものを、何故妹と一緒に帰って来るというのか。折角我が世の春を謳歌していたというのに、母が帰ってきたらまた面倒なことになる。
「兄上、お母様がお戻りになるのならもうあのような者達とは付き合わない方が……」
「黙れ!お前如きが私に命令するな!」
余計な口を出してきた弟の頬を叩く。流石に拳ではなく平手打ちだ。しかしそれは弟だからとか、手加減したからというわけではない。拳で殴れば暫く痕が残るだろう。もし母が戻るまでに痕が消えなければそれはどうしたのかという話になりかねない。だから平手打ちにしただけだ。
「くそっ!永久に戻ってこなくても良いものを……。……まだ数日はある。その間に……」
知らせでは母と妹の帰宅はまだ数日先だ。それまでに何か手を考えればいい。そう思ってフリードリヒはいつものように取り巻きを伴って町へと繰り出したのだった。
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「はっ……、はははっ!やはり私は神に選ばれし者なのだ!」
数日後届いた知らせにフリードリヒは笑いが止まらなかった。父の要請で母は戦場に向かうことになり帰ってこないことになった。天はフリードリヒに味方したのだ。
結局フリードリヒは遊び呆けていただけで母が戻ることに対する対策など何も考えていなかった。しかしフリードリヒは何もすることなく望む結果を得られたのだ。これが神に選らばれた者に与えられる運命だとフリードリヒは受け取った。
「フローラはあと数日もしたら戻ってくるようだね。お母様が帰られないのは残念だけどフローラだけでも迎えてあげる準備をしよう」
「はっ!フローラ?そんなものはどうでもいい。私は出掛ける」
「あっ!ちょっ!兄上!」
愚図のゲオルクが何か言っているが聞く必要などない。フリードリヒはカーザース邸を出てまたいつも通り町に繰り出したのだった。
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フリードリヒは取り巻き達から妙な話を聞いていた。北の森に出来ている開拓村が大層栄えているらしいというのだ。
もちろん数年前から北の森に開拓村が作られていることは知っている。父自らカーザース家臣団に対して用のない者は無闇に北に行くなとお達しが出ている。当然フリードリヒもその指示を知っているから開拓村に入ったことなどない。
別に父の命令に逆らうことが怖いわけではない。フリードリヒほど洗練された者は大都会が似合う。田舎の森の中にある小さな開拓村などわざわざ行きたいとも思わないから行かなかっただけだ。
しかし最近フリードリヒの取り巻きになったならず者によると北の開拓村は非常に栄えているという。眉唾物だと思う。教養もないならず者にはちょっと大きな村でも栄えているように見えるのだろう。王都ベルンですら田舎だと思っているフリードリヒにとってはそんな森の開拓村など見る価値もない。
そうは思うが……、周囲があまりにうるさく持て囃すので止むを得ず、仕方なく、周りのために、少しだけその村を見てやるかと北に向かうことにした。
今までならば止める者がいた。アルベルト辺境伯が直々に命令しているのだから逆らわない方が良いと忠言する者がいた。しかし今はそういった少しはマシな者達は全て遠征に出払ってしまっているために、フリードリヒを止めるような者はここにはいなかったのだ。むしろ煽る者ばかりしかいない。
「何だこれは?」
「中々栄えた町でしょう?」
北の森に入って暫く街道を走ると見えてきた町に驚きを隠せない。ほんの数年前までただの森だったとは思えないほどに建物が立ち並んでいる。街道は綺麗に舗装され、あちこちに井戸と手押しポンプが設置されている。行き交う行商の数は多く、盛んに荷馬車が走り回っている。
信じられない。確かに小さな町だ。まだまだ大都会に比べれば人口は少ないだろう。事実建物も少ない。しかしこの町の活気はどうだ。溢れる行商の数はどうだ。人口こそ劣るものの町の活気はカーザーンを上回っている。
たった数年でこんなものが作れるものなのか?もしかして本当はもっと昔から作っていたのではないか?父は何故それを隠している?
そんなことを考えながら街道をずっと北上しながら見えてきたのは……。
「(馬鹿な……)」
正面に聳える大豪邸、いや、大宮殿というべきか。最早王族が住む建物だといわれても納得出来る。その正面の大宮殿の周りに建っている貴族街の豪邸らしきものですらカーザース邸を上回るほどだ。
ここは一体なんだ?もしやここには密かに王族でも住んでいるのか?だから父は秘密にしている上に家臣団に近づくなと命令しているのではないか?
しかし……、そんなことは関係ない。ここはカーザース領だ。例え父が密かに王族を住まわせているのだとしても将来ここの領主になるのは自分だ。ならばこれは自分の物ではないか。だったら遠慮する必要はない。これはフリードリヒ・フォン・カーザースの物だ。そう思えばこの大宮殿は自分にこそふさわしい。
「どれ……。どんな者が我が宮殿に住んでいるのか確かめてやろうではないか」
「え?これはフリードリヒ様のお宅なんで?」
「当然だろう?カーザース領にあるモノは全てカーザース領主たる私のものだ。違うか?」
自信満々にそう言われれば今のフリードリヒの取り巻き達はそうなのかと納得するだけだ。ならば何も遠慮することはない。自分達はカーザース領主であるフリードリヒの近習なのだ。フリードリヒが良いということは何をしても許される。そう理解してドカドカと目の前の大宮殿に乗り込んでいく。
「これは一体何事です?」
「お前は……、確かうちにいた家庭教師だな。ということはやはりここは我がカーザース家のものということか」
ならず者を引き連れてあがりこんできたフリードリヒの前にエーリヒが立ち塞がった。しかし元フローラの剣の家庭教師であったエーリヒを見て、フリードリヒはますますここはカーザース家の物であるという確信を深めた。
「私は次期領主となる者だ。ここは将来私の物になるのだから私がどうしようと勝手だろう。お前こそ雇われの家庭教師のくせにいつまでいるつもりだ?とっとと失せろ」
「何を言って……?」
困惑気味のエーリヒを押し退けてフリードリヒは取り巻き達を連れて完全に大宮殿にあがりこんでしまった。
「うひゃ~!すげぇ!あれ見ろよ!宝石が浮かんでるぜ!」
「あとでかっぱらうか?」
「おい、貴様ら、聞こえているぞ。ここは私の宮殿なのだ。勝手に物を盗むなよ」
ならず者達の言葉を聞いて釘を差しておく。確かにエントランスホールの上に巨大な宝石が浮かんでいた。この宮殿の中はどこを見ても贅の限りを尽くしたといわんばかりの輝きに満ち溢れている。
「これこそ私の宮殿に相応しい」
悦に入ったフリードリヒは勝手に上がりこむとドカリとソファに腰掛けた。途轍もなく座り心地が良い。このようなソファに座ったことはない。
「主の帰還だぞ!ここの者達はその程度の教育も受けていないのか?主が帰ったらまずどうするのだ?」
家人やメイド達は不安そうな顔でお互いに顔を見合わせていた。実にすっとろい者ばかりだ。これは後で教育してやらなければならない。
「我々は貴方様をおもてなしするように指示は受けておりません。それはいつ、どなた様の指示でしょうか?」
「あぁ?私はさっき失せろといったぞ」
フリードリヒの前に立ちそう言葉をかけてくるエーリヒに腹が立ってくる。この大宮殿の主たる自分に逆らうなど許せるものではない。
「お前は失せろ!」
ドカッ!と腰から抜いた鞘に包まれた剣でエーリヒを殴りつける。手で殴ったら痛いからだ。鞘に入っているとはいえ剣で殴られてエーリヒが倒れる。それを足蹴にしながら声を張り上げた。
「私は次期領主であるフリードリヒ・フォン・カーザースだ!お前達の主は私だ!さっさと飲み物と食べ物を持ってこい!」
「はっ、はい!ただいま!」
そうして声を張り上げるとようやくメイド達が動き始めた。並べられる飲み物や食べ物は今まで飲食したこともないほどに上質でうまいものばかりだ。
「くくくっ!この町のこと気に入ったぞ。しばらくは滞在してやろう。ふはははっ!」
この後フローラが戻ってくるまでの数日間、フリードリヒとその取り巻き達は、『自分こそがこの地の領主だ』と町でも吹聴して周り、店の品を料金も払わず飲食し、無理やり女性に酌をさせ、体に触るなど無体なことを繰り返したのだった。




