第二百六十二話「密談!」
いや~、試験が終わって一週間も経ってるけど何もない。とても素晴らしい。父が戻ってきた時はどうなることかと思ったけど俺の生活に変化がないようでよかったよかった。
何か変な約束をさせられたような気がしていたけど、そのことについても特に何も言ってこないし何もないんだろう。もしかしたらただあの時の話し合いで最後に確認されただけかもしれない。あまり話をちゃんと聞いてなかったけど何もないということはきっと大丈夫だということだ。そういうことだ!
「フローラ様、王城よりお迎えの使者が来ております」
「…………ん?」
皆とカーザース邸で寛いでいたらカタリーナにそんなことを言われた。王城からの迎えって何?
「そんな約束ありましたっけ?」
「いえ、緊急とのことです」
どうやら急な知らせのようだな……。正装していかなければならないようなので男爵の正装に着替えて家を出る。迎えは来てるけど自分の馬車の方が乗り心地が良いから後ろについていくだけだ。わざわざ迎えの馬車に乗らなければならない理由はない。
ぼんやり外を眺めていると学園の男子生徒達が実技試験を行なっていた。とはいっても今回は学園で合宿だそうだ。近衛師団もいないのに外へ生徒達を連れて行くわけにはいかない。そもそも野営訓練は前期だから後期は別の内容だ。
後期は模擬戦や集団戦の指揮などを行なうらしい。例年なら王都の外にある近衛師団の演習場で上位組は全体指揮を、下位組は前線指揮官や兵士役をして集団での戦闘訓練を行なう。今回は近衛師団が遠征に出ているから学園の運動場などを利用して行なっているようだ。
まぁ例年だって別に学園でやれば良い話であって何でわざわざ外の演習場でやらなければならないのか……。多分演習場で共同生活をさせることも目的なんだろうな。王都の中だとやっぱり甘えが出てしまう。最悪の場合はすぐに家に帰ることも出来る。それに比べて外で皆で共同生活をすればそうはいかない。
軍隊というのは厳しいものだ。夜中でもいきなり叩き起こされることもあるし、生活は全て自分達でしなければならない。メイドが着替えを洗って持ってきてくれるわけもないし、料理人が食事を用意してくれることもない。そういう厳しい環境に置くために演習場へ行かせるんだろう。
まっ、俺には関係ないしどうでもいいことか。精々頑張りたまへ、男子諸君。俺も男のつもりだけどこういう時は女子として少々優越感だ。
……俺は演習どころかすでに実戦を経験してますがね。死体が転がる中を駆けずり回り、常に命の危険に晒されながらモンスターや敵国と散々戦ってきた。彼らの演習や合宿なんて所詮はお遊びだ。命の危険もない。彼らもやがて大人になればあんな戦場に出ることになる。せめて今くらいは学生らしい生活を楽しんでもらいたいものだ。
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王城に到着した俺は後宮に通された。今回は奥の私室じゃなくて手前の応接室だ。王様はすでに待っていた。ディートリヒは父と一緒にポルスキー王国に交渉に向かったらしいからいない。
「急に呼び出してすまんな」
「いえ、陛下のお呼びとあらばいついかなる時でも馳せ参じます」
男爵の正装で来いということはこの場では俺と王様は王と臣下という立場だ。いつものように崩して相手をするわけにはいかない。きちんと貴族らしく振る舞う。
「ふむ……。ここではまだ畏まる必要はない。それは後にとっておけ。それよりも会議までに打ち合わせを済ませておこう」
「はい」
一応そう言って応じながら勧められた席に着く。でもちょっと待って欲しい。会議とか打ち合わせとか全然意味わからないんだが?何の会議で何の打ち合わせだ?
「ディートリヒとカーザース卿から第一報があったことは知っていると思うが……」
いや、知りません。第一報って何ですか?全然話がかみ合わない。でも知らないわからないと答えられないのが下っ端の辛いところだ。上司にそう言われたら『はいはい』とわかっている顔をして答えて、あとで他の人に必死こいて確認するのが下っ端の役目というものだろう。
「正式な条約調印まではまだ暫くかかりそうだが、講和会議の最初の段階としてある程度の方針が決まったと知らせてきた」
ああ、そういうことか。じゃあ第一報とか知ってると思うとか思わせぶりなことは言わないでそう言って欲しかった。そう言われたらそれだけでわかったのに余計な混乱をしてしまったじゃないか。
「その内容を教えていただけるということでしょうか?」
俺がこの場の呼ばれたということはその知らせの内容を俺に話すということだろう。普通に考えたら一男爵如きにそんな国家機密並の交渉の途中の情報なんて教えちゃ駄目な気がするけど、俺がここに呼び出されてそんな話題を振ってきたということはそういうことだろう。
普通はそんなことを教えたりしないと思うけど俺も当事者だからということかな?父が交渉に行ってるしどうせ俺の耳にも入るだろう。それを考えて当事者である俺にも先に話しておこうということかもしれない。
「うむ。其方に任せることになるからな。細かい交渉や正式な調印までまだかかるようだが、ポルスキー王国降伏の条件はほぼ決まったようだ」
……む?任せる?何を……?
そういえばあの時の話し合いでも何か任せるとかどうとか言ってた気がするな。一体何を俺に任せるつもりだというのか?何のことかわからないけどとりあえずわかってるような顔をして神妙に頷きながら続きを聞く。
「こちらの要求通りに現在奪還完了した地域は我が国に返還されることになった。その線引きも正式な調印までに少々変わる可能性はあるが、一先ず第一報の国境を教えよう」
「はい」
要求通りだったのか?俺はまたてっきり占領地から撤退して賠償金だけ取って終わりかと思ったけど……。
普通の国家だったらまだこれからが戦争の本番だろう。今までのはあくまで前哨戦に過ぎないと思う。向こうからの奇襲。それに対してこちらも短期での逆襲。あくまで戦争はまだ始まったばかりでこれからお互いに本格的な動員をしつつ泥沼の戦争になると思っていた。
それをこんな短期間でいきなり降伏してきたんだから『今回はここで負けてやるから金は払うけど領土は開戦前で落ち着け。それが嫌なら継戦だ!』とか言ってきてるものだと思った。
「まず現在の奪還地に加えてブロムベルク、トールンからこの先一帯だ。北方は現状維持の代わりにポルスキー王国のハルク海貿易における関税権を譲るということだった」
「…………は?」
王様に示された範囲は……、今の侵攻範囲に加えて南方に大きく広がるものだった。全然意味がわからない。何故ポルスキー王国はこんなに圧倒的な譲歩をしたんだ?これならまだ戦争を継続して取り返そうと思わないのか?それとも何か……、他の事情が?
そうだよな。でなければおかしい。関税権って言ってるけどそれは多分こちらでハルク海貿易でポルスキー王国に流す物品に自由に関税をかけて徴収して良いということだろう。それは実質賠償金というわけだ。こんなに譲歩しなければならないほどポルスキー王国は今大変な状況なのか?
「それから今回の講和会議で仲介役として介入してきたオース公国の取り分がこう。そしてモスコーフ公国の取り分がこうなるそうだ」
「え?」
王様が地図に新たに示したのは南の国境を接するオース公国が張り出した部分と、東の国境を接するモスコーフ公国がポルスキー王国を蚕食している国境線だった。これも全然意味がわからない。何でここでオース公国だのモスコーフ公国だのが出てくる?
「驚くのも無理はない。奴らは我々がポルスキー王国を破ったことに便乗して仲介と称してポルスキー王国に領土を要求したのだ。汚い手段ではあるが世の中にはそういうこともある」
王様は俺が驚いているから説明してくれたようだ。子供の俺じゃ意味がわからないと思ったのかもしれない。でも俺だってそれくらいはわかる。
地球でもそういうことは度々あった。自分達は関係ないのに講和会議にだけ出てきて間を取り持ってやるからといいながら自分達も領土要求をする。イギリスやフランスが清と揉めた後でも無関係の国が出てきて、我も我もと勢力圏や不平等条約を要求したり、日清戦争後の三国干渉が行なわれたり……。
そういう汚いことが行なわれるのが世の常だということはわかっている。わかっているけど……、何で俺達が苦労して戦争したのに、まったく無関係のオース公国やモスコーフ公国がここぞとばかりにでしゃばってきて領土を要求するというのか。
ただこれでわかった。ポルスキー王国がこんなに早々に降伏したのは周辺国による干渉があったからだろう。もしこの干渉がなければまだ戦争は続いていた可能性がある。そういう意味では他国まで便乗して領土を得たのは腹立たしいけど、早急に戦争が終結して負担がなくなったのは助かったかもしれない。
王様達が想定していた範囲は取り戻せたみたいだしプロイス王国としては特に不満はないのだろう。でなければこんな干渉を素直に受けるとは思えない。まぁこれを蹴るということは干渉してきた二カ国とも戦うということになるから実質受けるしかなかったんだろうけど……。
「そういうわけで以前話した通りこちらの領土はかなり取り戻せた。まだ不完全ではあるが今はこれで手を打つしかあるまい。では以前の話通りこの領地は其方に任せるぞ」
「…………はい?」
何……?何だって?俺の聞き間違いか?今この領地を俺に任せるって言わなかったか?
「この領域は其方のカンザ同盟とも重複する上に重要地域だ。この領域を其方の国としてカンザ同盟都市も組み込めば統治も楽になろう。其方が引き受けてくれて助かった」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
このじじいは何を言ってるんだ?この広大な領地を俺に与えるってのか?馬鹿なのか?俺はまだ十五、六歳のピチピチの女の子だぞ?いくら爵位を持ってるって言っても男爵だ。こんな馬鹿げた領土の男爵がいて堪るか。これじゃ侯国か公国クラスだ。何なら辺境伯と言っても良い。はっきり言って領内にあるそこらの小国を上回る規模になるぞ?
プロイス王国は国内に無数の小国がある状態だ。侯爵や公爵の領地は侯国や公国と呼ばれる小国となっている。その代表がプロイス王家であり集合体がプロイス王国というわけだ。今回の占領地に加えて交渉で増えた範囲を含めたらそこらの侯国や辺境伯領を超えるくらいの規模になる。
もちろん土地が広けりゃいいってものじゃないだろう。田舎の山奥をいくら広く治めていても大した力はない。でもこの範囲はハルク海に面した貿易にとって重要拠点だらけの場所だ。こんなとこを治めるなんてことになったら本当に国規模になってしまう。
「こんな領地を私が治めるなど国内の他の貴族も認めないでしょう。それに男爵如きが治めて良い規模ではありません」
「ふむ……。それについても話し合ったであろう?其方も納得したはずだがな……」
いや……、知りません……。聞いてませんでした……。でも聞いてたとしても不可能だろう。もしそんなことを発表しようものなら絶対国中の貴族から猛反発が出るはずだ。
どこのクレイジーな国がこんな小国にも匹敵……、いや、そこらの小国を超えるものをこんな小娘に与えて統治させるというのか。
「ポルスキー王国の交渉に其方を行かせなかったのはこの時のためであろう?向こうはディートリヒとカーザース卿に任せておく。こちらは余と其方で纏め上げるのだ。これから緊急会議が開かれる。その席で余と其方でこの領地の統治者が誰であるのか認めさせるのだ」
「ええっ!?」
もしかしてそのために呼ばれたのか?これから会議?貴族達を相手に?俺にこの領地を寄越せって俺が主張しなければならないのか?勘弁してくれ……。
「今回の会議で他の貴族共を黙らせ、この領地を其方に与え、子爵に陞爵させる。余と其方で国内に残る反対派と戦わねばならん。覚悟は良いな?」
全然良くありません!お断りします!帰りたいです!もう土地いらない!しかも俺は西の大洋に出たいのにどんどん東に東に、内陸部に引っ張り込まれている!どういうことだってばよ!
「それで……、このお面と外套は何ですか?」
「其方もまだ顔が売れては困るのだろう?面で顔を隠し外套で体を隠すが良い」
王様ぁ~……、どうせ姿を隠すのに用意してくれるならもうちょっと格好良いのにしてくださいよ……。王様が俺のために用意してくれたお面と外套はいかにも怪しい。怪しさ爆発の装備だった。




