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第二十七話「クラウディオはクラウディア!」

 いつも読んでいただきありがとうございます。


 本日のお話の前半部分は少々、いえ、非常に汚いお話が出てきます。食事前後の方やスカ耐性の低い方は読み飛ばす等ご注意ください。


 カーザーンを出てから三ヶ月ほどが経っている。王都への移動や叙爵までの日数を省けば俺が近衛師団に配属されてから二ヶ月少々というところだろうか。


「どうしたフロト?王都はもう見飽きたか?」


 隣を歩くクラウディオが黙ったまま歩いていた俺の顔を覗きこみながら聞いてくる。近衛師団に配属になってから俺は何かとクラウディオと一緒に居ることが多くなった。クラウディオの方が一つ年上だということはあの後すぐにわかったけど歳が近い者同士で近衛師団でも何かと二人セットにされることが多い。そしてそのせいかプライベートでも割と一緒にいる。今もこうして一緒に王都を散策中だ。


「いや……、そんなことはないよ?」


 俺もクラウディオに倣ってなるべく男言葉っぽいしゃべり方を心がけている。完全に俺の地が出るようなしゃべり方は出来ないけど多少崩してしゃべるくらいなら問題はないだろう。


「そうか?何かあまり浮かない顔をしてたけど?」


「大丈夫。気にしないで……」


 クラウディオにはそう言ったけど実は俺は王都を歩くのがあまり好きじゃない。何故ならば……。


 ここで一つ……、地球でのこんな話を御存知だろうか。古代、バビロニアやインダス、古代ローマには上下水やトイレが整備されていた。ところが五世紀に西ローマ帝国が滅びるとヨーロッパのトイレ文化は衰退しほとんどなくなってしまった。


 それ以降十九世紀に衛生観念が発達して再び上下水やトイレが整備されるまで先進国と言われるヨーロッパ各国ですら糞尿に塗れた町に暮らしていたのだ。


 公衆便所もなければ家にもトイレがない。人々は王侯貴族も一般市民も関係なくほとんどおまるで用を足していた。それらを流す下水はなく道の真ん中に通っている排水溝に下水を流して、決められた場所におまるの中身を捨てにいかなければならなかった。だけど当然そんな面倒なことを守るはずもなく窓から道に向けておまるの中身をぶちまけて捨てていたんだ。


 それどころか建物によっては上階が一階より道にせり出した造りになっていて用を足すとそこから下に向けて落とされるというような建物も当たり前のようにあった。


 ヨーロッパの町並みでサンルーフのついたおしゃれなカフェとかを想像するだろう。あのサンルーフは降ってくる糞尿を防ぐためにつけられていたものだ。そして紳士がシルクハットにマント姿なのも、淑女が日傘を差しているのも上から撒き散らされる糞尿をブロックするためのものだった。


 それらは路地に何cmも何十cmも積り、雨の日などには排水溝を詰まらせて道中にあふれ出し辺り一帯を糞尿の泥で満たした。ハイヒールとは元々そういう場を男性が歩くために作られたものだ。そしてそれは何も町に住む一般庶民だけの話じゃない。


 王宮にもトイレなどなくマイおまるを持ち歩く貴族や使用人もいたし、したくなれば建物の中であろうと庭先であろうとそこらで用を足していた。女性が憧れるヨーロッパのドレス、フープスカートというブワッと広がったスカートのドレスは立ったまま用を足せるようにとあのように出来ている。


 作法の教えでも尿意を催せばすぐにするようにと教えられているくらいだ。庭先でも建物の中でもフープスカートで立ったままそこらに垂れ流す。そして用を足している人を見かけたら声をかけるのはマナー違反とされた。見て見ぬ振りをするのがマナーだそうだ。


 王宮の中でさえ糞尿がうずたかく積み上げられていた。たびたび王宮をかえていたのはあまりに糞尿塗れで臭く不衛生だから住めなくなって王宮をかえていたのだ。


 それらの臭いを誤魔化すためにヨーロッパでは香水やハーブが発達し、「女王が月に一度『も』お風呂に入るほど綺麗好き」と言われるほどの状態だった。


 そんな環境だから当然不衛生でヨーロッパに幾度となくペストやコレラなどの疫病が蔓延したのはある意味当たり前のことだ。そういう疫病の大流行を何度も経験して産業革命を経てようやくイギリスやフランスなどで上下水やトイレの整備が本格化されたのだ。


 ちなみに日本はと言うと古くからトイレが整備されていて和紙が豊富だったこともあり拭くのに紙を用いるのも早かった。


 上下水も相当普及が進んでいて一見水が出るまで掘った普通の井戸に思えるような場所でも実は地下に木管を埋めた上水用の用水路を通って運ばれた水が井戸に貯められているなんていうものも多数ある。


 また日本では屎尿処理が進んでいて肥料にされていたのできちんと汲み取られて適切な処理がされていた。日本人の清潔好きは今に始まったことではなく遥か昔から引き継がれてきた性質なのだろう。


 何故急にこんなことを言い出したのか?それは言わなくてもわかるだろう?


 そう!つまりこのプロイス王国の王都も上記の本当の中世ヨーロッパほどではないにしても不衛生極まりない。俺達が歩いている表通りはまだしも少し路地を入れば道の真ん中にある排水溝に様々なモノが流され、詰まり、溢れ返り、悪臭を発している。


 地球の中世ヨーロッパと違って表通りはまだそこまでじゃないけどそれは恐らく魔法やモンスターや人口の問題だろう。どうやら王都では集めた糞尿を魔法で燃やして処理しているらしい。表通りは国の顔でもあるわけだから優先的に役人が掃除して処理場所で魔法で燃やされているというわけだ。


 さらに良いか悪いかはともかく人間のそういったモノを食べるモンスターがいるらしい。中世ヨーロッパでも豚などに食べさせて処理していたというけどその豚自身もまた排泄するわけで結局山積みになっていたわけだけど、こちらのモンスターは表向きは町中にはいないので食べた物を持ってどこかへ行ってくれているというわけだ。


 そしてプロイス王国はまだ貧しくて人口が少ない。もちろんこの世界の基準で言えば決して貧しくもないし人口が少なくもない。ただ現代地球と比べれば貧しいし少ないという意味だ。人口が少なければそれだけ出るモノも少なくて済む。


 王都は酷い状況だけどカーザーンはどうかと言えばカーザーンはまだしも綺麗な方だった。もちろん王都より人口が少ないというのもあるけど何より公衆トイレが設置されていてきちんと汲み取りされていることが理由だろう。


 カーザース辺境伯家はその辺りの知識があったのか、経験則によるものか、あるいは他国との国境の最前線だから他国の技術や情報なのかもしれないけど公衆トイレを設置してきちんと汲み取り肥料に利用するという処理システムが未熟ながら出来ている。そのお陰で貧民街ですら糞尿に溢れているということはない。


 まさか異世界までやってきてこんなに汚物塗れの現実に悩まされるとは思ってもみなかった。いや、現代地球より遥かに遅れた世界なんだからこういう問題があって当然というべきか。


 まぁ表通りとその道沿いの店はまだしもマシだ。王都観光をするのならば表通りしか歩いてはいけない。一歩裏に足を踏み入れれば足が抜けなくなることを覚悟しておく必要がある……。


「やっぱり変だぞ?何かあるのか?」


 あまりに俺がおかしかったのかクラウディオが再び俺の顔を覗き込んでくる。クラウディオは可愛いな。見た目は普通で特別可愛いわけじゃないんだけど何というか……、あれか?じゃれてくる子犬的な?


「あ~……、そろそろ練兵場へ行こう。また師団長にどやされるぞ」


「げっ!もうそんな時間か……。フロトはいいよな。もう騎士なんだから師団長達とも対等だろう?僕はただの候補生だからなぁ……」


 砕けたしゃべり方ばかりだから忘れがちになるけど俺はもう叙爵された貴族でクラウディオはただの騎士候補生。本来ならばこんなしゃべり方も許されないような関係だ。だけど俺がクラウディオに普通に話して欲しいと頼んでこうしてもらった。変に硬いしゃべり方をされてもこちらも疲れるだけだ。


 俺とクラウディオは王都散策を切り上げて王城の練兵場へと急いだのだった。




  =======




 練兵場の隅から近衛師団の訓練を見詰める。かなり治ったとは言っても俺はまだ右腕が万全じゃない。リハビリも兼ねてゆっくりと調整しているから俺は他の団員達とは別メニューだ。


 大人の団員達に混ざって一緒に訓練に励んでいるクラウディオを目で追う。クラウディオ・フォン・フリーデン、いや、本当の名前はクラウディア・フォン・フリーデン。クラウディオもクラウディアも語源は同じで男性名か女性名かの違いだ。ヘルムートにクラウディオのことを調べてもらってわかった。


 この世界は微妙に地球との親和性が高い。それにこの世界にはなく地球にはある地名などが何故か名前に入っていたりして妙な気分だ。地球では貴族の家名などは出身地になっている場合などがよくある。この世界では地球のそれらの名に良く似た名前があったりするけどそういう名前の都市や地名はなかったりする。その辺りに何か妙なものを感じてしまう。


 まぁそれはさておきクラウディオ、いや、クラウディアは男性として扱われている。プロイス王国の公式記録的に男として登録されているのか女として登録されているのかは知らないけど、少なくともこれまで一緒に行動してきて近衛師団や身の回りの人たちは皆クラウディアを男として扱っていた。


 もちろんクラウディオという男の名前を語っているんだから最初は女の子かなと思った相手も名前を聞いて男だと思いなおして男扱いしている可能性はある。だけど何で男の振りをしているのか。そこが問題だ。


 フリーデン家は世襲権のない騎士爵の家だ。クラウディアは本来そのフリーデン家の一人娘ということになる。だけどクラウディアはクラウディオと名乗り男の振りをして近衛師団へ入隊しようと候補生にまでなっている。


 世襲権のない騎士爵家だとしても子供が近衛師団や親衛隊に入れれば子供も騎士爵に叙爵されて次代も安泰となるだろう。だけどそれは子供が男の場合の話だ。


 この世界では魔法等の特殊な技能があるから地球よりは女性の兵士もいる方だとは思うけどそれでも少ない。ましてや叙爵される女性なんて滅多にいないのは地球と変わらない。俺が騎士爵に叙爵されたことの方がレアケースだ。まして騎士団になど女性が入ることはまずない。


 式典用などに女性が騎士団に席を置いていることはあるけどあくまでそれらは式典用や名誉的なものであって実際に軍として働くわけじゃない。俺が近衛師団に入隊していることの方が特別なわけだ。


 このことから考えてクラウディアは家を存続させるために男の振りをして騎士爵を賜ろうとしているんじゃないかという気がする。もちろん本人に聞いたわけでもなければ何らかの証拠があるわけでもない。ただの俺の勘というか考えだ。


 だけどそう考えると色々と辻褄が合ってくる。女なのに男の振りをしていること。近衛師団に入ろうとしていること。そういった諸々を考えるとそうとしか思えない。


 本当は十歳の年頃の女の子なのに家のために自分の性別まで偽って健気に頑張っている……。そう思うと何だか可愛くていじらしくてちょっとキュンとしてしまう。


「ふぅっ!フロトは良いよな!怪我してるからって楽な訓練ばっかりで」


 休憩のために練兵場の隅に戻ってきたクラウディアがちょっと頬を膨らませながらそう言ってきた。


「お疲れ様」


 何だか健気でいじらしいクラウディアを応援したくなってクラウディアの頭にタオルを被せながら労う。ちなみにタオルといっても地球のタオルのように良い物じゃない。汗拭き用の布と思った方が良いかもしれない。


「わっ!急に何だよ?!」


 俺が頭にタオルを被せて両手で撫でてやるとクラウディアは驚いた顔をして後ずさった。ちょっと顔が赤くなっている。スキンシップに弱いのかな?


「そんなに驚くことか?こっちで休んだらどうだ?」


 さらに俺はクラウディアの肩を抱いて隅のベンチへ誘う。だけど思わぬ反応が返って来た。


「やっ、やめろよ!」


 肩を抱いた俺の手はクラウディアによって振り払われてしまった。どうやらベタベタしすぎて嫌がられたらしい。


 ようやく……、ようやく女の子とキャッキャウフフ出来ると思ったのに俺の方がベタベタしすぎて気持ち悪がられてしまったようだ。


「ごめん……」


「あっ……、いや……。僕の方こそごめん……」


 俺が謝るとクラウディアも何だか暗い顔で視線を逸らした。二人の間を微妙な空気が流れる。


「何だ何だ?いつもべったりのボーズ共が痴話喧嘩か?」


 しかも空気を読まないホルスト師団長が爆弾を投げ込む。その言葉を聞いてクラウディアはキッと師団長を睨むと怒り出した。


「誰がべったりだ!痴話喧嘩とか言うな!気持ち悪い!」


 ガーーーーーン…………


 気持ち悪い……。気持ち悪いかぁ……。そりゃそうか……。普通なら同性同士でベタベタしてたら気持ち悪いものなのかもしれないな。


 俺は中身が男だからクラウディアとはお互い異性同士のような気がしていた。だけど世間一般的に見れば今生の俺は紛れも無く女でありクラウディアとは同性だ。そんな俺がベタベタしてたら同性から見れば気持ち悪いのかもしれない。


「……ごめん」


 俺はそれだけ言うのが精一杯で練兵場を後にしたのだった。



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