第二百六十八話「お断り!」
先導している小型船についていくとそこは……。
「へ~……。これはすごいね」
「そうですね」
クラウディアの言葉に俺も素直に頷く。ステッティンの港とはモノが違う。
別にステッティンの港が悪いとは言わない。あれはあれで良くも悪くもこの時代の普通の港湾だ。特別優れるわけじゃないけど劣るということもない。カールが『さすが自由都市だ』というようなことを言っていた通り、自由都市の港湾としては十分であり普通でもある。それに比べてこのコベンハブンの港は独特だ。
水深がどれくらい確保されてるとか、大型船の接岸が出来るように出来ているとか、そういうことはわからない。ただ一目見て俺達がわかるのは、このコベンハブンという町が水路によって成り立っているということだろう。
水路の縁には陸路が敷かれているけどそのすぐの所に建物がびっしりと並んでいる。わかりやすく言えば、水路、道路、建物、がズラッと並んでいる感じだ。これは明らかに水路を意識した作りになっている。
たぶん一般市民も家を出たら道路を横断して水路に出て、水路に浮かぶ船に乗って移動したりしてるんじゃないだろうか。それほどこの町と水路、水運が密接な関係であると一目でわかる。
町の中の方へも水路が引きこまれているのが見て取れる。ここの住人にとっては水路は生活に欠かせない当然のものなのかもしれない。
「あそこに着けろ!」
小型船の方から声が飛んで来る。指している方を見てみれば一応大型船でも泊まれそうな場所だった。水深はわからないから怖い所ではあるけど……。
まぁガレオン船は喫水が浅い方だから大丈夫だとは思うけど、喫水の深いキャラック船だったらやばいかもしれない。それはここだけじゃなくてあちこちだけどな……。
海の底はわからないからドキドキしてたけど何とか座礁せずに接岸出来たようだ。思ったよりも水深があるのかもしれない。必要とあらばシュバルツ達船乗りが情報を集めるだろう。門外漢の俺がとやかく言っても現場を混乱させるだけだから任せておけばいい。
「そのまま少し待ってもらいたい」
「あいよ」
小型船からの指示にシュバルツが答える。多分ミコトのことがわかる者を呼びに行ってるとかそういうことだろうな。下手に上陸させて暴れられても困る。だから確認が取れるまで動くなってことだろう。
船も接岸しているからこちらから下手なことは出来ない。接岸していて身動きも取れない船なんて良い的だからな。相打ち覚悟ならカーン砲を撃てるだけ撃つという手段もなくはないけど、そんなことをしてもこちらは船を沈められて脱出方法もなくなる。こんな所に接岸した時点で俺達はもう無抵抗も同然だ。
「いつまで待たせるつもりよ!」
「まぁまぁ……」
早くも痺れを切らせているミコトをクラウディアが宥める。何かクラウディアってそういう役が多いな。一応本人が男役のつもりだからかな?女性がカリカリしてたら宥めるのは男性の役だもんな……。俺はしたくないししたこともないけど……。
「これから要人を一人上げる。妙な真似はするなよ」
「ああ、わかってる」
先ほどからこちらに指示を出している小型船の指揮官らしき者がそう言ってきた。どうやらミコトのことがわかる者が来たようだ。降ろしたタラップを老人が上ってきていた。
「おっ……、おおっ!ミコト様!」
「久しぶりねジョハン」
こちらに上がってきた老人が待ち受けていたミコトを見てプルプルと震えながら頭を下げた。どうやらミコトと顔見知りのようだ。
「このようなご無礼を働き申し訳ありません。ただちに王宮にお迎えいたします」
「いいわよ別に。さっ、行きましょ」
さっきまでカリカリしてたのに急に寛大にそんなことを言い出した。ほんのついさっきまで遅いとかいつまで待たせるとか言ってたのは誰だったのか……。
「お付きの方々は港でお待ちください。ドルテとベンクトに案内させます」
「はぁ!何言ってんのよ!フロト達も一緒に決まってるでしょ!」
な~んか……、嫌な予感……。というかはっきり言って俺達は歓迎されていないようだ。まぁそりゃそうだろうけどな。ミコトはデル王国の宗主国である魔族の国のお姫様だけど、俺達は魔族の国の所属ではない謎の勢力の船だもんな。そりゃ歓迎できないのも無理はない。
「申し訳ありません。例えミコト様のお言葉でもそれは聞くわけには参りません。王の前にお連れ出来るのはミコト様のみでございます」
じいさんははっきりそう言って頭を下げた。まさかミコトを降ろした途端に攻撃されるということもないだろう。俺達は別に無理にデル王国の王様と会いたいわけでもないしミコトだけ向かってもらうことにしよう。
「ミコト、私達は良いのでミコトだけ行ってきてください」
「…………ごめんなさい。ジョハンがあんなわからずやだなんて思わなかったわ」
いや……、たぶんそのジョハンってじいさんの判断の方が正しいと思うぞ。普通に考えたら一国の王がわけのわからない客が訪ねてきて、その日のうちに会うという方があり得ない。ミコトが相手なら立場上会うだろうけど、身元不明、もしくは敵である可能性が高い俺達を迎えてくれるはずがない。
「王宮には招けませんがこのコベンハブンの案内はいたします。ドルテ、ベンクト」
「「はっ……」」
そこそこ若い男女が一人ずつ出て来た。男の方は先ほどから小型船でこちらに指示を出していた指揮官風の者だ。男の方は若いといっても三十代以上かなという感じだろうか。
女性の方は若い。二十代としても前半くらいという感じだろうか。男はもちろん女の方も武装している。この二人は明らかに軍属だな。案内役と言いながら軍属を付けるということは監視も兼ねているんだろう。俺達が妙なことをしないように案内という名目で体よく監視されるというわけだ。
「よ~し。野郎共!お言葉に甘えて接待してもらおうか!半舷上陸!」
「「「「「お~!」」」」」
シュバルツの言葉で乗組員達が声を上げる。ドルテ、ベンクトと紹介された二人は顔を顰めているな。まさかこちらが本気で上陸するとは思っていなかったというところか。
半舷上陸とはクルーを半分ずつに分けて交互に上陸して休息することだ。全てのクルーが降りたら緊急時に対応出来ない。特にこんな敵地のど真ん中ともなればいつ何時何が起こるかわからないからな。だから緊急時に対応出来るように半分は艦に待機して半分は休息を取る。
デル王国側は俺達が降りるのを恐れて船から降りないと思っていたんだろう。でもうちの野郎共は図太い神経をしているから堂々と受けて立ったというわけだ。俺は降りなくて良いかと思ってたけど、下の者達が降りるのに俺が降りないわけにもいかないだろう。
「それではミコトは挨拶に行ってきてください。私達はドルテさんとベンクトさんに接待してもらいます」
「くっ!」
どちらがどちらかは紹介されていないけど名前からして女がドルテ、男がベンクトだろう。俺の言葉を聞いてベンクトの方が顔をさらに顰めた。
いくらカーマール同盟とカンザ同盟が敵対的関係にあるとしても、向こうが案内すると言ってこちらが受けたんだから向こうはきっちり接待しなければならない。もし何かあろうものならばそれはカーマール同盟やデル王国の落ち度であり名を汚すことになる。
俺達全員を皆殺しにしてなかったことにするつもりなら良いけど、万が一にも一人でも取り逃がしてそんな情報を広げられたら大恥どころじゃ済まない。自分達が案内して接待すると言ったのに、罷り間違っても俺達を害したりするなどという卑怯なことは出来なくなった。
「本当に大丈夫なんでしょうね?私もこのデル王国の対応には腹が立つけど戦争はしないでよ?」
「わかっていますよ。ミコトを置いてそのようなことはしません」
まさかミコトに俺が戦争を吹っ掛けないようにと注意されるとは思わなかった。俺ほど理性的で暴力に訴えるなんてことが苦手な者もいないだろうに……。何でもすぐ暴力や権力で解決しようとするのはむしろミコトの方だろう。
ミコトはジョハン・ランザウという老人と連れ立ってデル王国の王宮へと向かった。俺達はどうするか。
「誰か上陸しますか?一先ず私は上陸しますが、ほぼ安全とは思いますが相手があんな態度なので絶対とは言い切れません。ラインゲン様は残られますか?」
「お母様は上陸してみたいわぁ。面白い町並よねぇ」
すぐに反応したのは母だった。甲板の上から町を眺める。確かに異国情緒溢れる町並だ。俺も興味がないと言えば嘘になる。折角だから異国を体験しておきたい。
「大丈夫ですわ。これで私達に何かあればデル王国の恥となりますもの。全員で降りましょう」
「アレクサンドラ……」
アレクサンドラがそこまで言うのも珍しい。多分二つの意味があるんだろう。一つは純粋にアレクサンドラも異国に興味があること。もう一つはデル王国側の対応に腹を立てたこと。自分達に何かあったらわかってるだろうなと案内役の二人に言っているんだ。その証拠に二人は今も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「そうだな……。折角だからデル王国を堪能させてもらおうではないか」
カールもそう言ったことで決まった。お嫁さん達や母やラインゲン家の面々といった主要メンバーは全員降りることになった。船員達は半分交代だ。
「それではご案内いたそう」
船から降りた俺達にドルテがそう言う。俺も母も降りているためにシュバルツは残っている。誰か指揮出来る者が残らないといけないからな。シュバルツは俺達が戻ったら交代で降りるだろう。
「コベンハブンでは水路が活用される。乗れ」
ベンクトがさっきよりもさらに小型の船に乗ってやってくる。街中の水路を進むための小船のようだ。船員達全員が一緒に行動するわけじゃないから主要メンバーだけその小船に乗る。船員達は他のデル王国の水兵達に案内されて酒場か飯屋のような所に向かうようだ。
俺達はドルテとベンクトに案内されて町を観光していく。本当に水路で町の中をあちこち回れる。不思議な感じだ。俺は行ったことがないけど地球のヴェネツィアとかはこれよりもっとすごいんだろうか。この町でも十分不思議な感じがするけど……。
面白くはあるけどうちの領地で真似は出来ないな。また真似するメリットもない。むしろ将来の発展を考えたら水路だらけにしたら後で大変だろう。観光名所として残るかもしれないけど、将来の発達、発展から考えたら今は良くても将来不利になると思う。
まぁ今はそんな無粋な考えは良いか。今は皆と一緒にこの不思議な町を楽しもう。
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町での宿泊も勧められたけど俺はシュバルツと交代してやらないといけないから断った。俺が船に戻ると言うとほとんど皆ゾロゾロと戻ってきたので、結局降りていたのは日中だけだ。
今はシュバルツがベンクトに案内されてどこかに行っている。どうせ夜の町でお楽しみじゃないだろうか。俺達にはドルテがついている。船に戻っているというのにドルテが監視するかのように、というか監視されてるんだけど、ぴったりと離れない。
「まさか夜休む時もドルテさんはご一緒されるのでしょうか?」
俺としては別にそれでも構わない。ドルテはまぁまぁ美人さんだからな。物凄い美人というほどではないし、軍の中でもそこそこ上役をしているようで、日に焼けて厳しい表情をしているから少々近づき難い。でも顔はまぁ美人な部類だろう。
何よりプロイス王国とは少々顔立ちが違う。やっぱりこれだけしか離れていなくても外国人は外国人というか、微妙に顔立ちとかも違うんだなと実感させられる。ポルスキー王国も顔や髪や肌のタイプが違ったからな。日本にいるとあまり思わないだろうけど、本当に外国だと少し離れただけで顔や体格のタイプが変わるのがよくわかる。
「そうだな……。折角だからどこか船室をお借りしたい」
マジかよ……。俺は冗談で一緒に寝るのかと言ったんだけどそれはスルーされたけど、サンタマリア号で寝るつもりというのは本当らしい。
「あらあら、それじゃ今日は案内してくれたお礼にうちの地酒をご馳走しましょうか」
「…………は?」
おい待て母よ……。うちの地酒っていうかそれってまさか……。
「どうぞ」
「いや……、私は任務中ゆえ……」
「どうぞ」
「ぅ……、では一杯だけ……」
母が注いだ透明な酒をドルテが受け取って口をつける。
「なっ!何だこの酒は!?こんな酒飲んだことがない!」
「おいしいでしょう?うちのとっておきなのよぉ。本当ならお母様はもっと飲みたいんだけどフローラちゃんがいけずだからあまり飲めないの」
やっぱりか!それはうちってカーザース家じゃなくてカーン家の地酒だろ!それはうちで作ってる日本酒もどきじゃないか!
「あまりないから滅多に出せないんだけど今日は特別よ。さぁもう一杯どうぞ」
「ああ……」
そしてドルテも随分気に入ったらしい。やっぱり船乗りは酒飲みなのか。母とドルテは酒盛りを始めた。そこにカールも混ざって宴会となりコベンハブンでの夜は更けていったのだった。




