第二百六十三話「カーン騎士団国!」
その日、王都やその近辺にいる高位貴族、大臣、将軍、あらゆる重役達は緊急会議のために集められることになった。ほとんどの者はその理由も知らされず困惑しながら集まる。
しかし中には様々なルートからの情報によってそれが何のための緊急会議であるのか察している者もいた。だが情報を得ている者達も実は自分達の予想とは違う会議になるとはこの時は誰も思っていなかったのだった。
王城の会議室に集まった者達は一際目立つ人物に視線が釘付けになっていた。その人物は小柄だが不気味なお面を被り外套で体を隠している。遠くからその姿を見ても一体何者なのかさっぱりわからない。あまりに異様で異質なその存在に会議室に座る者達は少しの恐怖と多くの好奇心を寄せていた。
「何だあれは?」
「さぁ……?何でしょうか……」
取り巻き達を引き連れて入って来たヨハン・フォン・ナッサム公爵は会議室内を見回し、妙な出で立ちの者に顔を顰めた。この場にいるということはそれなりに重要な地位にいる貴族か役人であろうが、その姿はあまりにふざけていると言わざるを得ない。
貴族たるもの貴族たる格好をしていなければならない。あのようなふざけた格好をしている者に貴族と名乗る資格はない。
一言言ってやろうかと思ってヨハンがその相手に近づこうかと思った時、奥の扉が開いて王が入室してきた。どうやらもう会議が始まってしまうようだとわかったナッサム公爵は、いちいち自分が直接言ってやることもないかと自らの席に着いた。
「皆の者、急に呼びたててすまぬな。今回は緊急ゆえ多少の作法や慣例は無視してすぐに本題に入ろうと思う」
「はっ……」
挨拶もそこそこに王がそう言った。それにもナッサム公爵は顔を顰める。本来であれば王は全員が席に着いた後から呼ばれて入室してくるものだ。それなのにまだ人も揃わず、着席もしていないのに、王がズカズカと入ってきてペラペラと話し出す。
まったくもって優雅ではない。王の威厳もなにもあったものではない。やはりこのような王では駄目だ。王の中の王とは自分のような、優雅で、知的で、他の者達を魅了する者でなければならない。そんなことを考えながら適当に最初の挨拶や言葉を聞き流す。
「本日集まってもらったのは他でもない。ポルスキー王国との戦争についてだ」
「おお……」
ドヨドヨと会議室がどよめく。何を驚くことがあるというのか。その程度の情報など仕入れていて当然であろうが、とナッサム公爵は他の貴族達を鼻で笑う。
ナッサム公爵はオース公国との繋がりからすでにその情報を仕入れている。この先の言葉が出れば他の無能な貴族達は驚くだろう。しかし自分はもうそれを知っている。優越感に浸りながら先の言葉を待つ。
「ポルスキー王国との戦争だが……、先日ポルスキー王国から正式な使者が来た。そして今ポルスキー王国王都ワールスザワにおいてポルスキー王国降伏の講和会議が開かれておる」
「なっ!」
「もう!?」
「そんな馬鹿な……」
「確かまだ戦争が始まって一月ほどしか経っていないはず……」
王の言葉に会議に参加している者達が驚く。ほんの少し前に戦争が始まったと知らされたばかりなのにもう講和会議が開かれているなど信じられない。一体何があったのかと誰もが驚いていた。
しかしナッサム公爵は驚かない。オース公国がこの講和会議に噛んでいることから、オース公国経由ですでにポルスキー王国が降伏するという情報は仕入れていたのだ。他の者達が驚いているのを優越感に浸りながら眺める。こういう時は最高に気分が良い。
「まだ完全に正式決定と条約に批准しているわけではないが、大雑把な方針と決定事項だけ話そう」
そう言ってヴィルヘルム国王はプロイス王国とポルスキー王国との戦争の経過から話し始めた。それを聞いて流石のナッサム公爵も驚いた。開戦から僅か一ヶ月でハルク海沿岸のほとんどを占領したという。そんな話は信じられない。普通に考えてあり得ないことだ。
「これほどの大戦果を一ヶ月で挙げるなど信じられません!現地部隊の戦果誇張ではないのですか?」
貴族の一人が意見を述べる。それは誰もが思っていることだ。あまりに非常識すぎる。誰が一ヶ月足らずでこれほどの領域を占領出来るというのか。それも何もない平野を進軍しただけだというのならともかく、あちこちの大都市や重要拠点を全て落としている。そんなことが出来るはずがない。
「この戦果は本当だ。相手国であるポルスキー王国もそれを認めておる。そして……、講和によってこれらの地域が全て我が国に返還される。わかるか?もし我が国がこれだけの戦果を挙げていなければ敵はまだ降伏しなかったやも知れん。そしてこれほど返還に応じなかったであろう。それが答えだ」
またしても会議室がザワザワと騒がしくなる。確かに言っていることの筋は通っている。説得力もある。何よりその先の言葉が大きかった。
「現在交渉中の講和会議では降伏の条件として、これらの地域に南方の地域を加えて全て我が国に返還されるという形でほぼまとまっている。他にポルスキー王国に対するハルク海貿易の関税権も得られるだろう」
「まさか……」
「そこまで……?」
王が示した範囲はあまりに広大すぎる。確かにこちらが相当の戦果でも挙げていなければ相手もここまで譲歩しないだろう。この講和の条件こそが何よりもプロイス王国の大戦果を裏付けている。
「だが今回の講和には少々面倒な者達が介入してきていてな……。オース公国とモスコーフ公国が仲介と称して講和会議に加わり、見返りにポルスキー王国に領土の割譲を迫っておる。我が国としてはそれを追認するしかない」
会議に参加している者達にオース公国、モスコーフ公国の介入や割譲される領土が示される。一部の貴族達は両公国の汚いやり口に憤る者もいたが、こういったことも日常茶飯事のために受け流す者も大勢いた。
ここで両公国に抗議しても、講和を蹴れば今度はその三国を相手に戦争をしなければならなくなる。今のプロイス王国に三国を同時に相手にして戦える余力はない。さらに東で泥沼の戦争になれば西のフラシア王国まで動いてくることになる。それくらいのことは当然貴族達にもわかっている。
ナッサム公爵もオース公国を通じて講和会議で両公国が領土を要求することは知っていた。実際にどの程度になるかはわからなかったがそれは今国王が教えてくれた通りだ。ナッサム公爵としては他の国がどれだけ取ろうが関係ない。それよりも重要なのは今回得た莫大な利益をどう分配するかだ。
「つまり今回緊急会議が開かれたのは、この返還された広大な領地と関税権という莫大な利益をどう配分するかということですね?まぁ半分ほどはナッサム家が管理して差し上げましょう」
当然ナッサム公爵家ほどの大貴族ならば得た物の半分ほどは頂かなければならない。当然の権利だ。残りは他の派閥の貴族達にでも適当に分配してやるとしよう。そう思って口を開く。
「何を言っておる?分配などするわけなかろうが」
「…………は?」
しかし満を持して発言したナッサム公爵の言葉をヴィルヘルム国王はバッサリと切り捨てた。他の貴族達も自分達がどこを手に入れて、どれだけ利益を得られるか計算していた所なので国王の言葉に戸惑う。
「この領地も関税権も全て今戦争で戦った者のものだ」
「なっ!」
ヴィルヘルム国王の言葉にナッサム公爵のみではなく他の貴族達も騒がしくなり始めた。ほとんどの者は国王の横暴だ、独占だと騒ぎ立てる。
「静まれ!」
「「「「「――ッ!」」」」」
国王の一喝で会議室が静まり返る。国王の放った覇気でナッサム公爵まで飲まれて黙った。
「貴様らが何か役に立ったか?何もしていないどころか足を引っ張るばかりの者が、他人の上げた成果で利益を貰えるとでも思っておったのか?」
「くっ……」
ヴィルヘルム国王の視線は明らかにナッサム公爵を見ている。まるで愚か者を見るかのような見下した目で……。
許せない。ヴィルヘルムなど所詮はナッサム家が支えてやっているから国王をしていられるだけだ。お飾りに操りやすそうな愚かなヴィルヘルムを担いでやったに過ぎない。それなのに……、それなのにその全てを握っているヨハン・フォン・ナッサム公爵を見下すことなどあってはならない。
「今回ポルスキー王国より返還される領地は全てカーン男爵に与えるものとする」
「「「「「なっ!?」」」」」
そしてその言葉に再び会議室の貴族達が驚く。戦争に参加した者というからもっと多くの貴族達に分配されるのかと思いきや、これほど広大な領地がたった一人の、それもたかが男爵に与えられるなど前代未聞どころの話ではない。最早横暴を通り越して狂気の沙汰だ。
「何を驚くことがある。今回の戦果は全てカーン男爵の指揮によるものだ。作戦立案も、現地での指揮も、占領地の統治も全てカーン男爵が行なったこと。ならば当然これらの戦果に見合うだけのものを与えねばなるまい」
会議室は静まり返った。納得したとか認めたというわけではない。ただあまりのことに何をどう言えば良いのか言葉が出てこないのだ。
「まずは確認させていただきたい。そちらの仮面の御仁がカーン男爵でよろしいかな?」
そこへ、アルフレート将軍が不気味な仮面を被った人物に視線を向けながらそう声をかけた。その言葉で一斉に全員の視線が仮面の者に注がれる。
「そうだ」
ヴィルヘルム国王は即座に答えて頷く。隠すことではないし隠す意味もない。むしろそのためにそこに座らせているのだ。
「そうでしたか……。まずは軍を代表して礼を言わせてもらいたい」
そう言ってアルフレートは立ち上がってから深く頭を下げた。今回軍は何も働いていない。他国から攻撃を仕掛けられ戦争になっていたというのに何の役にも立っていないのだ。それは軍としてあるまじきことではあるが、その代わりに戦ってくれた者への感謝。そして軍に被害を出すことがなかったことへの感謝。あらゆる感情を込めて頭を下げていた。
「我々軍部はこれらの領地のカーン男爵の領有に賛成する」
「なっ、何を勝手なことを言っている!」
アルフレート将軍の言葉にナッサム公爵も立ち上がって抗議した。しかし誰の目にも明らかだった。どちらの言っていることが正しいのか。どちらの言葉に説得力があるのか。
「軍部にそんなことを決める権限などない!王国が新たに領地を得たというのならばそれは王国貴族全員の物だ!我々にはそれを得る権利がある!」
アルフレート将軍を睨みつけ、机を叩きながら、ナッサム公爵は感情のままに叫んだ。しかしアルフレート将軍には通じない。
「今回返還されることになった東プロイス領は元来プロイス王国の領土だ。貴公の言われる『新たに得た領地』ではない。そしてこの領土が返還されるためにカーン男爵とその配下の者達が血と汗を流して戦ったのだ。何の手も貸していない者にその地を得る権利などあるはずもない。戦わなかった臆病者がそのお零れに与れるなどと思わぬことだ!」
「なっ!なっ!こっ、この私に向かって……、貴様如きが!」
臆病者呼ばわりされたナッサム公爵は顔を真っ赤にして怒りに震えた。何という屈辱。到底許せるものではない。
「アルフレート将軍の言う通りですなぁ……」
「なっ!ソルムス卿まで!」
そこに大臣格であるソルムスまでもがアルフレートに賛成するようなことを言い始めた。ナッサム公爵のみではなくほかの貴族達にも動揺が広がっていく。
「今戦争においてプロイス王国も他の貴族も、誰一人、兵の一人どころかパンの一つとして出しておらん。支援物資も、兵糧も、戦費ですら出さんと言っておったであろう。そんな者が勝ったからと手に入れたものを分け前を寄越せなどと言うのは何と浅ましいことであろうか。ここは我が領土を取り返してきた者に統治を任せればよかろう」
「「「「「…………」」」」」
多くの貴族達は黙り込んだ。もちろん納得はしていない。しかし反論のしようもない。それは全て本当のことだ。戦争が始まった当初ここにいる貴族達は援軍の派遣どころか、戦時物資も兵糧も、戦費ですら一切出すなと全てに反対した。
そんな中で独自の兵と物資と戦費で戦ってきた者達が挙げた成果の一部を寄越せと言う権利が誰にあるだろうか。全員で迫ればあるいは王も折れるかもしれない。しかしそんな恥さらしな真似をしてまで土地や金を寄越せというのも貴族としての誇りから言うことが出来ない。
「反対はないようだな?ナッサム公爵?」
「くっ!」
ナッサム公爵は反対だと叫びたい。しかしこの場でそれを叫んでも周囲から反発されるだけだ。このまま黙っているつもりはないがこの場で余計なことを言うのはまずい。海千山千の大貴族であるナッサム公爵はその程度のことは弁えている。
「それでは今回の戦果をもってカーン男爵を子爵に陞爵し、返還される東プロイス領を与えるものとする。そして東プロイス領はこれより『カーン騎士団国』とする!」
「おお、カーン騎士団国ですか。良いですなぁ」
「うむうむ」
ヴィルヘルム国王の言葉にアルフレート将軍とソルムス卿が賛同し、周囲も渋々ながら徐々にそれを認め始めた。こうしてカーン男爵の陞爵と『カーン騎士団国』の建国が決定したのだった。




