第二十八話「せめて変わらぬ友情を!」
何とかクラウディアと仲直りしたいけど中々そのタイミングが掴めない。お互い近衛師団の訓練には顔を出しているから会う機会はあるんだけど訓練で一緒になっても何だかクラウディアは余所余所しくて前までのように一緒に居てくれない。
今日こそはこのモヤモヤしたものをどうにかしたいと思って思い切って声をかけてみることにした。
「クラウディオ……」
「――ッ!フロト……、えっと……、この前はごめんっ!」
俺はまだ何も言ってないのにいきなり謝られてしまった。どうやらクラウディアの方もここ最近の俺達の間がギクシャクしていることは気にしてくれていたみたいだ。
「あっ、いや……、クラウディオは悪くないよ。顔をあげて……」
前のことでクラウディアに非はない。同性同士でベタベタしてたら気持ち悪いと思うのは普通のことだ。配慮が足りなかった俺と爆弾を投げ込んだホルスト師団長が悪いんであってクラウディアは何も悪くない。
「最近フロトと何だか変な雰囲気で……、僕の言葉が悪かったのはわかってたんだけど中々謝れなくて……、本当にごめんね」
「私の方こそごめん。ちょっと不用意にベタベタしすぎだったと思う。これからは気をつけるよ」
俺もクラウディアに謝っておく。元はと言えば俺がクラウディアにスキンシップでベタベタしすぎたのが悪かったんだ。
「ぷっ!」
「あはっ!」
「「あはははははっ!」」
お互いに頭を下げあっていた俺達は何だかおかしくて笑ってしまっていた。真剣に謝っていたはずなのにいつの間にか笑いに変わっている。でもそれは何も悪いことじゃなくてむしろ良いことだと思う。いつの間にか俺達は前のようなリラックスできる関係に戻っていたのだった。
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クラウディアと仲直り出来てからはまた一緒に王都を歩くようになった。今日は訓練もないから町を歩く時間はいくらでもある。
「あっ!見て見て?あの娘可愛くない?」
「え?どれどれ?」
クラウディアが指差した先にはメイド服に身を包んだ女の子が歩いていた。どこかの貴族に仕えているメイドさんのようだ。メイドさんは主人に買い物でも頼まれたのかいくつか店を回っている。
「う~ん……。まぁ確かに可愛いけど……」
「何だよ~……。フロトは理想が高過ぎるんじゃない?」
俺があまりはっきり答えないのが不満だったのかクラウディアはそんなことを言い出した。別に俺は女の子の理想が高いということはないと思う。栄養失調が治ってからは可愛くなったけどカタリーナだって最初の頃は痩せ細って肌も髪も爪もボロボロでとても可愛いとは言い難かった。
ルイーザは普通の町娘という感じで特別可愛いというわけでもない。もちろん愛嬌はあったし可愛い方には入ると思うけど性格も服装も化粧も着飾らないタイプだったから見た目は損してたと思う。あれできちんと身だしなみを整えて化粧の一つでもすればかなり良い線をいっているとは思うんだけど……。
そしてクラウディア……。クラウディアも決して可愛いという感じはしない。本人がそう振る舞っているからというのもあるだろうけどどちらかと言えば美形の少年という感じで可愛いとは違う。
何より俺は女の子を可愛いとか綺麗とかだけで選びたくない。そんな見た目だけとか単純な話じゃなくてもっとこう……、うまく言えないけど一緒に居たいかどうかが大事だと思う。
それはともかくクラウディアと町を歩いているといつも女の子の話になる。それもクラウディアの方からこうしてあの娘が可愛いとかこの娘はどうだとか話題を振ってくる。もしかしてクラウディアは女の子が好きなんじゃないかと勘違いしそうだ。そんなことあるはずもないのにな……。
もしそうなら俺とクラウディアはもっと親密な関係になれているだろう。俺としてはクラウディアともっと親密になりたい。だけど前みたいなことがまたあったら今度こそ二人はこうして笑い合っていられなくなってしまう。だから俺は少しだけ距離を置いているんだ。せめてこうして友達としては一緒にいられるように……。
「私は別に理想は高くないけどね」
「え~?そうかなぁ?それじゃフロトの好みの女の子ってどんなタイプ?」
何?何だって?
「……え?」
「ん?」
驚いた俺が問い返す意味で言葉を漏らすとクラウディアも立ち止まって首を傾げていた。もしかして……、俺が今生では女なのに女の子が好きだってバレてる?前のスキンシップのせいでか?
でもそれならどうしてクラウディアは俺を避けたりせずに今もこうして一緒に歩いてくれているんだ?気持ち悪いとまで言っていたのに……。
クラウディアの考えていることがわからない。どうしてクラウディアは同性同士を気持ち悪いと思いながら俺とこうして歩いてくれているんだろうか。
一つだけわかることは変な期待はしちゃ駄目だってことだ。クラウディアは女の子同士は気持ち悪いと思っている。だから俺がここで勘違いしてクラウディアとどうこうと思ってしまったら今の関係まで壊れてしまうことになる。それが嫌なら絶対にクラウディアにそういう素振りを見せちゃ駄目だ。
「私は……、別に……」
「……?」
急に俺の歯切れが悪くなったのを不思議そうにしながらもクラウディアはそれ以上追及してこなかった。
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ここの所はクラウディアともうまく付き合えていると思う。一緒に町にも出かけて遊ぶことも多い。何より二人でいるといつも落ち着いた雰囲気で良い感じだと思う。まるでお互い好き同士だけど最後の一歩が踏み出せない思春期男女のお付き合い一歩手前みたいな感じだ。
まぁそんなことをクラウディアに言えばまた気持ち悪いと言われてしまうから思っていても絶対そういう態度は見せてはいけない。折角こうしてまた一緒に笑っていられるのにこの関係を壊したくない。
そんなことを考えて気をつけて生活していたはずだけど今日は近衛師団の訓練が終わった後に話があるから残って欲しいとクラウディアに言われた。一体何の話だろう……。何だか嫌な予感がする。もし普通の話ならばわざわざ残るように言わなくてもいつものように訓練終わりに一緒に帰り支度をしながら話せば良いはずだ。
「わざわざ残ってもらってごめんね」
「あぁ……、うん……」
きた……。ついにクラウディアが来てしまった。本当は『何の用?』って聞かなければならない所だろうけど変に緊張して用件を聞けない。もし俺の想像通りのことだったらと思うと俺からは聞けないのにクラウディアも視線を彷徨わせるだけではっきり用件を言おうとしないのは何故だ……。
「あの……さ……」
「うん……?」
クラウディアは何か言おうとしては言えずに口篭る。何度もそんなやり取りを繰り返してようやく重い口を開いた。
「えっと……、フロトって……、僕のことが好き……、なのか?」
「えっ!?」
え?クラウディアが好きかって?……どうなんだろう。俺はそのことを考えるのを避けていた。もしかしたら本心では好きなのかもしれない。だけどもしそう思ってしまったら、同性同士は気持ち悪いと言っていたクラウディアにその気持ちが知られたらと思うと俺も真剣にそのことを考えないようにしてきた。
だけどこうはっきり聞かれたらどうなんだろう……。少しだけ真剣に考えてみる。……やっぱり、これは……、好きってことなんだろうか。俺はクラウディアと一緒にいるのが楽しい。ずっと一緒に居たいと思う。そういう気持ちはやっぱり好きだからと言えるのかもしれない。
たかが十歳くらいの子供相手に前世から含めれば三十数年、もうすぐ四十年生きていることになる俺が好きだとか何だとか正直同性とか以前に気持ち悪いかもしれない。それでも今生の俺はまだ九歳でクラウディアと一緒に居たいと思っている。この気持ちに嘘も不純なものもない。
「やっぱり!お前僕のこと好きなんだろう!そういうの気持ち悪いって言ってるだろ!本来の性別であるべき相手のことを好きになるべきだろ!」
あぁ……、クラウディアに完全に拒絶されてしまった。やっぱり俺の態度にはそういうものが滲み出ていたのだろう。いや、もしかして町であの娘が可愛いだ何だと随分俺に話を振っていたのは俺が同性を好きかどうか見極めるためだったのかもしれない。
クラウディアが言う通り俺もクラウディアも本来の性別は女であり本来の性別であるべき相手とはお互い男が相手であるべきということだ。
「あっ……、わたっ、私は……」
「もう金輪際僕には近づかないでくれ!」
「あっ!」
俺が何も言えずにいるとクラウディアはそれだけ言って立ち去ってしまった。残されたのは俺一人。ポツンと練兵場に佇む俺は頭が真っ白になって何も考えられなかった。
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クラウディアにはっきりと拒絶されてから一週間。俺はあの後どうやって家まで帰って来たのかまったく覚えていなかった。この一週間も近衛師団の訓練には行けず家に引き篭もったまま過ごしている。
これだけショックを受けているということはやっぱり俺はクラウディアのことが好きだったのかな……。今から考えればカタリーナのことは好きだったんだと思う。ルイーザだってそうだ。今になって思えば二人のことを好きになっていたんだとわかる。じゃあやっぱりクラウディアもそうなんだろう。
胸にぽっかり穴が空いたかのようで何も手に付かず王都にあるカーザース辺境伯邸でゴロゴロと過ごしていると扉がノックされた。
「はい……」
「明後日王都を発つ。準備しておきなさい」
ノックしたのは父だったようだ。扉を開けて用件だけ言うと返事も聞かずにすぐにいなくなった。でも今の俺にはそういう父の態度は助かっている。
俺が部屋に引き篭もるようになっても父は何も言ってこなかった。恐らく近衛師団からも訓練に参加していないことで何らかの連絡はきているはずだけど父は俺には何も言ってこないし聞いてもこない。今はそれがありがたい。
明後日出発か。明後日はもう出るだけだから時間はほとんどないだろう。今日はもう夕方で今から出かけるというのも難しい。俺が王都で自由に出来る時間は明日だけということになる。
明日……、明日を逃せば俺はもうクラウディアと顔を合わせることもないかもしれない。だけど一歩が踏み出せない。この部屋から外へ出る勇気は俺にはなかった。
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昨日一日を使って王都を発つための準備をした。父に連れられてあちこちに挨拶回りに行ったり、叙爵の式典以来久しぶりにルートヴィヒにも会った。俺はこの数ヶ月王城に行っても近衛師団の訓練に参加していただけで王族達とも一切会っていない。
やっぱり俺が第三王子の婚約者だというのはあまり歓迎されていないのだろう。でなければ普通は婚約者としてもっと呼ばれて王族と会ったりすると思う。それがないということは王家内か派閥内かは知らないけど俺とルートヴィヒの婚約はあまり歓迎されていないということになる。
そう言えばルートヴィヒとの婚約を破棄してもらうためにルートヴィヒの周辺や思惑を調査しなければならなかったはずだけどすっかり忘れていた。もう……、どうでもいいか……。
昨日、父と挨拶回りに駆けずり回っていた時に少しだけある店に寄ってもらった。その商品が俺の手の中にある。だけどこれを渡したい相手とは昨日会えなかった。もう出発の時間である今更これをあの娘に渡すことなど出来るはずもない。そう思っていたのに……。
「フローラ!カーザーンに帰るらしいじゃないか!どうして昨日僕に教えてくれなかったんだい?」
「ルートヴィヒ殿下……」
俺達が出発する直前、カーザース辺境伯邸の前に馬車がやってきて降りて来たのはルートヴィヒだった。そう言えばルートヴィヒにはカーザーンに帰るとは言ってなかったな。ルートヴィヒの回りには護衛のためについて来たのか近衛師団の面々がいる。師団長のホルストを始め主要なメンバー。それからあの娘が……。
「クラウディア……」
「ひゃっ、ひゃいっ!……って、え?どうして僕の名前を?」
俺が本当の名前で呼んだからか驚いて変な返事をしていた。いつもの二人だったら笑い合っていただろうけど今日は笑える気分じゃない。
「これを……」
驚いているクラウディアに構うことなく俺は昨日布を買ってから縫った小袋を渡した。これは匂い袋、『サシェ』と呼ばれるもので普通は常温で匂いを発するものを入れておくものだ。それは草花だったり香水を染みこませたものだったり様々なものがある。
ただこの国ではサシェを人に渡すということには特別な意味がある。赤い袋なら『情熱的な愛をあなたに』、白い袋なら『何物にも染まらないあなたのままでいて』、緑の袋なら『あなたが健やかでありますように』、そして青い袋なら『変わらぬ友情を』……。
俺がクラウディアに渡したのは青い袋だ。昨日町で布と糸を買って帰って夜なべして縫った。刺繍で『フロトよりクラウディアへ』と縫うのには随分時間がかかったものだ。
「……え?あの……?フロト……?」
「……御機嫌ようクラウディア」
俺はそれだけ言うのが精一杯だった。目から涙が溢れそうになる。慌てて俺は馬車に乗り込んだ。その時はルートヴィヒを放ったらかしにしたままだったとか考える余裕もなくとにかく出発するまで馬車の中で膝を抱えて蹲っていたのだった。




