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第二十六話「近衛師団!」


 叙爵が終わったらすぐにカーザーンに帰るかと思っていたけどそうはいかないらしい。父が王都に来たついで、というと少し語弊があるか、王都に来た時に済ませるつもりだった用事を済ませるまで俺も帰れないという。


 俺も叙爵されたことであちこちに挨拶回りに行かなければならなかったり、父に連れられて一部の貴族と面通しすることになったりと暇というわけじゃない。


 それに俺は騎士爵に叙爵されたことで兵役の義務を負わなければならなくなった。貴族は国から様々な特権を認められて国家予算から年金を貰い生活している。領主貴族であっても法服貴族であっても爵位や立場によって金額の差はあれど年金を貰っていることに違いはない。


 加えて領主貴族は自領から入ってくる税金の一部を国に納めて残りを自分の取り分としているわけだけど俺は領地は賜っていないから領地から入ってくる税金はない。そういった特権や年金を貰う代わりに貴族は当然義務も負わなければならない。その最たるものが兵役だ。


 大身の貴族、それこそ父のような辺境伯であれば広大な領地と強力な権限を有している。その代わり兵役の義務ともなれば大変な負担を負わなければならない。領地の規模や人口や税金や領主の爵位などによって兵役の負担は細かく決められている。


 例えばであって実数とは違うけど、例えば辺境伯家であれば有事の際は歩兵千人、弓兵五百人、騎兵三百人、魔法使い百人、その他百人、合計二千人の兵を出さなければならない、というような具合だ。もちろん兵器も細かく決められていて槍が何本、弓矢がいくら、馬が何頭という規定まで存在する。


 これはこの国だけの特別な話じゃなくて地球でも似たような決まりが世界各国であった。もちろん日本にだってだ。武士達も禄や石高によって持っていかなければならない武器や兵員の数が決められていた。


 それに従えば俺は領地を持たない騎士爵なので兵を養うということが出来ない。領地がないから領民を徴兵するということも出来ないのだから兵役に参加するのは俺だけで良いというわけだ。ただし槍、弓、馬持参で人間一人が一年間食べられるだけの食糧も持参しなければならない。


 俺は実家暮らしの上に実家が大身なのでそれほど困らないけど零細貴族はそういった負担だけでも大変であり勝手に潰れるのはそういうものを準備、維持出来なくなるからだ。


 そして俺は兵役時の所属部隊も決まっている。普通は諸侯軍としてその時々に応じて臨時に編成されたりするものだけど俺は何故かもう所属部隊が決められてしまっているらしい。これもヴィルヘルム国王の意向だそうだ。


 今日は俺が所属することになっている近衛師団の訓練の視察と挨拶に出向くことになっている。王城内にある練兵場で訓練しているらしいのでそこへ向かう途中だ。俺はまだ腕を吊ったままだから訓練には参加しないと思うけど叙爵式でも着ていた騎士爵の正装で練兵場へと向かう。


「君!見かけない顔だね?ここから先は今、近衛師団の訓練が行なわれている。関係ない者は立ち入り禁止だ」


 騎士爵の正装、つまりパンツルックで髪は後ろで一つに括っている俺に向かって同い年くらいの女の子が話しかけてきた。話しかけてきた女の子も男装というか兵士のような格好というかをしている。


「ええ、もちろん存じております。今日は私もそちらに用があって参りました」


「君のような子供が近衛師団に用?」


 男装の女の子はジロジロと無遠慮に俺を見てくる。実際俺は呼ばれたから来たのであってこうして足止めされる謂れはない。


「私はフロト・フォン・カーン。先日騎士爵を賜ったものです。所属部隊が近衛師団であるとの通達を受けて本日こちらへ来るように言われたのですが?」


 今日俺はカーザース家のフローラとしてではなく騎士爵のフロトとして呼ばれたのだからこう名乗った方が良いだろう。この子が案内を申し付かって待っていたのだとすればこの名前を出せば通じるはずだ。


「えっ!君が?!」


 さらにジロジロと俺を見てくる。どうやら今日フロトが来るという知らせは受けていたようだけどその相手がまさかこんな子供だとは思っていなかったようだ。連絡が不十分というか不手際というか。


「そっ、そうか。それは失礼。僕はクラウディオ・フォン・フリーデン。騎士候補生だ」


 そういってクラウディオは手を差し出してきた。……クラウディオ?男性名?いくら子供の頃は男女の差はあまりないとは言っても俺が男児と女児を見間違えるはずもない。この子は女の子のはずだ。それなのに男の名前を名乗っている?偽名なのか女なのに男名をつけられたのかはわからない。とりあえず握手を受けておく。


 どこにでもいそうな普通の茶髪に茶色い瞳で髪や目に特徴はない。顔立ちは少し男らしいというかキリッとはしているけど女の子であることは間違いないだろう。パンツルックで男装しているけど体も華奢で戦いに向いているようには見えない。


 握手してみたけど握った手がボロボロだ。剣だこが出来ていることから騎士候補生というのは本当らしい。騎士候補生というのは騎士団に入る前の候補者という意味だ。ここで少し騎士と騎士爵について補足しておこう。


 騎士とは元々馬に乗って戦う兵士。歩兵に対して騎兵というように馬に乗っている者を騎士と呼んでいた。そこから転じて二つの騎士の意味が発生する。


 馬に乗れるというだけでも名誉なことであり特別な存在だ。そこから派生した意味で馬に乗っていなくとも精鋭部隊の所属者に騎士という呼び名がついた。例えばこの国では馬に乗っていなかろうが爵位がなかろうが近衛師団や親衛隊の所属者は『騎士』と呼ばれる。


 そしてそれらからさらに名誉的な称号として騎士号が生まれた。この騎士号とは即ち俺が賜った爵位としての騎士爵のことだ。これら後半の二つの意味は馬に乗っているか否かに関わらず騎士と呼ぶ。


 俺が領地に居た頃にルイーザ達に『騎士見習いのフロト』と名乗っていた騎士見習いとは騎兵の見習いという意味だ。カーザース辺境伯軍の騎兵の見習い。


 それに比べてクラウディオの騎士候補生というのは王城などに勤める精鋭騎士団などの入団候補者となる。


「なるほど……。剣だこが出来ている……。なぁフロト……、よければ一手ご教授願えないかな?」


 ギラリと視線を鋭くしたクラウディオは俺に練習試合を申し込んできたのだった。




  =======




 クラウディオに先導されて近衛師団の練兵場へとやってきた。普通なら挨拶の一つでもする所かもしれないけど俺はクラウディオに手合わせを申し込まれて剣を交えることになったのでコソコソと隅の方で準備する。


「武器はここにあるもので好きなものを使ってくれ」


 近衛師団の団員達は俺達に気付かないのか興味もないのか特に何も言ってこない。クラウディオに示された場所に並んでいる武器を見渡す。


 色々な武器がある。もちろんどれも練習用だから刃は潰してある。俺用の剣は先日の狂い角熊の件で折れて新しいものはないしあれは真剣で刃があるからこんな場面では使えない。右腕がまだぶら下がったままだから重い剣は振り回せないだろう。そこで一つ面白そうな剣があったから左手で持ってみる。


 これは確か……、カットラス?とかいう剣に似ている気がする。鍔から柄尻まで指を守るように丸いものが覆っている。刀身は細身でやや反りがあって刃は片側だけだ。よく映画なんかで海賊や大航海時代の船上で振り回している剣と言えばわかりやすいだろうか。


 これがカットラスそのものかどうかは俺にはわからない。ただそういうイメージに似た剣だというだけの話だ。他の諸刃の剣に比べて小振りで細身だから軽い。確かカットラスは船上で振り回すことを想定して小型で軽量、切る用途にも使えるように出来てる……、んだったかな?


「それではこれでいこう」


「……僕はこれだ」


 クラウディオは俺が武器を選んだ棚の上にあったものじゃなくて練兵場の隅に整然と立てかけられていたものの一つを手に取った。どうやらあそこに並んでいるのは近衛師団の団員達用の物らしい。クラウディオのショートソードも特注なのか小振りで軽そうだけどそれでも子供が振り回すには重いはずだ。


 俺がカットラスを抜いて左手で構えるとクラウディオもショートソードを抜いて構えた。どちらも刃は潰してあるけど防具もなしに金属の剣で殴られれば大怪我だってする。クラウディオの実力はわからないけど油断もやりすぎも厳禁だ。


「それじゃ……、いくぞ!」


「ふむ……」


 一足飛びに距離を詰めてきたクラウディオの剣が振り下ろされる。やっぱり子供には剣が重すぎるのか切り込みも振り下ろしも動きに精彩がない。ただ振り上げるまでは遅くとも振り下ろす際には剣の自重を利用した加速がある。


 まともに受けたら左手一本の俺が押し負けるだろう。それでなくとも重力加速を利用した攻める方が有利だというのにさらに片手で真っ向勝負はあり得ない。


 というわけでいつもの如く剣で受けてクラウディオの攻撃を滑らせる。俺の左手側に振り払うとクラウディアは勢い余って地面に思い切り剣を叩きつけていた。


「――ッ!さすが……」


 何がどうさすがなのか。俺はクラウディオのことを知らないけどクラウディオは俺のことを知っていたのかな?まぁ案内役を仰せつかってあそこで待っていたのだとすれば俺がどういう人物かもある程度は聞いていたのかもしれない。


 どういう情報を聞いていたのかはわからないけど狂い角熊を倒したとかそういうものだろうか。結局俺は角熊の攻撃は捌き切れずに偶々魔法で倒しただけで剣では倒せなかっただろうけど、剣で倒したとか思われてたら過大評価も良い所だ。


「まだまだ!」


「お?」


 少し考え事をしている間にもクラウディオが次々に攻撃を仕掛けてきていた。どれも俺が剣で往なして受け流しているけど俺が受け流しきれないように飽和させようとしているのかどんどん攻撃の手数が増えてくる。


「これでっ!」


 普通ならムキになって大振りにでもなるかと思う所だけどクラウディオは逆にどんどんコンパクトな攻撃で手数で押してくる。俺もギリギリで受けていたから隙ありとでも思ったのだろう。俺がわざと空けている右肩に向かって再び剣を振り下ろしてきた。


「甘い」


 だけど俺はわざとそこに隙を作っていた。右腕を吊っている俺の右側が弱点になると誰でも思うだろう。だからあえて右側の防御を若干疎かにしておいたんだ。俺の狙い通り誘い込まれたクラウディオの剣を受けずに左側に周り込みながら足を払う。


「うわっ!」


「まだ続けるか?」


 バランスを崩して転んだクラウディオに剣を突きつけていると回りから拍手が起こった。どうやら途中から俺達の模擬戦を近衛師団の団員達が見ていたようだ。


「……参った」


「よろしい」


 素直に降参したクラウディオに手を差し出す。一瞬キョトンとしたクラウディオは破顔して俺の手を取る。不覚にも一瞬可愛いと思ってしまった。最初は突っかかられてちょっとどうかと思ったけどこうして素直にしていればクラウディオも可愛いじゃないか。


「中々やるじゃねぇかボーズども!」


 そんな俺達に向かって一人の男が近づいてきた。顔中髭だらけでとても精鋭部隊の騎士とは思えない。だけど体の運びや雰囲気から只者じゃないことはわかる。


 剣の指南役であるエーリヒと槍の使い手であるドミニクは実力的にはそう大差はないだろう。エーリヒの方が若干上という感じだろうか。逆に言えば槍の方が有利であるはずなのに槍相手に上であるエーリヒの方が腕としては相当高いということになる。


 この髭もじゃはドミニクやエーリヒに並ぶほどの腕じゃないかと思う。もちろん実際に試したわけでも実力を見たわけでもないからただの勘だ。でもそう外れていないと思う。飄々としているようで隙がまったくないのが良い証拠だ。見た目通りのだらしないおっさんだと油断したら痛い目に遭うだろう。


「お前が近衛師団所属になるフロトか?」


「はい。フロト・フォン・カーンです。よろしく」


 何か相手も無礼な態度だから俺も簡易の礼で応じておく。ここで俺だけ硬い態度だとそれはそれで変だしな。


「俺は近衛師団、師団長ホルスト・フォン・グランドルフだ」


 なるほど。こいつが師団長か。見た目に騙されない方が良いな。もしかしたらこの飄々とした態度も計算ずくかもしれない。


 差し出された手を握るととんでもなく厚い手だった。その手から受ける力強さはエーリヒや父に匹敵するのではないかと思うほどの圧力だ。俺なら魔法を使わないと厳しい相手かもしれない。でも魔法も通用するかどうか……。この手の相手は魔法使い相手も慣れているだろう。下手に魔法を使おうとしたらその前にやられる可能性もある。


「そう警戒する必要はないぞ。おう野郎共!この生意気そうなガキが今日から俺達の新しい仲間になるフロトだ!実力はご覧の通り!クラウディオじゃ相手にならないほどの実力だ!これでも納得がいかない奴は今すぐ武器を持って前に出て来い!皆の前で恥をかけるチャンスだぞ!」


 そこでドッと笑いが起こった。師団長のホルストが挑発するからまた戦わさせられるかと思ったけどどうやら挑戦者はいないようだ。というよりもあれは本気じゃなくてただのジョークだったのかもしれない。


「なんだなんだ?誰もいないのか?フロトに勝つ自信がない奴ばっかりか?」


 おい……。余計に挑発するんじゃない……。見ての通り俺は右腕がぶら下がってるんだ。これ以上余計な模擬戦なんてしたくないぞ。


「よし!じゃあいっちょ俺が揉んでやろう!」


「いえ、お断りします」


 誰も名乗りを上げないからとホルストが剣を向けてくる。即座に断った俺にまたしてもドッと笑いが起こった。このノリは本気なのか冗談なのかイマイチ掴めない。


 そんなこんなでとりあえず俺は近衛師団に挨拶を済ませて軽く見学を行なったのだった。



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