第二百五十七話「北方作戦!」
疲れた!ここ二週間ほどほぼずっと毎日走り回っていた。もちろん走り回るって言っても俺が自分の足で走ってたわけじゃないんだけど、馬での移動だって毎日ずっと走ってたらそりゃ疲れる。むしろ自分で走った方がまだ疲れないかもしれない。
南方作戦は順調に推移して予定の全てを期間内に消化出来た。というよりはかなり前倒し気味に進んでいたくらいだ。だけど俺だけはそうはいかなかった。
アレンステインで母と合流してから北上を続けて残敵を掃討していったんだけど問題はその後だ。俺は確かに沿岸部から南下してきている友軍と合流して全ての予定を終えたはずなのに、何故か俺だけ他の部隊が占領した地域をまた駆け回ることになった。
何でも俺が風魔法を利用して住民全員に同時に語りかける演説を行なったら統治がうまくいくから全部の占領地を回って欲しいと言われたからだ。俺が部隊を引き連れて攻略・占領していった町はもう行く必要はない。他の部隊が落とした大都市や重要な拠点は回ってくれと言われて攻略終了後もひたすら占領地を走り回った。
もう戦闘はないからただひたすら移動しては町や拠点で風魔法を使って住民達に演説と説明をしていく作業の繰り返しだ。本当なら俺は攻略が早く終わればメメブルク、ウィンダウ攻略に向かうカーン家商船団についていくはずだったのに結局俺だけ南部に取り残されたような感じになってしまった。
実際日程や移動速度の問題で占領地全てを俺一人で二週間で回るのは無理がある。だから本当に大都市や重要拠点、それからそれらの移動の進路上にあって寄れる所はなるべく寄って南方をぐるっと一周回ることになった。
侵攻時はダンジヒからグラウデンズに向かって、そこからは東進していったわけだけど、アレンステインで母と合流してから北上していった。そこから帰りは沿岸部に近い大都市や重要拠点を西へ回ってダンジヒまで逆戻りして、ダンジヒから船でケーニグスベルクへ。
そしてケーニグスベルクから船を乗り換えて東のインステールブルクへ。そこから母が攻略していった地点の後を追うようにアレンステイン方面に向かい、さらに北上して陸路でケーニグスベルクまで戻るという、それはもう大変な旅路を経験することになった。
各地に輸送隊や守備隊がいるから次々馬を乗り換えてひたすら荒野を駆け、町に着けば風魔法を利用して演説する。本当に地獄のマラソンのような体験だった……。もう二度とごめんだ……。
そんな地獄の耐久マラソンをさせられている間に作戦は第二段階へと移行している。第二次作戦、北方作戦はハルク海を北上してメメブルクとウィンダウを落として上陸後東進していく部隊と、メメル川から船で内陸に侵入してティルシトを攻める部隊が今頃動いているはずだ。
南方作戦で母が落としていったルートを辿ってケーニグスベルクに戻ってきた俺は再び船でインステールブルクへと向かう。今度はインステールブルクから部隊を率いて北上してティルシトへ向かうためだ。
メメル川のティルシトは南方作戦でのグラウデンズやインステールブルクを攻略したのと同じように利用することになっている。船で強襲上陸して一気に敵後方の拠点を落として、逆に俺達の集積所にしてその後の攻略を優位に進める。
問題は南方作戦では有力な後方への強襲上陸地点が二つあったけど北方作戦は適している場所がティルシトしかなかったことだ。
そこでティルシトへと強襲上陸した部隊はそのまま内陸部を北上することにして、ティルシトの南側はインステールブルクから北上していく部隊で占領することになった。
占領地の守備隊以外は主要なメンバーは皆北方作戦に移っていったのにいつまでも南方に取り残されていた俺がインステールブルクから部隊を引き連れて北上する役目となったわけだ。
南方作戦の結果、こちらも多少の被害を受けていることと各地に守備隊を置いていることで兵員は若干減っている。カンザ同盟からさらに送られてきている増援とか本国から追加で来ている部隊もいるけどそれでも若干減っている方が多い。
とはいえ重要拠点の数も、回りやすさも北方作戦の方が楽だから数が減っていても何とかなるだろう。それより心配は別のことだ。
俺達が南方作戦をしている間ポルスキー王国軍は不気味なほどに動きがなかった。戦った敵は町の守備隊がほとんどでそれ以外の者はケーニグスベルクやダンジヒを攻略するために動いていた一部の者だけだった。それもほとんどはケーニグスベルクを包囲していたミカロユスの軍に物資を輸送する輜重隊とか輸送隊が中心だ。
父や他の将や参謀達が言うにはケーニグスベルクでミカロユスの軍を壊滅させたからポルスキー王国には今余力がないのだろうということだった。でも本当にそうか?陸海軍合わせて五千数百を失ったとはいってもたかが五千数百でしかない。国軍ならもっといるんじゃないだろうか。
今俺達は南方の占領地に守備隊をあまり置いていない。居ても素人のようなカンザ同盟の義勇軍だったり、元々の町の警備部隊だったり、そういう者を頼りにしている。一番南の侵攻限界の都市にはそれなりの部隊が置かれているけど沿岸から南端までの間にある町や都市はほとんど空だ。
もし俺がポルスキー王国の指揮官だったら今のうちに南方を取り返しに動く。二週間も経っていれば初動の準備くらいは出来ているだろう。
まぁ……、少数の部隊が準備出来たからと逐次投入するのは愚策でもある。守備隊がほとんどいないとわかっていればその守備隊を破れるだけの軍が集まった時点で速攻を仕掛けた方が良いかもしれないけど、それはあくまで俺がこちらの内情を把握しているから言えることだ。
敵の立場からすれば万全を期して必ず勝てる段取りをつけるまで動いてこないかもしれない。でももしかしたら動いてくるかもしれない。俺のように南方が手薄だろうと考えて即座に奪還に動いてくるような奴がいるかもしれないし、そこまでも考えずにただ準備が出来たからと出陣させてくるかもしれない。
そうなった時に今の南方戦力で耐え切れるとは思えない。一度奪い返されてもまた北方作戦が終わってからこちらももう一度奪い返せば良いだけだけど……、果たして本当に南方をこれだけ空にしたまま北方に進んでいいんだろうか……。
今更俺がここで悩んでいても実際に作戦は決定されていてすでに動き出している。言っても手遅れではあるんだけどどうしても気になってしまう。
それらの問題を解決する方法はただ一つ……。敵が動いてくるつもりだろうがまだ準備中だろうが、とにかく動いてくるまでに北方作戦も終わらせて防衛体制を敷いてしまうこと、ただそれのみだ。
そんなわけで俺は再びやってきたインステールブルクから砲兵部隊と騎馬隊を連れて北方ティルシトを目指したのだった。
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結論から言おう……。ポルスキー王国攻略作戦は本当に一ヶ月以内に完了した。まだ残っている地域はあるから完全に作戦の予定区域全てを落としたわけじゃないけどもうほぼ完了だ。
インステールブルクから途中の町や拠点を落としつつティルシトへと向かった俺はティルシトに着いてからまた南方作戦の時と同じことをさせられた。そう……、地獄の占領地マラソンだ。
俺の到着した位置、つまりティルシトからだと俺が独自に攻略しにいける場所がない。もう先行している部隊が落としている地域に囲まれている場所だからな。そこで俺は先行部隊が攻略していった町をまたマラソンすることになったというわけだ。
内陸部を北上して北端まで到達すると今度は沿岸部側を南下していく。グルッと回ってほぼ全てが完了したのが昨日のことだ。まだ一部残っている敵拠点とか戦闘が継続している地域はあるようだけどもうほぼ予定の地域は制圧を完了している。
「まさか本当に一ヶ月で攻略するとはさすがお嬢ですね」
「私は何もしていませんが……」
メメブルクで合流したシュバルツの言葉に肩を竦める。それは俺が言いたいことだ。あの軍議の時に一ヶ月でこれだけ攻略するとか聞いた時は正気を疑ったもんだけど案外やれば出来るものだな。皆の頑張りとあの無茶な作戦のお陰なんだろうけど本当によくやったもんだ。
「それより私はそろそろ王都に帰らなければならないのですが……」
もうすぐ試験が始まってしまう。勉強している暇もなかったし今回はやばいかもしれない。いっそ王命で戦争に参加してたからってことで俺だけ試験を延期にしてもらうとか特例で免除にしてもらうとかした方が良いかもしれない。さすがにちょっと自信がないぞ……。
「こちらはもう大丈夫だ。カーン卿が急ぐのならばこのまま王都に向かってもらっても構わないが?」
「カーザース卿……、いつこちらへ?」
俺がシュバルツとメメブルクの執務室で話していると父が入って来た。メメブルクも自由都市だから一応カンザ商会の事務所があった。カンザ同盟には所属していなかったけどそういう交渉の窓口も含めて準備はしてあったというわけだ。そしてだからこそメメブルクとウィンダウの攻略を先にしたわけだからな。
自由都市でそれなりに情報や交流があったメメブルクとウィンダウを先にカーン家商船団で攻略したのは、事情や情勢を把握していたのと自由都市が解放を願っていると知っていたからだ。この二都市を拠点にして侵攻出来たからこそ北方作戦がうまくいったとも言える。
それはともかくウィンダウ方面で活動していたはずの父が何故かメメブルクにいる。何かあったんだろうか?
「着いたのは今しがただ。カーン卿が学園での試験を気にしていると聞いたのでな。残りの処理は我々がしておこう。カーン卿と学友達は急いで王都へ戻るといい」
「…………はい。お気遣いありがとうございます。それでは王都へ戻らせてもらいます」
父に頭を下げて色々と準備に取り掛かる。遠慮することはない。この前の……、父と腹を割って話をする前だったらまだ仕事が残ってるだ何だと気を使って俺だけ先に王都に戻るなんて出来なかっただろう。でも今は違う。今は俺と父の間に変な遠慮は必要ない。だから俺はお言葉に甘えて王都に戻ることにした。
これからの行動ややるべきことをカーン騎士団やカーン家商船団に指示しておく。想定外のことも起こり得るけどそれはその時々に現場指揮官に判断してもらうしかない。俺が離れている間にポルスキー王国による一大反攻作戦なんてことにでもなればいちいち俺に問い合わせている間にやられてしまうからな。
ポルスキー王国の動きは読めないけど南方作戦、北方作戦の両方を終えたことで今は戦力に若干の余裕がある。占領地全てに万全の守備隊を置くほどの余裕はないけど国境線を守るくらいの兵力はある。これで前線を形成して守っておけばそうそう抜かれることはないだろう。
「ようやくフロトと会えたわよ……。陸を移動している間はずっと私達と会えないなんてついて来た意味ないじゃない!」
「ごめんなさい……。でもさすがに内陸のあの移動だらけをさせるわけにはいかなかったの……」
王都に帰るためにやってきたミコトに開口一番にそんなことを言われてしまった。実際この二週間ほどはほとんど会えなかった。これならわざわざこんな場所までついてきてもらった意味はない。でも俺が言った通り、さすがにまだ敵が潜んでいるかもしれない内陸部をほぼずっとマラソンし続けることを皆にさせるわけにはいかない。
「まぁまぁ、過ぎたことはいいじゃないか。さぁ帰るんだろう?行こう」
「そうね。もう今更言っても仕方ないわね」
クラウディアの言葉にミコトも一応納得したのか引き下がってくれた。ここであーだこーだと言い合いになっても意味はないと思ったんだろう。
「忘れ物はありませんか?」
「うん。大丈夫だよ」
俺の言葉に皆自分の荷物を確認していた。素直だな……。
王都に戻るのは俺と五人のお嫁さん達だけだ。あと少しだけ護衛がついているけどそれは俺用じゃなくて俺のお嫁さん用についてもらうことになっている。
乗って行く船はラモールの船だ。例の如く『サンタマリア号』は母のお気に入りだから母が乗って帰るというのでシュバルツと『サンタマリア号』は残ることになった。
俺達を王都に送るだけなのにガレオン船やラモールのような優秀な指揮官を連れていって占領地は大丈夫かと思うかもしれないけど心配は無用だ。敵はもうまともな海軍もないようだし、内陸部奥深くまで占領している現状ではうちの大型船は使える場所に制限がある。
そしていくら敵の海軍が壊滅状態だとしても絶対に安全だとは限らない。だから海上輸送に護衛船がつくのは当然でありラモール達は他の輸送船の護衛をしながらステッティンに戻ることになっている。俺達のために用意したわけじゃなくて逆に戻る船だから俺達も乗せてもらっているというわけだ。
「長いようであっという間でしたね……」
「そうですわね……」
アレクサンドラと舷側に並んで離れていくメメブルクを眺める。長かったような、あっという間だったような……。俺はもう来ることもないだろう東方の地を見ながら王都へ帰還していったのだった。




