第二百六十九話「キーンへ!」
母とカールとドルテが酒盛りで盛り上がっている。ドルテは明日降りるから良いかもしれないけど、母とカールは明日また船旅でキーンまで帰らないといけないのに船酔いしても知らないぞ。
「そういえばドルテさんはこのお酒を飲んだことがないとおっしゃっていましたが、魔族の国のお酒は飲んだことがないのでしょうか?」
うちの地酒はミコトのお陰で作れるようになった日本酒もどきだ。作り方も酵母も基本的には魔族の国の真似で出来ている。もちろんうちなりの工夫や違いはあるけど、基本的には似たようなものだ。
まぁ日本酒や地酒だって造る地、水、米、酵母、作り方によって千差万別に変化する。一言で日本酒だの地酒だのと言ってもそれぞれまったく別物だろう。うちの酒と魔族の国の酒だって違うと言えばまったく別物になっているはずだ。
でもドルテは魔族の国の酒に似ているとは言わずまったく飲んだことがないと言っていた。それは魔族の国の酒を飲んだことがないということか?デル王国と魔族の国との繋がりから考えたらドルテほどの地位なら酒くらい飲んだことがありそうだけど……。
「魔族の国の物など私のような一介の軍人が手に入れられるわけなかろうが!一体いくらすると思っているのだ!」
顔を真っ赤にして酔っ払っているドルテがグラスを持ち上げながらそう言った。どうやら俺が思っているより魔族の国とカーマール同盟の間の経済格差というか、物価の違いや物の移動というのは難しい問題なのかもしれない。
ドルテとベンクトは軍の中でもそこそこ良い位置にいるはずだ。最低でも前線指揮官くらいの地位はあるだろう。そんな地位の者が魔族の国の酒も飲めないほどというのはよっぽどだ。
「そうかぁ……。これは魔族の国の酒かぁ~。道理でうまいと思った!」
「気に入っていただけたのなら良いのですが、残念ながらそれは我が領地で作ったお酒で魔族の国のお酒ではありませんよ。製法などは非常に似ていますから発祥が魔族の国のお酒であることは確かですが……」
別に自慢したいわけじゃないけどきちんと訂正しておく必要はある。この時代には別に知的財産権とか特許権とかそういうものがきっちりしていない。うちが魔族の国の酒を真似したとしても誰からも文句は出ないだろう。
だからそれは問題ないんだけど、うちの酒を飲んで魔族の国の酒を飲んだと思ってしまったら色々と問題になる可能性はある。ドルテが魔族の国の酒を飲んだと周囲に言って、実はうちの酒でしたとなったらいらぬ問題になるかもしれないからな。
「ほう……、貴様の故郷は魔族の国の庇護下にあるのか?」
何かドルテは酔っ払うと残念な感じになるな……。怖くてとっつき難そうな顔はしてたけどキリッとした美人系だったのに……。酒に酔って話しているとこう……、ガサツというか……、女らしくないというか……。すごく残念な感じだ。きっと合コンとかで最初は皆に綺麗とか思われるけど酒が入ったら途端に人気がなくなるタイプだろう。
「私の故郷は確かに魔族の国と接しておりますが関わりはありません。むしろお互いに何度も矛を交えた間柄でしょう」
俺は直接は知らないけどな。俺が生まれてからはっきりと魔族の国と戦争になったというのは聞いたことがない。もしかしたら幼い頃はそういう話を家の中でしなかっただけで、どこかでは紛争くらいあった可能性はあるかもしれない。でも表立ってはっきりと戦争や紛争があったという話は聞いたことがない。
「なんだと!けしからん!貴様の故郷はどこだ!私が成敗してくれる!」
うわ~……。ドルテの女性としての魅力がどんどん下がっていく……。別に敵だとか、気に入らないとか、そういうことは思わないけど……、何だろうこの残念美人みたいな感じは……。
「あらぁ?うちに物申すのかしら?それなら私がお相手しましょうか?」
ちょっと冷たい笑顔になった母がスクッと立ち上がる。スタスタと歩いて行って……。
「ちょっ!ちょっとお母様!それは出してはいけません!」
母は仕舞ってある槍を持ち出そうとしている。俺は慌てて止めに入った。別にドルテが母にしごかれるのは知ったことじゃないけど、船の上で母が暴れたら船が沈んでしまう。それだけは避けなければならない。
「ほう!『血塗れマリア』ことマリア・フォン・カーザースの槍捌きが見れるなど素晴らしい!」
おい!カール!煽るな!母は調子に乗りやすいんだ!そんなことを言ったら本気でやりかねない!
「そっ、その槍は!グングニル!それに『血塗れマリア』!?まさか……、まさかあのマリア・フォン・カーザースだというのか!?」
え……、この槍グングニルとか言うの?何それ。無駄に格好良いんだけど……。っていうか神の槍なんですか?
「違うわよぉ。この子はゲイボルグよ。グングニルじゃないわ」
へぇ、そうなのか。ってなるか!どっちにしろおかしいだろ!何で母がそんな伝説の槍を持ってるんだよ。っていうかドルテも『血塗れマリア』のことを知ってるのか……。母はどれだけ有名人なんだ……。
「すみませんごめんなさいゆるしてください知らなかったんです」
そしてドルテは土下座していた。偶然土下座のようなポーズになったのか。こちらにも土下座があるのか。もしかしたら魔族の国から伝わったのかもしれないな。
ともかくこのカオスと化している宴会場をどうにか収拾しなければならない。
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どうにか母とドルテを宥めて落ち着かせて席に着く。母が暴れだしたら俺でも止められないから煽るのはやめてもらいたい。
「私だって怖かったんですよ……。所属不明のこんな巨大船が近づいてきて……、ついに戦争かと思ったくらいです……」
「それは……、まぁ……、こちらも悪かったとしか言えませんが……」
シクシクと泣きながらそんなことをいうドルテを何故か俺が慰めている。ドルテもそこそこ上官の地位にいるようだけど実戦経験は皆無らしい。血塗れマリアのことも半ば伝説として聞いているだけで見たことはないという。
エリートのようではあるけど実戦経験もなく、普段は沿岸警備や臨検くらいしかしたことがないドルテにとって、うちのガレオン船が近づいて来るのはついに敵が攻めて来た、戦争の始まりだ、という恐怖でしかなかったようだ。
ミコトが旗を掲げていたら大丈夫だと言うから信用したのが悪かったのか……。普通なら先触れを出す所だろうけど今回は大丈夫だろうとそのまま近づいてしまった。国内ならそれでよかったけど外国相手にそれはまずかったというわけだ。
お陰でデル王国は態度を硬化させて軍船を出して俺達を包囲したというわけだな。さらに俺達が王宮に招かれずミコトだけ呼ばれたのもそれが影響しているだろう。もし俺達が敵だったら安易に王宮に入れるわけにもいかない。俺達のことは港で監視しておいてミコトに話を聞こうとするのは当然だろう。
「う~い。戻りましたよっと」
「シュバルツ……」
そしてこちらで母を宥めてドルテを慰めているとシュバルツが酔っ払って帰って来た。明らかに千鳥足だ。そしてそのシュバルツと肩を組んで一緒に酔っ払ってるのはベンクトだった。
「おう!シュバルツ!しっかり歩け!」
「あぁ?ベンクトがふらついてるんだろう!」
「「あはははっ!」」
何が面白いのか二人は肩を組んでフラフラしながら笑い合っている。打ち解けるのは良いけど節度は守ろうね?
「ベンクトがしっかりしてないから私がこんな目に遭ったんです!」
「お?」
ズカズカとベンクトの所まで歩いていったドルテはベンクトを突き飛ばした。酔っ払ってるベンクトはフラフラとよたついてから倒れる。
「あははは!何してんだよ!しっかり立てよ!」
「うははは!おう!あれ?立てねぇぞ?」
「「わはははっ!」」
いや、何がおかしいねん……。もう収拾がつかない。酔っ払い共の相手なんてしてられない。
「はぁ……、私達は部屋へ戻りましょうか」
「はい、フローラ様」
お嫁さん達を引き連れて俺達は退室する。俺達はお酒は飲まないしここで酔っ払いの相手をしていても面倒なだけだ。
別に酒が飲めないとか飲んではいけないということはない。パーティーなんかでワインやビールのようなものを飲むこともある。ただ俺やお嫁さん達はそんなにお酒を好んで飲まないから、ここにいるよりも部屋に帰りたいというのが本音だ。
そういえば俺も前世で別に下戸とかお酒が嫌いだったわけじゃないけど、今生はあまり飲まないな。まぁ地球ではまだ未成年だからというのもあるかもしれない。もう地球のルールや法律なんて関係ないんだけど、それでも心理的にどこかでそういうことが気になるのかな。
そんなことを考えながら俺達は自分達の船室へと戻って休むことにしたのだった。
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翌朝、朝食の席で母はケロッとしてるけどカールはどんよりした顔をしていた。これは確実に二日酔いだな。これから船旅だってのに二日酔いも残ってたら船酔いと合わさってえらいことになるんじゃないだろうか。まぁ自業自得だし酔い止めがあるわけでもない。打つ手はないから本人が我慢するしかない。
そして食事の席は一緒じゃなかったけどシュバルツと会ってみればこちらもケロッとしていた。ドルテとベンクトも相当酔っていたと思ったけどこちらも平気そうだ。
いや……、ドルテは別の意味で平気そうじゃないけど……。たぶん俺達と顔を合わせたことで昨日の痴態を思い出しているんだろう。明らかに変な顔をして視線を逸らせている。やってしまったという感じだろうか。
「シュバルツ、また来い。歓迎してやる」
「おう!また飲もう!」
ベンクトとシュバルツは良い感じに親しくなってるな。やっぱり海賊は共に酒を飲んだら親しくなるのか。だから酒も強くないといけないんだな。
「誰が海賊ですか」
「え?声に出てましたか?」
「ええ、俺達が海賊だとか、酒飲みだとか、聞こえましたよ」
う~ん……。人間どうしても無意識に余計なことを言っている時があるもんだな。まぁいいか、別に……。シュバルツやベンクトに本当のことを言ったって何も問題はない。母に聞かれてたとかなら怖いけど……。
デル王国との関係は何も進展していないけどベンクトとシュバルツは親しくなったようだ。うちの提督様がデル王国の指揮官と親しくなるのは悪いことじゃない。そのせいで戦争になった時に手心を加えたとあっては問題だけど、その戦争を回避するために架け橋になれる可能性もある。
「昨晩のことはなかったことに……」
「ああ、はい。私達は昨晩早くに眠ったので何も聞いておりませんよ」
「そっ、そうか……。すまない」
ドルテがコソッとそんなことを言ってきたので昨晩は何もなかったと伝えておく。こういう時は余計なことは言わず何もなかったという体で通すのが良い。ドルテもそれ以上は昨晩のことを言ってくることはなかった。
「待たせたわね!ほんっと肝っ玉の小さい国よね!デル王国は!」
「おかえりなさいミコト」
昨日のじいさん、ジョハンを伴って昼前にミコトが戻ってきた。どうやらミコトはデル王国の対応にご立腹のようだ。王宮でも散々言ってきたらしい。
俺としてはデル王国の対応は間違いじゃなかったと思っている。普通なら所属不明艦が港に近づいてきたら警戒するのは当然だ。そしてそんな奴らをその日のうちに王様に会わせるなんてするはずもない。
ただこちらにはミコトも居たのに相手の態度が随分頑なだったなとは思う。もしかしたら何か別の思惑や都合もあったのかもしれない。
もう何日か滞在するのなら王宮に招かれる可能性もあったかもしれないけど、生憎こちらはもう出港だ。今日のうちにはキーンに帰る予定を変えるつもりはない。
「それじゃあねジョハン」
「はい。ミコト様もお気をつけて」
じいさんが降りて、ドルテとベンクトも船を降りる。そういえばあの二人は結局昨晩はこの船に泊まったんだな。どうでもいいけど……。工作活動とかされてたら困るけどこの船のクルーだってそこまで間抜けじゃないだろう。
「さらばデル王国!」
「あまり良い思い出も出来ませんでしたけど……」
最後に上甲板からコベンハブンを眺める。徐々に小さくなっていく町を見送って俺達はキーンへと向かった。
ちなみに今日は予想通りにカールは二日酔いの上に船酔いとなってゲロゲロになっていたのだった。




